招く。
先日死んだ兄の部屋を掃除していた時である。ふと人の気配を感じて後ろを向くと、箪笥の上から二段目が触った覚えもないのに開いていて、その隙間から、ぬぅ、と生白い手が現れた。肘近くまで伸び出たそれは左手で、手首にうっすら一条の縫い痕がある。
兄の手だ。
招くように二、三度ひらひら揺れて、それはするりと箪笥の中へ戻っていった。戸惑いがちに開き放しの抽斗を覗いてみても、雑然と詰まったがらくたの他は何もない。空目だったのかと思ったけれど、以降も時々、何かの角や隙間から兄の手は不意に現れた。
招くように揺れては、消える。
それだけ。それだけだが、私はいつか兄の手を取ってしまうのではないか───と、そんな気がする。手を取って、白く変色した縫い痕に剃刀の刃を押し付けるのだ。請われるまま、兄を殺したあの日と同じように。
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