答10 サヨナラは言わない

 僕は差し出された彼女の、運命の女神の手を見つめたまま言葉を発した。


「……これまでの全ての問は、この時のためだったのか?」


 僕は静かに問いかけた。

 運命の女神は肩をすくめ、妖艶に笑った。


「フフ。そうね。これまでの全ての問は、あたしが運命の糸を操ってきた結果なのよ」

「そういう、こと、か」


 僕は全てを思い出した。

 何度も転生を繰り返し、今の関川二尋という存在になっていることを。

 そして、今の状況、転生トラックが目の前まで迫ってきている。

 運命の女神の能力なのか、時間が止まって僕は運命の女神と会話をしているわけだ。


「理解できたかしら? 今のあんたに出来ることは、あたしの手を取ってこの世界から永遠にサヨナラして異世界に転生するか、そのままこの世界に残ってぺしゃんこのセンベイになる、その二択しかないのよ」


 これが本当に神のやることなのか?

 本当にクソッタレな悪趣味すぎる残酷な二択だ。


 僕はこれまで何度も不幸とまで言えるほど、転生を繰り返してきた。

 どれほどの苦難の道を歩んできたのかもしれないほどだ。


 その十字架の道に匹敵するほどの道のりの果てに、ついに運命の彼女に出会ったんだ。

 その彼女に誘導されるようにプロポーズし、今日、結婚式をするはずだった。

 

 それなのに、彼女と本当に結ばれる前に、この世界から消えなければならないなんて!


「どうしたの? このままどちらも選ばなければ、時間切れでぺしゃんこになっておしまいよ?」


 運命の女神は意地悪そうにクスクスと笑っている。

 こいつは本当に神なのか?

 僕の目には、悪魔にしか見えない。


「……その前に、ひとつだけ教えてくれ。あんたの狙いは何なんだ?」

「ま、それぐらいはサービスで教えてあげるわよ。あんたにこれまで二択を迫って追い詰めていたことは、ただの嫌がらせじゃないわよ。あんたの魂を鍛えていたのよ」

「鍛える? どういうことだ?」

「大した意味はないわよ。あんたに行ってほしい異世界があっただけ。あんたなら、その世界を救えると思っただけよ。その証拠に、たかが子犬を助けるために、自分の命をかえりみずに、転生トラックの前に飛び出してきたじゃない」


 と、運命の女神は、捨て犬らしき子犬を抱きかかえた僕を見て、ひょうひょうと曖昧に答えるだけだった。


 僕はこの女神を何一つ信用していない。

 でも、一つだけ確かな事がある。

 このままでは、僕はただ無駄に死ぬだけだ。


「まったく、二択と言いながら、あんたの手を取るしかマシな選択肢は無いじゃないか」


 僕がため息をついて彼女の、運命の女神の手を取ろうとした。


「ダメ! せきかわくん、思い出して! 君に問いかけられた最初の問を思い出して!」


 どこからか、本物の彼女の、運命の彼女の声が聞こえた気がした。


 僕はその時を思い出す。

 最初の問、僕が彼女にプロポーズをした問だった。

 その時の僕は、二択ではなく、第三の答えを見つけ出した。

 

 そうか!

 今も同じだ。

 答えは二択なんかじゃない。

 第三の答えを導き出せ!

 それは、これまでの僕のすべてを思い出すことだ!


 僕は、余は、誰だ?

 大魔王せきかわだ!


 運命フラグとは、へし折るものと見つけたり!


「うおおおお!」


 大魔王せきかわの最大の魔力が迸った。

 そして、転生トラックは消滅した。


 僕は大通りのど真ん中で立ち尽くし、胸の中の子犬に微笑みかけた。


「あ、はは。この真っ黒な毛並み、君はあの元魔王ペットに似ているね? 君も僕を運命から解き放たれるのを助けてくれたのか?」

「くふぅーん?」


 子犬は不思議そうに首を傾げて僕を見上げている。


 ま、どちらでもいいさ。

 君は僕の元魔王ペットだ。


「……さて、彼女が僕を待っている。行かないと」


 僕は結婚式場に少し遅れて到着した。


 彼女は真っ白なウエディングドレスに身を包み、泣き笑いしながら僕に抱きついてきた。


 僕は事の顛末を話はしなかった。

 でも、彼女は何もかも理解しているかのようだった。

 

 僕と彼女は、運命を乗り越え、前世から、いや、それ以前から未来永劫、結ばれるべき本物の運命の相手だった。

 僕と彼女の絆は、前世だろうが世界の壁だろうが、永遠を超越し、ほんの刹那の現世を寄り添った。


 僕は決してサヨナラは言わない。

 現世の夢を過ぎても、来世の現で君を見つけてみせる。

 その時にまた、共に刹那の夢を過ごそう。


 ―― 了 ――

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関川さんと一緒 出っぱなし @msato33

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