6-25 模倣

 思えば随分長いこと一色と話し込んでいたもので、教室前方の壁時計を見れば軽く一時間が過ぎていた。だがそのおかげで互いの理解が相当に深まったはずであり、今後の俺の長い人生の中でも、これほどまでに対人関係を激変させる一時間はなかなか無いだろう。そう思えば、最初はうつと皮肉ったこの時間も実に有意義だったと言える。

 そうしてえんたけなわからの一本締めといった雰囲気――TV等で見聞きした程度だが――ではあるが、最後にどうしても確認しておくべきことがあるので、これ一つを聞いて締めにするとしよう。


「一つ気になってたんだが」

「何かな?」

「さっきのひなたとの会話、よく聞こえたよなぁと。しっかり教室の戸は閉まってたよな? お前そんな耳いいの?」


 言われるまで全く気付かなかったわけで、本当に不思議だったのだ。こう聞いたのは方便で、犯行手口を確認しておくという予防も兼ねての質問だ。


「至って普通の聴力だよ」

「するっと?」

「フッフッフ……よくぞ聞いてくれたね!?」

「え」


 なんなんこのフリ。めっちゃ楽しそうな顔してることからも、絶対ろくでもないやつだこれ。あー要らんこと聞いたなぁ……さっさと一本締めしときゃ良かったわ。

 そうして俺がつぶされた苦虫を味わっていると、


「そう、これを使ったのさ!」


 一色はポーチから小型の何かを取り出し、ジャジャーンと効果音が付いていそうな勢いで高々と掲げた。言うまでもないけど、すっげぇドヤ顔な。


「そうかそうかそりゃすげーな。さて俺はそろそろ――」

「待・ち・た・ま・え・よ! 何故この流れで解説を聞こうと思わないのだ! キミには知的好奇心というものが無いのかね!?」

「好奇心より警戒心のが強いもんで」

「あーもう、ツベコベ言わず聞きたまえ! はいお座り! Sit down!」


 立ち上がろうとした俺の両袖りょうそでを下に引いて、無理やり着席させてきた。俺に拒否権とかはないのかよ。ほら、知らされない権利とかさ。


「はぁ……それで?」


 こちらから聞いたくらいだし、もちろん気にはなっているのだが、そもそも話を聞くまで絶対に離してくれないやつだし、完全にあきらめムードとも言う。


「――えーこほん。まず簡単な原理から説明するよ? この装置は従来の構造物非破壊検査で用いられるAcoustic Emission法、通称AE法の原理を応用して、その構成要素から受信部のみを吸盤加工・小型化したものでね、付着先の壁面を伝播でんぱしてきた弾性超音波を可聴域音波に変換して背部の増幅器兼発信器を通じて気中送波する機構なのは容易に予測が付くところであろうけれど、ここでミソなのがこの自作した超小型特殊圧電素子の複素誘電――」

「ムリ! 開始三秒で置き去りにされたわ!」


 こいつめ、完全に機械メカマニアのスイッチが入りやがった。キラッキラした目で嬉々ききとしてマシンガントーク飛ばしまくりよって、俺が秒ではちの巣になってるの気付けっての! ――ってそうだよ、普段のお前なら俺が理解できてないことくらい余裕で判るだろうに……まったく、どんだけメカ自慢したいんだ、お前は子供かよ!


「むぅ、ここからが一番良いところなのに、まったくキミときたら……この装置に秘められた美しさを理解できないとは、エンジニア魂が少々足りないのではないかね?」

「すまんな、ごく平凡な高校生なもんで。そいじゃ三秒以内で解説よろしく」

「壁に付けると室内の音全部イヤホンで拾える」

「ま!?」


 え、何でそんなもん持って――いや作ってんの? 潜入捜査中のFBIか何かなの?

 そうして混乱する俺をよそに、


「あと、このバーで音波の指向性――ええと、音の来る方向も指定していたから、キミらの声はささやき声まで聞こえていた」


 一色はさらなる追加情報を押し売りしてきた。


「ガチの盗聴じゃねぇか!」

「ちっ、違うぞ! ほんの少しだけ耳が良くなってしまう機械なのだよ! そもそも、キミがそれを言うのかい!?」

「ぐっ……」


 俺も前科があるからなんも言えねぇ……。


「まったく、むじななのを忘れてはダメなんだぞ。死なばもろともさ」

「はぁ……そもそもそんな回りくどい機械使わなくても、お前ならそれこそ……普通の盗聴器とか持ってそう、な?」


 いや、さすがにそこまでは、ない……よな?


「ばかものっ! そんなこと許されるわけが無いだろう! そりゃそのくらい簡単に作れるけれど……それは人として絶対超えてはいけない一線だよ!?」

「いやぁ、これもアウトな気がするけどなぁ……」


 それと、買うじゃなくて作るなのがほんとすげぇよ。


「これは、ひ~ちゃんを害虫から守るという大義名分があったからね」

「おまっ、ひでぇな!」

「あはは、今は益虫だと解っているから安心して頂戴ちょうだい?」


 え、虫の方は否定してくれないのかな? まぁ不埒ふらちな男を悪い虫とも言うし、虫で例えるのは間違っちゃいないのか。夕のヘンテコことわざに近いものを感じるな。


「そもそもキミはひ~ちゃんを甘く見過ぎだよ。そんなことした日には、わたしが罪悪感のあまりにキョドりまくった挙げ句、ひ~ちゃんの超感覚で即バレ終了さ。そしてわたしは速やかに自決する」

「なんだよその潔さは!」


 エンジニア界隈かいわいではハラキリが流行ってんの? ――ああ、確かにあいつらはやたらと自爆ボタンを作りたがる奇妙な習性を持ってるよな。


「そりゃあ、わたしは他の追随を許さないほどの豆腐メンタルなのだから、甘く見てもらっては困るな! ほらほら、キミももっと優しく扱いたまえよ? ふふふ」


 そういやそうだった。でも何でそんな自信満々なのかな? おかしいよね?


「それにしたって大げさな――」

「好きな子にさげすみの目で見られるなんて、それこそ耐えられないさ。そうだろう?」


 一色は冗句ジョークを止めて真剣な声色に変えると、含みのある言葉と目線を送ってきた。


「む……そう、だな」


 好き、かは置いとくとして、今朝のは本当キツかったもんなぁ。意識飛びかけたし。


「でも、キミはこうしてわたしと話をする心の余裕まである。本当に、強くなったのだね……これではもう、似た者同士とは言えないかもしれないなぁ……」


 そう言った一色は、どこか寂しげな様子でもあった。


「そんなこと、ねぇよ……もし俺独りだったら、それこそどうなっていたか分からんしな」

「なるほど……――ふふっ、キミも良い友達に恵まれたようだね?」

「そう……かもな?」


 ヤスにはとても感謝しているが、素直にはそう言いたくないのは、やっぱ俺もひねくれ者なんだろうな。ハハ、もうしばらくは似た者同士で居ようじゃないか。


「それではわたしも良い友達の一人になるべく……キミがこの補聴器を必要とした時には貸してあげようじゃないか」

「要らねぇよ!」


 この自作盗聴グッズを補聴器と言い張る勇気よな。アクマで耳が良くなるだけってか? 人類総デビルマン計画でも企んでんのかよ。


「キミは倹約家だなぁ」


 一色が聞き覚えのある不自然な単語を使い、さらに目配せまでしてきたので、


「ふん、『贅沢ぜいたく者』呼ばわりは御免なもんでな?」


 俺も右の口角を上げながら返してやった。


「……」

「……」

「「ぷっ」「くふっ」」


 そして、その焼き増し漫才を楽しめていること自体が妙に可笑しくて、二人で吹き出してしまうのだった。



   ◇◆◆



 さて、聞きたいこと……どころか余計なことまで聞いてしまったし、今度こそ解散だな。


「それじゃ、一色と話――」

「名前」

「え!」


 あーなんだろう、この同シチュからのデジャブ。またもやコピペしてくるわけ? でもノリが全然違うから、雰囲気のコピペ書式貼り付けはせずか。


「ん~?」

「いやぁ……」


 小首を傾げて、これで解るよね? という顔をされましてもね。いくらこうして和解したとは言っても、そこまではなぁ。


「友達」

「く……」


 ここでまたそれ使うかぁ。


「もう一度するかい?」

「!」


 これは……ひなたと同じやり取りを完コピしようか? と言ってるんだろうな。


「『ズルイです!』」


 そしてこちらが答える間もなく、トレースオンひなたしてきた。

 ――って声マネ上手過ぎんだろ! お前はひなた好き過ぎかよ! あと伊達だてに二年も二色してねぇってか。


「まだする?」

「はぁ……もう分かったよ! あだ名で、いいか?」


 そもそもひなたですら拒否できなかったのに、一色から逃げられるわけないんだよなぁ。もうほんと、俺の周りの女の子らマジで強すぎでは? 一人も勝てる子いねぇんだけど?


「むぅ、仕方ないね。それで妥協してあげようではないか」

「そりゃどうも……なーこ」

「よろしですし~♪」


 まったくよ、そんなうれしそうな顔されたら文句言う気も失くすわ。ほんと昨日の俺にこの顔見せてやりてぇよ。絶対になーこだと信じないだろうなぁ、ははは。




―――――――――――――――――――――――――――――――――


区切りまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

さて、なーこちゃんのターンはいかがでしたでしょうか。

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