1−12 地下の管財庫
たった一つのランプと壁に掲げられた数本の松明が照らす中、広い地下階段を降りていく靴の音が壁に反響する。暗い階段の先を行くオーギュストは特に怖がる様子もなく暗闇を進んでいっていたのに対し、アペレフト鎮魂士団幹部一行は、今にも幽霊が出現しそうな不気味な階段を、恐る恐る降り進めていた。
やがてステップがなくなり、綺麗に舗装された平坦な地面が現れる。人が数人は通れそうな通路の先には、ただ石のブロックで覆われた壁があるのみ。ただそれだけの気味の悪い空間に、案内された客人たちは不安に駆られていた。
「ここはどこなの? 結構階段を降りてきたみたいだけど」
テレーズが不安を露わにしてオーギュストに問いかける。
「しかも行き止まりのようですが」
ナーシャは目の前の何もない壁を見つめていた。
「まあ見ておれ、ネズミども」
そんな恐怖も知ったこっちゃないと言わんばかりの口調で、オーギュストは一人行く手を阻む壁に近づき、とあるブロックに手をかざす。彼の手をかざしたブロックが少し青がかった光を放ったかと思えば、急に大きな衝撃音が響き、レンガとレンガの間に段々と切れ込みが入って2つに分かれ、それぞれ左右に引き離されていった。消えた壁の向こうに、もう一つの大きな空間が姿を現す。
しかもそこは先ほどの暗い通路とは正反対、たくさんの贅沢な飾り付けや光によって明るく照らされた、地下とは思えないほどの広大な部屋が広がっていた。
「うぉぉ!! 何これすごい!」
「なんじゃこりゃ……」
突然現れた部屋に、マルセナとポルドは驚嘆せずにはいられなかった。
「さあ怖気付かずに入るがよい」
堂々と謎の部屋に足を踏み入れるオーギュストの後に、開いた口が塞がらないテレーズたちが続いて入っていく。
先程の壁を超えた先、部屋の壁には隙間なく甲冑や剣、槍、弓など、指では数え切れないほどの量の武器が飾られていた。何かとても高貴そうな代物が入っているであろう豪華絢爛なチェストも、屋根裏部屋に置かれた箱のように乱雑に積み上げられている。その反対側には、見たこともないような大きさの金塊がまるでジェンガのように積み上げられ、頂の見えないくらいの高い塔を形成していた。
「これって……」
「青魔剣同盟の武器と財産を保管する管財庫だ。武器に黄金、財産と呼べるものの多くはここに保管してある」
オーギュストはテレーズの困惑したような顔を横目で愉快そうに見つめながら、鼻を高くして話した。
「ねーローマンみてみて!」
一行の列から外れた場所で、レオニーがローマンの腕を引っ張りながら、棚に積まれた大量の大砲のような武器に目をキラキラさせた。
「このブキ、うちのよさんだと4つぐらいしかかえないのに、ここには12こもあるよ!!」
「本物か!? こんなバカ高いやつをこれほど持ってるなんて……」
目の前に聳え立つ圧巻の武器の壁を前に、ローマンも思わず言葉を失う。
一方で、ローマンたちのいる壁の反対側に置かれた金塊の山の前で、メルーズが一人ぽつんと立ちながら、類まれな輝きを放つとんでもない財宝の山に目を奪われていた。
「お、黄金の……山……!」
メルーズは、そのまま羨ましそうに見上げたまま、億万長者のシンボルを長々と見つめてその感覚に浸っていた。
「ハハハ! 俺を舐めるでない!」
予想通り、財宝や武器を喉から手が出るほど欲しがっている幹部たちの前で、オーギュストが力強く言葉を発する。
「これらは、先代までがコツコツと積み上げてきた貯蓄を、俺が必死に倹約した偉大なる成果! 見ろ、あの壁一面に掲げられた素晴らしい剣の数々! 俺がここまで丹精込めて作り上げたこのコレクションは、絶対に外に出すわけにはいかん。剣の極意さえ知らん外道どもに、この華麗なる子供たちを壊されては青魔剣同盟として面が立たん…… しかし!」
オーギュストのナルシシスティックな語りの語気がさらに強まる。
「貴様らには特別に、これらの財産、そして武器の一部を一時的に提供しよう!」
「ほ、本気で言ってんの!?」
思ってもいなかった申し出に、テレーズが思わずオーギュストの正気を疑った。
「本気以外の何者でもない! この首都を守り抜くためには、俺はどんな努力でも厭わんぞ!」
青魔剣同盟の何よりも強いところといえば、おそらく財力だろう。ロドリア=フリッツホルン家が元より大富豪でありかつ倹約家でもあったことから、青魔剣同盟には、使い切ろうとも使い切れないほどの財産が多く集中し蓄えられていた。
貴重な武器も多く取り揃えたこのコレクションを使うことができるとすれば、願ってもない大きな助けにもなる。心強い助っ人が現れたことで、テレーズの目に輝きが宿り始めた。
「本当に、なんとお礼をいえばいいのか……」
「まさか、いつか貴様からそんな感謝の辞を授かるとはな。いいぞもっと言え! 俺を崇めるがいい!」
再び感謝の言葉を述べたテレーズに対して、オーギュストは気をよくして高笑いしだした。
「前団長の私から言わせていただいても、本当に感謝仕切れません。ぜひ、この街を、守り抜きましょう」
テレーズの横に並んだナーシャも、丁寧に礼を言った。
「負け続きの奴らに言われても説得力がない。ただ我々も負ける気なんぞないわ!」
オーギュストは笑っていた口元を堅くし、一度深呼吸をした後、キリッとした目つきでこう言い放った。
「さあ帰れ、早急に準備を始めるぞ!」
「うん、もちろん!」
テレーズも威勢の良い返事を残して、彼女らは入ってきた入り口の方へと体を向けた。
✴︎
「こちらです。ご案内いたします」
入り口で待機していたメイドが、広大な部屋から出てきた客人に対して深くお辞儀した後、元来た階段をランプを照らしながら進み、幹部たちを先導していった。
金塊の山に見惚れていたメルーズ、武器に目を光らせていたローマンたちも、団長の後をついて行くように部屋から退出していった。もちろんレオニーも、先に出た幹部たちに早く合流しようと、早足で歩くローマンを追いかけようとしていた。その時。
トントン
誰かが自分の肩を叩いたかのような気がしたレオニーは、思わず後ろを振り向く。
「ん?」
後ろに顔が向いた瞬間、目の前に伸ばされた手によって口に布が強く当てられ、レオニーは急に呼吸に苦しみ始めた。
「……っ……!」
レオニーは、周囲に聞こえない声を出しながらもがき続けた。
しかし息は苦しくなっても、辛さは感じない。
なんだろう、このかんかく。
なにか、とても、あったかい……!
とても不思議なものに包まれたような感覚に襲われながら、レオニーはゆっくりと目を閉じた。
変身魔術のカタルシスト ぴいじい @peagea
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