8
そんな一ヶ月なんて、あっと言う間だった。
何度も、あの日の江ノ島を思い出していたから。
そして、思い出すたびに恥ずかしさで身もだえしていたらお母さんに見られて
「あんまりそんなことばっかりしてると馬鹿になっちゃうわよー」
と変な誤解をされたり。
私は、かすれた声のお姉さんに逢いたかった。
あの寂しそうな表情が忘れられなくて。思い出すたびに胸に何か刺さっているみたいにチクチクする。
「逢いたいなぁ……」
頭で思うだけじゃなく口に出してしまうともうたまらない。
でも、どうすれば逢えるんだろう。
レーシングスーツやVTなんて手掛かりにならないし。
弁天橋を左に行ったから辻堂とか、もっと遠くの熱海だったり。もしかしたら町田街道に行ったかもしれない。可能性だけなら無限と言っていいくらい。
うつぶせになって枕に顔をうずめて足をバタバタしても、思い出すのはお姉さんの胸の感触だけ……。
きっとお姉さんは寂しそうな顔して亡くなったお姉さんのことを思って――何かが、頭の端に引っかかった。事故現場に行けないから海で自己満足って言ってた……そう、その前。
“今日は月命日なのよ”
月命日って言ってた、はず。
寄道禁止自宅直行令は、一ヶ月。
私はカレンダーで確認しようと思って月が替わって前の月は捨ててしまったことに気付いて、がっかり。先月が分からないカレンダーって……。
卓上!
机の卓上カレンダーはめくるタイプだから先月のカレンダーが残ってる。
出逢った日を思い出して……明日が一ケ月目。でも明日は土曜日。仕事って言っていたから、土曜日は休みで峠まで行ってるかもしれない。
どうしよう……
悩みながら晩ご飯を食べて、お風呂に入って、布団に入って――眠れない。
「行こう!」
わざと口に出して、自分を鼓舞。
前回の時間より早めに、私は家を抜け出した。
広い通りまでRZを押して歩いて、跨ってエンジンをかける。
帰ってきたらまた怒られるなぁ。今度はどんな禁止令だろう。想像すると怖いけれど、お姉さんに逢えるなら我慢できる、と思う。
逢ったら、私の名前を教えて覚えてもらわなきゃ。
逢えるかな。
逢えるといいな。
希望と期待と願望とちょっとの不安を胸に、私は夜の帳の中を走り出した。
夜明け 紫光なる輝きの幸せを @violet-of-purpure
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