梅童

 雨がさぁさぁと降っていた。春雨しゅんうである。

 仄明るい雲から溢れる雨垂れの奥、辻に満開の梅が煙ぶるようにして佇んでおり、その根方に蹲る子供を見つけて私は思わず立ち止まった。

 捨て子だろうか。

 薄汚れた着物に無数の真白い花弁が張り付いており、いつからここにいるのか──と考えると何だか無性に憐れを覚えた。


 おい、お前。


 話しかけてみるが返事はなく、おずおず触れた背中はぞっとするほど冷たかった。死体、と思いかけたものの子供の背が幽かに震えた。小さな頭が持ち上がり、蓬髪の合間に黒曜石の瞳が覗く。

 存外に愛らしい子だった。

 すくり、と立ち上がった子供は垢まみれの顔で私を見詰め、ろうたけた笑みを浮かべた。


 連れて行って下さいな。


 と鈴を転がすような声で云う。あゝ。茫然と夢見心地で頷いたのは、その微笑があまりに美しかったからである。嬉しい。子供は呟き、私の足に纏わりついて、消えた。


 ふ。と跡形もなく霞のように。

 白昼夢だったのか───? 


 私はただぼんやりと、雨が止むまで梅樹の下に立ち尽くす他なかった。白いはなびらが雫に嬲られ、ぽたり、ぽたり、地に落ちる。



 それからは時折、白いものがさっと視界をちらつくようになった。



 小さく、軽やかなそれは梅の花弁であろう。花弁に運ばれるのか春の香りが鼻腔を擽り、足に子供の戯れている気配を感じる。それらは意識の片隅にあって、見ようとしてもうまく捉えきれず、忽然と現れてはいつも溶けるように失せてしまう。


 また、真白い薄片が目の端に映った。


 手を虚空に躍らせる。掴んだ、と思って開いた掌には何もなく、楽しげにくすくす笑う子供の声が足許で柔らかに響いた。

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