6-28 再考

 引き続きヤスと二人並ぶと、宇宙こすも家に続く小道を歩き出す。隣を見れば真剣な顔で考えごとをしており、こうして遠回りしてまで付いて来たことからも、それはよほど重要なことなのだろう。そうとなれば、夕の件の解決につながるかもしれないので、是非意見を交換しておきたい。

 そう考えているうちに小道を抜けて上り坂まで来たが、まだヤスの方から切り出す様子もない。仕方ないので、まずはこちらから問いかけてみる。


「それで、気になったことってのは?」

「あーいやな……」


 ヤスはやはりまだ考えがまとまっていないのか、もしくは言い辛いことなのか、言いよどんでいる。


「とりあえず何かしら話してくれたら、適当に解釈するぞ?」

「……そうだな。それじゃあまず簡単な方から確認しとこう」

「うむ」

「もしこの後無事に夕ちゃんと会えたとする――いや、そんな弱気なこと言ってちゃいかんよな。絶対に会えるに決まってる!」

「おうよ!」


 会えると信じないといけないし、会えないことをいくら考えても仕方がない。それをヤスも分かっているようだ。


「そうなると、いつもの優しい夕ちゃんに戻ってるわけだけど……今朝のことについてどう聞く? ――というかそもそも伝えるのか?」

「ん、そうだな……まず夕から交代や未来の事情について一通り説明を受けて、総合的に判断して伝えるべきとなったなら、可能な限りオブラートに包んでかな。でも、正直俺は夕が元に戻ってくれるだけで満足で、ましてやそのことに怒ってるわけでもないから、必要性が無ければ伝えないつもり」

「うん、僕も同意見だね」


 これは先ほどひなたに言った通りであり、この件で夕を責めようなんて微塵みじんも思わない。そもそも夕の意思とは関係のない行動だったはずだから。それなら、あえて掘り返さずに俺達の心の中だけに仕舞っておくべきだろう。


「それはいいとして、実はもう一つ気になっててさ……」

「ん?」


 そこでヤスは深刻な顔になると、歯切れ悪くこう続けた。


「その……もしもの話だぞ? 万一さ、入れ替わってる時の記憶って言ったらいいのかなぁ……それが夕ちゃんにも残ってたりしたら……?」

「え、それは…………でも、今朝のダレカが俺らのことを知らなかったということは、夕の記憶を持っていなかったわけで、そうなると同様に夕がダレカの記憶を知ることもできないはずでは?」


 そういう理由で、夕とダレカは記憶が完全に切り離されているものと考えている。


「たしかにそうだな。それは大地の言う通りなんだけど……でもなぁんか引っかかるんだよなぁ……僕アタマ悪いから上手く言葉にできないんだけどさ?」


 ヤスは半分納得していない顔で、ウンウン言って頭をひねっている。


「ふむ……」


 これまでの経験からも、ヤスの野生の勘は馬鹿にできないところがあるので、まだ俺の方で何か見落としがあるのだろうか? 本人が言語化してくれると助かるんだが、できないものは仕方ない。人には向き不向きというものがある。

 それで今一度夕の言葉を思い返すと、あの時はたしか……交代しないとマズイって……――ん? そうだ、「しないと」って言ってたよな? てことは、夕の方はある程度意識的にダレカへの交代ができるのか? そうなると逆に夕へ戻ることも意識的にできる可能性もあるかもしれん。それで、その交代のタイミングを意識する、つまり認識できるということが意味するのは……あっ!


「んー、やっぱ僕の余計な心配だったかな?」

「――いや待て、杞憂きゆうではないかもしれんぞ。夕は交代という現象を認識しているわけだから、交代のタイミングやその前後も認識できていると考えるのが自然だ。そうなると、一方的に夕だけがダレカの記憶を見られる可能性だって充分にありえる。そう、例えばあの身体において夕は、ダレカより上層の意識にあたるんじゃないか?」

「おおお、それそれ! 僕がモヤッとしてたやつ、それ! めっさスッキリしたわ! いやぁ、お前えてんなぁ」


 どうやらヤスの直感とも合致する推測だったようだ。そうなると、このケースも現実味を帯びてくるというもの。

 あとヤスは冴えてると言ったが、なーこ先生と話しまくってたおかげで、色々と考える癖がついたのかもしれんなぁ。不出来な生徒もちったーマシになったってやつか? んでも、なーこの爆速妖怪思考レベルには到底およばんけどさ、ハハ。


「んでな、その予想が当ってた場合を僕は一番気にしてるんよ」

「ええと、その場合………………うおう、まずくね!?」

「だろ!? 逆に夕ちゃんがショックでぶっ倒れかねない……」

「いや、あの子は俺と違って強いから、そこまで大げさなことにはならんと思うが……気に病むかもしれないな」


 後で俺からやんわりと状況を聞かされるならともかく、生の記憶があるとなると話は別だ。あの時発した言葉も、俺の狼狽ろうばいする様子も、何もかも全部覚えていることになるのだから。しかも責任感の強い夕のことだし、例えあれが夕ではないダレカの行動であったとしても、自身を責めてしまうかもしれない。


「うん。何にしろ夕ちゃんが闇落ちしたら大変だ」

「だな……――いやぁ、お前が思いついてくれて助かったわ。いざそうなったときに、その場面を想定してるかしてないかで、心の持ちようが全然違うしな?」


 こういう思い込みとは恐ろしいもので、人から指摘されるまではなかなか気付けるものではない。今朝の緊急脱出の機転といい、今日のヤスは本当に頼りになる。スーパーヤスどころかパーフェクトヤスといったところだ。


「はは、役に立てたようでよかった。お前らを応援すると言ったからには、全力でやるつもりなんでね。僕に任せときなぁってもんよぉ!」


 ヤスは得意げにそう言うと、親指を立てて白い歯をキラリと見せてくる。いつもなら調子に乗りやがってと思うところだが、今は本当にありがたいと感じるのだった。

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