ずっと見ていたよ

「ほう」


 下郎が呟いた。

 刀を横に振る。

 随分と興味深そうに見ていた下郎が、跳んで木の後ろに隠れた。光を浴びた木が燃える。延焼はしない。


「『穢れ』を焼く光か。素晴らしい。まるでヴィーネの力のようじゃないか。絶壁の街の中で使っていたら、あの時点で俺を殺せていたかも知れないな」


 下郎に近づこうとするアルティッリョを、ハスタが牽制する。

 森の中では翼を大きく広げざるを得ないコンドルよりも、カブトムシであるハスタの方が有利。体の平たいラーミナも、注意が逸れている間に隠れることができる。


「聖女も堕ちるという事実は、どの聖女も隠したいらしいからな。使わなかったことに後悔はしていないさ」


 ラフィの前で殺すわけにもいかなかったって言うのもある。


「御立派だねえ」


 音の方を向く。刃に奴が映る。

 それだけで、下郎が焼ける。


「ははっ。熱い熱い」


 笑いながら、木の裏にまた逃げ込まれた。木ごと焼くが、奴の穢れの力で炎を消し飛ばされる。


「良いねえ。気に入ったよ。空いたグラッソの穴、君を従者に変えて埋めようじゃないか」

「さっきの光で脳が沸騰して耄碌(もうろく)したか?」

「まさか。君とは違って、こっちにはエンゲージがあるからねえ」


 気配がして振り向けば大鎌が居た。

 女性型ってことで嫌な予感はしていたが、こっちも堕ちた聖女か。


 大鎌の姿を認めた瞬間、悪寒が走る。


 跳べば、足元を多量のタコ足のような触手が蠢き始めた。

 こっちは原型を留めず、恐怖のイメージを象った、と。


 光で焼き払い、着地する。同時に大鎌も焼けたはずだが、気にせずに突っ込んできた。こちらから斬りかかって鎌を左で受け止め、右の刃で胴を狙う。軽やかに、舞うようにかわされた。地面から触手持ちが現れ、右手が少女で左手が青年の、大きく口の裂けた壮年の女性の『ソレ』も現れた。膝から下は四つん這いの頭のやけに大きいずんぐりとした人型で、そいつらの地面に接するところは全て目が顔の半分はある赤子。家系図、的な感じか。


 確かに、これだけの街を落とせていれば大物を狙いたくもなるだろうな。


 次いで、のっそりと現れたのは四つん這いなのに体高が僕より大きいふさふさの黒い毛でおおわれた猫のようなナニカ。目の位置はどちらも唇のない人間の口のようなものがついており、顔の下半分は一つ目がでんと居座っている。


 そして、ひっそりと。下郎の近くに立つのは顔の半分をやたら角の長いヌーの頭骨のようなもので覆った、白い衣服の女性。黒い爪は細くねじれており、地面についている。


 ここで五人、ラフィに祓われたのが一人。


 多いな。


 こちとら指に着けたエンゲージリングが一つと、鞄に入れっぱなしだったからラフィの家にある予備の計二つだってのに。


「堕ちたとは言え聖女の力。使い続ければ君自身の『穢れ』も少しずつ祓うものだろう? その上、こちらは『穢れ』や聖女の力の効き目が薄い堕ちた聖女を核にした『ソレ』ら。勝負は、もう見えたかな?」

「最初っからてめえの負けが見えてるんだよ」


 いなし、かわし、焼き払いながら『ソレ』らを観察する。


 核とは言え、聖女の力がありそうなのは大鎌と動かない片角のみ。

 地面の蛸足と明らかに色々混ざっている家系図は力が特殊な『ソレ』らでしかない。黒毛は、多分ただの『穢れ』が元だ。


 視界を隠すように囲ってきた触手を全て焼く。振り下ろされた大鎌をいなして家系図との間に挟み、黒毛を狙える状態を作り上げた。

 見計らったかのように下郎が出てくる。光との間には片角が入り、下郎に光が届かない。


 完璧な対策だ。

 ヴィーネ様を狙っていたなら、有りうることではあるのか。


「ハスタ!」


 アルティッリョを突き飛ばし、『ソレ』らの間を縫ってハスタが下郎の背後を取った。

 片角の爪が伸びる。ハスタが応戦する。黒毛が横から飛び込んできた。


「堕聖充填。極光」


 刃で触れ、焼き払う。

 黒毛の、普通なら両目に位置するところにある口から背筋を粟立たせる悲鳴が上がった。


 崩れる黒毛に、誰も近づかない。


 黒毛の手足は助けを求めるように動く。


 大鎌は一瞥して動きを止めた。蛸足は遠くで多数の足をゆらゆらさせているだけ。牽制のようにも見えるけど、戦っているアピールにも見える。家系図は、手足の先が互いを数えているように「あー」だの「うー」だのうめき声を交わし続けている。


 闘う気が十分にあるのは、片角だけ、と。


 エンゲージの弊害が出たな。

 僕に祓われる可能性がある以上、互いに反旗を翻す瞬間を窺いつつ、処罰されないように誰かをカナリアに仕立て上げようとしている。


 ざ、と乾いた土が踏みつけられる音がした。

 音源を刃に映す。下郎が燃えるが、すぐに片角が間に入った。ハスタがとびかかり、片角が爪で角を防ぐ。アルティッリョがエンゲージ勢の尻を叩き、蛸足がおざなりに動いた。


 触手を焼き払った直後に、下郎。


 振り下ろしを左で防ぎ、右の刃を突き出す。下郎が後ろに跳んで、アルティッリョが拾った。刃で映す直前に、黒毛が投げすてられるように直線上に。黒毛が、簡単に燃え上がった。


 仲間を盾にした片角は飄々とハスタの攻撃を防いでいる。

 黒毛に止めを刺すべく足を前に出せば、大鎌が動いた気配がした。ハスタが僕の後ろへ急いでくる。代わりに片角がフリーに。だが、追撃はなく下郎の元へと引いていった。大鎌も二撃ほど交わした後、燃える前に下がる。


「そこの片角とてめえら以外は随分と腰が引けているようですけど?」

「見たモノを燃やす光。ゆえに太陽の聖女。その力を持ちながら我武者羅に燃やさないってことは、使えない制限があるんだろう? ならゆっくりとやるだけさ。制限が何かも知りたいしな。今後、俺っちが使う時のために」


 ゆえに『太陽の聖女』、ね。

 ヴィーネ様の人柄あっての冠だとは思いますけど。


 左足を踏み出す。双刀は後ろに。発光と共に『ソレ』らを燃やして、駆ける。

 アルティッリョが前に出てきた。刃に映す。片角が間に入る。弾くべくハスタが低空を飛び、アルティッリョがハスタへ急降下。回り込むように右にずれれば、乱戦を盾にするように下郎が左に逃げた。


 誘導成功。


 隠れていたラーミナが、大あごを広げて下郎に迫る。


 硬質な音。

 ラーミナの急停止。


「どこかに隠れていることぐらい分からないとでも?」


 大あごを広げたまま、剣を入れられてラーミナが止まった。片角も僕の進路に入ってくる。ハスタはアルティッリョと組み合ったまま。

 傍から見れば下郎の大チャンス。


 片角との挟み撃ちにすべくなのか、炎を鎮火させた『ソレ』らが動き出す気配がした。


「解放しろ、ラーミナ!」


 僕の叫びに対して、口角を上げて下郎が剣に力を込めた。圧倒的な穢れの量。普通の力なら防げるだけの力。

 予測していたとでも言いたかったのだろう。


 一つだけ、外れていたけどね。

 ハスタとラーミナが解放したのは『ラフィの力』。


 結果、アルティッリョは吹き飛び、片角も膝をついた。下郎が籠めた力もほとんどが吹き飛び、力を失ったように膝から崩れ、腰を地面に落とした。


「ハスタとラーミナを、てめえの連れと一緒にするな」

「まさか、そいつらに分けてっ」


 伸ばした下郎の手が、蛸足に掴まれた。

 跳び上がる大鎌を片角が墜落させる。その隙に、黒毛が下郎にとびかかり、黒毛の爪が下郎の胸元から多量の血を吹き出させた。片角の爪が黒毛を両断する。千切れた繊維のようなものが断面から伸び、再び黒毛をくっつけた。家系図が片角にのしかかり、両腕の人型がカンパーナにのしかかる。


「戻れ! 戻れええ! もごっ、でぇええ!」


 血にまみれた叫びもむなしく。

 捕食は続き、片角も触手や鎌に攻撃されて近づけていない。


「エンゲージは約定であって束縛ではないって、習わなかった?」


 黒々とした異形の隙間から、血走ったカンパーナの目が見えた。


 だから言ったじゃん。負けるのはそっちだって。頭を押さえつけるだけの力が無くなればエンゲージは使穢者に牙を剥くって、分かっていただろうに。


 片角がこちらを睨んできたが、すぐにカンパーナに向けて走り出した。

 大鎌が振るわれ、片角の爪が消し飛び直撃したように見える。ただ、彼女の足は止まらず、大鎌の目玉にずたずたになった爪を突っ込んだ。そのまま大鎌自身を武器にするように家系図にぶつけ、弾き飛ばす。黒毛は無事な方の手で再度両断し、力を解放して消し飛ばした。細かな骨と不細工なぬいぐるみが宙を舞う。多分、あれが黒毛の核だ。

 同時に片角の正面が見え、袈裟斬りのように斜めの大きな傷が確認できる。


 だが、それでも彼女は止まらずに大気を震わせないくせに喉を潰すような叫びをあげて蛸足を巻き取った。引きずり出すような動作の後、人の顔に無数の細く短い手足がついているようなソレが出てくる。


 片角がアルティッリョの剣を掴み、一突き。

 その後、力任せに裂き、消し飛ばした。


 蛸足の核の粉が舞い散る中で、カンパーナは虫の息。黒毛も消滅し、蛸足も消えた。残るは満身創痍の片角と、変な方向に曲がった体が内側から叩いて直されるように起き上がってくる大鎌。そして、上半身のはじけ飛んだ家系図。


 虫の息ではあるが、これではカンパーナに止めを刺せないだろう。

 二人が同時に動けば刺せるだろうが、その後に二人とも片角によって消されるのだから。


 再びの、硬直。


 アルティッリョはハスタが睨み、ラーミナは僕の近くへ戻ってきている。

 片角はアルティッリョの剣を掴んだまま、カンパーナを守るように全方向に睨みを効かせ、大鎌と家系図はどちらかと言えばこちらを睨みつつも、解放されるのが先と言わんばかりに片角の隙を窺っている。


 少しでも双刀を持ち上げれば、片角の手が動き、連動して大鎌と家系図も動く。そして片角が睨む。


 主導権は僕、だとは思うが。

 下手にこっちから仕掛けて全員が敵に回ってしまえば今度は手に負えない。次は全員本気だろうから、流石にきつい。無理だ。僕だって『穢れ』は空っぽに近いというのに。一発で燃え尽きるなら話は別だけど、片角と大鎌に対して一撃で決めることができないのは目に見えている。加えて、アルティッリョもいるのだ。押し込まれるイメージしかわかない。片角やアルティッリョを狙ったとして、大鎌や家系図が僕に攻撃をしてこない保証もない。

 かと言って待っていても片角は確実に動いてこないだろう。動くとしたら大鎌と家系図。でも、決断するのはいつ? 攻撃は、どちらに?


「そろそろまーぜて」


 警戒した空気を緩ませるように。

 奏雨の軽い声と共に、見慣れたクリーム色の髪が落ちてきた。

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