6-23 友達  ※挿絵付

 一色の分析で誤診の可能性が浮上し、おかげ様で気持ちが多少楽になったように感じている。最初は恥ずかしい秘密を知られて絶望したものの、今思えば悪い事だけではなかったのかもしれない。

 ただそこでふと疑問に思うのが、つい先ほどまで完全に敵扱いだった俺を、なぜ突然フォローする気になったのかだ。一色は思い付きや気分で行動するタイプではないので、夕に間する助言をくれたこともそうだが、何かしらの裏の意図があるのではと勘繰ってしまう。


「……ところで、何で急に?」

「はは、キミなら解るだろうに。みなまで言わせる気?」

「ふむ……」


 一色がそう言うからには、頑張れば推測できることなのだろう。常に識ろうとし、考えることをサボるなという訳で、まったく手厳しい先生だ。

 それで「キミなら」を俺の能力ではなく状況への言及と解釈すれば、俺が知っている一色の特別な情報――ひなた絡みの理由だろうか。その上で俺と夕の仲が進展するように一色が動くことのメリットを考えると、ひなたは……そう、ひなたも応援すると言っていた……ああ、そういう意図か。


「……進展と牽制けんせい?」


 ひなたと共通の目的を持つことで仲が進展しやすくなり、さらに念のための俺への牽制にもなるからと予想してみた。もっとも、ひなたにとって俺はそういう対象にはなり得ないので、後者の心配は全くの杞憂なのだが。


「よろしですし~♪」


 無事に正解だったようで、一色先生は嬉しそうにポフポフと拍手してくれた。


「そう、言わば協力関係という訳だ。それと、純粋に楽しめそうなのもあるかな?」

「協力関係ねぇ」


 分析の助力については確かにありがたい話だが、色恋の応援となると話は別だ。そもそも応援団は充分間に合って――ってああ! さっきの入団やら団員てのは、そういう意味だったのか! まったくヤスと言いひなたと言い、周りがこぞって夕との仲を応援してくるの何なんだよ……俺ってそこまで要介護なのか?


「それで早速、協力者のキミにお願いがあるのだれけど、良いかな?」

「うそやろ……」


 一色にお願いされるとか、幻聴か? お願いと見せかけて、実は脅迫されるんじゃなく? 気を付けろ大地、どこに罠が仕掛けられているか分からないぞ。


「あのさ……そのような反応をされたら、かよわい女の子は簡単に傷付くのだよ? 出会う度に逃げ出した件や先のハートの件もしかり、キミはわたしを何だと思っているのかな? ん~~?」


 一色は俺の顔をジト目でのぞき込むと、口をとがらせて文句を言ってくる。


「あ、いや、その……」


 これまでの大魔王としての印象が強すぎて、こうして突然優しく来られると、やはり警戒してしまうのだ。とは言え、大魔王になったのはこちらが悪さしたからであって、完全に俺の自業自得な訳で……確かにこの反応は失礼だったな。それと俺が逃げ出したことで、まさか本当にショックを受けていたとは……今さらながら罪悪感がいてきた。


「そうだな、すまん! それで一色はだなぁ……ん、ちょい待ってな」


 よし、今から一色は普通の女の子! 怖くない、怖くないぞぉ……普通の……普通……ふつう……フツウ……うーん、催眠術でもかけて欲しいな。ふつうの概念がふつうにゲシュタルトふつう崩壊だわ、つうふ。


「――フツウノオンナノコだと思ってるぞ」

「はあああ~……まったくキミという男は……」


 一色は右手で眉間みけんを摘んで項垂れると、大きくため息をく。


「でもまあ、それはわたしにも責任があり、キミの気持ちは解らなくもない。おいおいで、よろしく頼むよ」

「お、おう」


 一色は俺の複雑な心情をひとまずは理解してくれたようで、苦笑いで「しょうがないなあ」とつぶやき、肩をすくめてきた。


「で、頼み事ってのは?」

「うむ。もし明日空いているなら、一緒に遊びに行かないかい?」

「んなっ!? ……なぜに、でしょうか?」

「なーもうっ! そういうところだぞっ!」


 あまりに突然なデートのお誘いに、驚きのあまりけ反りつつかしこまった返しをしてしまい、またもや怒られてしまった。


「あ、いや、悪気はないんだ! 純粋に何でだろうと思ってさ?」


 ひなたならともかく俺を誘うとなれば、ごく一般的なデートを想定しているはずがなく、かと言って他の意図に見当も付かない。それに俺の方も嫌――とまでは言わないが、そこはかとなく遠慮させていただきたい所存であります、くらいだし?


「まったくもう、今しがた協力と言ったばかりではないか。やはりキミは、こちら方面となると途端にぽんぽこぴーになるね?」

「んなこと言われてもよ……」


 それでその協力と言うのが、一色とひなたが仲良くなることに対してとすれば、俺を誘うメリットは……例えばひなたを誘うための口実作り?


「もしかして、釣り?」

「よろしですし~♪ よろしくですし~♪」

「おい、扱いひどくないか!?」

「あはは、それもそうだね。すまない」


 多少は申し訳なく思っているのか、手袋の両手をスリスリしながら、少しバツの悪そうな顔をする一色。


「もちろん、ひ~ちゃんが主目的なのは間違いないけれど……」


 なるほど。一色のことなので、一石二鳥――五鳥くらいは企んでいそうだ。すると他のメリットは何だろうかと考えていると……


「もちろんキミとも一緒に遊びたいからだよ」

「んなぁ!?」


 あまりにも想定外のことを言われ、心臓が跳ね上がった。

 コイツめぇ、そんな親しげな顔して妙に意味深なことを! お前は敵意き出し時代からの差がありすぎて、こんな些細ささいなフレンドリーワードでも大ダメージなんだから……そう、いつものように皮肉の一つでも入れて、もっと俺の心臓に気を使え!

 そうして混乱のあまり、心の中で益体もなく文句を叫んでいたところ……


「わたしはキミともっと仲良くなりたいのだけれど……ダメかな?」


 さらなる追撃まで打たれてしまった。


「あ、えっと、その……んええ!?」


 目の前の一色は信じがたいほどに友好的かつ素直であり、いわば光属性の一色――白一色パイイーソーだ。そんな調子で小っ恥ずかしいことを臆面も無く聞いてくるものだから、こちらはしどろもどろになって返す言葉も出ない。

 

「んー? 難聴なのかい? だから、わたしはキミと仲良く一緒に遊びた――」

「聞こえとるわ!」


 てめぇのアオハルワードで照れくささが極まって固まっちまってんだよ、分かれ! てかお前が俺の心情を読めない訳ないだろうに……さてはワザとからかって言ってやがるな?


「なんだい。ならば返事をしたまえよ。ハイかイエスで答えるだけだろう?」

「せめて選ばせろ!」

「まったくキミは贅沢ぜいたく者だなあ」

「そこは倹約せんでくれ……」

「……くふっ」

 

 あとなんでコントみたいな事になってんだよ、ヤスじゃあるまいし――あ、もしやこれも、一色なりの「仲良くしたい」の表れだったりするのか?


「……それで?」

「ええとその――」

「あ、ひょっとしてキミ……照れていたりするのかい? それもこんなわたしに? くふふ、可愛いところあるじゃぁないか。そういうの、凄くポイント高いよ?」

「だあもう、からかわんでくれ!」


 やはりバレて――いや、意外にも今気付いたといった雰囲気であり、一色にしては少々思考が遅い気がする。……ああそうか、先ほど俺からの印象について妙に不安がっていた事といい、一色は自身に向けられるプラスの感情には疎いのかもしれない。これも臆病おくびょう自嘲じちょうしていたように、自分が好かれることに自信が無いからなのだろうか。


「くくく、赤くなっちゃって……うんうん、ゆーちゃんはキミのそういうところにもれているのだろうね。分かるなぁ~」

「会ったこともない子をしれっと分析しだすんじゃない! 安楽椅子探偵かよ」


 以前に二人の相性は悪いだろうと思ったが、二人は陰陽いんようと属性違えど共通点も多いし、会えば意外と気が合うのかも――って二人がかりでからかわれる未来しか見えないから、やっぱ会わせちゃダメだ! こうして単体でもほとほと手を焼いてるしな!?


「今のはどちらかと言うと、キミの魅力に対する分析なのだけれどね。いずれにしても、これは癖なもので大目に見て欲しいかな?」

「ほんっっっと、七面倒臭いやっちゃな……」

「ああ、それは自覚しているし、普段は大人しくしてるさ。こうして口に出すのは、理解のある手芸部の子らかキミくらいのものだよ、ふふっ」


 こうして正直に言ってくれるだけ、まだマシと思っておこう。

 そこで一色は微笑みから真面目な顔へと戻し、コホンと咳払いで空気を切り替えると、話を本題に戻す。


「それでこうして無事に和解もできたことだし、キミと純粋にお友達になりたいのは本音だよ。もちろん利害関係など抜きでね?」

「そ、そうか」


 一色は言動がいちいちひねくれているが、根は物凄く良い子なのだと改めて思った。ただし、敵対者にはガチで容赦のない悪魔の姿と、実にオンオフがハッキリしている訳だ。本当に和解できて良かったとしみじみ思うところで、まるで少年漫画の好敵手キャラが死闘の末に仲間になってくれた時のような、嬉しさと頼もしさを感じる。


「ああ、そう言ってくれるのは、嬉しいな。ありがとよ」


 二度目で慣れたということもあり、今度は正直に思ったことを伝えられた。


「!!! ――っとと、素直なキミはなかなか……うん、イイ。イイネ。これはまたでかい仕事をしたものだ。それこそ表彰ものだよ」


 すると一色は俺の顔をじっと見て、何かに感心した様子で頷いていたかと思えば……


「そうとなると、彼女はまた別の苦労を……それもイイネ、楽しくなってきたじゃぁないか。くっくっく」


 またぞろ悪い顔になった。素直な顔を見せたかと思えば、すぐこれ……まったく、ブレねぇひねくれ者だな。


「おーい、一色さん?」

「いやいや、何でもない。思わぬ楽しみを見つけてしまって、少々浮かれていただけさ」


 一色のことなので、それが絶対にろくでもない事なのは断言できる。せめてその標的が俺でないことを祈ろう。


「ということで……こほん」


 そこで一色は姿勢を正して真っ直ぐ向き直ると、落ち着いた声に変えて、ゆっくりとこう告げた。


「末永くよろしく。お友達の宇宙こすも大地だいちくん」

「ああ、こちらこそよろしく。お友達の一色いっしき夏恋なこさん」


 こちらも誠意を込めて応えれば、とても晴れやかな笑顔が返る。


「いずれは親友同士になれるかもしれないね?」

「おう、そいつは頼もしいな」

「むぅ? それは女の子に対するセリフかい? 困った時は俺に任せろ、くらい言って欲しいものだねえ」

「ははっ、たしかに。でもそう言いつつも、頼られるのも悪くない……だろ?」

「うむ、それもまた然り。少しはわたしのことを理解してくれたようだね。くふふっ♪」


 そうして二人で笑い合い、自然な流れでお互い右手を出したところで……一色は「おっと失礼」と言って律儀にも手袋を外してから、間に静止中の俺の手をぎゅっと握ってきた。


(挿絵:https://kakuyomu.jp/users/mochimochinomochiR/news/16818093085393283686


 だが、速やかに握手を交わしてスッと引っ込めると、少し頬を染めて手元をモジモジさせる。


「その……汗ばんでいたり、するかも……ご、ごめんよ………………ううっ、わたしとしたことが……これは恥ずかしいなぁ……」

「いや、そんなことないぞ?」


 確かにしっとりはしていたが、乙女的には大問題らしいので、当然言わぬが華よ。


「そ、そうかい。それならよかった。うん、本当によかったよ……」


 一色は少しばかり照れ顔をして、しみじみとそう呟いた。その表情と言葉には、友達同士になれたことへのうれしさも多分に含まれているように感じられたが、きっとそれは俺の思い上がりや勘違いなどではないだろう。だって俺たちは、似た者同士、なんだからさ。

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