無駄骨

 本気で戯れている人間かなめロコ・リュコスは置いておくとして。


「掘り起こすかあ」


 溜息と共に、スコップを握りなおす。

 石を退け、砂を退け。


 少し冷えてきていた体がまた温まるころにはカンパーナを掘り起こすことに成功した。ハスタとウラガーノが死体を穴から引き揚げてくれ、肛門からナイフを入れて、はさみで時折皮と肉の間を切りながら皮を剥がす。

 人間にしては脂肪が少なく剥がしやすかったけど、やっぱやり辛い。


 剥がし終わった後、内臓を取り出す。破れればもっと臭くなるので慎重に。

「やっぱ遠くでやらない?」なんて、奏雨がテントの位置を確認しながら言ってきたけど。

 それなら自分でやってくださいって話だ。僕はもう動かしたくない。


 内臓を取り外して、食道、胃、それ以下に切り分ける。小動物と違って、大腸とかまで細かく切り分けたくない。肺は肺で、残りも残りで。内臓ごとにある程度切り分けた後、奏雨と手分けして中を見る。触ったら発動、と言うのも警戒して見終わったら交代して。


「何も出ないですね」


 それでも、異常は何もなかった。


 奏雨の勘が外れたとは思えない。別の、何か。あるいは別のアプローチで調べる必要があるのか?


「……奏雨?」


 返事が無かったのでもう一度呼びかけるも、奏雨はぺちぺちとナイフの面で赤黒く、少し乾燥してきた大腸を叩いているだけ。

 だが、声は聞こえていたようでゆっくりと口が開いた。


「違う」


 声は、少しだけ不機嫌なような音だったけど、不機嫌ではないだろう。


「違う?」

「これじゃない」


 言った後、奏雨が大腸を鷲掴みにした。

 大腸が思いっきり穴に向かって投擲される。びろろろろ、と音を立てるかのように伸びながら、穴の外に存分に根を張るようにして大腸が穴へと落ちていった。外に出ている部分は、ウラガーノがくたびれたような飛行で掴んでは穴に放っていっている。


「これじゃないってことは、テントの方ってことですか?」

「多分空振り」


 奏雨が少し石の多い地面に転ぶように寝っ転がった。

 空振り、と言うことはテントにある可能性も低いと奏雨は見ているのか。

 ロコ・リュコスと直接の繋がりを持っているのは奏雨だからな。探ってみた結果そう思ったのなら、陽も暮れてきた今動くべきではない。


「カンパーナ本人も違ってテントも違うとなると、別の拠点があるってことですか?」

「うーん……。かも知れないし、違うかも知れないし。カンパーナに関係のない話かもしれないしね。例えば、あの街は聞いていたよりも綺麗に祓われていないっぽい感じだったし」


 あの街。

 ……ラフィの街?


「今行くのはどうかと思うなー」


 背中からは奏雨の声。街への最短経路にはロコ・リュコスが。

 おかげで、思うよりも早く動いていた足が止まってしまう。

 ハスタが地面に着いたままと言うことは、ハスタも僕が今戻ることには反対なのだろう。ラーミナは、石の塔を積み上げていた手、と言うか大あごを止めて、ぽかんとこちらを見ている。


「……どうしてですか。『穢れ』が溜まっているなら何とかしないと。ラフィに何かあったかも知れないんですよ」


 低い声を出したところで奏雨に対する脅しには微塵もならないどころか怒りすら伝わらないかも知れないけど。


「ボクが聞いていたよりって言ったでしょ? 『穢れ』の量としては正常な範囲だよ。もっと『穢れ』に満ちた街だって多いしね」

「あの街は! あの街は、綺麗だった。比較対象で他が出てくるのはおかしい事態なんですよ」

「かもねー。でも、どのみち反対だよ」

「なんで」


 言いつつ、いつでも跳べるようにハスタに槍を求めた。

 ハスタが槍を顕現はさせるものの、渡してきてはくれない。


「七十五キロくらいの肉塊を解剖し続けたんだよ。ご飯も取らずにね。そんな状態で今から街に行くって? 行って、次の食事はいつになるの? そもそも暁は何も持ってないじゃん。ボクの干し肉だってリュコスにあげたりもするから二人分なんてないし。行ったところで対応力の低い存在なら邪魔なだけだよ。生ごみの方がまだ役に立つんじゃない?」


 理解はできる。

 ただそれだけだ。

 行かなくて良いと言う理由にはならない。気に食わない。


「狩りのついでに街の近くに行くのは勝手だけどさ。陽が暮れる前に捕まえないとご飯は無くなるし、ご飯抜きならボク暴れるからね。あ、やっぱ街に入るのもありか」


 寝っ転がった体勢から、奏雨が腰をのけぞらせるようにして立ち上がった。

 軽やかに、体重を感じさせない動きで。音もなく。口角を上げて。


「街に押し入っちゃえばご飯には困らないもんね。今からなら丁度疲れているか交代前ぐらいでしょ? じゃあ、疲れてるじゃん。ラッキー。強くも無い奴に時間はかけたくなかったからねー」


 奏雨が血まみれの手を拭うように石にこすりつけた。


 押し入るのは認められない。街の人自体はどうでも良いけど、何かあればラフィが悲しむ。それに、街の人を害するのはカンパーナと同じだ。奏雨にさせるわけにはいかない。


 かと言って、実力行使になった時。

 元々の実力でも奏雨が上。現在内包している『穢れ』の量も奏雨が上。疲労度で言えば、蓄積で考えれば僕の方が上でも違和感はない。


 実力行使は無理だろう。


「疲れていると碌な考えが浮かびませんので、やっぱやめますか」


 手を振れば、ハスタが槍を消してくれた。

 行かないという意志がはっきりと伝わったのか、奏雨が詰まらなさそうに息を吐いて湖の方へとのろのろと歩いていく。ウラガーノが一足先に湖で足を洗って、タオルの方へ。


 本気で荒らす気だったのか。

 いやまさかね。


 僕も湖へ行き、腕を洗う。解体を手伝ってくれたハスタも洗ってやれば、じゃれつくようにラーミナが突っ込んできた。

 ラーミナは汚れてないんだけどな、とは思いつつも。


「おいで」


 ラーミナを迎え入れて、遊ぶように水をかける。ラーミナが楽しそうに体を揺らして、湖中に体をうずめると勢いよく出てきた。反撃、のつもりらしい。ラーミナが楽しそうで何よりだよ。水がかかったハスタは迷惑そうにもしているけど。


 ほどほどにしたいけど、服の乾燥をずっとしてもらったからなあ。やめるタイミングは非常に難しい所。


 自分ではやめようとは言い出せないので、奏雨の「お腹減った」と言う呟きに全てを擦り付けるまで、水遊びを続けたのだった。


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