気に食わない

「得になる話、ね。てめえの首でもくれんのか?」


 下郎と手を組むつもりなど毛頭ない。


「俺っちの首よりももっと君が欲しそうな物さ」


 けらけら笑って、カンパーナが木に体を預けた。

 決してこちらに近づいては来そうにない。


「死者は決して蘇らないけどな」


 ラーミナを下げつつ、ハスタには少し前に出てもらう。


「聖女ラフィエットさ。好い仲なんだろう?」

「はっ」

「おっと、待ちたまえ。話は最後まで聞くものだろう? まあ、聞かなくても構わないが、それでは聖女を堕とした愚民と同じだとは思わないかい?」


 口がお上手なことで。


「正論だな」

「納得していただけたようで何より。では、続けようか」


 片手を広げて手のひらは見せてきつつも、カンパーナは木に体を預けたまま。

 アルティッリョも空中待機、ハスタに対応できる姿勢のままである。


「まず互いの状況だ。俺っちも君も、絶壁の聖女にやられて大きく力を削がれている。そこに相違はないね?」

「さあな」


 残っている『穢れ』を動員して、槍に力を籠める。

 ハッタリだと分かっているかのようにカンパーナは一度目をやっただけで口元を緩めた。


「真っ先に喧嘩を吹っかけてきた君が、俺っちを探すことをしていなかったんだ。いや、正確には自身の安全の確保のために少しばかり警戒はしていたようだが、それで終わっただろう? と言うことは、戦う力が無いか、それ以上に心を占める何かがあったか、あるいはその両方か。ふふ、天才だろう?」


「その程度、誰でも言えるとは思うが」


 カンパーナがため息を吐いた。


「連れないねえ。まあいいか。兎にも角にも、一年以上はあの街に居たのに聖女に何もしていないってことは、あの聖女に何かがあるんだろう? しかも街の人が嫌っているのに聖女が庇っていると来たもんだ。ならば君は絶壁の聖女を手に入れたいか、愚かなことに守りたいと思っているのか……。あるいは捕まっていたかだな」


 どうせ、捕まっていたのならすぐに逃げているはずだとか思って除外しているのだろう。

 恐らく、挑発をして反応を見るために。


「で?」

「いやいや。どうなのよって」

「答える必要を感じないな。妄想を垂れ流したいだけなら、話は終わりで良いか?」


 カンパーナが肩をすくめながら両手を上げる。


「此処でやりあっても意味が無いでしょ。どうあがいても一人じゃああの絶壁を突破できないんだからさあ」


 ラーミナが盛大な威嚇音を上げた。

 アルティッリョが対抗するように翼を広げて、眼光鋭く鳴く。


「落ち着きなよ二人とも。要するに協力しないかって話なんだから」

「協力?」


 つい目を細めてしまった。

 ハスタも僕の隣で角を僅かに下げている。


「そ。絶壁の聖女もコレクションに加えたかったけど、正直あれは無理だ。割に合わない。使穢者の連れすらも祓えるなんて聞いたことが無い。かと言って離脱しようと思ってもこれだけ削られて旅はできないだろう? 俺も、お前も。だからこそ『穢れ』が欲しい」


 そこまで言って、カンパーナがとぼけた顔をした。

 カンパーナが木から離れる。


「おや? あるじゃないか。あそこに。特大の『穢れ』が」


 指をさした先は、ラフィの街。


「過剰な安全に慣れ切って過剰な反応と無茶ぶりをするあの街をちょちょいと刺激してやれば、『穢れ』なんてわんさかと出てくる。俺っちは、それを食らう。で、君が俺っちを追い払う。そうすれば俺っちは『穢れ』を手に入れられ、君は聖女の隣で生活できる。完璧じゃないか。天才じゃないか」

「てめえがそのままラフィを襲わないなんて保証はない」


 カンパーナが頷きつつも、小さく万歳した。


「保証は無いが、勝てるわけがないのも分かるだろ? 連れを一人失い、使穢者の切り札であるエンゲージですらあしらわれた。さっきよりも弱っている俺っちが、また絶壁の聖女に挑む? 無理無理。逆立ちで一生暮らす方が楽ってもんよ」


 確かに、聖女と街一つを内包していたであろう夢の先ですらあっという間に祓われていた。

 ここからどれだけの『穢れ』をカンパーナが吸収しようと勝てるビジョンは浮かばないし、それだけのを街で集めようとすれば、必ずラフィに見つかる。


「納得だな。だが、てめえが僕に追われる悪役を素直にやるとは思えない」

「やるとも。絶壁の聖女は君を気遣っていた。だから最初から本気ではなかった。逆に言えば、君が出てこないと俺っちは折角『穢れ』を食べてもまたお腹を空かせることになる。だろう?」


 木から離れて、カンパーナが近づいてきた。

 ラーミナが威嚇音を荒げ、アルティッリョが応じるように嘴を叩く。ハスタは、静かに僕とカンパーナの間を保っている。


「君も、夢を見たんじゃないか? 『穢れ』の過去にある記憶の混ざった夢を。その中で君はどうだった? ただの夢か? 干渉したか? 干渉できるなら、時間はないだろう?」

「君『も』、と言うことはてめえは見たのか。どんな悪辣な夢だったんだろうな。悲鳴か、末期の呪詛か。浴び続けて埋もれるような夢か?」

「んー。そうだねえ。素敵な夢だったよ。信念を固く持てる、ね」


 持ち上げた槍を、カンパーナもまた掴む。


「落ち着きたまえ。君が憤るのも分かるが、俺っちの提案は、俺っちや君だけでなく、絶壁の聖女の利にもなるものだろう?」

「てめえに分かるわけもないし、ラフィの利になるわけもない」


 カンパーナが槍の握り方を変え、首を傾けた。


「なるさ。人のことを信じないくせに、他人を叩けることはすぐに信じる。そういう奴らを生かしておくことは、聖女のためになるのか? 穢れる奴はすぐ穢れる。それだけじゃない。周囲にまき散らす。どれだけ自分が恵まれているかも知らずに、不幸だと訴え他者の幸せを許さない。その感情は伝播する。その芽を、俺っちが摘んでやろうって言うんだ」

「てめえが、良く煽動しているような輩だろ」


「そう。その汚点を、綺麗に洗い流す。しかも聖女の手を汚さず。絶壁の聖女の未来を思うなら、これ以上ない話じゃないか? 不和と『穢れ』をまき散らす人は居なくなり、君は仲間として迎え入れられ、反対する人は出ない。そして、俺っちは『穢れ』を補給できる。な? 良いだろう?」


 二度、三度と頷いて、槍を持つ力を抜いた。

 カンパーナの口角が緩み、距離を詰めてくる。槍を下ろせば、ラーミナが抗議の視線を送ってきた。後ろではアルティッリョが勝ち誇ったような飛び方をしている。ハスタは、変わらず。

 槍から、左手を放した。緩く握る。


「受け入れてもらったようどぅぇっ」


 油断した奴の横っ面を、左手でぶち抜いた。

 アルティッリョはハスタが弾き飛ばす。


「何をっ! 君は馬鹿なのか。この提案は! 互いに得だろう?」


 右頬を押さえながら、カンパーナが叫んだ。


「てめえの言っていることは正しいよ。互いに得だ」

「なら」

「だが、僕はてめえが気に食わない」

「は? 狂ったか? 他人のために戦うのがいかに愚かか、知らないわけではないだろう? 他人が、不特定多数になった瞬間裏切る。そんな信念を掲げて呑まれた使穢者など数知れない! そんな使穢者は愚か者だ!」


 槍をハスタに預け、ラーミナから双刀を受け取る。


「誰が他人のためっつったよ。てめえが気に食わないって言ったんだ。使穢者なら、自分が気に食うか気に食わないか。それで十分だろ?」


 カンパーナが肩を揺らし、アルティッリョが落とした片刃の剣を拾った。


「なら、忠告しておこう。そんなんで街の人を守った気になっても、守られた側はお前を断罪する。その時に、呑まれないと良いなあ」

「本当に耳が悪いな、下郎。それが長生きの秘訣か? 街の奴なんざ知ったこっちゃねえ。死のうと構わないが、見殺しにしたらラフィと会う時に罪悪感を覚える。だから殺させないだけ。つまりは、己の都合で勝手に守らせてもらうってわけだ」


 カンパーナが、人差し指を突きつけてくる。


「奴らが生きている限り、君が絶壁の聖女に会うことは二度とない」


 ハスタが、アルティッリョと向かい合った。


「絶対会えないわけじゃない。が、てめえが二度とラフィの前に出ることがないのは、絶対だ」


『穢れ』が増幅されていくのが分かる。

 コイツがいなければ、父さんも母さんも死ぬことはなかった。

 ヴィーネ様だって。

 コイツだけは。この下郎だけは。絶対に、この手で。


「堕聖発露(だせいはつろ)」


 ずるりと、双刀が黒く光った。

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