しあわせの保存方法

有理

しあわせの保存方法



由依:

(ゆい)

春人:

(はると)


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由依「とっておきたいの。」


春人N「僕の彼女は、いつも言う。」


由依「いま、おねがい。」


春人N「その細くて白い首を僕に差し出して言う。」


由依「締めて、はるくん。」


春人N「僕はまた震える手を添えて、」


由依(たいとるこーる)「しあわせの保存方法」


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由依「はるくん、おかえりなさい。」

春人「ただいま。」

由依「遅かったね?残業?」

春人「ううん、電車で二駅寝過ごしちゃった。」

由依「そうなの?言ってくれれば車で迎えに行ったのに。」

春人「すぐ電車来たし、大丈夫。ありがとう。それより待たせてごめんね。」

由依「ううん、今ごはん温めるね。」

春人「今日は何?」

由依「今日はグラタン!」

春人「わ、美味しそう。昼ごはんも食べ損ねたからめちゃくちゃお腹すいた。」

由依「そうなの?じゃあいっぱい食べてね!」

春人「うん!着替えてくるね」

由依「うん!」


春人N「付き合ってもうすぐ5年が経つ。プロポーズをしようと僕は隠れて何ヶ月も準備をしていた。」


春人「ゆいちゃん、あの玄関の花、」

由依「ん?」

春人「あの赤いのなんて名前だっけ?」

由依「ああ、ダリア?」

春人「ダリアって言うんだ。」

由依「そう。可愛い?」

春人「うん、あの花よく飾ってるなあって。」

由依「ふふ。」

春人「丸くて可愛い。」

由依「そうだね。」

春人「ねえ、週末どっか行かない?」

由依「いいよー。何する?」

春人「これ見に行きたい。」

由依「展示会?」

春人「そう、会社で貰ったんだけどフラワーアート展」

由依「なんて読むの?」

春人「巌水灯(いわみず あかり)展。」

由依「へー。」

春人「ゆいちゃんお花好きだし、いいかなって。」

由依「ふふ。楽しみ。」

春人「あとさ、あとさ、」

由依「ほら、冷めちゃうよ。食べながらにしよ?」

春人「あ、食べる食べる!」


春人N「優しくてちょっと強がりで、可愛くて。自慢の彼女だった。ただ、」


春人「ゆいちゃん、あいしてるよ。」

由依「ん、っ」

春人「っ、は」

由依「、たしも。ん、あいしてる、」


由依「ね、おねがい。」

春人「また今度にしよ」

由依「やだ。おねがい。」


由依「ここ。」


春人N「僕の手を自分の首に当てて、首を傾げる。」


由依「締めて」


春人N「この情事中のお願いだけが、どうしても引っ掛かっていた。」


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春人「ゆいちゃん!」

由依「はるくん!」


春人N「注いだばかりのコーラの気泡くらい駅から人が湧いていた。その中から白いタートルネックのワンピースを着た彼女が小走りで駆け寄ってくる。」


由依「待たせちゃった?」

春人「ううん。さっき着いたばっかりだから。」

由依「そう?よかった。」

春人「電車多かったでしょ?大丈夫だった?」

由依「朝ほどじゃないよ。」

春人「それもそうだね。」


由依「何食べよっか?」

春人「駅前にイタリアンできたって後輩が言ってたよ」

由依「私ラーメン食べたい。」

春人「そ?じゃあラーメンにしよっか。」

由依「いいの?」

春人「いいよ。」

由依「ありがとう!」


春人N「慌ただしい雰囲気のラーメン屋。僕は鞄の中に潜めた指輪を渡すタイミングを完全に失っていた。」


由依「…どうしたの?」

春人「へ?」

由依「きょろきょろしてるから。」

春人「あ、いや。初めて来たから、ここ。」

由依「そうなの?会社近いのに。」

春人「う、うん。」

由依「…変なはるくん。」

春人「…あ、ねえ。ゆいちゃん、もうすぐ誕生日でしょ?」

由依「ああ、そうだね。」

春人「何か欲しいものないの?」

由依「うーん。ないかな。」

春人「ほらこの前さ好きなブランドの新作が出たーとか言ってたじゃん?」

由依「あー、ピアスが可愛かったかな。」

春人「あの絵画モチーフにしたピアスだっけ?」

由依「そう。あれがいいな。」

春人「ゆいちゃんさ、他にアクセサリーつけないよね。」

由依「うん。」

春人「嫌いなの?」

由依「ううん。つける習慣がないだけ。」

春人「指輪もつけないし、ネックレスもみたことない」

由依「…」


春人N「彼女は自分の首をそっと指で撫でて」


由依「痕、あるから。」


春人N「そう言って伏し目のまま微笑んだ。」


春人「…あ、ごめん、」

由依「なんで?謝るの?」

春人「え、いやだってそれ、僕が、」

由依「頼んでるの私なんだからさ。」

春人「…」

由依「はるくん?」

春人「…ん?」

由依「ラーメン、のびちゃうよ?」

春人「あ、そ、そうだね。」


春人N「僕の指から離れていた片方の箸を急いで持ち直し、目を逸らして啜った。」


由依「それに、こういう首の詰まった服好きだからさ、どうせあんまり見えないじゃん。ネックレス。」


春人N「ずっと、ずっと聞けないままでいた。どうしてそれを望むのか。」


由依「今年はサプライズじゃないんだ?」

春人「何か欲しいものあればーって思ってさ。」

由依「ふふ、なんでも嬉しいよ。」

春人「そう?じゃあまた今年も時計にしようかな。」

由依「2個つける?」

春人「うん、右と左につけて。」

由依「笑われちゃうよ」

春人「こっちが日本時間でーってさ」

由依「ふふ」


春人N「がやがや煩い店内でも、彼女の声は埋もれなかった。凛とした鈴のような声。蛍光灯の下、彼女だけがぼんやりして見えた。」


由依「はるくん、あそこ行こうよ」

春人「ん?どこ?」

由依「ダーツの」

春人「ああ、ショットバー?」

由依「うん。ちょっとだけ飲んで帰ろ?」

春人「いいよ。」


春人N「会計を済ませ、店を出る。するりと腕を絡ませる彼女に未だドキドキしながら僕達は次の店へ向かった。偶々遭遇した幼馴染と盛り上がりつい、僕はペースアップしひどく酔った。」


由依「…るく、はるくん、…のみ す ぎ 」


春人N「薄ぼやけた視界の中、笑う彼女と見慣れたベットが僕の前で揺れた。」



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春人N「優しい夢を見た。」


春人N「僕は大好きな彼女の手をとって、地元の海を歩いていた。」


春人N「ふと、振り返ると陽だまりのような笑顔を返してくれた。」


春人N「こんなに愛しいものを、初めて知った。」


春人N「そのまま白い砂浜をいろんな歩幅で歩いた。」


由依「ねえ、私のことすき?」


春人N「鈴の音のような声」


由依「ねえ、あいしてる?」


春人N「鈴蘭の香りがする」


由依「はるくん」


春人「すきだよ。あいしてる。」


由依「じゃあ、締めて」


春人N「その一言で目が覚めた。」


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由依「あ、おはよ。」

春人「あー。ごめんゆいちゃん昨日、」

由依「ううん、はい。お水。」

春人「ありがと、」


由依「今日、お休みでよかったね。」

春人「うんー。」

由依「ふふ。私もまだごろごろしよっ」

春人「いいよー。ほらおいで。」


由依「ありがとう。…はるくんはさー。」

春人「ん?」

由依「なんでも、いいよって言ってくれるよね。」

春人「そうかな?」

由依「そうだよ。優しい。いっつも。」

春人「ゆいちゃんもいつも優しいなって思うよ?」

由依「そんなことないよ。私たまーにウニみたいになってるでしょ?」

春人「うに?」

由依「ちくちくちくー!って。」

春人「わわわ、くすぐったいよ。」

由依「ふふ。」


春人「僕さー。こういう時間が1番幸せなんだー。」

由依「…」

春人「ゆいちゃんと何にもしてないこの時間が幸せ。」 由依「私も、しあわせだよ。」

春人「…ねえ、ゆいちゃん。」

由依「ん?」

春人「ずっと聞けなかったことがあるんだけどさ。」

由依「なに?」

春人「…なんで首、好きなの?」

由依「首?」

春人「うん。締めるの。好きなんでしょ?」

由依「…」

春人「…言えない理由、かな。」

由依「…」

春人「あ、だったらいいんだよ。ただの疑問だったから、気にしないで。」


由依「はるくんは、優しいね。」

春人「へ?」

由依「でも何でも許しちゃだめだよ。」


由依「…ああしてるとね。しあわせなの。」

春人「苦しいでしょ?」

由依「うん。でもね、あの時、今、死ねたら幸せだろうなって思うと幸せで幸せで仕方がなくなるの。」

春人「…死にたいの?」

由依「死にたいんじゃないんだけど、なんて言うんだろう。ごめんね、分かんないよね。」

春人「教えて。」

由依「…、嫌わないでくれる?」

春人「うん。」

由依「嘘。嫌ってもいいよ。」

春人「大丈夫だよ。」


由依「私ね、今がしあわせなのはとっても嬉しいんだけどね。でも、いつか終わっちゃうんだって思ったら苦しくて苦しくて仕方がないの。」


由依「おかしいって、分かってる。でも、幸せなまま死んじゃえばずっと終わらないんだよ。好きな人との大好きな時間の中でさ。…だめだよね。私」


春人「だめじゃない。…でもさ。ゆいちゃん、終わらないよ。あんなことしなくても終わらない。そりゃあ、何十年後の事とかは僕にはわかんないけどさ。でも、明日のことくらいは約束するよ。大丈夫。終わらないよ」

由依「…うん。うん。分かってるよ。」

春人「だからさ、ゆいちゃん。」

由依「だけど、どうしようもないんだ、私。」


春人「信じられないかな、僕。」

由依「ちがうよ。」

春人「僕さ、あれ、怖いんだ。」


春人「あと少し手を離すのが遅かったら、もしかしたら僕の手で1番大事な人を殺してしまうんだって思うとさ。…怖いんだよ。ゆいちゃん。」


春人「僕の一生をかけて、約束するよ。」


春人「僕と結婚してください。」


由依「…っ。ごめん。」


由依「わ、たし。はるくんが、信じられないとか、そういうんじゃないんだけど、私。きっと、だめだよ。」

春人「ゆいちゃん。」

由依「もったいないから、さ。はるくんは。」

春人「もったいない?」

由依「私ははるくんがくれるほど、なんにもお返しできない。」

春人「そんなの、」

由依「いつか、いつか、ね。手放したくなると思うの。後悔する日が来ると思う。私耐えられない。そんな日。」

春人「ゆいちゃん。」


春人「絶対来ない、なんて綺麗事言わないよ。」


春人「約束しよう。人のする約束なんて定かじゃないし絶対でも何でもないけど。今この瞬間は愛してるんだよゆいちゃん。この気持ちに嘘はない。だから約束しよう。僕と、終わりが来ませんようにって。一緒に。」

由依「でも、っ。」

春人「じゃあここに痕をつけるんじゃなくて。」

由依「…あ、」

春人「ここにつけさせて。」


由依「…っ、いいのかなあ、私。」

春人「うん」

由依「こんなに幸せで、いいのかな…」

春人「いいよ。」


春人「許すよ。幸せでいること、僕がずっと。」


由依「 」(好きなセリフをお入れください)


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春人N「しあわせの保存方法」


春人N「僕は彼女と、今日も明日を約束する」



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