僕と幼馴染

ちい。

僕と幼馴染

 幼馴染。


 それは、ライトノベル等のラブコメで出てくるような甘だるい関係がある事なんて、現実的にはほとんどないと俺は思っている。


 現に俺にも隣の家に住む幼馴染と呼べる女の子がいる。特に恋愛感情が起きる事もなく、彼女と十四年の付き合いであった。そう、生まれた時からの幼馴染なのである。


 付き合いが長いから異性として見れない?失礼だけど、もしかしたら容姿的に恋愛感情が起こらない?違う違う。俺の幼馴染は容姿だけなら町内一、いや、町内を飛び越えて市内一、県内でも指折りの美少女では無いかと俺は思う。


 しかも、彼女は俺へひっつきべったりとまではいかないが、ずっと付きまとってくる。登下校だけではなく、学校の昼休み等の休憩時間等でもだ。クラスが違うのにだ。


 羨ましい?


 そりゃあ、俺の幼馴染は美少女だ。外見的には何も知らない奴らそう思うだろう。ところがどっこい、俺のクラスメイト達やそれ以外の奴ら……そう、学校中の殆どの奴らは皆、俺を可哀想だとしか思っていない。何故なら、その幼馴染の本性と言うか、外見じゃ分からない事を知っているからだ。


 これから、その幼馴染と俺の日常の一場面を話して行くことにしようと思う。そしたら分かる。何故俺が皆から可哀想だと思われているのかが。





「おはよう、好誠こうせい。迎えに来たよ」


 午前七時三十分ジャスト。電波時計の秒針がきっかりゼロになった時に玄関のチャイムがなる。だから俺はそれまでに準備を全て終わらせ、玄関で靴を履き待つことにしている。


「おはよう、和月なつき。今日も七時三十分ジャストだね」


「当たり前だよ、好誠。僕は君を監視しなければならないんだ」


「……」


「どうしたんだい、黙り込んでしまって」


 俺は隣を歩く美少女、真田和月さなだなつきをちらりと見た。ゆらゆらと揺れるツインテール、眉頭が太く短いいわゆるまろ眉に、少しつり目の大きな瞳。やっぱり可愛らしいちゃ可愛らしい。しかし、無表情である。常に彼女は無表情なのである。多分、和月が笑ってる姿をみたクラスメイトはいないだろう。そういう俺も数年間見た覚えがない。


 しかも笑顔だけではない。喜怒哀楽、その全て顔に出さない。「あぁ……悲しいよ」や「僕はもう怒ったよ」等の言葉は何度も聞いたことがある。しかし執拗いがそんな時でも無表情なのである。


 そんな和月が監視しなければと言う。


 笑顔なら冗談だとも思えるが無表情。冗談か本気か分からない。しかし、毎朝毎朝七時三十分ジャストに来る事を考えたら、本気なんだろうと思う。


「なぁ和月。なんで俺を監視すんの?」


「なんでって?それはね……おっと危ない危ない。機密事項を危うく喋りそうになったよ」


「……いやいやいや。俺を監視するのは、何かの機密事項なのか?」


「……教えられない。僕はそう言ったはずだよ」


「……」


 はぁっと思わず溜息が漏れてしまう。そのうち、和月が眼帯を嵌めて、封印されし右眼がなんちゃらとか言い出すんじゃないかと心配になってきた。


「なぁ……和月。もちろん、海賊が付けるような黒い眼帯とか持ってないよな……」


 びくりと和月の体が動いた。まさかのまさかである。これはもう既に眼帯を購入し、その両手で大事に持っている鞄の中に入っているんじゃないのか。


「まさか鞄に入ってるとか……なぁ?」


 恐る恐る尋ねる俺に、ぎぎぎっと首だけをこちらに向ける和月。明らかに不自然な動き。相変わらずの無表情であるが、生まれた時からの幼馴染。俺の目は誤魔化せない。


「何を馬鹿な事を言っているんだい、好誠?僕がそんな物を鞄に入れてるだって?馬鹿も休み休み言いなよ」


 鞄を持つ手に力が入って少し震えている。


「大丈夫だよ。僕の右眼は封印される事はないさ。何故なら、好誠、僕は君をしっかりと監視しなければならないんだからね」


 おやおやおや……今朝の和月はいつもよりも饒舌だぞ。俺は、無表情な仮面の下に隠してある和月の動揺をもう少し楽しみたいと思う気持ちがむくりと沸き起こって来た。


「へぇ……ならさ、鞄の中を見せてみろよ。見られたらいけない物なんてないだろ?」


「何を言っているんだい。女子の鞄を見せてみろとか。君にはデリカシーって物が欠落しているんじゃないかな」


「学校に行くのに見られたら駄目な物とかないだろが。教科書、ノート、筆記用具くらいだろ?」


「女の子には女の子の理由があるのだよ」


 ぎりぎりと鞄を持つ手に力を入れ、頑なに鞄を見せようとしない和月に俺はあからさまに残念そうな顔をしながら言った。


「あぁ、残念残念。今日は持ち物検査があるから、眼帯は俺が隠しといてやろうかなって思ってたのになぁ……和月だと直ぐにバレて没収されるのが関の山」


 ちらりと和月へと目をやると、無表情な和月の片眉がぴくりと動いたのを俺は見逃さなかった。よし、あともう一息。


「なんだっけ……少し前に没収された……ケルベロスのケロちゃん? あの人形、返して貰った? 噂では、没収されたのって燃やされ……」


 俺が最後まで言葉を言い終わる前に、和月の小さな拳が目の前に突き出されていた。その拳には、黒の眼帯が握りしめられている。


「んっ、んっ」


 俺がきょとんとその拳を見ていると、さらにぐいぐいと握りしめている眼帯を俺へと突き出してくる。


「やっぱり持ってんじゃん……」


 可笑しくて吹き出しそうになるのを堪えるのが大変だったが、俺は眼帯を受け取ると学生服の内ポケットへそっと入れた。


 こんな眼帯をつけて休み時間に教室へと来られたらたまったもんじゃない。また、俺と和月の伝説を作ってしまうところだった。


 なんて朝の一幕を紹介したが、これなんか全然可愛い部類である。彼女の武勇伝?をあげたら長編小説が書けるんじゃないかと思う。


 そんな思いを余所に和月は、嘘の持ち物検査を乗り越えられる、眼帯を没収される心配が無くなり安心したのか、ふんふふんと鼻歌を口ずさんで歩いている。しかし無表情。楽しそうなのに無表情。


 僕は和月に振り回される一日が始まった事を考えたら溜息が零れてしまった。しかし、横を歩いている和月を見ると、まぁ良いかと軽く背伸びをして、彼女へ「少し急ごう」と声を掛けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕と幼馴染 ちい。 @koyomi-8574

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説