6-26 計画

 着替えて更衣室から廊下に出たところで、ちょうど福田師範とバッタリ遭遇してしまい──瞬間、俺とヤスに鋭い緊張が走る。そしてその恐ろしいしかめ面から予想通りの展開ではあったが、「おい小僧、最近たるんどるぞ!」の一喝を皮切りに、ヤスへの説教が始まってしまった。毎度の事ながら真っ青になって震えるヤスに、心の中で南無三と合掌しつつ、流れ弾を喰らう前にソソクサと退散しておく。……ふぅ、俺も今日は弓を握ってないし、スケープゴートホースが居なければ危ないところだったぜ。

 そうして尊い犠牲に感謝しつつ廊下を進み、教室の前を通過しようとした時──


「うほぉぁ!?」


 唐突に脇腹を突かれて変な声が飛び出る。

 何事かと横を見れば、教室の戸の隙間に手袋付きの腕がシュッと引っ込んだので、すぐに下手人が判明。呆れながら戸を開け放つと、「くふっ♪」とイタズラっ娘が顔を見せる。


「ったくお前ってヤツは…………で、また何か用か?」

「うむ、先ほどは邪魔が入ったのでね。少しいいかい?」

「あー」


 後輩が飛び込んできた流れで解散になったが、実はまだ話の続きがあったらしい。

 それでヤスはしばらく絞られているだろうから、待ちがてら一色に付き合っておこうと思い、頷きつつ中へと入る。そしてもはや定位置となった席へ向かい、本日三度目となる着席をすると、とりあえず隣へ悪態をついておく。


「てかお前……暇なん?」

「むぅっ? これは相応に重要な用件だし、それにわたしは兼部もあって何かと忙しい身なのだよ?」

「へえ。その手袋とか豪勢な装備からして……工作系の部活?」

「いかにも」


 一色は大仰に頷くと、腰の両サイドに装着した工具が詰まったポーチを、ポポンと軽快にたたく。


「ちなみにこれは、以前にさっちゃんと共同製作した特別品なのさ」


 さっちゃんと言うと、関西弁で裁縫名人の子だ。その腕前に感動したひなたが、いきなり弟子入りしていたな。


「で、どうだい?」


 一色は上半身をひねって、少し得意げな顔をしてポーチを見せつけてきた。この流れからして、これは装いの感想を聞かれている……はず。

 それでじっくりと観察してみると、腰元にズラリと並んだ工具類が熟練エンジニアといった趣であり、カッコイイというのが正直な感想だ。また、パステルピンク&グリーンの華やかな彩色に加えて、うさぎのバッジやシールなど可愛らしいグッズがいくつも付けられており、女の子らしさも兼ね備えた一風変わった格好でもある。なのでなかなか人を選ぶ服装だが、一色は言動や趣味嗜好が男子寄りのユニセクシャルな女の子なので、見た目だけでなく内面的な意味でも似合っていると感じる。


「んー……俺はファッションとかはあんま分からんけど、すごく似合ってると思うぞ」

「え!? あ、ありがと…………――いやいやまさか、キミが素直に褒めてくれるとは思わなかったよ、くっくっく」

「ははは……」


 一色は一瞬だけしおらしさを見せたかと思いきや、すぐに通常運転に戻った。お前は褒められるの下手クソかよ。


「そう言う訳で、わたしはモノ部――ものづくり部にも入っていて、今日は一仕事しにきたのさ」

「なるほどな」


 それで通学途中に俺と夕を偶然見かけて、道場まで尾行してきた訳か。


「ちなみに?」

「明日使う小物を少しね。それで先ほどキミに伝えられなかった件だが、集合時間は十一時半、自転車で正門前によろしく」

「いやマテマテ! 何をするのかも聞いてないし、そもそも行くとも言ってないんだが?」


 さも当たり前のように話を進めるのはよくない。コンセンサス取りましょうね?


「まさかキミぃ、一緒に遊んでくれないとでも、言うつもりかい? ああ、寂しいなぁ……チラッ。……お友達……なのに? チラッ。……可愛い後輩の面倒……見てあげたのに? チラッ」

「くっ……そうくるかぁ……貸し、だもんなぁ……」

「フフン」


 一色はしてやったりとニヤニヤ顔を向けてくるが、やはり悪意は微塵みじんも感じられない。ただ、やんわりと策にめてくるというか、色々と上手く使ってくるところが、策略家の一色らしい。


「はぁ、お前には一生勝てる気せんわ」

「へえ、一生付き合ってくれるのかい?」

「んなこと言ってねぇよ!」

「あはは、ツレナイねえ。万一お互いフられ――っこほん! とぉそれでぇ~、明日は~みんなでキャンプ場でばーべきゅぅ~、だよだよぉっ?」

「……なんで?」


 なぜ急に陽キャモードに、と考える間も無くまた唐突に本題に戻され、二重の疑問の声が出てしまった。


「意味なんてぇ~楽しいからぁ! それだけぇ~だよぉ~?」

「う、ん?」


 この様子からすると、本当に一緒に遊んで楽しみたいだけなのだろうか。


「もちろんわたしにとっては、ひ~ちゃんが主目的ではあるよ。でも同時に、特に楽しませたい人らが居るのさ」

「というと?」

「まず沙也さやちゃんかな。とにかく出不精な子だから、アウトドア系の遊びに誘いたいと前々から思っていたのだよ。あと、キミもこういうイベントに参加しない口なのだろう?」


 一色はそう言って、最後に俺をピンっと指差してくる。


「そうだな――っておいまさか……その四人で、なのか?」


 そのメンツでバーベキューとか……ぶっちゃけキツない? 完全に場違いな俺の心労マッハだよ? 胃薬はおやつに含まれますか?


「ん~? キミが沢山の女の子に囲まれたいところ残念なのだけれど――」

「おい、まだそれ引っ張るのか!?」


 先の三股の件を皮肉ってのことだろう。皮も肉もBBQまでとっといて欲しいもんだな!


「ごめんごめん、もちろん冗談さ。それで力仕事用の男手も兼ねて、ヤス君とマメ君を誘い、すでに了承をもらっているとも」

「え……ヤスが?」


 あの一件で一色の恐ろしさを知ったヤスが、そう簡単に誘いに乗るとは到底思えない。あいつはおバカだが間抜けではなく、本当に危ない一線は見極められるヤツだ。そうなると何か弱みでも握られたか……いや、その場合ヤスは真っ先に俺へ相談するだろう。そもそも一色はヤスに警戒されていることを当然知っているから、直接誘わずに絡め手を使うはずだ。例えば、一色が主催であることをヤスに知らせない……あぁ、なるほどな。


「……マメを使って謀ったな?」

「キミぃ、人聞きの悪いことを言うものではないよ? わたしはただ、ヤス君に伝えるように、マメ君へ頼んだだけさ」


 そうして一色は立板に水とばかりにスイスイしゃべりながら、目もスイスイ泳いでいる。なるほど、天は二物二色を与えずか。マジでグッジョブゴッドだな!


「お前が参加するとは言わずにだろ? ついでに高級肉あたりで釣ったか?」

「へえ……やはりキミ、色恋以外はなかなか。くっくっく……ああぁ、楽しいネェェ?」


 ヤッベェ……偶然イイパンチが入って、うっかりドSスイッチ押しちまったか!?


「だーもう、いちいち興奮すんじゃねぇ! お前とやりあう気はないって言ってんだろうが!」


 あやしくギラギラした目を向けてくる一色へ、両手をブンブン振って戦意がないことを必死に主張する。


「アハハ、そんなこと言わずにさぁ! もっとオハナシしようよぉ、ネ!? ネ!?」


 ええい、こんっの知的戦闘狂インテリバーサーカーめ!

 さらにズイズイと詰め寄ってくるので、頭頂部の両触角をチョイと摘んで止める。


「落ち着けや!」

「あいたっ」


 え、待って、神経通ってんの? まあ、少し引っ張られて痛かっただけだろうけど。


「――こほん、失礼。キミと遊ぶとついつい楽しくなってしまってね?」

「ははは……」


 キミ、だよな。言葉は正しく使いましょう。


「それで……頼めるかい?」


 このよろしくとは、一色に敵意は無いことをヤスに伝えた後に、一色が来ることを伝えておいてくれという意味だろう。なぜ俺がそこまでという思いはあるが、現地でヤスがパニックになれば余計に面倒……それしかないのだ。


「はいはい了解了解。頼めるかと聞いときながら、逃げ場用意してねぇくせによ?」


 さらにこれは、俺ならばヤスを簡単に説得できるので、俺と和解するだけで済むという一石二鳥計画だった訳だ。夕のヘンテコことわざなら、天馬より先に将を落とす、と言ったところか……つくづくトンデモネェ子だぜ。


「あはは~、おこっちゃぁ~、や~よぉ~? えへ☆」

「はああぁ……」


 だが相変わらず白一色の雰囲気なので、純粋にヤスやマメとも遊びたいだけなのだろう。目的が完全に良い子ちゃんなのに、どうして手段がそんなにひねくれてるんだ、オマエってヤツはよぉ。

 それによくよく考えてみれば、俺と和解する前からこの計画は進んでいた訳だ。つまり、今朝の件で緊急敵対モードになっただけで、一色は元々俺とお友達になるつもりだったということになる。……何だよそれ、もっと分かり易くできんもんですかね!?


「お前ってさぁ、ほんっと素直じゃねぇよな」

「む! それはお互い様だろう? ね、『似たもの同士』クン?」

「……はは、そういやそうだったな」


 今日は度々出てきた言葉だったが、こうして一色のことを良く識った今では、より深い意味で納得してしまうのだった。

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