6-27 激励

 部活(?)が終わって道場から出る際、またもや那須なすさんから声をかけられた。


「あっ、大地君! ちょーっと待った!」

「はい、なんでしょうか?」


 すると那須さんは、わざわざ受付カウンターから出て目の前に来ると、


「さっきの話の続きなんだけど、えっと、その大切な子と仲直り……で良いのかな? そのチャンスはあるんだよね? これで終わりってことはないんだよね?」


 深刻な顔をしてそう言ってきた。

 これは、部活の間にも俺を心配してずっと考えてくれていたんだろうか。それもあんな良く解らない説明の話にさ? ――いやいやいや、那須さんの姉力、高すぎでは!? こんなん部員は総弟化しちまうわ。


「心配してくれてありがとうございます。それでえっと、実はこの後に会うことにはなっています。ただ……来てくれない可能性も……」


 取り立てて解決策が浮かんだ訳でもないので、そうならないことを願うしかないが。


「んもう! 肝心の大地君がそんな暗い顔してちゃダメじゃない!」

「ええと、そう言われましても……」


 事情を知らない那須さんがそう思うのは仕方がないけれど、この状況で不安になるなというのは、いささか無理があると思う。


「だって、その大切な子と約束したんでしょ?」

「えっ? はい。しましたね」

「じゃあそれを君が信じなかったら、誰が信じるの!? そんなウジウジしてないで、男らしくドデーンと構えてなさいな!」


 その鼓舞激励の言葉と共に、俺の肩をスパーンと小気味良くたたく。


「!」


 そ、そうだよな。夕は確かに今日の午後に来ると言ってくれたんだし、俺がそれを信じてあげなくてどうするんだ!


「……――っははは。そうですねっ!」


 あまりにとんでもない事になったから動揺するばかりだったけど、あの夕が来ると言ったんだから、絶対に来るんだよ。未だかつて、夕が約束を違えたことがあるか?


「おおお? 元気な顔になったじゃない。ウンウン、やっぱ男の子はそうでなくっちゃだゾ?」

「はい。ありがとうございます!」


 腕を組んで満足気にうなずく那須さんに、元気良く感謝を伝える。


「くぅ~青春だねぇ。まぶしいっ! うらやましいっ! ……はぁ、何でお姉さんには良い男が来ないんだろ……女としての魅力が足りないのかしら?」

「きっと見る目のある男が少ないんでしょうね」

「うわぁお!」


 これはお世辞でも何でもなく、ぶっちゃけ那須さんはモテる要素しか無いと思う。だが悲しきかな、少なくともここでは「みんなのお姉さん」としての立ち位置が確立され過ぎてて、男子達は牽制けんせいし合ってるんだろうなぁ。下手したら女子まで混ざってそうな勢い。この調子だと、他のコミュニティでもこうなってる可能性が高そうだ。……これ、言ってあげた方がいいのかなぁ……迷う。


「いやいやぁ~、まさかの大地君からこんな言葉を聞ける日が来るとは……お姉さんちょっとウルッときちゃったゾ? それにしても、愛の力ってほんっと凄いのねぇ……」


 那須さんまでヤスみたいなこと言ってるしよ……まあそれについては、ひなたとなーこの診断・分析結果も出てるしで、今じゃ否定もしないけどさ。


「はは……そうかも、しれませんね?」


 なので少し照れながらも同意して、足早に道場を出たのだが……後ろからヒューヒューとはやし立てる声が聞こえてきた! 恥ずかしいから止めてくれませんかね!?



   ◇◆◆



 道場から出たところで、ヤスが待っていた。


「遅かったじゃないか。こっから見てたけど、那須さんに用事でもあったん?」

「あぁ、さっきの話の続きをちょっとだけな」


 とりあえず帰りながらと、話しながら二人で歩き出す。


「おおー。するってーと何か解決策でも?」

「いんや何にも。ちょいと気合入れてもらっただけ?」

「え、そうなん? ――って確かに、なんとなく元気になった感じするな」

「そう、かもな?」


 さっき叩かれた肩をさすると、少しばかり元気が湧いてくる気がする。ほんと、凄い人だよ。


「なら、もう後は家に夕ちゃんが来てくれるのを待って、事情を聞くだけだね」

「ああ。こちらから夕に会う手段が無い以上、結局それ以外無いんだよな。まぁお陰で気持ちの持ちようというか、心構えは出来た。これでもし、夕からさらにとんでもない話が出てきても、何とかなる……気がする」


 できるなら、穏便な話になることを願うばかりだけど。

 少し歩いたところで、先ほどのなーこからの頼み事を思い出す――と言っても逃げ場がないから、実際のところは脅しなんだけどさ? 

 それで、メールや電話だと説明が面倒だから避けるとすると、明日までヤスに会うこともないだろうから、ここで言っておかないとチャンスがない。


「あぁそれでさ、夕の件とは話が変わるが、ちょいとお前に伝えておくことがあってな」

「ん? ああ、さっき終わり頃に言ってた真面目な話ってやつ?」

「そうそう。んで、明日バーベキューに行くんだってな?」

「お、お前も聞いてたのか。こういうイベントには絶対来ないだろうし、僕からは声掛けなかったけど……もしかして大地も来るん?」

「おう。気がついたら強制連行されることになってた」

「……どゆこと?」


 いやほんと何でだろうねー。


「――ってかお前を強制連行できるヤツなんて、夕ちゃんを除いたら……なーこちゃんくらいしか……?」

「ご明察」


 右口角を釣り上げ、サムズアップで答えてやる。いつの間にかこんな状況に陥っていたということで、もはや半分ヤケクソだ。


「はぁ!? なんでなーこちゃんが…………――ってぇ、おいおいもしかしてさ……」

「あぁ、そのもしかしてだ。なーこも来る。良かったな?」

「うっそやろぉ!!! マメからは美味い肉が食えるとしか聞いてないんですけどぉぉ!?」

「そりゃ、伏せるように根回しされてるしな?」

「じょ、冗談じゃない! あんなヤバイ子と一緒に居られるか! 僕は一人で家に居るぞ!」


 動揺のあまり、サスペンスですぐ死ぬモブみたいなこと言ってやがる。まあ、昨日までの俺だったら、同じような反応してただろうな。


「んな悪口ばっかり言ってて、なーこに刺されても知らんぞ? 言うどころか、考えてるだけでバレると思った方がいい」

「え、なに、あの子サトリか何かなの?」

「はは、かもな」


 凡人から見た名探偵ってのは、それこそ超能力者か妖怪みたいなもんだよな。


「それにもう決まったことなんだし、あきらめて来いよ。ほら、どうせならバーベキューを楽しんでからの方が、土産にもなってお得ってもんだろ?」

「土産……冥土めいど――え、僕のデッドエンドは不可避なの!? もっと生きたい! ……――ってそういやお前、なーこちゃんが居ても別に悪くねーなって顔してるな。呼び方も渾名あだなで親しげになってるし、一体どうしたよ?」


 俺があまりに落ち着いているものだから、どうやら裏があると気付いたようだ。ヤスで遊ぶのはこのくらいにしておこうか。


「ん、それがな……実はさっき、なーこと和解した。俺がしばらく居なかったのはそれな」

「デジマ? もしや大地……夕ちゃんの件がショック過ぎて自暴自棄になってない? やっぱ今日は休んだ方が良かったんじゃ――」

「んなことねーっての。こうやって冗談言えるくらいには復活したさ」


 ショックが大きかったのは間違いないけれど、那須さんが言うように、いつまでもウジウジしてなどいられない。きっと夕も、そんなことを望まないだろう。


「――それでな、正直なところ俺も未だに信じがたいんだが……なーこと話してみれば普通――どころか凄く良い子だったんだよなぁ。とはいえ、とんでもなく強烈な個性持ちで、めっちゃくちゃ面倒くさいヤツで、取り扱い厳重注意のフラジャイルハートなのは間違いないけど?」

「そ、そう、なん?」

「うむ」


 こちらが真摯しんしに対応すれば相応に返してくれるし、逆に粗相を働いた日には即座に悪魔の姿へ変貌へんぼうするという……そう、まるで鏡のような子だ。むしろ分かりやすいとさえ言えるかもな。


「まあ、お前の気持ちはよーーく分かるが、疑うってんなら実際に明日確認してみろよ。俺らへの敵意が完全に消えてるからさ」

「ふ、ふーん。まあ、お前がそうまで言うのなら……でも嘘だったら承知しないぞ?」

「おいおい、これまで俺がお前に嘘をついたことが――――いっぱいあるな?」

「ひどくね!? もっと反省して欲しいかな!?」


 その後なーことのやり取りを補足説明しながら歩き、ヤスとの分かれ道となる交差点に着いた。


「んじゃ、また」


 そのまま別れて、ひとり自宅へ向かう小道へ入ろうとしたとき、


「あっ! ちょい待った」


 ヤスが呼び止めてきた。


「ん?」

「こっちはこっちで夕ちゃんの件について色々考えていたんだが……ちょいとひとつ気になってな。あ、とりあえず途中まで一緒に行くわ」

「お、おう。そりゃ助かる」


 ヤスはそう言って一緒に小道へと入って来たので、話しながら歩くことにした。

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