成果なし
穴が掘り終われば、火照った体から汗が地面に落ちた。上半身裸になったことは間違いでは無かったらしい。乾かすためにと堕聖を使ってもらっているラーミナからは抗議の視線を感じるが、まあ、許して。
夜までに乾いて欲しいんだから。
靴と靴下まで洗うのは、やりすぎた感は否めないけど。
「やるか」
気合を入れるために一回。大きな独り言。
頭部が無くなっているとはいえ、人の死体は十分に重いんだよな。頭部が潰れたことでむしろ汚くもなっているし。
「うしっ」
頬を叩いて、
「ここら辺にしよっか」
言えば、ハスタが丁寧に死体を下ろしてくれ、穴の近くに横たえる形になった。
ナイフを取り出して、カンパーナの服を三か所から切り裂く。
奏雨にはあたかも納得したかのように答えたけど、やっぱり着たくは無い。こっちの方が楽だし、探りやすいし、奏雨もまあいいやと流すだろう。
切り取る形になった服をまず検め、慎重に残っている部分にも手を伸ばす。
出てきたのは『穢れ』を集めるために核とする玉、サバイバルナイフ、干し肉、金の入った袋。
この肉は、人肉じゃないよな。いや、流石に違うと思うけど。人肉を食らって発狂するように死んでいった人の話は、使穢者なら必ずと言っていいほど聞いているはずだし。
余程のことが無い限り人は食すな、と。
そんなもの持ち歩くか?
……余程のことが起きた時のために持ち歩いていてもおかしくはないか。
特にこいつは。街に入れないことも多いだろう。
干し肉は一足先に穴に捨てる。死者への手向けだ。冥土に行くまでの間の食料にでもすると良い。
次にポーチ。
衝撃耐性の高い素材でできている。普通はそうだけど。でも、正直欲しい。
中身は薬とか包帯と言った医療器具。
流石に毒とかは仕込んでいないと思いたいけど、コイツとの間に信頼関係が僅かでもあったかと言えば、そんなものは一切ない。一切、ない。
使わないのが無難だ。ただ、全部ひっくり返してもポーチに隠し要素はないし、『穢れ』の類も感じないからこれは頂きたい。ついでに、サバイバルナイフも。核にするための玉は、うん。細工をしていた上にラフィにしっかりと祓われて使い物にならなくなっている。
「失礼」
微塵も思ってないけど。
様式美的に言ってから残っている口を開けて、歯を確認する。
金歯銀歯共になし。治療痕もなし。隠している物もない。
金になるのは巾着の中の金銀だけか。
一応、ズボンと靴も探るけど徒労に終わる。内臓は、うん。そこまでコイツと関わりたくもない。コイツの血に塗れた物なんて使いたくない。
立ち上がって、蹴とばそうとするも足に違和感を覚えた。ハスタのたしなめるような視線もある。
仕方ない。丁寧に見えるように埋葬しよう。
僕が脇、ハスタが足を持って穴の上までカンパーナを運ぶ。そのままドスン。
カンパーナが穴に落ちたのにやや遅れて茂みが動いた。ハスタに警戒の様子はない。となると、奏雨か。
無遠慮に石と砂を穴に落としていく。
その間も音は近づいてきて、穴を塞ぎ終わる前にロコ・リュコスに乗った奏雨が現れた。
ロコ・リュコスが大きな狼とは言え、奏雨が小柄で良かったねと言うべきか。バランス的にも、僕が乗れば長距離は憚られる。ウラガーノも乗るわけだし。彼もハスタやラーミナよりも小さいとはいえ、大きい鳥だ。
「おかえり」
見たところ僕の荷物は持ってない。
「いやー、追い払われたよ」
笑いながら、奏雨がロコ・リュコスから軽やかに飛び降りた。
「ロコ・リュコスやウラガーノを連れて行ったからじゃないですか?」
少しだけ、ラフィが直接会おうとしてくれたなんて期待をしたけれど。違うらしい。
「兄弟子に対して失礼だぞ。ちゃんと森から出るときに隠してから行ったもん。ボクは兄弟子なんだから、暁が考えることは全部できるに決まっているだろ」
頬を膨らませて、下から睨みつけるように奏雨が拗ねてきた。
全部できるわけはないでしょうと思うけど。口には出しませんよ。ええ。できた弟弟子ですから。
「じゃあどうして追い払われたんですか?」
「みんなが殺気立っていて」
奏雨が人差し指を立てた両手を頭の上に持っていった。
鬼ですか、それは。
「話も聞かずに、ですか」
「そうそう。正面から入るなんて無理だったよ。今は外からくる人は入れられませんってさー。さっさと旅したければ不法侵入するしかないかもね」
「壁の上にも人がいるでしょう?」
「でも、三人一組だよ。突破は楽勝だよ」
詰まらなさそうだけど、と奏雨が続けた。
そりゃあ奏雨ならただ図体が大きいだけの一般人三人なんかすぐに片づけられるでしょうよ。闘いを楽しみたい奏雨にとっては、面白くもなんともない作業でしょうし。
「ラフィが守った人たちだから。彼らを傷つけることは、ラフィの意思を踏みにじることだよ」
「お優しいことで」
「どこが」
死んでも構わないと思っていることのどこが優しいのか。
「追い出した人を気遣うなんてねって思ってさ。ボクなんかカンパーナが殺されたがっていたから殺した瞬間に何かあるかもとか思いつつも殺したし、暁に対して何か準備しているかもとか思いながら死体漁りをしなかったからねえ」
奏雨が笑いながら木の棒を拾い、小石を退けて僅かに見えたカンパーナの死体をつつき始めた。
ハスタが眉を顰めたような雰囲気を溢す。ロコ・リュコスの足の位置が僅かに変わった。
「酷い兄弟子だ」
「何もなかったから良いじゃん。カンパーナが暁のことを知っているみたいだったからボクが殺したんだし。ね。少しは気を遣ったよ」
本当に少し過ぎますよ。
「カンパーナは僕のことを知らないと言ってましたよ。まあ、ラフィの街で知ったと捉えれば奏雨が会った時には知っていたと言えますけど」
「それ、おかしくない?」
「おかしい、ですか?」
ぐりぐりと、木の棒が死体に突き刺さらんばかりにこねくり回されている。
「カンパーナは木にマークを付ける上に誰かしらをししししんちゅーの虫として送り込む相手だよ。そこまで準備したのに、暁はヴィーネを横取りする形になり、『穢れ』自体もししょーに大半を奪われたり消されたりする羽目になった。知らないなんてあるのかなあ」
すっごい真面目なことを言ってますし、話も通っているのですが。
獅子身中の虫であって、奏雨の言い方だと『し』が多分一つ多いんだよなあ。僕の聞き間違いじゃなければ。
「知っていて、黙っていたのですか?」
「まあ、暁はあれから成長期を経ているわけだから。一瞬分からなくてもおかしくはないってししょーは言ってたけど。はあ。昔は、ボクより小さかったのに……」
「一番真剣に言うことがよりにもよって身長のことですか」
獅子身中の虫に突っ込んだ僕が言えることでは無いですけど。
でも、とりあえず。
ナニカされたようなことはないし、違和感もない。ハスタもラーミナも反応していないから大丈夫だろう。ヴィーネ様は、微塵も奪われていない。
「良い? いくら小さくても、ボクが兄弟子、暁が弟弟子。ボクが兄で暁が弟。おっけー?」
「はいはい。了解しております」
「はいが多い!」
「一回じゃ足りないくらい重々承知しているからですよ」
奏雨の顔が上がり、それから木の棒を落とした。右手を口元に当てて、真剣に悩んでいるかのように、時折唸り声が聞こえる。
「なるほど。そう言われてみれば、むしろ少ないのか?」
ちょろ。
この兄弟子メッチャちょろい。
知ってたけど。
さっきまでそんなこと言ってなかったじゃん、とか、師匠が「はいは一回」って言ってたじゃん、とか言えば良いのに。
さて。
ちょろ
「で、奏雨はカンパーナの死体がまだ気になるの?」
「うーん……。取り越し苦労なら良いんだけどさ。なんか背中がぞわぞわするっていうか、喉に小骨が刺さっているっぽい感じ?」
奏雨の野生の感は馬鹿にできない。
戦闘はもちろん、日常生活でも。師匠の下でみっちりしごかれている間に身に染みて分かった。僕は、奏雨と二分の一を選ぶときに奏雨に先に選ばれたら外ればかり引いていたのだから。
「掘り起こします?」
「うーん……。その方が良いのかなあ。でも違う気もするんだよなあ……」
とか言いながら、奏雨が無警戒にカンパーナの腕を掴んだ。
何かを期待していたようだが、何も起こらない。奏雨の少し緑がかった黒目は猜疑の色を宿したまま。
「リュコス。ここ掘れわんわん」
真面目な声で奏雨が言った直後、ふざけた兄弟子はロコ・リュコスによって穴に突き落とされた。
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