6-28 模倣
こうしてメカマニア一色の無駄に熱の入ったメカ語りの末、ひなたとの会話はお手製の補聴器によって傍受されていたと確認できた。それついてはもう見なかったことにするとして、そろそろヤスも絞られ尽くして干からびた頃なので、合流して帰るとしよう。
「じゃ、俺は帰るけど、一色は――」
「名前」
「……あー」
この同じシチュで告げられる同じセリフ、まさにデジャブを感じる。
「ん~?」
一色は「理解したのだろう? 早く呼びたまえよ?」とばかりに、小首を傾げて催促してくる。先ほども同じ要求でひなたに難儀させられたものの、今の真面目モード一色は声や言動がボーイッシュなので、対ひなたよりはハードルがだいぶ下がるはずだ。なのでササッと名前を呼んで解散すべく、気軽な気持ちで口を開きつつ、一色の顔を改めて真正面から見据える。
「え…………くぅっ」
すると透き通る美肌の端正な小顔が目に映り、実はかなりの美少女だったのだと今さらながらに気付いてしまい、緊張と照れくささで言葉が出なかった。なら目を
「すまんが、またの機会──」
「お友達」
「なにぃ……」
ここでまたそれ使うかぁ。便利だね、お友達!
「もう一度する?」
「えと……」
これは「ひ〜ちゃんとのやり取りを完コピしようか?」と言っているのだろう。
「『ズルイです!』」
そしてこちらが答える間もなく、トレースオンひなたしてきた。しかも声色、声質、抑揚の全てにおいて、本人と聞き間違えるレベルで……お前はひなた好き過ぎか! それといつも二色していれば、声作りが達人級にもなるか……いっそ声優でも目指したらどうかな。
「まだする?」
「はぁ……分かったよ!」
そもそもひなたですら拒否できなかった俺が、元とは言え大魔王様から逃げられる訳がなかったのだ。まったく、夕にひなたに一色と、俺の周りの女の子達が強過ぎて、誰一人と勝てる気がしない。
「あだ名でいいか?」
周りが皆あだ名で呼んでいるので、その方がまだ気が楽だろう。
「うーむ、特別感はあまりないが、仕方ないね。それで妥協してあげよう」
「そりゃどうも。──こほん」
どこかソワソワしている一色の目を今一度しっかりと見て、その名を呼ぶ。
「なーこ」
「っ! ……よろしですし~♪」
妥協などと口では言っておきながら、そんな
「よし、それじゃ――」
「ではわたしからも、あだ名で呼ばせてもらおうかな」
「え、いや、普通に苗字で──」
「ん〜とぉ〜、どんなのがぁ〜いっかなぁ〜?」
「聞けや!」
何やらやたらとテンションが高くなっている一色は、俺のツッコミを気にも留めず、あだ名についてウキウキしながら考えている。
「よぉ〜し、ここわぁ〜しんぷる〜にぃ……これかなぁっ?」
そこでなーこはポフンと手を打ち鳴らすと、俺の目をジッと見つめてこう呼んできた。
「だーいくん♪」
「くはっ……」
初めて女子からあだ名で呼ばれたが、想像以上の破壊力だった。
「おやおやぁ? これほど効果
「う、うっせぇよ」
「だがキミは、ゆーちゃんからそう呼ばれ慣れているのでは?」
「いや、夕は…………大地と呼んでくる」
まさか普段はパパと呼ばれているなど、言える訳がない。ただ真剣な時は大地呼びなので、全くの嘘ではない。
「ふーん? なれば、ゆーちゃんには悪い事をしたねえ」
「何がだ?」
「ほら、キミの──────ハ・ジ・メ・テを貰ってしまったのだからね?」
「言い方ぁ!!! 『あだ名呼びの』だけをクッソ小声にするのはヤメロォ!!!」
「くふっ♪」
純朴男子をからかって遊ぶのはヨクナイゾ! あと心配しなくても、夕はそんなことくらい別に気にしない……よな? んまぁいずれにしろ、何らかの被害が出る前に即刻やめさせるべきか。なーこを説得するには……よし、この手でいこう。
「でもいいのか、俺をそんな気さくにあだ名で呼んでさ?」
「おや、お友達なのだから、構わないだろう?」
「だが俺をあだ名で呼ぶのは現状お前だけ……それをひなたはどう思うかなぁ」
「っ!?」
「お前の『協力者』としては、あんまオススメできねぇなぁ?」
「む、む、むむむ……………………ふっ。ああ、これは参ったよ、
「よっしゃ!!!」
照れくさいあだ名呼びを回避できたことより、連戦連敗だったなーこから一本取れたことが、とにかく嬉しかった。まさに初快挙だ。
「ふむ。キミは随分と浮かれているようだが、その実この問題点の半分も理解していなさそうなものだね。……ただまあ、少しは乙女心を理解できるようになった点は、素直に認めるとも」
どうやら他にも沢山理由があったらしく、実際の判定は一本に満たない技あり程度だったか……それでも俺にとっては、充分過ぎる成果だけどな。
そうして満足していたところ、なーこがニヤリとわるーい笑みを浮かべ、こう提案してきた。
「では、こうして二人きりの時だけ、呼んであげようではないか。それなら構うまい?」
「なにぃ!?」
「ほうら、何だか隠れてイケナイことをしているようで、ドキドキするだろう? だ・い・くん? くふふ♪」
「っ!?」
技ありで大喜びしていたら、調子に乗るなとばかりに、手厳しい反撃で一本取られてしまった。
「はぁ、そうくるのかよぉ……」
「くくく。これが読めないとは、キミもまだまだ、
「え、足りんかったのそこ?」
「そうとも。ほら、キミの中のわたしは、そんな殊勝な女の子だったかな?」
「殊勝…………ああっ! もしかしてお前、さっきは参ったフリ、してやがったのか!?」
「いかにも」
「なっ!」
まさかあれが演技だったとは……思いがけない勝利に浮かれて、目が
「くっくっく。ほうら、上げて落とされるのは、さぞかし効いただろう?」
「やっぱりかよぉ!? こ、こ、こんのぉぉ、ドS娘め!!!」
「おやおや、先にキミが答えた『フツウノオンナノコ』とは、こういう子ではないのかい? そう、キミをいじめるのがだぁい好きな、ごくごくフツウの、ね?」
「おうふ……」
なんてこったい。まさかあの時の意趣返しが、このタイミングで奇襲してくるとは……くそぉ、あん時の俺、何してくれてんだよぉ。
「……はぁ……だよなぁ」
それで結局のところ、そこそこ良い勝負ができたと思っていたのは俺の錯覚で、全てがなーこの手の平の上で転がされていただけだったのだ。やはり俺がなーこに勝つなど、土台不可能な話、なんだな……ああ、こんな体たらくじゃ夕に合わせる顔がないなぁ。
「――んっ、あー、うぉっほん!」
そうして俺が意気消沈していたところ、なーこが妙な
「……まあこう見えても、キミにはとても期待しているのだよ」
「えっ、そうだったのか?」
「うむ。だからいつかは、わたしから見事な一本を取って――」
そこでなーこは俺へ向き直り、その顔を息がかかるほどに近付けると……
「わたしを本当の『普通の女の子』に、してみせてね?」
優しさに少しの寂しさが混ざる声でそう囁いて、最後にパチリとウインクしてくるのだった。それは真面目モードでも陽キャモードでもなく、なーこの心の奥底に隠れた本来の臆病で寂しがり屋な姿を、ほんの少しだけ見せてくれたように感じた。
「…………はははっ。まったく、ズリィやつだぜ」
これだけボコボコにされても、女の子にこんな健気なことを言われては、男は頑張るしかないではないか。それに実はこれも、「成長してわたしを超えてみせなさい」という、なーこ先生の愛のムチだった訳で……本当にどこまでも、友達想いの優しい子なんだな。……んまぁ、ドSなところは、演技じゃなくて普通に趣味だろうけどさ。
「でもお前は強すぎっからな。気長に待っててくれるか?」
「ふふっ。よろしですし~♪」
こうして手厳しい愛のムチを受けた俺は、夕だけでなくなーこをも
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本エピソードは、改稿にあたり大幅加筆されております(2024.0715)。読み返しに来られたものの、この辺りの話が久しぶり過ぎて『フツウノオンナノコ』のやり取りの意味が良く分からなかった方、6-23友達(https://kakuyomu.jp/works/16816452220140659092/episodes/16816700426559158442)をチラ見ください。なーこちゃんの想いを良く理解いただけるかと思います。
【蛇足解説】
結局彼女は、最強ゆえの孤独を抱えた、とっても寂しがり屋で繊細な子なのですよ。なのでここでは、愛して欲しいと告白めいたことを言っている訳ではなく、ただ純粋に彼が友として隣に並び立ってくれることを待ち望んでいるのです(『フツウノオンナノコ』=彼がまだ彼女を畏怖している状態、『普通の女の子』=彼が彼女を対等に見ている状態)。
もちろん、愛されれば凄く嬉しいと思うくらいには彼をとても気に入っていますが、お互い大本命がいるのでそれは望むべくもなく、ましてや結ばれることは絶対にありえないと重々理解しています。……その上で彼をからかって楽しんでいるのは、好きな子をイジメるのがやめられない、いわゆるドS娘なんでしょうね!
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区切りまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
さて、なーこちゃんのターンはいかがでしたでしょうか。
彼女の意外な一面が見られて良かったぞ! もっとからかわれたい! などと思っていただけましたら、ぜひとも【★評価とブックマーク】をお願いいたします。
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