6-22 誤診

「まったく、何もかも筒抜けとは恐れ入るぞ」


 ここまで言い当てられると逆に清々しいというか、もはやあきらめの境地だな。どうやら悪さはしないらしいから、もう好きにしてくれって感じだわ。


「さっきはプロファイリングって言ってたか? お前は知り合い全員のプロファイリング帳とか作ってそうだよなぁ? ――ってそれは流石にな――――ええ!?」

「ん? 何のことだい?」


 あー……この子ってば、頭がもんっのすごい回る訳だけど、目までキョロキョロ回っていて、表情の制御が完全に置いてけぼりの周回遅れ状態。漫画なら横にアセアセって書かれてるやつ。残念ながらFBIの道は遠そうだね。あ、中古で良ければ能面とか貸してあげるぞ?


「おいおい、冗談で言ったのに、まさか当たってんのかよ……んなことばっかしてるから嫌われちまったんじゃ」

「むぅっ! いいじゃないかぁ、今はそれで誰かを困らせているわけでも……ないのだから……ごにょごにょ……」


 一色は妙に可愛げあるね方をすると、挙げ句にしょんぼりしながらボソボソとつぶやいている。ほんと今日は意外のオンパレードだな。やっぱちゃんと話さないと解らんもんだね。


「……その、やはりダメ、なのかな?」

「ダメとまでは言わんけどさぁ……ほんといいご趣味をお持ちなことで。できれば趣味の範囲を飛び出さないように、しっかりとご秘蔵願いたいな」


 知るだけならいいんだよ。それをバラしたり、謀略を企てなけりゃな。


「…………ふーん、言ってくれるね。キミの方こそ、わたしの趣味をとやかく言えるほどの、ご立派な趣味をお持ちなのかな?」

「ぐはっ……そう、でした。はぁ……」


 目下治療中の患者なんだった。人の趣味嗜好の心配をしている場合じゃない。


「くくっ、やはり気にしていたかい。世間体としては、よろしくはないものね?」

「ぐぅ」

「とは言え、キミをからかっただけだし、そんな卑下しなくても良いさ。先ほども言った通り、一途なら別に良いと思うよ。好きになった人が、たまたまそういう属性を持っていただけさ……――なぁんてねぇ~?」


 ん、これは……自分のことも言ってるんだろうな。いわゆる、同じ穴のむじなってヤツか? それで思わぬ自己弁護が恥ずかしくなって、陽キャ交代ってか? ハハハ。


「むー? なんだいその顔は? そんな『同じ穴の狢』などと思って乙女の秘密でニヤニヤするような不届き者は……――く・わ・し・くぅ、プロファイリ~ングッ、しちゃうぞぉ~? い~のかなぁ~? 謝るなら今のうち~だぞぉ~?」


 やっべ筒抜け。しかも確実に報復されるやつ。即謝罪案件。


「すんま――」

「はぁ~い、時間ぎれぇ~♪」

「せっ!?」


 制限時間とかあんの!? しかもみじかっ!


「ふ~~~~~~む」


 それで即座に探偵一色の推理が始まりやがった。くっそ、あごでる仕草が妙に堂に入ってやがるなぁ。だから他人の秘密を暴くのはやめろとあれほど……。

 ――ってぇ! 夕案件では、いろいろと暴かれるとマズイものが!


「あ、そんなことより――」

「ん~~? 何を警戒してるのかな? ふむふむ、となると……」


 くっ、ジャミングするどころか、余計に情報を与えてしまった!?


「恋心は自覚していないのに、さっきの反応は……」


 ああ、推理がどんどん進んでいっている。どうしたらいいんだ。


「……――あははっ、なぁんだ~宇宙君もぉ~………………お・と・こ・の・こ、だねぇ~♪ やぁ~ん♪」

「んな!!!」


 俺の最大級の秘密を探り当てた一色は、最高に面白いおもちゃを見つけたとばかりに、今日イチの飛び切り悪い笑顔を見せてきた。


「おしまいだ……」


 俺は自身のひざの上に両ひじを落として崩折くずおれてしまう。

 もうヤダこの子。どうやったらこんだけの情報で推理できんだよ……泣きそす。

 あのさぁ、こんなことしてっから嫌われるんだぞ! ほんとに解ってるのかなぁ!?


「まあまあ、そんな顔しないでさ。それは悪いどころか、むしろ正常なことだろう? 好きな子に性て――むぷっ!」

「ごめんなさい! どうか許してください!」


 慌てて一色の口を抑えて言葉を遮るとともに、緊急謝罪。

 こんなこと女の子の口から暴露された日にゃ、それこそショックで立ち直れんわ!


「ぷはぁ! なっ、なにするのだい!」


 あ、いや、勢いで顔に触ってしまったけど……こんなトンデモないこと言い出したお前が悪いんだぞ?


「まったくもう、キミは本当に照れ屋だねぇ。こりゃその子も苦労――いや、むしろ楽しめるのかな?」

「はぁ、もう勘弁してくれよ……」


 照れるとかそういう問題じゃねぇだろ。いくら素の一色らしい淡白な表現されたって、ダメに決まってんだろうに。

 そこで一色は、イジワルな笑みから一転して真面目な表情でこう続けた。


「それで、ここまでの情報からのわたしの見立てだと……それは属性によるものではないさ。だから全然ちっとも気に病まなくて良いかと」

「……そう、なのか?」

「恐らくね」


 えーと、なんだ、これはフォローされてるんだよな? あなた誤診かもしれませんよ、と。言われてみれば……ついさっき自分でそう思ってたじゃないか。小学生とかは関係なく、ただ「夕だから」で納得していると。ただそうなると、その誤診が意味するところは……ぐぅ、そ、それはひとまず置いておこう!


「あ、その時のことを話してくれたら、詳しくアドバイスしてあげられるよ?」

「ばっ! ばっかかお前は! ななな、なに言っちゃってんの!?」


 それどんな羞恥しゅうちプレイだよ!? マジでこいつ頭のネジぶっ飛んでんな!


「あはは~、もっち冗談~だよぉ~? …………さっすがにそれはあたしもぉ~、ちょぉっち……はずかしい~かなかなぁ~?」


 冗談なのかよぉ。陽キャモードになってごまかしてることからして、本当にこいつも恥ずかしがってるわけか。自分で言ってて世話ないし、ただの自爆テロじゃねぇか。


「はぁ……そういうもんなのかねぇ。じゃぁお前もひ――」

「(ニコニコ)」


 あ、死んだ。大地は裂け、海は枯れ果てた。

 流れでウッカリとはいえ、何で、こんな……俺はいつから死にたがりになったんだ!?


「ごめん、なさい……」

「あーもーまったくっ! キミはっ! 乙女にっ! なんてこと言おうとしてんのさ!?」


 一色は机をバンバンとたたきながら、ものすごい剣幕でお怒りになられている。怒髪どはつてんくとばかりに、両触角も屹立きつりつしている……ように見える。モウオシマイダ。


「誠におっしゃる通りでございまして……」

「あーもー、ほんと信じらんないよ! 反省したまえ!」


 そうして最後にふぅと大きく息を吐くと、少しだけ落ち着きを取り戻した。


「はぁ……そんな悪い子なキミには、すごくキツーイお仕置きが必要のようだね……――って、あっ……」


 俺の失言に怒りを通り越して呆れ返る一色だったが、ここでふと何かに思い至ったのか、


「……え、もしかしてさ、キミぃ……わたしに……そのぉ……いじめられたい、の?」


 信じがたいことを聞いてきた! しかも、下からのぞき込んでくる一色の眼が、戸惑いと共にあやしい光を放っているところからするに、割と本気で聞いてる!?


「なぁんだ、そうならそうと言ってくれれば、こちらもやぶさかでは――」

「俺は変態ドMかよ!? そんで微妙に乗り気になるんじゃぁない!」


 せっかくいじめっ子から解放されたというのに、逆戻りは嫌だっての。そもそもお前のコアな趣味に付き合う気はないし、ヤスでも使って割れじ遊びでもしててくれや!


「ふふ、冗談半分さ」

「半分だとぉ!?」


 その半分ってのも、冗談……なんですよね?


「先ほどの件といい、キミはこっち方面の耐性が随分と低いようだからね? やはりとても面白い反応が見られるようだ。あとその様子では、例の子にもやられてる口なのだろう? んー? くくく」

「そんなこと、ねぇし……」


 そうは言ったものの、心底楽しそうにニヤニヤクスクスする一色からは、たまに夕がする「にしし」に近い雰囲気を感じてしまう。思えばイタズラ心が旺盛おうせいな所は、妙に似てるよな。それで夕にしろ一色にしろ、こういう時にどう反応したら良いやら、いつも悩まされてばかりだ。

 それにしても、以前はニコニコして悪意をき散らしてきたヤツが、今じゃこんなワルイ顔をしてるのに微塵みじんも悪意が無いという……本当に面白い子だぜ。


「というわけで、キミのその顔を見られたから、これで特別に許してあげようではないか。でも……次は、ないよ?」

「肝に銘じておきますです……」


 さっきから可愛げのあるところをチラホラ見せられたけど、真の姿が大魔王だってことは忘れちゃいかんのだよ。絶対に油断しては、いけない!

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