6-25 社交

 出番の無かった悲しげな相棒を弓袋ゆぶくろへと仕舞い、更衣室へ向かって廊下を一人歩いていたところ、前から女子二人がカバン片手に歩いて来た。その二人を良く見れば、先ほど心配してくれた後輩女子だったので、再度の礼も兼ねてすれ違いざまに挨拶しておく。


「おつかれさん」

「ハ、ハイッ、宇宙こすも先輩っ!」「ぉおぉ、お疲れ様でしたぁ!」

「ははは……」


 ビクッと肩をすくませて立ち止まり、恐れ多いと言った雰囲気で挨拶を返してくる二人を見て……今となれば少し寂しさを感じてしまう。ただこれも、俺がずっと近寄るなオーラを出し続けたせいなので、まさに身から出たさびなのだ。


「ま、気を付けて帰れよー?」

「「ぇ!?」」


 せめてとこちらは気さくに返したところ、二人は驚き顔で見合ってから後ろを向き、肩を寄せて内緒話を始めた。


「(……ねねね、みーちゃん。さっきもそうだけど、今日の宇宙先輩、なんだかすっごく、優しくない? どうしちゃったんだろ?)」

「(わわっ、そんなこと言っちゃ失礼だよぉ。きっと中身は優しい人なんだよぉ)」


 オイちっちゃい方の子、そりゃ見た目が怖いって言ってるのと一緒だぞ? 君も大概失礼だからね?


「――こほん」

「「ぴゃっ!?」」


 少し脅かしてみれば、二人は小動物のような声を上げ、はかまを揺らしてこちらへ慌てて振り返る。その様子を何だか微笑ましく思ったところで……ふと、二人が弓道衣のまま帰ろうとしていることに気付く。


「えーと……」


 それで尋ねてみようとしたが、どちらの名前も出てこない。そう言えばこの二人組は、少し前にヤスから名前を聞いた気がするが、何と言っていたか……みーちゃん……うーん、やっぱ思い出せない。ま、別に名前じゃなくても聞けるか。そう思ったところで……


「(徳森&大三郎)」


 いつの間にか潜んでいたしのびの者が、背後から耳打ちしてきた。何とも気が利くヤツだが、ナゼ隠れてんだ?


「あー、徳森と大三郎…………君?」


 こうして最後が疑問形になるのも無理はない話で……童顔で百四十センチ程しかない背丈、肩下まで届く髪に女性用弓道衣、おまけに仕草や話し方まで女子風とくれば、どこからどう見ても男子には思えないのだ。ヤスに騙されているか、もしくはヤスも騙されているのではと、不安になってくる。


「わぁっ、まさか先輩が覚えて……びっくりだねっ、みーちゃん?」

「だよねぇ――ってぇ、あゎゎ、し、失礼しましたぁ!」

「ははっ、気にすんな」


 現に忘れていた訳で、こちらこそすまない。


「んで、近所?」

「「?」」


 家が近いので着替えるのが二度手間だからかと思い、服とカバンを指差しながら尋ねたが、不思議そうな顔をされた。……おっとぉ、一色と会話し過ぎたせいで、これで伝わると思ってしまった。ま、一色なら聞く前に察して答えそうだけど、ハハハ。


「いや、弓道衣のまま帰るんだなぁと」

「「ああー!」」


 二人はポンと手を打つと、次いで大三郎の方が気まずそうな顔で説明してくれた。


「そのぉ、ボク着替える場所がなくてぇ……」

「え、普通に男子更衣室で――あー、うん、ダメだな」

「そーなのですよっ! みーちゃんは女の子なのですからっ!」


 もしこんな子が隣で脱ぎ始めたら、事情を知っていてもギョッとなるし、知らない人なら大慌てで追い出そうとするだろう。それに徳森の言葉からすると、女装趣味などではなく心も完全に女の子らしいので、そもそも本人が耐えられない話だった。


「とは言え、女子更衣室でって訳にもいかんしなぁ」


 これ関連の話は、最近よくニュースで耳にするが、なかなかに難しい問題だと思う。


「んー、みーちゃんなら、みんなオッケーって言いそうだけどねぇ?」

「ダメだよぉ、もりちー。もしそうでも、他の一般女性が来たらどうするの?」

「――いやいや、ぶっちゃけ絶対バレないっしょ」

「わっ、部長! お疲れ様でぇ~すっ♪」「あ、お疲れ様ですぅ♪」

「おつおつ~」


 そこでヤスが俺の背から顔を出すと、ツッコミを入れつつ二人と仲良く挨拶。


「んでさ、こんな可愛い子を見て、男かも? とか絶対ならんから平気だってば」

「か、可愛いだなんてぇ、えへへぇぇ──って、それでもダーメですよぉ! その女性が後で事実を知って傷ついちゃったら、どうするんですかぁ? そんなのボクもすごく悲しいですよ……」

「あっ、そっかぁ」


 なるほど……こうして女性目線な考えがごく自然に出てくるとなると、やっぱり心は完璧に女の子なんだなぁ。


「そもそもですねぇ、先輩? バレなきゃいいって考え自体が良くないですぅっ!」

「スンマセンッシタ」


 後輩女子――ではなくて後輩男子にド正論で叱られる部長の図……割とよく見る。

 そうして何ともややこしい話ではあったが、二人ともが着替えずに帰ろうとしている理由は分かった。


「……ふーん、徳森は友達想いなんだな」

「ええと…………あっ、はいっ! みーちゃんだけだと目立っちゃうのでぇ、ウチも着替えずに帰ってるのですっ」

「いつもありがとねぇ、もりちー」

「いいってことよぉ、わが友よぉ。なんちて?」

「んやぁ~、徳森ちゃんいい子だねぃ」

「えへぇ、もっと褒めて褒めてぇ、ぶっちょ~♪」

「うんうん~。えらいねぇ~、徳森ちゃんわぁ~」


 キャルンと馴れ馴れしくすり寄る徳森に、ビョルンと顔が伸び切るヤス。そのままバチュンと千切れてしまえば良いものを。

 それから二人が仲良く帰って行くのを微笑ましく見守り、こちらも更衣室へと歩き出したところで、隣のヤスがボソリと呟く。


「ん~~、こいつぁ感慨深いなぁ」

「何がだ」

「いや、大地が後輩女子とフツーに会話できてんのがさ。ほら、二人だってビックリしてたじゃん?」

「まぁ、そうだな――ってオメェ、それを確認するために潜んでやがったのかよ」

「おお、さっすが鋭い! ……で、こりゃぁ、また夕ちゃんにガチでお礼言っとかないだぞ?」

「んなもん、もちろん分かってるっての」


 こうしてまた伝える事が増えて、夕と再び会えることをより一層願うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る