6-30 再考
ヤスが夕の件で何か気付いたとのことで、引き続き二人で並び、
そう考えているうちに小道を抜けて上り坂まで来たが、まだヤスの方から切り出す様子もないので、ひとまず俺から問いかけてみる。
「それで、気になったことってのは?」
「あーいやな……」
だがヤスはまだ考えがまとまっていないのか、もしくは言い辛いことなのか、困った顔で言い
「とりあえず何かしら話してくれたら、適当に解釈するぞ?」
「……そうだな。それじゃあ、まず簡単な方から確認しとこう」
「うむ」
「もしこの後無事に夕ちゃんと会えたとする――いや、んな弱気なこと言ってちゃいかんよな。絶対に会えるに決まってる!」
「おうよ!」
会えると信じないといけないし、会えないことをいくら考えても仕方がない。それをヤスも良く分かっているようだ。
「んで会った時には、いつもの優しい夕ちゃんに戻ってるはずだけど……今朝のことについてどう聞く? てか、そもそも伝えるん?」
「ん、そうだな……とりあえず夕から交代や未来の事情について一通り説明を聞いて、総合的に判断して伝えるべきってなったら、できるだけオブラートに包んで、かな」
「うん」
「でもぶっちゃけ俺は、夕が元に戻ってくれたらそれだけでいいし、もちろん夕を責める気なんてサラサラないんだ。だからもし言う必要性が無いなら、俺らの心の中にそっと仕舞っとこうぜ?」
「おう! それがいいね」
これはひなたとの相談ですでに出ていた結論だったが、こうしてヤスからも同意が得られたのは良かった。
「んで、それはいいとして、実はもう一つ気になっててさ……」
そこでヤスは深刻な顔になると、歯切れ悪くこう続けた。
「その……もしもの話だぞ? 万一さ、入れ替わってる時の記憶って言ったらいいのかなぁ……それが夕ちゃんにも残ってたりしたら……?」
「え、それは…………ないだろ? 今朝のダレカが俺らのことを知らなかったってことは、夕の記憶を持ってなかった訳だよな。そうなると、同じく夕もダレカの記憶を持ってないんじゃ?」
そういう理由で、夕とダレカは記憶が完全に切り離されていると、当然のように考えていた。
「たしかに、そうだよなぁ。大地の言う通りだとは、思うんだけどよ……でもなぁんか引っかかるんだよなぁ……僕アタマ悪いから、上手く言葉にできないんだけどさ?」
ヤスは半分納得していない顔で、ウンウン言って頭を
「ふむ……」
これまでの経験上、ヤスの野生の勘はなかなかの精度で正解を引き当てているので、もしかすると俺がまだ何かを見落としているのかもしれない。それでヤス本人が違和感を言語化してくれれば助かるが、人には向き不向きというものがあるし、できないものは仕方ない。なのでどうしたものかと悩んでいたところ……
――彼女の人となりや過去の言動などを
先ほどのなーこ先生のありがたいアドバイスが、フッと頭を
それで早速、この件に関係しそうな夕の情報を順に思い返すと……まずは未来人、それが深く関わっているのは確実だ。その未来からは、タイムマシンで来た訳ではないらしいが、その方法は……関係ありそうな気はするけど、情報不足と俺の知識不足もあって、ちょっと分からないな。
では次は、最重要な情報となる交代と言った時の状況について考えてみよう。あの時は確か……お泊りはしたいけど、交代しないとマズイからと断られて……――んんっ? そうだ、「しないと」と言っていた。もし夕の意思に関わらず勝手に入れ替わる仕組みなら、夕は「交代になるから」や「交代の時間がくるから」などと言うはずでは? それもただの小学生の発言ならともかく、俺よりよほど言葉が堪能な夕が、こんな重要なことを言い間違えるなど絶対にありえない。
そうなると、夕の方は意識的にダレカへの交代ができることになるが……ではダレカ側はどうだ? ダレカについては、なーこが「それらの一つすらも備えているとは思えなかった」と分析した通り、俺もただの年相応の小学生にしか見えなかったし、それに大前提としてダレカは夕の記憶を全く持っていない。それらを踏まえると、ダレカは交代そのものの存在を知らず、さらに夕と意思疎通すらできない可能性が高い。
すると疑問なのは、その状況にも関わらず、夕が交代を気軽に捉えていたことで……もし俺が自分の身体を知らないダレカに渡し、その間に何をされているかも分からず、いつ返ってくるかも分からないとなれば、もはや恐怖でしかない。なのでそれは、ダレカから夕へ戻ることも自分の意思で可能だからだと考えるのが妥当だ。そしてそれを可能とするには……ああっ! ダレカの状態でも夕の意識がないと無理だ! よーし、ついに論理が繋がったぞ!
「んー、やっぱ僕の余計な心配だったかな?」
「いや、アタリだ。まずあの時夕は――」
たったいま分析したことを、ヤスにも分かるように噛み砕いて解説した。
「――てなわけだ。要するに、夕はダレカより上層の意識なのかと?」
「おおお、それそれ! 僕がモヤッとしてたやつ、それ! めっさスッキリしたわ! いやぁ、お前
こうしてヤスの直感とも合致する推測だったとれば、このケースも現実味を帯びてくるというものだ。あとヤスは冴えてると言ったが、これもなーこ先生の厳しいドSプレ――ご指導のおかげであって、以前の俺ならここまでの分析はまず無理だっただろう。
「んでな、その予想が当ってた場合を僕は一番気にしてるんよ」
「ええと、その場合………………んっ、まずくね?」
「だろ!? 逆に夕ちゃんがショックでぶっ倒れちまう……」
「いや、夕は俺と違って強い子だし、んな大げさなことにはならんと思うが……気には病むだろうな」
後で俺からやんわりと状況を聞かされるならともかく、生の記憶があるとなると話は別だ。あの時発した言葉も、俺の
「うん。何にしろ夕ちゃんが闇落ちしたら大変だ」
「だな……――いやぁ、お前が思いついてくれて助かったわ。いざそうなったときに、その場面を想定してるかしてないかで、心の持ちようが全然違うしな?」
こういう思い込みとは恐ろしいもので、人から指摘されるまではなかなか気付けるものではない。今朝の緊急脱出の機転といい、今日のヤスは本当に頼りになる。スーパーヤスどころか、パーフェクトヤスといったところだ。
「はは、役に立てたようでよかった。二人を応援すると言ったからには、全力でやるつもりなんでね。僕に任せときなぁってもんよぉ!」
ヤスは得意げにそう言うと、親指を立てて白い歯をキラリと見せてくる。いつもなら調子に乗りやがってと思うところだが、今は本当に頼もしく感じるのだった。
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