6-27 補聴

 一色の用事はこれで終わりとのことだが、経験上ヤスへのお説教はまだ続いていると思うので、最後に気になっていた事を確認して時間調整しておこう。


「一ついいか?」

「何だい?」

「ひなたとの会話だけどさ、バッチリ教室の戸は閉まってたのに、よく聞こえたよなぁと。それにさっきも、歩いてる俺の脇腹を戸の隙間からジャストヒットしてきたし? お前そんな耳いいの?」


 純粋に気になるのもあるが、犯行手口を確認しておくという今後の防犯も兼ねての質問でもあった。


「まさか。至って普通の聴力だとも」

「するっと?」

「フッフッフ……よくぞ聞いてくれたね!?」

「え」


 なんなんこのフリ。めっちゃ楽しそうな顔してるし、絶対ロクデモナイやつ……あー要らんこと聞いたかなぁ。

 そうして俺がつぶされた苦虫を味わい尽くしていると、


「そう、これを使ったのさっ!」


 一色はポーチから小型の何かを取り出し、ジャジャーンと効果音が付いていそうな勢いで高々と掲げた。言うまでもないが、すっげぇドヤ顔。


「そうかそうかそりゃすげーな。さて俺はそろそろ――」

「待・ち・た・ま・え・よ! 何故この流れで解説を聞こうと思わないのだ! キミには知的好奇心というものが無いのかね!?」

「好奇心より警戒心のが強いもんで」

「あーもう、ツベコベ言わず聞きたまえ! はいお座り! Sit down!」


 そそくさと立ち上がろうとした俺の両袖りょうそでを下に引いて、無理やり着席させてきた。俺に拒否権はないのか……ほら、知らされない権利とかさ。


「はぁ……それで?」


 こちらから聞いたくらいだ、もちろん気にはなっている。そもそも話を聞くまで絶対に離してくれないやつなので、完全にあきらめムードとも言う。


「――えーこほん。まず簡単な原理から説明するよ? この装置は従来の構造物非破壊検査で用いられるAcoustic Emission法、通称AE法の原理を応用して、その構成要素から受信部のみを吸盤加工・小型化したものでね、付着先の壁面を伝播でんぱしてきた弾性超音波を可聴域音波に変換して背部の増幅器兼発信器を通じて気中送波する機構なのは容易に予測が付くところであろうけれど、ここでミソなのがこの自作した超小型特殊圧電素子の複素誘電――」

「ムリ! 開始三秒で置き去りにされたわ!」


 こいつめ、完全に機械メカマニアのスイッチが入りやがった。キラッキラした目で嬉々ききとしてマシンガントーク飛ばしまくりよって、俺が秒ではちの巣になってるの気付けっての! ――ってそうだよ、普段のお前なら俺が理解できてないことくらい余裕で判るだろうに。まったく、どんだけメカ自慢したいんだ……お前は小学男子か!


「むう、ここからが一番良いところだと言うのに。まったくキミときたら……この装置に秘められた美しさを理解できないとは、エンジニア魂が少々足りないのではないかね?」

「すまんな、ごく平凡な高校生なもんで。そいじゃ三秒で要約よろしく」

「壁に付けると室内の音全部イヤホンで拾える」

「ま!?」


 え、何でそんなもん持って――いや作ってんの? 潜入捜査中のFBIか何かなの?

 そうして俺があきれ返っていたところ、


「あと、このバーで音波の指向性――ええと、音の来る方向も指定していたから、キミらの声はささやき声まで聞こえていた」


 さらに追加情報が押し売りされた。


「ガチの盗聴じゃねぇか!」

「ちっ、違うぞ! ほんの少しだけ耳が良くなってしまう機械なのだよ! そもそも、キミがそれを非難するのかい!?」

「ぐっ……」


 くっそぉ、俺も前科があるからなんも言えねぇぇ。


「まったく、我々がむじななのを忘れてはダメだぞ。死なばもろともさ」

「はぁ……そもそもそんな回りくどい機械使わなくても、お前ならそれこそ……普通の盗聴器とか持ってそう、な?」


 いや、さすがにそこまでは、ない……よな?


「ばかものっ! そんなこと許されるわけが無いだろう! もちろんその程度の装置は簡単に作れるけれど……それは人として絶対超えてはいけない一線だよ!?」

「いやいやぁ、これもアウトな気がすっけどなぁ……」


 それと、買うじゃなくて作るなのがほんとスゲェよ。


「これは、ひ~ちゃんを害虫から守るという大義名分があったからね。うむ」

「おまっ、ひでぇな!」

「あはは、今は益虫だと解っているから安心して頂戴ちょうだい?」


 虫の方も否定して欲しいが……不埒ふらちな男を悪い虫とも言うので、虫で例えるのは間違ってはいないのか。夕のヘンテコことわざに近いものを感じる。


「そもそもキミは、ひ~ちゃんを甘く見過ぎだ。盗聴などした日には、わたしが罪悪感のあまりにキョドりまくった挙げ句、ひ~ちゃんの超感覚で即バレ終了さ。そしてわたしは速やかに自決する」

「なんだよその潔さは!」


 エンジニア界隈かいわいではハラキリが流行ってんの? そういや確かに、あいつらはやたらと自爆ボタンを作りたがる奇妙な習性を持ってるよな。


「わたしは他の追随を許さないほどの豆腐メンタルなのだから、甘く見てもらっては困るな! ほらほら、キミもわたしをもっと優しく丁重に扱いたまえよ? ふふふ」


 はいはい臆病者だったね。でも何でそんな自信満々なのかな? おかしいよね?


「それにしたって大げさな――」

「好きな子にさげすみの目で見られるなんて、それこそ耐えられないさ。そうだろう?」


 一色は冗句ジョークを止めて真剣な声色に変えると、含みのある言葉と目線を送ってきた。


「む……そう、だな」


 今朝の一件は意識が飛びかけるほどに辛かったが、もし夕以外だったなら、別にそこまでショックではなかっただろう。


「それだと言うのに、今のキミはこうしてわたしと話をする心の余裕まである。本当に、強くなったのだね……これではもう、似た者同士とは言えないかもしれないなぁ……」


 一色はどこか寂しげな表情でそう呟くと、肩を落として小さく溜息ためいきく。


「そんなこと、ねぇよ……あん時もし俺独りだったら、それこそどうなっていたか分からんしな」

「なるほど……ふふっ、キミも良き友達に恵まれたようだね?」

「ははっ、どうだろうな?」


 実際のところヤスにはとても感謝しているが、素直にそう言いたくないのは、やはり俺もひねくれ者だからなのだろう。だからもうしばらくは、似た者同士でよろしくな。


「それではわたしも良き友達の一人となるべく……キミがこの補聴器を必要とした時には、喜んで貸してあげようじゃぁないか」

「要らねぇよ!!!」


 この自作盗聴グッズを補聴器と言い張る勇気よな。アクマで耳が良くなるだけってか? 人類総デビルマン計画でも企んでんのかよ。


「キミは『倹約家』だなあ」


 そこで一色が聞き覚えのある不自然な単語を使い、さらにパチリと目配せまでしてきたので、


「ふん、『贅沢ぜいたく者』呼ばわりは御免だからな?」


 俺も右の口角を上げながら返してやった。


「……」

「……」

「ぷっ」「くふっ」


 そうして、その焼き増し漫才を楽しめていること自体が妙に可笑しくなり、思わず二人で吹き出してしまうのだった。

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