6-22 誤診

 一色へ夕の件を相談し、俺のハートが重要とのアドバイスを貰ったものの、具体的にどうすべきかはやはり分からないままだ。それで頭を捻っていたところ、一色がフッと優しげな表情をして、再び語り始めた。


「キミが悩む通り、キミの想いや願いだけで全て上手くいくほど、この世は易しくないとも。人より随分とハードな人生を歩んできたキミには、釈迦しゃかに説法だけれどね?」

「そう、だな……」


 あの時の小さな俺の切なる願いは、無慈悲な現実に押し潰されたのだ。


「なので今キミは、その想いをもってして彼女をひも解き、より深く深く識る必要がある」

「……んー?」

「要するに、彼女の人となりや過去の言動などを細緻さいちに分析し、解決の糸口とする訳だね。そして重要なのは、彼女を最も良く識るのは宇宙くん、キミだと言うことだよ。先に『助言などそうそうできはしない』と述べた通り、それはまさにキミのハートでなくばできないことなのさ」

「っ!」


 こうして一色は、先ほどの曖昧あいまいな助言に対し、実に一色らしい堅実な解釈をくれるのだった。まさかここまでの意味を込めて、「ハート」と言ってくれていたとは……本当に笑ってすまなかった。


「……ああ、そうだな。俺なりに頑張ってみる」

「うむ、良く頭を働かせることだよ。……ま、分析に関してはわたしも一家言あるのでね、もしキミが望むならば、今後も手を貸そうではないか。……団員としてね? くくく」

「……団、員? んまぁ、助かるぜ」


 何にしても、実に頼もしいことだ。それに手芸部で見た時にも感じたが、やはり根は凄くイイヤツなんだなと改めて思う。

 よし。このアドバイスに従って、部活が終わり次第、いま一度夕について深く考える──分析するとしよう。


「……あ、そうそう。分析って言えばさ、さっきプロファイリングと言われて気になってたんだが……あれって犯罪者の手口を分析するやつだよな?」

「うむ。その『犯罪プロファイリング』をイメージしがちだし、もしや気を悪くしたのかもしれないが、本来は犯罪以外――例えばマーケティング分野などでも、行動分析手法として使用されるのだよ」

「なるほ。犯罪者扱いされてる訳じゃなくてよかったぜ、ははっ」

「おや? 改心した今はともかく、あの時のキミは随分とワルイコだったので、現にわたしは犯罪プロファインリングをしていたのだがね? くくく」

「むぅ……」


 その件については何も言い返せないので……せめて別口からささやかな反撃でもしてみよう。


「そう言うお前さんは、知り合い全員のプロファイリング帳とか、こっそり作ってそうだよなぁ? なんて、そりゃ流石に――んええ!?」

「ん? 何のことだい?」

「あー……」


 すごい速度で頭が回るのに合わせて、目までキョロキョロ回っており、表情の制御が完全に置いてけぼりの周回遅れ状態。漫画なら、顔の横にアセアセと書かれているに違いない。ここまでポーカーフェイスが下手っぴの極みとなれば、残念だけどFBIの道は遠いね……あ、中古で良ければ能面とか貸してあげるぞ?


「おいおい、冗談で言ったのに、まさか当たってんのかよ……んなことばっかしてるから嫌われちまったんじゃ」

「むぅっ! いいじゃないかぁ、今はそれで誰かを困らせているわけでも……ないのだからぁ……ごにょごにょ……」


 唇をとがらせて可愛げのあるね方をしたかと思えば、しょんぼり顔になってボソボソとつぶやき始めた。本当に今日は意外のオンパレードで、やはり面と向かって話さないと解らないものだ。


「……その、やはりダメ、なのかな?」

「ダメとまでは言わんけどさぁ……ほんといいご趣味をお持ちなことで。あと個人的趣味の範囲を飛び出さないように、しっかりとご秘匿ひとく願いたいな」


 知るだけなら別に良いのだ。それをバラしたり、謀略を企てなければ。


「…………ふーん、言ってくれるね。キミの方こそ、わたしの趣味をとやかく言えるほどの、ご立派な趣味をお持ちなのかな?」

「ぐはっ……そう、でした……」


 目下治療中の患者は、人の趣味嗜好の心配をしている場合ではなかった。


「くくっ、やはり気にしていたかい。世間体としては、よろしくはないものね?」

「……むぅ」

「とは言え、キミをからかっただけだし、そんな卑下しなくても良いさ。先ほども言った通り、一途なら別に良いと思うよ。好きになった人が、たまたまそういう属性を持っていただけ――なぁんてねぇ~?」


 これは……意図せず自己弁護になってしまい、気恥ずかしさから陽キャモードが飛び出した、と言ったところか。いわゆる、同じ穴のむじなってヤツだもんな? ハハハ。


「むっ? なんだいその顔は? そんな『同じ穴の狢』などと思って、乙女の秘密をニヤニヤ楽しむようなワルイコは……――く・わ・し・くぅ、プロファイリ~ングッ、しちゃうぞぉ~? い~のかなぁ~? 謝るなら今のうち~だぞぉ~?」


 やっべ筒抜け! 即謝罪案件!


「すんま――」

「はぁ~い、時間ぎれぇ~♪」

「せっ!?」


 制限時間とかあんの!? しかもみっじかっ!


「ちょま──」

「ふ~~~~~~む」


 止める間もなく、即座に探偵一色の推理が始まってしまった。その眉間みけんしわを寄せてあごでる仕草が実に堂に入っていて、一体何を暴かれてしまうのかと、見ているだけで不安になってくる。とは言え、夕案件はすでに丸裸にされた後なので、もはや隠すようなことも無――ってえぇ、あるし! 今朝の特大極秘ネタがよぉ!!!


「ああそうそう、そんなことより――」

「ん~~? この期におよんで、一体何を警戒しているのかな? となれば、ふむふむ……」


 くっ、ジャミングするどころか、余計に情報を与えてしまった!?


「恋心は自覚していない中で、この反応は……」


 ああ、推理がどんどん進んでいく……もう俺にはどうすることもできないのか。名探偵に尋問を受ける犯人って、きっとこんな気持ちなんだろうなぁ。

 そうして半ば諦めムードで遠い目をしていたところ……


「──あは☆」


 一色はポフンと両手を合わせ、口を三日月にした悪魔の笑顔をズズイとこちらへ寄せると、黄色い声でこうささやいてきた。


「宇宙くんもぉ~……お・と・こ・の・こ、だねぇ~♪ やぁ~ん♪」

「ぐわあぁぁぁ!!! も、もう、おしまいだぁぁぁ……」


 絶望のあまり、ひざの上に両ひじを落とし、肩から崩折くずおれる。

 もうヤダこの子。泣きそす。

 あのさぁ、こんなことしてっから嫌われんだぞ! ほんとに解ってんのかなぁ!?


「まあまあ、そんな顔しないでさ。それは悪いどころか、むしろ生物として正常なことだろう? 普通の思春期の男子は、好きな子に性て――むぷっ!」

「ごめんなさい! どうか許してください!」


 大慌てで目の前の一色の口を塞ぎつつ、緊急謝罪。こんなアレなことを女の子の口から事細かく解説された日には、それこそショックで立ち直れん!


「ぷはぁ! なっ、なにをするのだい!」

「ご、ごめん!」


 勢いで顔に触ってしまったのは申し訳ないが……そもそもこんなトンデモナイことを言い出したお前が悪いんだぞ?


「まったくもう、キミは本当に照れ屋だねえ。これはその子も相当苦労を――いや、むしろ楽しめるのかな? くふふ」

「はぁ、もう勘弁してくれよ……」


 そうして肩を落とす俺を見て一色は、イジワルな笑みからフッと真面目な表情に変え、こう続けた。


「それで、ここまでの情報からのわたしの見立てだと……それは属性によるものではないよ。なので全然まったく気に病まなくて良いかと」

「……そう、なのか?」

「恐らくね」


 これはもしや……フォローされている、のか? あなた誤診かもしれませんよ、と? ……たしかに、小学生であることは関係なく「夕だから」で納得していると、自分で言っていたではないか。ただそうなると、その誤診が意味するところは……くっ、そ、それはひとまず置いておこう!


「ああそうだ。その時の状況を詳しく話してくれたら、アドバイスしてあげられるよ?」

「ばっ! ばば、ばっかかお前は! ななな、なに言っちゃってんの!?」


 どんな羞恥しゅうちプレイだよ!? マジでこいつ頭のネジぶっ飛んでんな!


「──っ! ……あはは~、もっち冗談~だよぉ~? さっすがにそれは〜あたしもぉ~、ちょぉっち……はずかしい~かなかなぁ~? ……興味はあ──こほん」


 急に陽キャモードになって誤魔化しているのは、本当に一色も恥ずかしがっているからと……おいおい、ただの自爆テロじゃねぇか。


「と、とにかく! 属性など気にしなくても良いということさ」

「はぁ、そういうもんかねぇ。じゃぁお前もひな――」

「(ニコニコ)」


 あ、死んだ。大地は裂け、海は枯れ果て、いま宇宙は最期のときを迎えた。

 流れでウッカリとはいえ、何で、こんな……俺はいつから死にたがりになったんだ!?


「ごめん、なさい……」

「まったくっ! キミはっ! 花も恥じらう乙女にっ! なんてこと聞こうとしてるのさ!?」


 一色は机をバンバンとたたきながら、ものすごい剣幕でお怒りになられている。まさに怒髪どはつてんくとばかりに、普段は丸い両触角も鋭く屹立きつりつしているように見える。


「で、でも一色だって──」

「ナニカ?」

「いえ! 誠におっしゃる通りでございまして……」


 今しがた目の前のハナモハジラウオトメにされた事を返しただけなのだが、性別が逆だと問答無用でセクハラ判定されてしまう理不尽。だが乙女心とは、きっとそういうものなのだろう。是非もないね。


「あーもー、反省したまえ!」


 最後に一色は俺をビシリと指差してそう告げ、ふぅと大きく息を吐くと……少しだけ落ち着きを取り戻した。


「うーむ……こんなワルイコなキミには、とぉってもキツーイお仕置きが必要のようだね? ――って、あ……」


 俺の失言に怒りを通り越して呆れ返っていた一色は、ここでふと何かに思い至ったのか、両手を口元に当ててこちらをジッと見つめ始める。そして……


「もしかしてさ、キミぃ……わたしに……そのぉ…………いじめられたい、の?」


 信じがたいことを聞いてきた! しかも、首を傾げてのぞき込んでくる一色の眼が、妙に色のあるあやしい光を放っていて……おいぃ、まさか本気で聞いてるのか!?


「あはっ☆ なあんだ、そうならそうと早く言ってくれれば、こちらもやぶさかでは――」

「俺は変態ドMかよ!? そんで妙に乗り気になるんじゃぁない!」


 折角いじめっ子から解放されたというのに、逆戻りはまっぴら御免だ。どうしてもドSっ娘の血がうずくってんなら、その辺のヤスドMでも使って割れじ遊びしててくれや!


「ふふ、冗談半分さ」

「半分だとぉ!?」


 その半分ってのも、冗談……なんですよね?


「先ほどの件といい、キミはこう言った方面の耐性が随分と低いようだからね? 実に面白い反応が見られて満足満足。あとその様子では、ゆーちゃんにも散々やられている口なのだろう? ん~? くくく」

「そんなこと、ねぇしよ……」


 そうは言ったものの、心底楽しそうにニヤニヤクスクスする一色からは、たまに夕がする「にしし」に近い雰囲気を感じてしまう。思えばイタズラ心が旺盛おうせいな所は良く似ていて、確かに二人にはいつも頭を悩まされてばかりだった。


「くふふっ。あ~たのし♪」

「ぐ、ぐぬぬぅ……はぁ」


 それにしても、以前はニコニコしてドス黒い悪意をき散らしてきたヤツが、今ではこんなワルイ顔をしているのに悪意の欠片も無いという……本当に不思議な子だ。


「――というわけで、キミのその顔を見られたから、これで特別に許してあげようではないか。だが……次はないよ?」

「肝に銘じておきますです……」


 先ほどから可愛げのあるところをチラホラ見せられたが、真の姿は大魔王だということを、決して忘れてはいけないのだ。

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