第28話 本当の望みは...

 俺たちの目の前には、待ち構えたように御白様と弓弦が立っていた。

 御白様は俺たちが無事に帰ってきたのを見ると、

「宗太郎。燐牙。千弦。おぬしら、よくやったのぅ」

と言って柔らかな笑みを浮かべた。

「御白様っ!」

 俺たち三人は、一斉に御白様に抱きついた。

 御白様は膝立ちで抱きついた格好のままの俺たちを、小さな手でよしよしと撫でてくれた。千弦はそれのせいで余計に泣き始め、俺もそれにつられてうっかり泣いてしまいそうになった。

 でも、さっきまで戦いの最中だったから麻痺していたけど、俺たちは怖い出来事を死に物狂いで乗り切ったんだ。それを今さら実感して、今生きていることが本当に奇跡なんだと自然と思えてくる。だからつい、俺は泣いてしまいそうになった。

「三人とも、ほんとうによくやった。わしはこの目で、おぬしらの活躍をしっかりとみておったぞ」

「御白様~!」

 俺たちがまたそろって御白様の名前を呼ぶと、御白様は今までよりも強く俺たちのことを抱きしめた。

「なんやお前ら。帰ってきてすぐに御白様に抱きつくとか、どこのちっちゃい子やねん」

「これ、弓弦。おぬしも混ざりたいのなら、混ざってもよいのじゃぞ?」

「なっ! 別に混ざりたいなんてこれっぽっちも思ってないし!」

 弓弦は少し強気な声でそう返すと、そっぽを向いた。

「さて、もう良いじゃろう。おぬしら、わしから体を離してくれんかえ?」

 俺たちは言われた通りおとなしく御白様の前に座った。

「さて、まずは富嶽の討伐、ご苦労様じゃった。わしもまさか、あの場に富嶽が現れるとは思わなんだ。でも、おぬしらは見事奴を打ち取った。それをまずは、感謝しよう」

 御白様は俺たち四人に礼を述べた。

 普段ならここで弓弦か千弦のどちらかが、「頭なんか下げないでください!」とツッコむところなんだろうけど、今日はさすがに誰も何も言わなかった。弓弦も千弦も、御白様からの感謝の言葉を、ありがたく受け取ったようだ。

「そこでじゃ。宗太郎、燐牙。おぬしらには最初に約束をしたのをおぼえておるかえ?」

「えっ、約束?」

 俺と燐牙はきょとんとした。

「その様子じゃあ、二人とも忘れているようじゃの。まぁよい。もう一度おぬしらにした約束を説明しよう。まず宗太郎。おぬしには最初、陰陽師を継いで見事富嶽がを倒した暁には、おぬしを妖が見えない体にしてあげようとわしは言ったのじゃ。どうじゃ、思い出したかのぅ?」

「あ、ああ~! そういえばそんなの言ってましたね!」

 俺は最初に御白様に出会ったときのことを思い出した。そうだ。俺はとにかく妖が見える体質が嫌で仕方なくて、それで御白様にその条件を出されたとき、そういうことならと陰陽師になることを引き受けたんだった。

 そうだ、思いっきり忘れてたよ…。

「そして燐牙。おぬしには、宗太郎の式神になり、見事富嶽を倒した暁には、おぬしを自由にしてやると言ったはずじゃのぅ。それはつまり、宗太郎との式神の契約を解約するということじゃ」

「た、たしかにそんなことを言っていた気がするな…」

 燐牙は当時を思い出したようにぎこちなく頷いた。

「さて、今宵富嶽がいなくなったので、おぬしらには約束通り、願いを叶えてやろう。さて、どうする? おぬしらが今でもその願いをかなえたいと言うのなら、わしは喜んでおぬしらの頼みを聞き入れよう」

「ちょっと待ってください、御白様。あの、もししの願いが叶ったら、俺は御白様たちのことが見えなくなっちゃうんですか?」

「もちろん。おぬしはわしらのような神や神使獣の弓弦に千弦、それに妖怪の燐牙も見えなくなる。そのほかの妖も一切見えなくなるぞい」

「そ、そうですか…」

 俺が歯切れ悪く返事をすると、今度は燐牙が質問した。

「な、なぁ、御白様。もし俺様がそーたろーの式神じゃなくなったら、そーたろーとはもう会えないのか?」

「ふむ、そうじゃのう。実は、式神は陰陽師との契約を解約した場合、その陰陽師に関する記憶は一切なくなる仕組みになってるんじゃ」

「そ、そうなのかよ…!」

 燐牙は目を丸くすると、しゅんと耳と尻尾を垂れた。

「じゃが二人とも。わしがおぬしらの願いを叶えるのは、おぬしらが本当にそれを心から望んでいた場合だけじゃ」

 御白様は隣合わせで並ぶ俺と燐牙の間に立ち、俺たちの目を上から覗き込んだ。

「さぁ、おぬしらはこの願いを心から望むかえ?」

「それは…………」

 俺と燐牙は顔を見合わせると、同じ言葉を口にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る