第2話



その顔は、まるで熱湯で茹でられたかのようにパンパンに腫れ、手に抱えている人に至っては腰から上がなくなっている。ピクリとも動かない。



いや、まるでじゃない。僕らを襲った海の蒸気。多分海が一瞬にして蒸発したんだ。だから海の中にいた人は一瞬で…。



こんなことができるのは、やつしかいない。


割れた窓から恐る恐る、上空を覗く。



いた、天使だ。


気味の悪い笑みを浮かべ空母と海の間を見ている。



「逃げろぉぉぉぉ!!!」


港にいる、誰かが叫ぶと同時に、さっきまで空母に走ってた人たちが、逆に陸の方へと走り出す。



「サブローくん、君も逃げなさい!」


サツキさんの声にはっとして走り出す。


母さんも先に走り出しているようだ。



「サツキさんは逃げないんですかっ?」


走りながら聞く。


サツキさんの端麗な瞳がこちらを一瞥し



「私は自衛隊員です。これからやつを引きつけます。国民を守ることが私の役割だから、早く行きなさい!」



すごい。俺と歳のあまり変わらない女性なのに、でもそれなら俺も!


「サツキさん!俺にもその役割やらせてください!」


足を止めて依頼する。俺だって、誰かを救うために死ねるなら本望だ!


しかし


「ダメよ、君にできることは何もないわ、早く行きなさい」


柔らかい声色から発される冷たい言葉。


そりゃ、そうだよな。俺はただの高校生で向こうは隊員。つい気持ちが大きなっていた。俺ができることは何もないか…。



「わかり…ました」


そう言って僕は、再び瓦礫にまみれた、灰色の待合室を走り抜ける。



待合室の外まで走ると他の人たちも必死に走って逃げていた。



中年のおじさんからおばあさんまで色々な人が。



そしてその後ろを天使がニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべて、移動してくる。


空中に5メートルほど浮きながら、ずーっと音もなく。



おばあさんが、石に躓いて転ぶ。


だが、俺も助けられる余裕はない。


まずい!追いつかれる!



おばあさんの頭上まで天使が飛んでいくと


「レイ」


天使の指先から出た光線はおばあさんを、ジュッという音ともに燃やす。


「ああああああああああああ熱いいいいいい」

断末魔が聞こえる。



あぁ、追いつかれたら死ぬのか。


確かに天使の後ろにいくつか黒くなった塊が見える、きっと追いつかれた人たちだろう。



これはデスゲームだ。昔漫画で読んだことがある。それと一緒。追いつかれたら焼かれて死ぬ。


とにかく走らないと。



前方の方でまた誰かが転ぶ。そしてその人を抜き去ってしばらくしたら、また後ろから「レイ」という音ともに絶叫が聞こえる。



とにかく走るんだ!体力には自信があるきっと俺が追いつかれることはないはずだ。



前方の方から鳴き声が聞こえる。女の子のだろうか。女の子のそばに男の人が倒れている。



間違いない、あの服、あの体型。







パパさんだ…。



8.


 


「パパー!!はやくたってよぉ〜!!」


「パパのことはいい早く行くんだ!!」


2人の会話が聞こえる。



あの声、間違いない。


夜、僕に携帯を貸してくれたパパさんだ。



2人のとこまで追いつく



「パパさん、なにしてるんですか!早く立ってください!!」



「君は…!すまない、足をくじいてしまってね。たぶん折れている。」

苦悶の表情を浮かべているパパさんの足を見る、おそらく娘さんを抱えて走っていたところ足をレンガの段差に引っ掛けたのだろう。

娘を合わせた体重と大人の全速力の運動エネルギーは、すべてその足に掛かった。


「そんな!諦めちゃダメです!」



「僕は医者だったんだ!自分の症状ぐらいわかる!早く娘をユメを連れてってくれ!」



「パパさん…」



天使がじわりじわりと近づいてくる。相変わらず気味の悪い笑顔を浮かべて。



「そんなことできないですよ…パパさんを見殺しにするなんて」



ガッ!


右頬に強い痛みを覚える。パパさんにぶたれたらしい。



「なにを…」


「なにをじゃない!この子には母親が必要だ!私は死んでもこの子を守る役割がある!それが父親だ!」


パパさんは言葉を続ける。



「頼む、ユメを連れて逃げてくれ、頼むよ」



「やだ!ユメはパパといる!」


ユメちゃんは泣きじゃくっている。5歳そこそこの子にこの現実は厳しすぎる。



パパさんがユメちゃんの額に自分の額を合わせる。


「いいかい?ユメ。生きていたらきっと良いことがある。まずはそこのお兄ちゃんと一緒に行くんだ!愛しているよ…」



そしてユメちゃんの手を僕に握らせて


「もう、ヤツが近い。いいから行くんだ!」



クソ!僕はユメちゃんを抱えて走りだす。



「レイ」


後方から天使の声が聞こえる。



きっとパパさんだ…、辛い辛い辛い辛い辛い



とにかく走らないと!とにかく走らないと!



最後尾は僕だが、天使との距離は空いた。


前方に他の人も、何人か見えてきた。


それにこのへんは高い監視塔や建物が何個かある。隠れることだってできる!



前方の人たちもヒィヒィと息が上がってきている。




「レイ」


後方から閃光が駆ける。



は?いや、外れたのか?



だがそんなことはなかった。



監視塔が僕らの道を塞ぐように倒れてくる。


凄まじい質量の塊がこちらに大きく傾く。


ガシャアアアアアアアア

倒れてきた監視塔に前を走る人たちが潰される。


あまりの衝撃に吹き飛ばされる。


あいつ!監視塔を焼き倒して僕たちを…!


まずいまずいまずい!



今から他の建物に入れば…、いや無理だ監視塔のせいで隣の建物も潰れている。これを超えてくしかない!



「ユメちゃん、少し揺れるよっ!」



監視塔をよじ登り、倒れた塔の向こう側へ降りる。



「よし!行ける」



ガッ


再び走り出した瞬間足に何かが絡みついて大きく転ぶ。


ユメちゃんが放り出される。



「ユメちゃん!ったくなんだよこんなときに!」



人の手だった。


瓦礫に潰された人の手が俺の足首を掴んでいた。



「離せよ!離せ!」


掴んでいる手を蹴りどかす。



だがもう倒れた監視塔の前まで天使が来ていた。


まずい!



「こっちを見なさいよ化け物が!」


ズダダダダダダ


天使の後ろに火花が散る。



この声は、サツキさん!


天使を引き付けてくれるんだ!



だが天使は一向に進みを止めない。



「どうしてよ、どうしてこっちを見ないの!?おい化け物!!!」


サツキさんの声が逼迫する。


それは徐々に泣き声に変わり、銃声が止んだ。



そんな、サツキさんの陽動も失敗した。



天使が目の前まで迫る。


天使はこの世のものとは思えないほど美しかった。透き通るような白い肌、白銀に輝く翼、日光に反射して煌めく金髪に、端正な顔、だがその顔を醜悪に歪めながら笑っていた。

ちょうど太陽が天使の輪に被って、圧迫感を増す。


こいつらからしたら、俺達はアリのようなものだ


「レイ」


天使の指先に光が集まる。地上にいてもそれが超高温だとわかるほどに熱かった。



そしてその指の先は…ユメちゃんだ。



やめろ…やめてくれ、やめてくれ!


パパさんから預かったユメちゃんすら守れないのか僕は!



頼む頼む!!やっと見つけた役割なんだ!


俺にできることなんだ!


パパさんに託された、願いなんだ!



なんでも、なんでもするからさ!



「頼むよ!神様ァ!!!!!」

思わず目を閉じて絶叫する。







「サブローっ!」


聴き慣れた声がする。



瑠璃だ。



「瑠璃?」



「あはは、あんたの泣き顔傑作!」


「うっ、うるさい」

鼻と目を拭う



どういうことだ?状況が読めない。


どうして瑠璃がここにいる?



しかも辺りは、さっきまでいた天使やユメちゃんが、いない。


薄暗いレンガの町の広場?どう考えても今の時代の建物では無い。

夕方なのか暗い雲の隙間から鈍い太陽の光がさしている。



「あたし、やっぱりあんたを選んでよかった…」



「?、なんの話だよ」


「いいの、こっちの話」


そういうと瑠璃は僕の額に手をかざした。



「いい?サブロー、あなたに神殺しの役割を与えます」



「神…殺し」



「万象を歪める全能の力を使い、必ず私を」



殺しに来て



鈍い痛みが手に走る。


両手の甲から血が流れ出ている。



でも不思議と痛みや恐怖はない。



力が湧き出てくる。



俺の役割…。俺だけにしかできないこと。


なにを言うべきか、なにをするべきか全てわかる。



「必ず、瑠璃。お前に会いに行く」



瑠璃は俺に背を向けながら、うなずく。


待ってるから…。



視界がにじむ、あぁ、元の世界に帰るんだ。




ウォォォ!!!


サブローの体が光に包まれる。



これは瑠璃がくれた力。


役割を果たしてみせる!



光の中から巨大な手があらわれ、そのまま天使の指先を弾き飛ばす



行き場を失った高熱の光線が天に向かって飛んでいく



光の中から巨大な黒獣が現れる。


筋肉質な全身は10メートルほどはあろうか。



巨大な体が立ち上がる。顔は黒獅子のようで長く上向きに生えた二本の牙が生えている。

そして頭上には神や天使と同じく光の輪がある。



コイツを殺して、ユメちゃんを守る!



「レメディオス!」


天使の両手から大量の光の爆弾が放たれる。



おびただしい数の爆弾が黒獣の顔面で爆ぜる。

爆風で凄まじい衝撃が生まれる。


しかし


爆破の衝撃の中から漆黒の腕がズンッとのびる。



その腕が天使を捕らえる。


天使の顔は驚愕しているようだった。


が、すぐにその顔は苦痛に歪む。



パパさんの無念、お前の命で贖え!


手に力を徐々に込めていく。天使は抜け出そうと必死に掴んでいる黒い手を引っ掻いている。


無駄だ。

グッと力を込めて天使を握りつぶす。



天使がたまらず叫び声を上げた時、天使の体が破裂する。



トマトジュースのように掌から血液が漏れる。



倒した…。やった。



気が抜けるとともにサブローの体が光に包まれていく。




9



瓦礫と衝撃と共に弾け飛んだ屋根があったはずの場所に、吸い込まれるような青空が広がっている。



その青に異様な存在としての羽の生えた裸体、端麗な姿が、顔を歪めて微笑んでいる。



人間よりひと回り大きい彼らに見下ろされると、より自分が小さな存在に感じる。



きっと俺は今から死ぬ。



相良リヒトは膝をつきながら、天使の姿を仰いでいる。



連合自衛隊本部、各国の軍が協力し『神』を迎え撃つための決定を下す場所。



そのため存在は極秘であり、だからこそ守りは手薄であった。



瓦礫の下に埋もれているのは、各国の重要な軍人たち


相良リヒトの頭には、走馬灯が駆け巡る。



昨日の夜、恋人であった瑠璃をトラックで轢き殺そうとし、部下の捜査官を率いて、神を天国へ送り返そうとした。



霊媒師が死んで、神から宣戦布告をうけたあの日から莫大な霊子エネルギーの流れを追った結果、スーパーコンピューターが叩き出したのは1人の少女だった。



親が、警察のお偉いだった俺に与えられた役目は一つ。彼女の恋人を演じ、瑠璃の変化を少しでも報告すること。



そして『神』の兆候が見えたら、『人』のうちに殺すこと。



なのに、なぜ俺は。


なぜ、彼女が人のうちに殺せなかったのか。



愛してなどいなかったはずなのに。



いや、ふざけるな。


俺は、悪くない!



何が神だ、あのクソ女が!


散々優しくしてやった俺様に、一瞥もくれずに。


顔も、性格も、家柄も全て完璧な俺様に、こんな化け物だけ寄越しやがって。




俺はちゃんと殺そうとした。


だが『神』が予想を超えてきた。



俺は悪くない、俺は悪くない。



走馬灯はもういい、目の前のこいつを


俺を見下している化け物を殺す!



「ふざけるなぁぁぁあ!」


腰に携帯してあるリボルバーを取り出す。


これは警察組織の誇り!


一般市民とは違う、警察としての俺の力の象徴だ!



「死ね!死ねェ!」


パン、パン!


上空の天使に向かって放った弾丸が天使の方へ向かっていく。



しかし、天使の光のオーラで阻まれ、弾丸は力なく落ちる。



天使は力なく落ちていく銃弾に首をかしげた後、指先を前に突き出す。


ニィっと笑って。



「レイ」


光の熱線が指先に集中する。



死ぬのか?


「嘘だ!俺は認めない!俺様は完璧なんだぁぁぁぁ!!」



リボルバーを再び天使に向ける。


引き金を引く。


その銃弾は先ほどの二発とは違った。


引き金を引いた指への手応え、反動。



鈍い色なはずの銃弾は真紅の光に包まれる。



パァァン!



真紅の弾丸は凄まじい速度で天使の右目を貫く。頭骨を貫通し、天使の血と脳漿が飛ぶ




「アギィィ」



しかし同時に熱線が飛んでくる。


目の前が真っ白に染まる



あっ、死っ…。



火炎の渦と共に瓦礫が舞う。


爆風で散った砂粒が顔に当たるパチパチとした痛みが収まると、強く閉じていた目を開く。



あれ?生きてる…。


外したのか



「やるじゃないか、相良捜査官」


凛とした、それでいてドスの効いた女性の声



ブロンドヘアーを垂れながら、私の体を抱きかかえているのはドイツのレイチェル中将だ



「試すような真似して悪かったな相良くん」


試す?何を言っているんだ。



その時、レイチェル中将の頭の脇から青空が見えた。



もう一体の天使の指先に光が集まっている。



「レイ」



金髪の中将は天使の方を見るでもなく、俺を抱えたまま軽く飛んで避ける。



見ずにいったいどうやって。



「まぁ、見てろって。私は『イデア覚醒』をしてるからね」



俺を物陰に下ろすと、レイチェル中将は自身のジャケットのジッパーを引きちぎる。



下着に覆われた豊満な胸の中心に紅蓮に輝く大きな宝石が埋め込まれている



「顕現せよ、我が名は紅蓮戦姫エレオノーラ!」



仰々しい名前を高らかに吠えると胸元の宝石の光が増し、レイチェル中将を包む。



鬼神の如く逆立った金色の髪、頭上にある二本の赤黒い角、そして紅蓮戦姫の名にふさわしい洗練された鎧。



「よくもバンバンとビーム撃ってくれたな、改修費も馬鹿になんねぇんだぞっと」



レイチェル中将の姿が暴風も共に消える。


いや、消えたんじゃない。飛んだんだ。



天使の頭上まで跳ね上がった戦姫が太陽の光と重なる。



二体の天使も殺気を感じたのか急いで、振り向くが、



すでに遅い戦姫は落下の勢いを利用して、片目の方の天使の肋骨を横から殴りつける。



戦姫の拳は天使の肋骨を貫通する。



「こいつをやるよ」



そう言ってレイチェル中将は天使の体を蹴飛ばし再び空へ飛ぶ。



片目の天使の胸が、ボンっという破裂音と共に一瞬膨れる。おそらく手榴弾が内部で爆発したのだろう。


力なく落下する。



「ニャャアアアア!」


もう一体の天使が半狂乱にレイチェル中将の方へ向かう。



「顕現しろ!我が名は金剛力士 吽形!」



隣で轟音と、言った方が正しい雄叫びが聞こえる。



「破ぁぁぁぁぁ!!!」



天使が出している光線と比べ物にならないほどの熱線が、空を横切る。



巻き込まれた天使も、エネルギーの膨流の中で巻き込まれ消滅していく。



恐る恐る見ると、東堂陸将だ。


顔こそ変わってないが、金色のオーラと上裸の体に布が漂っている。


まさに金剛力士像だ。



「おーい、邪魔すんなよタコハゲ」


レイチェル中将がゆっくりと下降してくる。



「む、すまない。つい体が…」


東堂陸将がツルツルの頭をかく。



「まったく聞いてないヨ」


「あー、体痛かった」


「なかなか怖かったですね〜」



瓦礫の下から連合自衛隊の幹部がゾロゾロ出てくる。



「なっ、なんで…」


絶句する。



レイチェル中将がまた光に包まれて、元の姿に戻る。


「黙っていて悪かった、我々は『イデア覚醒』を果たしている。簡単に死にはしない」



「そんな、急に『イデア覚醒』とか言われてもわかりませんよ」


ロシアの軍曹がレイチェル中将に助け舟を出す。



「いいですか、相良くん。人類だって、この5年間何もしてこなかったわけじゃない。


『神』に抗うために研究を重ねてきた」


そしてロシアの軍曹がその眼鏡の奥に灯る知識をひけらかすように教えてくれた。



「『イデア覚醒』とは、魂に記録されている現象をこの世に呼び覚ます力。簡単に言うと前世や前々世などの過去の自分の知恵や力を使えると言うことです。



そして『イデア覚醒』に至るためには、自分の中に眠る本来の自己。神話時代の魂の声を聞かなければなりません」



「なるほど…、ぶっ飛んだ話ですね。それでなんなんですか、そんな力があるなら初めから皆さんが戦えばよかったじゃないですか!」



「それは


「私から話そう」



「レイチェル中将…、わかりました。お任せします」


ロシアの眼鏡をかけた軍曹が後ろに退く。



「たしかに、私たちが初めから戦っていれば少なくとも、天使と戦った兵士は死なずに済んだかもしれない。



だが、今回の作戦で政府が受けた痛みは、国民が受けた恐怖は必ずこの国を対『神』国家として目覚めさせるはずだ」



「なんですか、対『神』国家って。そんなことのためにこれだけの被害を出したんですか!」


思わず、感情が昂る。


リヒトは許せなかった、人の死どうこうより、自分のことを利用しようとされたことでプライドが傷付いたのだ。



「そんなこととは、なんだ貴様!この国を見ろ!この国の自衛隊の装備を見ろ!奴らは我々が散々科学的証拠を携えて訴えたのにも関わらず、たいした対策もせずこの日を迎えたのだぞ!これ以上国に任せてられるか!」


ロシアの眼鏡軍曹が声を荒げる。



「私に任せろと言ったはずだが、聞こえなかったか?シャルガフ軍曹」


レイチェル中将が威圧する。



「すっすみません、出過ぎた真似をしました」



「だがシャルガフ軍曹の言うことは正しい。この5年間我々、連合自衛隊は『神』の危険性に警鐘を鳴らし続けてきた。しかし彼らの答えは莫大な軍事費を社会保障費に回し、そして我々に戦艦数隻と戦闘機を少々渡しただけだ。この愚かな国々の目を覚ましてもらわなければいけない!」


連合自衛隊の今作戦での目的は、日本国民に損害を与えて、政府の目を覚まさせること。

そのために神すら利用するなんて、このレイチェル中将はそこしれぬ化け物だな…


中将の美しくなびく金色の髪の中に、血塗られた野望を見出してしまい、リヒトはただ呆然とした。


10


ピー、ピー


通信が入る。



『レイチェル、わかってると思うけど未来視では残り5分で『黒き獣』が来るよ。備えはどう?』


幼い少女の声だ。


未来視だと…。



「わかっているよ、シェリー。そろそろ備えねばな」



『そういうこと、今のところは全て未来視の通りだね。よろしく頼むよ』


「総員!『黒き獣』の襲来に備えよ!敵は『神』と同じ、鶴見方面から襲来する」

レイチェル中将の命令とともに、部隊が動き始める。


「リヒトくん、君はこっちだ」

レイチェル中将に腕を引っ張られ、外へと連れ出される。

「さて、相良リヒト捜査官。君は先ほどイデア覚醒のきっかけは掴んだはずだ」


イデア覚醒のきっかけ、先程のリボルバーを引くときの記憶が蘇る。


真紅に染まった銃弾、あの瞬間だけ時が止まったように感じた。


「それにしても君があそこまで、性根が腐った人間だとはな」

レイチェル中将がハハハと豪快に笑う。


あの瞬間は必死だったから、気づいていなかったが、人前であんなに取り乱すとは。

死ぬ直前に人の本性が現れるとは本当のようだ。


「そんなこと言わないでくださいよ、誰だって死ぬ瞬間ぐらい素直になります」

「ほぉ〜、ま。戦力になってくれれば性格などどうでもいいのだがな」

まったくサバサバした女性だ。


廊下の階段を下って外に出る、もっとも2階は天使によって消し飛ばされていたため外みたいなものだったが。


「おい!これそっち持ってけー!」

「戦車、もう少し下がれ!」


兵士たちの声が聞こえる。


「そういえば、さっき未来視って…」

「あぁ、別に霊子の動きを捉えるならこの国のコンピューターでも可能なのだろう?なんだっけあのフガクみたいな名前の」

「えぇ、たしかに大きな霊子の動きはスーパーコンピューターのおかげで計測できます。神の出現地点もそうして割り出しました。

しかし!そんな長期的な霊子の計算となるとスーパーコンピューターでは不可能です」


「まぁ、そのうち彼女には会わせてやろう」

彼女?


『レイチェル中将!戦闘配備完了、いつでも応戦できます!』

無線が入る


『よし、今回の作戦について説明する。

先程の戦闘により、現在この国の自衛隊及び政治家は彼らの無力さを知ったことだろう。数百億する戦闘機をカトンボのように撃ち落とされたのだからな』


たしかに先程の戦闘ではミサイルと戦闘機合わせて、少なくともすでに数千億の損害がでている。

この国の社会保障費の捻出に苦労していることから考えると、これ以上の損害は大きなダメージだ


『そこで我々の出番だ。未来視ではこれからさっきの100倍近くの霊子の塊、容姿から【黒き獣】と呼称するが、ゲートから出現する。

こいつを叩くぞ!』


なるほど、この作戦が成功すれば国は連合自衛隊の支持は確固たるものになる。国が倒せなかった存在と戦う英雄たちとしての役割を買おうとしているのか。


『安心しろ諸君!ゲートから出現した【黒き獣】は約12.5分後、我々との戦闘の末沈黙すると、未来視によりわかっている。勝てない相手ではない!』


レイチェル中将が軍の威信を高めるように声に力を込める。


『予言の時間だ!備えろ!』


緊張感が走る。

神はここに自らの天敵がいることを知っている。


天使で殺せないなら、より上位の使いを召喚するだろう。さっきとは比べ物にならない強さの敵が来る。


『索敵班、報告せよ』


『こちら索敵班、未だに【神】及び【ゲート】に動きなし!繰り返す動きなし!』


「なんだと?予言の時間は過ぎているんだぞ」

レイチェル中将が動揺する。


その時、とても焦った口調の無線がとんでくる


『作戦本部!作戦本部!』


『なんだ、この声はジャッカル曹長だな?空母へ向かった天使は仕留めたんだろうな?』


『それが…聞いてくれ!天使は死んだ、黒いバケモンが天使を殺して、でもその黒い化物は人間で、そいつがその後、鶴見の方へ!』


『落ち着けジャッカル曹長!一体なんの話をしているんだ?』

レイチェル中将が困惑している。


『だから天使とは違う【神】の使いが空母近くで現れたんだよ!』


「なんだと!?ということは…」

一瞬沈黙が流れる。


その時だった、遠くの方から風を切るような音が聞こえる。


まさか…


音は段々と大きくなる。空母の近くに出現したということは、この方向は


『総員!後ろだ!後ろから【黒き獣】が来るぞ』

レイチェル中将の声でハっとする


しかしそれは、連合自衛隊で前線配備をしていた隊員に顕著だった。

動けない、化物を仕留めるための戦車、自立砲、対物ライフルを構えるスナイパーも。


しかし対象は思ったより早い!


視認できる範囲に入る。残り300mといったところだろうか


隊員たちはようやく理解した。


がもう遅い


三歳児の着替えのようにチグハグした動きで、なんとか後ろに砲を向けるので精一杯だ。


「私がやる!」

ロシアのメガネをかけた軍曹が前に飛び出す


「顕現する!神号は【雷帝イヴァン】」


ロシアの軍曹が光に包まれたと思うと、厳聖とした鎧をまとって現れる。


「光の速さですべてを灰燼と化せ【豪雷】!!!」

呼び声とともに天から雷の柱が落ちてくる。

その手に天から落ちてきた雷をまとい、迫りくる獣に向かって放つ


ズガァァァ!!!


近距離に雷が落ちたような轟音が鳴り響く、いや実際に雷が落ちたのだろう。


大地を貫く柱の如き雷はそのまま獣を貫く


凄まじい熱量に巻き込まれた付近の建物は崩壊する


「はぁ…はぁ、やったか!?」

ロシアの軍曹が地面に降下してくる。やはり相当体力を使うのだろう 


【黒き獣】は崩壊した瓦礫にうなだれるように、倒れている。胸の中心は雷の熱量で焼かれ溶けたように赤く変質している。


「対象は沈黙!今のうちに総員、配備方向を獣の方へ転換せよ!」

レイチェル中将から支持が出る

隊員たちは思い出したかのように動き始める。


ガラ…


獣の方から音がする、まさか!


動いている。あれだけの攻撃を直撃しても動いている!


【黒き獣】はゆっくりと体勢を変え、四つ這いになる。


「嘘だろ!?」


隊員たちは驚愕する。


当たり前だ、建物すら崩壊するような攻撃を食らってもまだ動けるなど。生物は愚か、兵器にもない。


【黒き獣】は四つ這いの状態からゆっくりと片足を伸ばし、両腕を張る。


あれは…なにを。


陸上のクラウチングスタートか?いや、なぜ獣が


「どいておれ!わしがやる!」

東堂陸将が前に出る

「顕現しろ!我が名は金剛力士 吽形!」

東堂陸将の額から赤い宝石が光を放って生えてくる。

そして陸将の手に赤い光があつまる。


「破ァァああああああああああ!」

手から凄まじい衝撃波を放つ


着弾と同時に【黒き獣】が走り出す。

衝撃波で後ろに吹き飛ばされる衝撃をクラウチングスタートの体勢により殺した。

【黒き獣】は止まらないどんどんと距離を詰めてくる。


100いや、50、いや…

部隊の目の前まで獣が迫ってくる


バァァァン!!!


黒き獣が跳躍する。


獣が太陽と重なり、一瞬夜ほどに暗くなる。

世界が止まって見える。

口を開けて空を見上げるもの、走り殺されると思い頭を抱えてしゃがんでいるもの、とにかく必死に弾薬を装填しようとしているもの、周りの人間様子がよく見える。

獅子のような鬼のような顔が俺を一瞬見る。



が、跳躍することにより部隊を飛び越えた【黒き獣】は着地と同時にそのまま走り出す。

どんどんと見える姿が遠ざかる。


「なっ…飛び越えただと」

緊張と緩和からくる疲れによって座り込みそうになる。





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