幼なじみが神に選ばれまして

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第1話



「ねぇ、あたし神に選ばれたんだけど。」


彼女ははっきりとした口調でそう言った。



「はぁ?何言ってんのお前。」



こいつはいつもこうだ。毎回真剣な顔して話があるというと、駅前のファミレスに行こうと言い、そして「〜に惚れた」だの「〜と喧嘩した」だのくだらない話をしてくる。


もうかれこれ10年近くの付き合いになるが、同じやりとりを何度しただろうか。



「だから神に選ばれたんだって!」


「おいおい、今さら厨二病かよ。普通はみんな2年前にはそんなの卒業してるぞ」


「うっさい、バカ!変なこと言ってるって私だってわかってるわよ!でもホントなんだもん」


瑠璃の大きな声に周りから視線が集まる。


「お前なぁ、声がデカいぞ。俺まで変な奴だと思われるだろうが」


「うっ…ごめんなさい…」


「まぁ、いいや。とにかく話してみろよ」


「うん…」


そういうと、瑠璃は体を小さくするように膝の上で手を重ねた。本当のことを言う時彼女はいつもこうする。



「昨日の夜、家のベッドで寝てたらね。なんか窓の方がすごく眩しくなったの。それで窓を開けたら」


「天使が立っていてお前に『あなたは神に選ばれました』ってか」


「えっ!なんでわかったの!?」


「ぷっ、アハハハ!バーカ笑わせんな。俺でもそんな嘘思いつくわ」


本当にテンプレのような嘘つくなこいつは


「じゃあ、ちょっと俺の願い叶えてくれよ、そうだなとりあえず200万くらい俺にくれよ。まぁ、無理だろうけどアハハハハ!」


「だから嘘じゃないって言ってんじゃん!」


彼女が机を叩いて立つ。その音で周りの客もシーンとなりこっちを見てくる。


「おっおい、だから落ち着けって」


「そうだよねっ…。あんたに相談した私が馬鹿だった。ごめんね、変な時間かけて。これお金、払っといて」


そういうと彼女は机の上に二千円を置き、そのまま出て行ってしまった。周りの客も痴話喧嘩を目撃しちまったとばかりに、肩をすくめたりしている。


「なんだよ、あいつ。マジで頭おかしくなったんじゃねーの」


そんな悪態をつきつつ、レジで2千円を店員に渡し店をでる。もう暗くなる時間だ、高校生とはいえ親が心配する…



彼女が発光している。



いや、何言ってるかわからないと思うが俺もわからない。発酵?発行?いや、発光だ。


光っているのであるそれも内側から。


豆電球?LED?ノンノン 後光。


ファミレスを出てすぐの道路の真ん中で煌々と光り輝いている。


「ねっねぇ…サブロー。なんか光止められないんだけど…」


ファミレスから出てきたギャルたちがボソッと、えっ光ってね?神じゃんと言っているのが聞こえた。


それな神じゃん。


まわりから写真を撮るガシャガシャと言う音が聞こえる。


このままじゃまずい、自分が発光しているのを世界に晒されていると考えたら、普通に死にたくなる。


知り合いとして止めてやらねば


「なぁ、瑠璃。お前ずいぶん派手なメイクにしたんだな、神メイクか?ハハッ


そっそんなことしてねーで早く帰ろうぜ」


「なに、これでもまだ信じてくれないの?」


光量が上がる。


なんでだよ。


「信じるっ、信じるから光止めてくれ!」


もうだめだ、野次馬に来てる婆さんが拝み始めてる


「嘘っ!信じてないじゃん!!いつもサブローはそうだよね、私の真剣な悩み聞いてるようで聞いてないっ」


さらに光量が上がる、もう俺の目では瑠璃の影しか見えない。


「だー!!うるせー!信じてるって言ってんだろ!こんなん見せられて信じずにいられるかっての!」


「ほんとに…?信じてくれるの?」


光量が下がる。


「あぁ、信じる。お前は神に選ばれた!きちんと相談に乗るから。道路の真ん中にいないでこっちに来い!」 


光量が下がって彼女の姿が見れるようになった。


「わかった…ありがと。」


ガードレールまで瑠璃が歩いてくる。


その時



ブォォン!!と言う轟音と共にトラックが瑠璃めがけて突っ込んだ。



彼女の華奢な体は吹き飛び、ガードレールごとファミレスの駐車場まで飛ぶ。



「瑠璃!!!」


彼女のもとまで駆け寄る。


これはひどい…片手がもげて、足は膝から逆の方向に曲がっている。腹が裂け血がおびただしいほどでていた。


「おい!嘘だろ?死ぬな、瑠璃!」


10年以上の腐れ縁とこんな感じで別れるなんてあんまりだ。だらんと力なく倒れてる瑠璃の手を握る。


『そこの少年!今すぐその女から離れなさい!』


トラックのスピーカーから聴き慣れた声がする。


トラックから武装した男たちがゾロゾロと降りてきて僕と瑠璃を囲む。


「早く退け!死にたいのか貴様!!」


男の1人から銃を突きつけられる。


見ると透明なシールドに公安警察と書いてある。


公安?なんで公安が武装して瑠璃を?


そう考えていると、無理やり肩を掴まれルリから引き剥がされる。


「おい!待ってくれ!!頼む救急車を呼んでくれ!このままじゃ死んじまうヨォ!」


僕は情けなく泣いて懇願する。


『落ち着け少年。普通の人間ならもう死んでいる』


まただ、この声どっかで…。


「おい!この女再生が始まっているぞ!」


武装した警察の男たちがどよめく。


見ると瑠璃の体がまた発光している。


そして発光している瑠璃がゆっくり立ち上がろうとする。


「射撃!射撃ィ!!!」


ダダダダダダッ


凄まじい数の銃弾が撃ち込まれ、薬莢の落ちる音がバラバラとなる。


「やめろぉぉぉ、死んじまうヨォ!」


僕は泣きながら叫んでいる。


だが瑠璃は止まらない、一段と光量を増しながら、立ち上がる。


あれだけの銃弾を受けているはずなのに、びくりともしない。それどころかトラックに跳ねられて、取れたはずの片手すら元のようについるように見える。そしてゆっくりと僕の方に歩き出す。


「ヒッ、ヒィ化物が!!!!」


そこからの隊員たちはまさに阿鼻叫喚。


逃げ出すもの、弾薬切れに気づかず撃ち続けるもの、その場で腰を抜かしているもの。


そして僕を掴んで、ひきずっていた隊員もその場で座り込んでしまった。


瑠璃が僕の目の前まで来た。



「選べ、サブロー。私の眷属としてこのまま世界と戦うか、この場で見たことを胸の中にしまい逃げるか」



「はぁ?わけわかんねーよ。世界と戦うってなんだよ、意味わかんねー…瑠璃、お前は瑠璃なんだろ」



彼女は静かに口を開く


「私は瑠璃だった。でも今は違う。この不遜な世界の人間と戦う。神だ」



「神…。あー、わかった。これ全部夢だ、嘘なんだろ!それがドッキリ、お前らみんなどっかでテレビで見てるんだろ!ハハ、笑えねーよ。早くでてこいよ!」



「残念だよサブロー、私はあなたがよかったのに」


は?なんだそれ


「そうと決まれば、君以外の目撃者は生かしておけないな。サブロー、せめて私の知らないところで幸せに死んでね」


すると瑠璃は野次馬に集まった人たちや、隊員たちの方へ指を指した。


「レメディオス」


瑠璃の指から多数の光の玉が飛んでいく


「ギャァァァ、熱い熱い熱いぃぃ」


光の玉に当たった人たちが燃えていく。


野次馬に来てた人は蜘蛛の子を散らすように逃げていくが、瑠璃は続いて


「レイ」


瑠璃の指先から光線が放たれる。


そして人々が逃げて行った方から巨大な火柱が上がる。


「あははは、弱いなぁ!!!脆いなぁ!!!人間はァ」


瑠璃…?瑠璃、やめてくれ。瑠璃の足にすがりつく、汗と血と涙で視界が歪む。


「もうやめてくれぇ…瑠璃はそんな楽しそうに人殺しはしない。お前は瑠璃じゃない!」


そうだ瑠璃は言葉はきついやつだったが、自分から人のことを傷つけるようなやつじゃない。それは一番俺がわかっている。


すると瑠璃の行動がピタリと止まる


「お前は瑠璃じゃないか…そうかもね。サブロー、よく聞いてね」


瑠璃が屈んで目を合わせる


「私はこういう役目を与えられたの。」


誰にと聞く前に瑠璃の頭の上に光の輪が浮かび、瑠璃の体が空に浮かぶ。


「さて、10分後にこの街にゲートを作りまーす!巻き込まれたくない人は10分以内にこの街から逃げてくださーい!」


瑠璃の声が頭の中に直接流れる。


おそらく付近の人たち全員もこれが聞こえたのかもしれない。


でも、もう疲れた、わけわかんねーし。


もうこのまま駐車場で寝とこうかな…。


「サブローくん!なにしてるんだこっちだ!」


あれまたこの声。どっかで聞いた気が…


そこで僕の意識はプツリと切れた。



2



…い。…つい。


声が聞こえる。


あたりは瓦礫まみれだ。


茶髪の華奢な体の子がうずくまって泣いている。あの後ろ姿…瑠璃だ!!


やっぱり夢だったんだ!瑠璃は俺の幼なじみ、神なわけがない!


僕は走って彼女のもとへ急ぐ。


瑠璃、瑠璃!!!



ガシッと肩を掴む


「瑠璃!お前なにしてんだよ、焦ったわ!」



「…つい。」



「え?」



「熱ぃぃぃ!熱い熱い熱い!!!」


瑠璃だと思った顔はあの時焼かれたギャルだった。ただれた皮膚、こぼれた目玉。


全てがリアルだ





「うわぁぁぁぁぁあ!!!」


「うおっ!びっくりさせるなサブローくん!」


飛び起きると車の助手席だ。かなりの速度で走っているためガタガタと揺れる。


「あれ、なんでリヒトさんが、そうかあれは夢か…」


「夢なものかサブローくん、後ろの景色を見たまえ」



そう言われて僕は恐る恐るトラックの窓から顔を出し、後方を確認する。



なんだ、あれ



大気が割れている。


いや、正確には空間が裂けているのか?


そして裂けた空間には明るい空が広がっている。



「なんですか?あれは?」


「えぇ?そんなこと僕に聞かれてもわからないよ」


「てかなんでリヒトさんが、このトラックを?わけがわからないですよ!!だってこのトラックはあの時瑠璃を跳ねっ…」


「サブローくん、吐くなら外で!」


「うぷっ」


急いで窓を開けて胃の内容物を吐き出す。


「サブローくん、今は気が動転するだろうが必ず説明するから一度待ってくれ」


「はい…。」



「ただ、一つだけ教えておこう。あの空間の裂け目、空の広がった世界はイデア界。わかりやすくいうと天国だ」


天国?やっぱり僕は死んだのか?


「いや、死んでない。」


「え?」


「あぁ、君はまだしっかりと生きている。これは紛れもない事実だ。無論僕もね。」


その時、トラックの無線が入る



『応答せよ、こちら東堂平吾 陸将である。応答せよ』


「はい、こちら公安警察 相良リヒトです。どうぞ」



『うむ、現在のそちらの状況報告をせよ』



「現在、こちらの状況は大変厳しいものとなっています。作戦開始直後、ターゲットに対し、公安警察特殊部隊で制圧をかけたが失敗。結果的にターゲットは完全に覚醒し、イデア界へ通じる【ゲート】を作成、開放しました。現在ゲートには動きは無いものの周辺の住民に避難勧告を出しているところです」



『了解。そのまま横須賀基地へ帰還せよ』


「了解」



「だいたい伝わったかい?サブローくん」



「いえ、意味がわからないです。とりあえずリヒトさんが一般人でなかったことだけがわかりました」



相良リヒト、瑠璃の恋人だ。



あれは高校に入って最初の夏休みだっただろうか。



夏休みなので、家の隣で親父の工場の手伝いをしていた頃のこと。いつものように親父の手伝いをしていたら工場のシャッターを誰かが叩く音がした。


「誰だ?サブロー、お前また喧嘩したんじゃねえだろうな」


「いや、そんなことしてねぇよ」


シャッターを少し上げると、茶髪の長い髪が地面についているのにお構いなく瑠璃が下から覗き込んできた。


「ねぇ、サブロー!大事な話があるの、今から駅前いつものファミレス集合ね!!」


と言ってまた顔を引っ込めた。



「ガハハ、瑠璃ちゃんか!ずいぶんべっぴんさんになったが変わってねえーな!」


「うるさい、親父。まぁ、そういうことだから出かけてくる」


「おうよ、わかった!いってらっしゃい」


親父はニヤニヤしながら快諾した。


シャッターを上げ外へ出る時


「サブロー、あんなべっぴんさん逃すんじゃねえぞ」


という声が聞こえた。うるさいハゲ親父。



駅前のファミレス、いつもどおりクリームソーダを頼んだ。



「それでねサブロー、話なんだけど…」


「おう」


なんだかモジモジしている、心なしか顔も赤い。こういう時は


「好きな人ができたと」


思わず口から出た。これではもはや相談ではない。


瑠璃は目を大きく見開いて


「なんでわかったの!?」と言っている。


「わかるさ、これで6回目だから」


どーせ、また断られるにきまっている。


最初は小2、次は小4。そして中1と中2と中3。今回高1。


最近はもはや毎年の恒例だ。


だがいずれも瑠璃は気持ちを伝えずに冷めていく。こんなガサツな性格に見えて、心は乙女で行動ができない。


今回はガツンと言ってやろうか。


「で?相手は誰よ?」


「相良リヒトって言う部活のOBで大学生の人なの…この前遊びに来てくれたときに知り合って」


「相良リヒトってあの相良さんか?」


「知ってるの?」


「知ってるもなにも、学校に多額の寄付をしてくれた相良財閥の御曹司だろ?うちの学校が公立なのにやけに設備がいいのは、そのおかげだって。なんでも頭脳明晰、容姿端麗、性格もよい超人って聞いたけど」


「そんなに褒めなくても…」


「なに赤くなってんだテメーは、褒めてねえよ!何よりどうせお前じゃふられるのがオチだろ!!!」


「フッフーン」


なにやら瑠璃が誇らしげに鼻を鳴らす。


「な、なんだよ?」


「わたし、相良さんに告白されちゃったの!


夢みたいですぐOKしちゃった!」



え?まじ?瑠璃が告白された…。


嘘だァァ、だってこのガサツゴリラだぞ?


小1の時、家の近くに引っ越してきて、それからずっと公園とかで遊んでいたが、男より喧嘩強いってので女らしさゼロのこいつが?


たしかに最近可愛くなったというか、まぁスレンダーながら、出てるところは出てるし、ドキッとするような時がたまにある。


だとしてもよ!!


あれ?なんで俺こんな考えてんだ?



「ねぇ、聞いてた?」


「あっ、あぁ。ちなみにまじ?」


「マジマジのオオマジよ!悪いわね、あんたより先に恋人できちゃった。おーほほほ」


クッソむかつく、ここがファミレスじゃなきゃゲンコツ入れてるわ。



それからの瑠璃は楽しそうだった。


やれデートに行っただの、彼氏が優しいだの。


何回か俺とファミレス行く時にも連れて来たが、もう完璧超人すぎて死にたくなり、毎度適当に理由をつけて早く帰っていた。



「リヒトさんは、瑠璃のことを監視していたんですか?」


リヒトさんは、運転しながら、すっと遠くを見つめこう言った。


「あぁ」


「それは、瑠璃がああなってしまうことを知っていて?」


「あぁ」


俺は思わずハンドルを掴んで思いっきり回した。


トラックが大きく揺れる


「なにをするんだ!サブローくん!」


リヒトさんが焦ってブレーキを踏む。


「こうなることが分かっていたなら、どうして止めてくれなかったんですか!!!」


思わず感情が溢れ出す。


監視するために恋人を演じて、そして瑠璃はそのことを知らずに…。


「止められ、なかったんだ…!瑠璃のことは本当に愛していたさ、だから止めようと何度も試みた!だが彼女は選ばれてしまった。だから止められなかったんだ!!!」



リヒトさんが泣いている。その剣幕に、感情に僕は消沈した。



「教えてください。世界になにが起きたのかを、瑠璃がどうなったのかを」



3  



「教えてください。世界になにが起きたのかを、瑠璃がどうなったのかを」




「わかった、教えよう」



再びリヒトさんは車を走らせる。



「五年前、人類はとてつもない大発見をした。その発見をしたのは、日本の筑波にある研究施設だ。


それは『死んだ人間にも、意識がある』という発見だった」



「死んだ人間の意識…魂ってことですか」



「あぁ、その考えであっている。その発見は偶然なされたものだった。サブローくん僕たちは何でできているかわかるかい?」



「えーと、細胞ですか?」



「そう僕たちは細胞が集まってできている、だが細胞の命は短い、命の短くなった細胞は若い細胞に交代して、僕たちの体から排泄される」



「あー、なんか習った気がします」



「ちなみに全身の細胞が入れ替わるのは大体3ヶ月なんだ」



「そうなんですね、これ関係あるんですか?」



「まぁ、待ってくれ。3ヶ月で人間を構成している細胞が全て入れ替わっているということは、今の僕たちは3ヶ月後には死んでいるはずなんだ。」



「え?」



「だってそうだろう。僕たちは今までの脳細胞で思考していると考えている。だから三ヶ月後の僕らの脳細胞は今の脳細胞と同じものはないんだ」



「たしかに…」



「そこで今までの哲学者などはなにが今の自分であると言えるかで争ってきた。


その時は記憶が脳細胞に引き継がれているからと言う仮定がでた」



「その結論が魂だと言うんですか…?」



「あくまでその段階では仮定の話だ、だがある研究者が研究をした。


遺伝子を操作して、全く同じネズミを作った。記憶も物質であるなら、脳の細胞のを作る遺伝子を操作し、全く同じ環境に入れたら、全く同じ動きをするんじゃないかとね」



「たしかに」



「その研究者は日照条件などをコントロールし全く同じ環境に、遺伝子の同じネズミを放った。どうなったと思う?」



「同じ動きをしなかった…」



「そう!それどころか二匹のネズミは見た目こそ同じものの癖や好みすら異なったのだ。


つまり脳細胞でも神経細胞でもない、もはや細胞ではない何かがそこにはある。」



「まさか…」



「つまり、僕たちが細胞が入れ替わったとしても同じ人間であると思えているのは魂的な何かがあったからだ。


魂があるという仮定がでてからは早かった。


分子以下の変化すら捉える機械でひたすら、生き物の死を観察した。


そしてついに観測した、死んだ生き物から発される未知の物質。


研究者たちはそれを霊子と呼んだ。粒子、素粒子に次ぐあらたな物質、霊子。


それは今までの全ての理論を覆した」



「魂が本当にあるなんて…」



「信じられないだろう?みんなそうだった、今までの科学はひっくり返る。それどころか世界の認識すら覆された」



「まず霊子最大の特徴は質量を持たないと言うことだ」



「なんだか難しいですね」



「だが、これが世界の真実だ。目を逸らさず聞いてくれ。


霊子は観測したとしても、すぐに消えてしまう。いや、観測できるのにそこにはないんだ」



「は?無いのに見えたってこと?」



「そうだ、最初は研究者たちも頭を抱えた。だが霊子にこれまでの常識は通用しない、そこで導かれた仮定が、霊子は光より早いため時間を超えることができる」



「時間を超える?」



「あぁ、時間を超えることは今までの科学では不可能とされた。それは質量、つまり物には重みがあるからだ。だが霊子には存在しない」



「そんなことが…でも消えた霊子はどこに?」



「よく聞いてくれた、霊子はどうやらここよりも上の次元に消えたみたいなんだ」



「上の次元?」



「あぁ、それが僕たちがさっき見ていたイデア界、天国さ」



「天国…」



「その通り、研究者たちも当時は驚きを隠せなかったろうね。世紀のいや、人類始まって以来の大発見に皆、心が踊った。すぐに絶望に叩き落とされたけどね」



トラックが止まる、基地の軍人にリヒトさんがパスを見せると門が開く



「ここからは歩いて話そう」



『総員、戦闘配備!緊急事態に備えろ』


基地内のサイレンが鳴っている。



軍人が慌ただしく、働いている中、建物まで歩きながらリヒトさんは続きを話した。



「天国を見つけた僕らは喜び勇んで、神とのコンタクトを取ろうとした



だが霊子をあやつる方法などわからない。


そこで僕らは超古典的な方法に賭けた。



霊媒師だ



めちゃくちゃ滑稽と思わないか、科学を極めた人類が非科学的なものに真剣に取り組んでいたんだ。


霊媒師を呼んでは、装置で観察し霊子を飛ばせるかどうかを試した。



そしてついに本物の霊媒師「野林 照美」を突き止め彼女に頼んだ。八十代の老婆だが彼女は意識を霊子にして飛ばすことができた。



ー神との対話をさせてくれ



彼女は承諾する代わりに三つだけ覚えておいてほしいと言った。


一つ『運命は全て決まっていること』これは霊子が時を超え未来に行けることはつまり、運命の存在もあると言うことだ。


二つ『神と対話できるかわからないこと』


三つ『対話中もしもの時のために私の首に紐を括り、殺せと言ったら私を殺すこと』


そして一言、『頑張りなさい』といった。




そして神は降りた。




そこから先は今日の君が見たのと似たような感じだ。



霊媒師の体が発光し出したと思ったら、僕らに向けて不思議な術で攻撃し、多くの死者を出した。そしてすぐに『殺せ』と言う指示があり、神の立っている椅子を蹴りどかし首を吊らせた。



そして霊媒師が死ぬ直前、こう言った。


『最後の審判の日は近い、お前らは滅び、お前らの肉体を糧としてあらたなる神が誕生する!!!』」



「最後の審判…」



「最後の審判。ヨハネの黙示録によれば人類が神との戦いの末、破滅を迎え、あらたな神の時代が始まるとある。その日が人類と神との争い、まさに最終戦争ラグナロクの開戦の日。



それは今日だよ。



ただ僕らもただ手をこまねいていたんじゃない。



さっきも言ったように霊子は時を超える。国のスーパーコンピューターに計算させて次回の神の霊子の出現場所を特定した。まぁ、3年間かかったけどね。


それが2年まえ、僕と瑠璃が出会う一年まえだね」



「なるほど、それで瑠璃に声をかけたと…」



「だが今日の通り計画は失敗した、最終戦争の開戦日に瑠璃を亡きものにすることで、神の出鼻を挫く作戦はあえなく失敗した。


だがまだ勝ち目はある」



「どうやってですか、相手は神。人間如きが叶うわけがない…」



「イデア界のものは、こっちの世界と違ってあるものがない」



「それは、質量でしたっけ」



「あぁ、しかし、この世界で力を振るうには質量が必要だ。例えば奴らの空間を燃やす力、あれはまさに質量をエネルギーに変換している証拠だ」



「つまり…どう言うことですか?」



「質量持つものなら我々の攻撃だって効く、神の魂は逃げられるが、この世界を守ることはできる。倒し続ける限りは」



「そんな!つまり天国から無限に湧いてくる敵を倒し続けるってことですか?そんなのいつか僕らの方が疲弊して、負ける可能性の方が高いじゃないですか!」


だってそうじゃないか、神はこっちの世界で入れ物を借りるだけの存在だ。中身に攻撃が効かない限り、神はいくらでも再生するはず



「そうかもしれない…、だがサブローくん。人類の5000年以上の歴史をここで絶やすわけにはいかない。例えこの判断が誤りであろうと、もう国は戦いを決断したんだ。



ふぅ、長くなったね。



だいたい状況は理解できたかな」



「はい、なんとか。まだ現実感は有りませんが」



リヒトさんは満足そうに頷いた。



4


「理解できたのなら良かった、この部屋だ入ろう」



リヒトさんと、僕は重厚な木の扉の前まで来ていた。扉には『特別有事連合自衛隊作戦本部』と書いてある。



「あの、リヒトさんここは?」



「見ての通り、軍の本部だ。君は今から尋問にかけられる。ただ正直に答えてくれ、僕らの、いや人類の今後を分けるかもしれない」


そう言って扉をノックした。


「相良リヒト公安警察捜査官、大門サブローを伴い参上いたしました!」



「入りたまえ」


「失礼します。」



扉を開けた先には15人ほどだろうか、様々な国籍の人が僕とリヒトさんを見下ろす形で座っていた。まるで裁判所だ



「サブローくん、これをつけてくれ」


そう言ってリヒトさんはワイヤレスイヤホンのようなものを差し出した。



「なんですかこれ?」



「これは翻訳機だ、今から君は多国籍の軍幹部から尋問される。そのためには言葉が理解できる必要がある」



翻訳機をつける。電源が入ったらしく耳から起動音が聞こえる。



「準備はできたか、それでは尋問を始める」


すごい、今話したの人は明らかに自分とは別の人種だ。なのに言葉が日本語に翻訳されて出てきた。



「まず、君は大門サブローくんで間違い無いね?」



「はい」



「君も混乱しているだろうが、すまない。我々に協力してくれ」


そう丁寧に言ったのは金髪のガタイのいい青年だ。胸にある札を見る限りイギリス人だろうか?



「まず、知っての通り君の友人。本間瑠璃は異世界の神を名乗る精神体に乗っ取られているが、彼女は君に変なことを言ってなかったかね?」



僕はファミレスでの会話を思い出す。


「そういえば瑠璃は、その日の夜天使が現れたとかどうとか」



「天使?」



「はい、窓の外に強い光を感じたと思ったら天使があらわれて、神に選ばれたって…」



そうあの時俺が茶化して適当に言ったことが、まさか真実だったなんて



「それはおかしい、日本の公安警察が彼女の家の、周囲を常に監視し続けていたが、そんな発光現象は確認されていない」


そう言ったのはスキンヘッドの大柄な男。おそらく同じ日本人だが、風格がある胸の、名札には東堂平吾と書いてある、あの無線を使っていた人か。



「でも!たしかにあいつは言っていた。」



「東堂陸将、あの時周りにいた兵士はもう全員死にました。彼の話だけが頼りなんだ」


ブロンドヘアーの女性が言う、言ってはなんだがこの場に不釣り合いな美人だった、それに結構若い。


あの名前は…ドイツの方か?



「む、失礼した」



「それで、他には?」




「いや、特には。あの時僕が茶化してしまったのですぐに出て行ってしまって…」



「そうか、ご苦労だった。ではサブローくん一つだけ約束してくれ」



東堂陸将が言う。


「この件は民衆にはくれぐれも内密にだ、我々が戦っている正体が不死身の精神体など、それだけで民は混乱する、約束…できるね?」



「はい。よし続いて相良リヒト捜査官の尋問に移る。その前に、上島サツキ二等兵はいるか!」



「は、はい!こちらに!」


この物々しい雰囲気の部屋の中で可愛らしさの残る女性の声がする。


この主は赤色の髪を後ろでポニーテールに結んだ、女性だった。おそらく19〜20ぐらい、まだ若そうだ。



「サブローくんをご家族のもとへ、その後第9支援部隊は民間人の海上避難に取り掛かれ!」


「は!サブローくん、行くよ」


そう言って上島さんは、僕の手を取り部屋から連れ出した。




「大変だったねー、尋問怖かった?」


「あ、いえ。そんなには」


「いま、お母様のところに連れて行ってあげるね」


一緒に手を繋いで引っ張られるようにして歩く。ぴょこぴょこ揺れるポニーテールからはお花の匂いがする。


か、かわいい。こんな可愛らしい人が軍人だなんて信じられない。


「上島さんは、軍人なんですか?」


「サツキでいいよ、まだまだ新人だけど一応ね。それとサブローくん」


「は、はい」


「私たちは軍じゃなくて隊だから」


「たしかに、すみません」


「そんな、謝らなくていいよ〜。まだ、実戦には入ったことなくて避難誘導が主な仕事だから〜」



建物の外に出て港に向かって歩き出す。


「見て見て!あれがみんなが避難するために乗る巨大空母だよ〜!」



デカい、東京湾にビルがそびえ立っているような、圧倒的デカさ。いったい何人の人を収容できるのだろう。



その他にも何隻か戦艦が見える。



「あれは戦艦ですか?」


「そう!いわゆるイージス艦、ミサイルを飛ばせるんだよ〜!」


「すごい数ですね」



「そりゃあ人類の存亡がかかってるもの、さっきの尋問会もいろんな人種の人がいたでしょ」


「なるほど連合軍的なやつですか?」


「そう、それー!」



色々な話をして歩いた。


ヒナタさんはいま後方支援の隊で、今回が初めての作戦だということ。


年は20で自分から志願して入っていること。


横須賀のカレーは言うほど美味しくないことなどいろんな話をした。



到着したのは朝4時半ごろだった。



「はい、着いたよ。ここらへんにサブローくんのお母様もいるはずなんだけど…、もしかしたら港の建物の待合室にいるかも!」



「おーい、サツキ。お前無事達成したならこっち手伝え!」


港の人々が乗る橋の作業をしてる大柄の黒いハゲが声をかけてきた。


ちっ、邪魔すんな。俺とヒナタさんの憩いの時間を。


「はーい、今行きまーす!じゃあサブローくんあとよろしくね!」


ヒナタさんは眩しい笑顔をむけて黒ハゲのとこまで走っていく。


あぁ、さらば愛しき時間よ…。



さて母親を探さなくては、港の待合室に入る。みんな床にダンボールや荷物を枕がわりにして寝ている。


テレビにはゲートとゲートの上に立つ神の姿が映し出されている。


おそらくヘリコプターで撮影しているんだろうが、メディアも大変だな。



スマホで母親に連絡とってみるか、それにしても昨日から色々有りすぎたせいで服もボロボロだ。



その場に座り込み、スマホを取り出す。


げっ、バッキバキだ。液晶も反応しないし、思い当たる節しかないのが辛い。



どうするかなぁ、と考えながら僕は辺りをキョロキョロする。隣では小さな女の子が、父親に抱っこされながら寝ている。



「君、今来たのかい?」


隣にいた女の子を抱っこしているパパさんに聞かれた。



「はい…、でもスマホ壊れちゃってて連絡つかないんですよね」



「それなら私のを使うといい」


パパさんはそう言って僕に携帯を投げよこした。



「ありがとうございます」


頭を下げてロック画面を見る。そこには家族写真が壁紙になっている。


パパさんと娘さん、隣にいるのは奥さんだろうか。キリッとした美人系だ。



「あぁ、ごめん解除番号は0324だ、娘の誕生日なもんでね」


「ありがとうございます、壁紙はご家族の写真ですか?」


「あぁ、去年の夏に長野の方の滝を見に行ってね。その時の写真だ」



「そうなんですね」


話をしながら、母親に電話をかける



プルルルプルルル


「はい、大門ですけど…」


母親が寝起きの声で出る。



「母さん?俺だよ、サブローだよ。どこにいる?」



「サブロー!私は港の待合室の海から遠い方の出口近くで寝てるよ」



「わかった、すぐ行くね」


そう言って電話を切る。



「お母様は見つかったかい?」


隣のパパさんに尋ねられる。



「はい!見つかりました。ありがとうございました!」


お礼を言ってスマホを返す。



「そうだ、もし見かけたらでいいんだけど、私の妻を探しといてくれないか、仕事に行ったきり帰ってなくてね…名前は美紀という」



その時、寝ていた娘さんがぱっと目を覚ますと


「お母さん、見つかったの?」と聞く


「ううん、見つかってないよ。でもきっと無事だからまたお眠り」


女の子はウゥーと悲しそうにうなって、またパパさんの胸に顔を埋める。



「ハハッ、見ての通りこの子には僕より、母親の方がいいみたいだ」



「わかりました、美紀さんですよね。探してみます」



「頼んだよ」


そう言ってパパさんと別れる。



僕がいるのは海に近い方の出口だから、母さんがいるのは反対側だ。



薄暗い待合室を横切って、避難してた人たちは皆疲れているらしく、大半は寝ていて起きている人も暗い顔をしている。



それも当然か、住んでたところに急によくわからん門が出来て避難してきたんだから。


これからどうなるか不安なのだろう。



母さんはすぐ見つかった、白髪隠しの茶髪にパーマをかけた髪型。朝と何も変わってない。



「サブロー!あんた無事なら電話でなさいよ!」


「ごめん、スマホバキバキになっちゃってて」


「まったく、自衛隊の方から保護してるってかかってくるまでどんだけ心配したか」



そういう母の目は涙でにじんでいた。


本気で心配してくれたのだろう。



「父さんと兄さんたちは?」



「父さんとジローは自衛隊の人に緊急で納品頼まれたみたいでね。トラックで自衛隊基地に向かったわ。イチローは、わからないけど警察だからきっとお仕事よ」



なるほど、取り敢えず一安心だ。



「あんたも、疲れたろ。ほらこれ家から持ってきたブランケット、あんた使い」


そういうと母はカバンの中からブランケットを取り出す。あいかわらず、こういう時の準備は万端だ。



「ありがとう、少し寝るわ…」


疲れた、そりゃ夜通し歩いたり尋問されたりしたらクタクタになるよな。あのサツキさんやパパさんは偉いな…


そんなことを思いながら僕は沈むように眠った。



5



『ジリリリリ!!!』


すごい音で目を覚ます。どうやら待合室の放送のようだ。


他の人たちもこれで叩き起こされたようで皆、寝起きの顔をしている。



「サブロー、荷物をまとめな」


「ん?わかった」


そう言って荷物をまとめる。



『午前6時より、空母の方へ皆様には避難をしていただきます。空母の搭乗へは隊員の方から指示をさせていただきます』


アナウンスが流れる。



ってか、午前6時って。俺全然ねれてないじゃん。



皆、荷物をまとめるためにガヤガヤとしている。



その時


「おい!なんだよあれ!」と大きな声が聞こえる。



声の主の方を見るとテレビを指差している。



テレビ?



天井近くに備え付けられた画面を見ると、相変わらずゲートと瑠璃の顔をした神が映っている。



ただ一つ変わったのは、石でできたの十字架に人が張り付けにされている。



服の色から、小学生から中年のおじさんまで様々な人が張り付けにされている。



なんだ、あれ。


数えると7体の十字架が前後に2列あるため14人の人だ。



報道キャスターも


『我々も事態が良くわかっていませんが、急に十字架が地面から生えてきて、人が!』


『おい!確定してないこと話すな!』


『だって本当のことじゃないか!!!』


ともめている。



「あの、光っているやつの顔。いままでよく見えなかったけど瑠璃ちゃんじゃないか。あんた何か知ってるのかい!?」


母さんが聞いてくる。



「それは、」


言いかけたときに東堂陸将の言葉が脳裏によぎる


ーくれぐれも内密に、



そうだ、瑠璃が神になって僕らを滅ぼしにきたなんて言えない



「知らない」


「そうかい」


母さんは、それ以上は詮索しなかった。



反対側のドアが開く。


「みなさーん、聞いてください!我々は特別連合自衛隊 第九支援隊です!今から移動を開始するので焦らずゆっくり移動してください!」


サツキさんだ。


寝てないのだろうか。


クマができていて、ハリとツヤの、あった肌も、くすんだように見える。



母さんと僕も列に並んで待つ。


全然進まない列にゆっくり並んでいると



「おい!お前大門じゃないか?」


金髪の男に声をかけられる。


こいつは覚えている、鳴上だ、隣の高校の不良集団の頭をやっていたやつだ。



「大門!何してたんだよ、お前いなくなってウォリアーズ、ガタガタになったぞ」


ウォリアーズ、中学の頃俺が入っていた、というか気づいたら入れられていた不良集団だ。



「いや、なんか喧嘩とか嫌になっちゃって…殴られると痛いしさ」


そんなこと一ミリも思ってないが、口から出てくる。



「はぁ?崎中の狂犬とか呼ばれてたお前が?喧嘩じゃ負け無しだったのに」


でた、そのダサい二つ名。なんだ狂犬って、てか中学生で狂犬とか恥ずかしすぎるだろ。



「ま、まぁとにかく俺はもうそういうのは無理だからさっ」


とにかく早く会話を切りたい。隣で聞いている母さんの視線が痛い。



「お前、つまんなくなったな。まぁいいやまたな」


鳴上はそういうと列の後ろの方へ消えていった。



「あんた、あの金髪の子に嘘ついたでしょ」


「いや、ついてないよ」


「そう?ならいいけど。でも確かに中学生のあんたは喧嘩ばっかかりで大変だったけど」


「だったけど?」


「いや、いいわ。そんなことより肩疲れたからこれ持ってよ」


母さんは言葉を途中で切ると、荷物を渡してきた。



喧嘩か…、中学の時はとにかく自分を強く見せたかった。


少しイラッとすることを言った奴がいたら同級生だろうと、喧嘩が弱かろうとすぐに殴ってた。隣の中学に悪口を言っている奴がいると聞くとそのたびに喧嘩をしに行ってた。


父さんは、大人なら喧嘩ぐらいすると言っていたが、母さんは毎回謝りにいってた。



学年が進むにつれてそれは悪化して、ウォリアーズというチームができてた。作ったわけじゃないが、ウォリアーズの奴が殴られたとなったら俺を含めたみんなで喧嘩しに行った。今思うとなんでそんなことをしたのかわからない。



ちょうど列が半分ほど進み、またテレビが見える位置になった。



テレビ画面を見つめる、張り付けにされた人達はぐったりと顔を下げている。


死んでいるのだろうか…。



そして瑠璃の顔をした神は、不敵な目でカメラを見つめている。それはカメラ越しの俺のことを見ているんじゃないかと錯覚するほど。



そんな瑠璃と、いや神と目を合わせたくなくて視線をそらす。



『そろそろいいかな?』


全身の毛が逆立つような気がした。



恐る恐る画面に目を向ける。



神の手には杖が握られていた。そしてその杖が光出したかと思うと…



『グァァァァ!』


『ギャッ!!!』


『やめてぇ!!』



次々と十字架にかけられた人たちの体が発光する



「さて、人類の皆さん」


頭の中に声が直接響く。瑠璃の声のはずなのに、その声は清らかさの中にどす黒い汚れを隠したような、胸のざわつく声だった。



「最後の審判の時は来た、君たちが5000年間も進化してこないことに見かねたので、君たちの体を糧に新たな人類を作ります。そこで失敗作はこんなにいらないので手早く減らしまーす!」



ついに来てしまった、最後の審判が…!



周りがざわつく



「七つの封印、せいぜい守って見せよ」



七つの封印?なんだそれは?



十字架に張り付けにされた人たちの光が収まる。




そこに現れたのは、天使だった。


全員2メートル弱ぐらいはあろうか。


肌色の肌に似合わない白すぎる羽。


裸のようだが、生殖器がない。男のようであり、女性のようでもある。明らかにこの世のものじゃない。



そして神はとんでもないことを言った。




「第一の目標、横須賀!行け、天使ども」



6



「七つの封印、やはり黙示録の内容と一致するな」


『特別有事連合自衛隊作戦本部』の中に声が響く。


アメリカ海軍、レイチェル=アリス中将


世界最強の軍組織の中で、参謀の腕を買われて異常に早く出世した謎多き女。



「ご安心をレイチェル中将、封印があろうとなかろうと、すでに手は打ってあります」


東堂陸将が答える


「だが東堂陸将!当初は東京をターゲットにするという予想でした、それが横須賀になると大幅に変更が必要になりますよ!」


航空自衛隊、空将補が進言する。


「何を言っておる、ゲートとのある鶴見で撃墜すればよい!高城艦長聞こえるか!目標が動いた、攻撃開始!繰り返す攻撃開始だ!」



東堂が東京湾で待機する艦隊に指示する。



『了解!攻撃開始』


戦艦からおびただしい数のミサイルが飛んでいく。



『着弾予想まで残り15秒』



「ふん、この攻撃。生身のお前らが受けたらひとたまりもあるまい!」


東堂は満足そうだ。



『5.4.3.2…」



ヒュオオオっと、神と天使目掛けてミサイルが飛んでいく。


「ん?人類の攻撃も始まったか。くるぞ、よけろ天使ども!」





追尾性能のあるミサイルは雲を縫うようにして飛んでいく天使たちを追尾していく。



「全員避けるのは厳しいか…おっと私にもめがけて飛んできるな、レイ!」


神の指先から放たれた光線により、ミサイルは着弾前に爆発する。



だがその時、凄まじい轟音と共に雲を切り裂いて、ミサイルが天使に着弾する。


翼が燃え焦げた天使が次々と地上に落下していく。



「ちっ、4匹ほどやられたか。かまわん横須賀まで突き進め!!!」



『着弾しました!四体の撃墜を確認』



「ふむ、たった四体か。だがまだだ横須賀に行かすなよ!連合自衛隊第四航空隊!戦闘開始!」



『了解、戦闘開始』


雲のはるか上の方から戦闘機が下降していく



「天使たちを追いかける気か、だがまだ甘いな撃ち落とせ!」


神の命令と共に天使たちが戦闘機めがけてレイを放つ。



『なんだ、あの光は。弾じゃない!ビームがグァァァァ!』



『一機ロスト』



「ふむ、だがまだだ。陸上迎撃システム用意」



『了解、地上に待機させている、戦車、ミサイルパック、迎撃砲の、配備を急がせます!』



「陸上はやはりまだか…」


それもそうだ、もともと東京を襲撃してくるという予想で今日まで隊は準備してきた。それが急に横浜に…。


先に我々のいる本部を叩き、連合自衛隊を無力化する気か!



「相良捜査官?何をしている、現在の状況おそらく一番詳しいのは君だ。済まないが我々に説明願えるだろうか」


インド国防省次官が尋ねてくる。



「はい、先ほどまでの神の発言で我々、連合自衛隊の仮定は間違っていなかったと確信しました。あの神はヨハネの黙示録に則って行動しています」



「ヨハネの黙示録か…、新たな人類の創造は七つの封印を解いた上で、七本のらっぱを持った天使によりもたらされるという物だったか」



「はい、おっしゃる通りです。そして封印を解除するには『古の巻物』とそれぞれの条件この両方を満たす必要があります」



「『古の巻物』か、まだ日本には発見されてないとのことだったが…」



「いえ、それが見つかったのです。巻物は7つの国の王家より封印されてきました」



「なんと!つまり今、巻物は」


「はい、東京にあるはずです」


「ではなぜ!やつらは横須賀に飛んだ!」


「おそらく、我々、連合自衛隊の本部をまず叩きに来ているのでしょう」



しかしそれなら…



「本部が横須賀にあることを知っているものは限られた関係者しかいないはず」


作戦本部がざわつく、我々の裏切り者がこの中に…


「落ち着きたまえ、諸君」


凛とした声で制される。


「レイチェル中将…!」


「相手は神だ、我々の常識で考えてはならない。まずはこの戦闘で出来る限りのデータを拾うことに集中しろ」




『第四航空隊!全機ロスト!!』


「慌てるな、今回ので二体仕留めた。倒せるぞ!」



「第一から第三飛行隊、一気にかかれ!!」


『了解、全機奴らを撃ち落とせ!』



『さらに三体着弾!、墜落させました!』


「よくやった残り五体!勝てるぞ!」



『しかしもう本部の近くまで来てます!』



『こちらアルファ2、もうダメだ墜落する!」



「くそっ、だが奴らを逃すよりマシだ!幸い神は門から動けていない。天使だけなら撃ち落とせるはずだ!」



その時、轟音と共に天井が崩れた。


ガラガラと瓦礫が降り注ぐ、


「全員伏せろ!」



しかし間に合わず瓦礫の直撃を受けてしまうものもいる。



崩落が収まる、密閉されてた作戦本部に日の光が入り込んでくる。



何があった?顔を上げる瓦礫の上に降り積もった土埃をどかして顔を上げる。



天使が笑っている、下卑た表情で、俺らを見下して笑っている。


周りを三体の天使に囲まれた。


すると天使たちは顔を見合わせ一体が別のところへ飛んでいく。



あっちの方角はまずい、空母があるほうだ!



空母は民間人が近くにいては、戦えない。戦闘機も同じだ。



もう、終わりだ…日本も、世界も。


こんな速度で制圧されるとは早すぎる。


これが、神との戦い…。




7



「第一の目標、横須賀!行け、天使ども」



神がそう言った瞬間、それまでガヤガヤしていた待合室は静まり返った。


空母に乗れることに興奮していたオタクも、非日常感を楽しんでいた女の子も、世間話をしていた奥さんも、全員が。



だがすぐに



「おい!前のやつ急げよ!!!」


「後ろ押すな!」


「子供が転んだの!やめて踏まれちゃう!」


と、パニックになり阿鼻叫喚。



そりゃあそうだろう。あの化け物たちがこちらへ向かってくるというのだ。



瞬く間に列は崩壊し、扉の方へいち早く走り出す。列からはじき出された人たちもすぐに立ち上がって走り出す。


ドドドドドドッ


すごい数の足音が響く。



「待って!待って!落ち着いて!」


そう言っているサツキさんの声など誰も聞きはしない。


「テメェ、どけや!」


「痛!!」


扉近くに立っていたサツキさんが突き飛ばされて尻餅ついてる。



空母に乗るための橋に人々が殺到していく。



「おい待て!壊れちまう!!」


黒ハゲも困惑している



俺はというと列からはじき出された母さんを助けるため横に避けていた。



「母さん大丈夫?」


「別に大丈夫だからあんた早く行きな!」


「いや、もう無理だよ今行っても、あの状態だから」


「そう、みんな嫌ね、自分の命ばっかりで」


「仕方ないよ、あの化け物が来るってなったら誰でもパニックになる」


「そうね、あの自衛官さん。大丈夫かね」


母さんが指差した先にはサツキさんがぐったり倒れている。


「サツキさん!サツキさん大丈夫?」


サツキさんの近くに行って起こしてあげる。



「うぅ、サブローくん?何してるのこんなところで、早く乗りなさい!」


「わかってるけど」



その時外でうぁぁぁ、という声と共に何かが水へ落ちる音がした。


見ると人が殺到しすぎて橋が落ちたようだ。



「橋が…」


サツキさんが言葉が出なくなってしまっている。



壊れた橋にぶら下がってまだ登ろうとしている人を、先に乗っている人が蹴落とそうとしている。


「俺が先だ!」


「頼む、私だけでも助けて!!」


「後で金はいくらでもやるぞぉぉぉぉ」


これが地獄か…。



妙に落ち着いてしまってテレビを見る。どうやら戦闘機が背中を焼かれ撃ち落とされている映像、自衛隊の戦闘機すら焼き切られるなんて、とんでもない化け物だな。



その化け物がこちらに近づいてきてるなんて現実感がない。



「今現在、空母に乗るための橋を復旧しております。しばらくの間、お待ちください」



「サブローくんとお母さまも、申し訳ありませんが、このまま待合室でお待ちください」


サツキさんが頭を下げる。



自衛隊の人たちが海に落ちた人を次々陸に抱え上げていく。



「おじさーん、今引き揚げますからね」


若い隊員がロープを自分の体にくくりつけ、陸の装置に結ぶ。



おそらく自分が飛び込んで、落ちた人を抱き抱えた後、地上の機械で吊り上げるんだろう。



若い隊員が飛び込む。


「よーしいいぞ、引き揚げてくれ」


引き上げる装置がカラカラと音を立てる。



「レイ」



視界が白くなる。


凄まじい熱風が窓ガラスを破ってくる。


僕と母さんとサツキさんはあまりの、衝撃に吹き飛ばされる。



な、何が?



「ゲヒャヒャヒャ」


大きく、下卑た笑い声が響く。



その次に来たのは、蒸気とともに、むせ返るような肉の匂い。



顔を上げると、カラカラという音のまま隊員たちが吊り上がってくる。

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