6-29 激励  ※挿絵付

 そうしてなーこと別れた後、教室から道場の出口付近まで来たところで、突然横から那須なすさんに声をかけられた。


「あっ、大地君! ちょちょーっと待ったぁ!」

「はい、なんでしょうか?」


 返事をするや否や、那須さんはわざわざ受付カウンターから飛び出して駆け寄ると、深刻な顔をして尋ねてきた。


「さっきの話の続きなんだけどね! えっと、その大切な子と仲直り……で良いのかな? そのチャンスはあるんだよね? これで終わりってことはないんだよねっ!?」

 

 この様子では、俺の良く解らない説明の話を信じて、部活の間もずっと考えてくれていたのだろうか。まったく那須さんの姉力には脱帽というもので、これは部員の総弟化も時間の問題だな。


「心配してくれてありがとうございます。それでえっと、実はこの後に会うことにはなっています。ただ……来てくれない可能性も……」


 こちらから会う手段が全く無いので、そうならないことを願うしかない。


「んもう! 肝心の大地君がそんな暗い顔してちゃダメじゃない!」

「ええと、そう言われましても……」


 事情を知らない那須さんがそう思うのは仕方ないが、この状況で不安になるなというのは、いささか無理があると思う。


「だって、その大切な子と約束したんでしょ?」

「えっ? はい。しました」

「じゃあそれを君が信じなかったら、誰が信じるの!? そんなウジウジしてないで、男らしくドデーンと構えてなさいな!」


 その鼓舞激励の言葉と共に、俺の肩をスパーンと小気味良くたたいてきた。


「――っははは。そうですよねっ!」


 夕は確かに今日の午後に来ると言ってくれたんだし、俺がそれを信じてあげなくてどうするんだ! あまりにとんでもない事になったので動揺するばかりだったが、あの夕が来ると言ったんだから、絶対に来るんだよ。未だかつて夕が、俺との約束を違えたことがあるか?


「おおお? 元気な顔になったじゃない。ウンウン、やっぱ男の子はそうでなくっちゃだゾ?」

「はい。ありがとうございます!」


 人差し指を立てて満足気にうなずく那須さんに、元気良く感謝を伝える。


(挿絵:https://kakuyomu.jp/users/mochimochinomochiR/news/16818093085821131587


「くぅ~青春だねぇ。まぶしいっ! うらやましいっ! ……はぁ、何でお姉さんには良い男が来ないんだろ……女としての魅力が足りないのかしら?」

「きっと見る目のある男が少ないんでしょうね」

「うわぁお!」


 これはお世辞でも何でもなく、那須さんはモテる要素しか無いと思う。だが悲しきかな、少なくとも道場では「みんなのお姉さん」としての立ち位置が確立され過ぎていて、男子達は牽制けんせいし合って手を出せないのだろう。下手をしたら、女子まで競合しているかもしれない。これが道場だけでなく、もし他のコミュニティでも近い状態になっていたら……うーん、これ、言ってあげた方がいいのかなぁ。


「いやいやぁ~、まさかの大地君からこんな言葉を聞ける日が来るとは……お姉さんちょっとウルッときちゃったゾ? それにしても、愛の力ってほんっと凄いのねぇ……」


 那須さんにまで、ヤスみたいなことを言われてしまった。ただそれについては、ひなたとなーこの診断・分析結果も出ているので、今となれば否定するつもりもない。


「ははは……そうかも、しれませんね? ええ、その子にはとても感謝しています」


 少し照れながらも同意して、足早に道場を出たのだが……後ろからヒューヒューとはやし立てる声が聞こえてきた。……だぁもう、恥ずかしいからヤメテ! 小学生じゃないんだからさぁ!



   ◇◆◆



 道場から出たところで、ヤスが腕を組んで目を閉じ、難しい顔をして待っていた。どうせ福田師範に絞られ過ぎて、迷走瞑想しているのだろう。だが隣まで来ると俺に気付いて目を開けたので、帰り道を親指で指し、そのまま並んで歩き出す。


「すまん、待たせたか?」

「いや、今さっき釈放されたとこ……今日もヤバカッタ」

「ハハッ、さすがのお前も慣れるってことはねぇか」

「そりゃね……」


 ちなみに師範は、「この軟弱小僧はわしが鍛え直してやらねばのう」と妙な使命感から厳しく接してくるのであって、別にヤスが嫌いな訳ではない。


「そっちは、那須さんに用事?」

「ん、さっきの話の続き……と言っても、ちょいと気合入れてもらっただけだが」

「ああー、言われてみたらお前、なんとなく元気になってる感じするね」

「そう、かもな?」


 歩きながら叩かれた肩をさすると、少しばかり元気が湧いてくる気がする。本当に、凄い人だ。


「なら、あとはもう家に夕ちゃんが来てくれるのを待って、事情を聞くだけか」

「ああ。こっちから夕に会う手段が無い以上、結局それ以外無いんだよな。んまぁ、おかげで気持ちの持ちようというか、心構えはできた。もし夕からさらにとんでもねぇ話が出てきても、何とかなる気がする」

「うん、その意気だね」


 そうして少し歩いたところで、先ほどのなーこからの頼み事を思い出した。頼み事とは言っても、逃げ場を封じられていたので、実質ほぼ脅迫なのだが。

 それでメールや電話は説明が面倒だから避けるとすると、明日までヤスに会うこともないので、ここで伝えておく以外ない。


「そうそうヤス、話は変わるが……明日バーベキューに行くんだってな?」

「え、お前も聞いてたんか。こういうイベントには絶対来ないだろうし、声掛けなかったんだけど……もしかして大地も来るん?」

「おう。まぁ、ほぼ強制連行なんだけどな……」

「……どゆこと?」


 いやほんと、何でこうなったんだろうね。


「てか大地を強制連行できるヤツなんて、夕ちゃん以外だと……なーこちゃんくらいしか……?」

「ご明察」


 右口角を釣り上げてサムズアップ。この少々理不尽な状況に、半分ヤケクソだ。


「はぁ!? なんでなーこちゃんが…………――ってぇ、おいおいもしかしてさ……」

「ああ、そのもしかしてだ。なーこも来るぞ。良かったな?」

「うっそやろぉ!! マメからは、美味い肉が食えるとしか聞いてないんですけどぉぉ!?」

「そりゃ、なーこから伏せるように根回しされてるしな?」

「じょ、冗談じゃない! あんなヤバイ子と一緒に居られるか! 僕は一人で家に居るぞ!」


 サスペンスですぐ死ぬモブみたいになっているヤスだが、なーことじっくり話す前の俺なら、同じ反応をしていたことだろう。


「んな悪口ばっかり言ってて、なーこに刺されても知らんぞ? 言うどころか、考えてるだけでバレると思った方がいい」

「え、なに、あの子サトリ妖怪か何かなの?」

「ははは、かもな」


 凡人から見た名探偵は、それこそ超能力者か妖怪のようなものだ。


「それにもう決まったことなんだし、あきらめて来いよ。ほら、どうせならバーベキューを楽しんでからの方が、土産にもなってお得ってもんだろ?」

「土産ってぇと……冥土めいど――え、僕のデッドエンドは不可避なの!? もっと生きたいっ! ――ってそういやお前、なーこちゃんが居ても別に悪くねーなって顔してんな。呼び方もあだ名で親しげになってるし、一体どうしたよ?」


 俺があまりに落ち着いているものだから、どうやら裏があると気付いたようだ。ヤスで遊ぶのはこのくらいにしておこう。


「ん、それがな……実はさっき、なーこと和解した。俺がしばらく居なかったのはそれな」

「デジマ? もしや大地……夕ちゃんの件がショック過ぎて、自暴自棄になってない? やっぱ今日は休んだ方が良かったんじゃ――」

「んなことねーっての。こうやって冗談言えるくらいには復活してる」


 ショックが大きかったのは間違いないが、那須さんが言うように、いつまでもウジウジしてなどいられない。きっと夕も、そんな俺の姿は見たくないだろう。


「でな、正直なとこ俺も未だに信じがたいんだが……なーことじっくり話してみたら、普通――どころか物凄く良い子だったんだよなぁ。まぁ、とんっでもなく強烈な個性持ちで、めっちゃくちゃ面倒臭いひねくれ者で、取り扱い厳重注意のフラジャイルガールなのは間違いないけどな?」

「そ、そう、なん?」

「うむ」


 こちらが真摯しんしに向き合えば真摯に返してくれるし、逆に粗相を働けば即座に悪魔の姿へ変貌へんぼうするという、言わば鏡のような子なのだ。


「まあ、お前の気持ちはよーーく分かるが、疑うってんなら実際に明日確認してみろよ。俺らへの敵意が完全に消えてっからさ」

「ふ、ふーん。まあ、お前がそうまで言うんなら……でも嘘だったら承知しないぞ?」

「おいおい、これまで俺がお前に嘘をついたことなんて――――いっぱいあるな?」

「ひどくね!? もっと反省して欲しいかな!?」


 その後なーことのやり取りを補足説明しながら歩き、ヤスとの分かれ道となる交差点に着いた。


「んじゃ、また」

「…………あっ! 大地、ちょい待った」


 別れて自宅への小道へ入ったところで、ヤスに呼び止められて振り返る。


「実はさっき、僕なりに夕ちゃんの件を色々考えてたんだけど……ひとつ気になることがあってさ?」

「あー」


 なるほど。道場の入り口で難しい顔をしていたのは、師範に絞られたからではなかったらしい。


「てなわけで、もうちょい一緒に行くわ」

「お、そりゃ助かるぜ」


 ヤスがそう言いつつ小道へと入って来たので、引き続き話しながら歩くことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る