帰省

 ただいま。

 玄関から兄の声が聞こえたので、おかえり、と僕は応えた。廊下を歩く足音が微かに響いて、背後──リビングと廊下を隔てる扉が、

 きぃ、

 と開いた。ような気がした。

 振り返っても扉は開いておらず、兄の姿も見当たらない。ただ気配だけは不思議と確かな感触で室内にあり、ソファに腰掛けているだとか、テレビを観ているだとか、いつだったか兄自身が気紛れに買ってきたサボテンの育ち具合を観察しているだとか、そういうことはありありと分かる。

 だから僕も兄がいた、かつての日常をなぞるように普通に過ごす。それをお互い、日付が変わるまで続けるのだ。



 壁掛け時計の針が午前0時を指した頃、兄の気配はふつりと消えた。



 携帯を手に取る。

 4月2日。

 ロック画面に表示されている今日の日付を眺めつつ、なんで兄貴は命日でも盆でもなくエイプリルフールに帰って来るんだろう、と僕はぼんやり考えた。

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怪奇の小箱 白河夜船 @sirakawayohune

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