第26話 燐牙のトラウマ
「え、あいつが⁉」
俺はまだてっきりそいつのことを意地汚い老人みたいな姿をしているものだと思ていたから、そいつが富嶽ということが意外だった。
『兄者。すみません、冬華殿を神社に連れて帰る役目を、代わってもらえませんか? 千弦は、ここに残ってこやつの息の根を必ず止めます。どうか、こやつを倒す役目をこの千弦に任せてください!』
千弦は隣にいた弓弦にそう頭を下げると、強く頼んだ。
『わかったわかった。ほんじゃあ冬華のことは俺が御白様のもとに連れて帰るわ。それに、もしなんかあった時のために御白様にはこのおれがついといたほうがいやろうしな』
弓弦は千弦の願いをあっさり聞き入れると、
『お前が静の思いを果たしてあげたい気持ちを、おれはよう知ってるつもりや。だから、絶対にあいつの首とって来いよ』
と低い声で千弦の耳元で呟いた。
『ほんじゃあ、宗太郎。あとはお前の力で頑張りや。冬華はおれが無事に連れて帰っといてあげるから』
弓弦はそう言うと、冬華の肩に手を置き、パッと消えた。
「はぁ~、なんだか面倒なことになったなぁ~。僕はただ、この幽霊が使えるかどうかを試したかっただけなのに~」
富嶽はそう言うと、余裕の態度で長い溜息をついた。
「貴様! もしかして、まだ妖を操って悪事をしているのか!」
「人聞きが悪いなぁ~。僕は、妖の願いを叶えてあげているんだよ~? 今回も、実験としてこの辺にうろついていたかわいそうな女の子の願いを叶えてあげたんだ! 女の子は、昔顔が見にくいっていう理由でこの学校でいじめられてたらしくて、それが原因でしんじゃったみたいなんだけどね~? それで綺麗な顔の女子が憎くてたまらないってこの辺りをずっとうろついていたから、俺はその子を、綺麗な顔の女の子を襲う悪霊に変えてあげたんだぁ~! ほら、これで俺のおかげでその子は復讐ができたでしょ~? だから僕は、むしろいいことをしてあげてるんだよ~!」
俺は富嶽の話を聞いてはっとした。
そうか、だから冬華はあの幽霊に襲われたのか。
冬華はかなりの美人だし、あの幽霊が目をつけてもおかしくない。
それに、いまやっと謎が解けた。藍田くんが襲われたのは、やっぱりあの幽霊で間違いない。幽霊はきっと、藍田くんのことをかわいい顔の女子だと勘違いしたんだ。
でも、藍田くんは男子だ。男子トイレに入りなおした瞬間、幽霊に襲われなくなったのは、きっと幽霊が藍田くんが男子だということにその時気が付いたからだろう。
「じゃ、じゃあ、さっき冬華を縛ったのは……!」
「ん~? ああ、それも僕だよ。 だってあの悪霊、娘を縛って後でこの子の顔をやるって言ったら、俄然やる気を出して人を襲いに行ってくれたからね。彼女はそのためのダシになってもらったんだよ~」
こいつ…最低なことをしておきながら、よくもそんなことを飄々を言えるな…!
俺は怒りで頭に血が上ってくるのを感じた。頭の奥でぐらぐらと血が煮えたぎる音がする。だが、それは千弦も一緒みたいだった。
「貴様の話を聞いていれば……お前、普通の幽霊の娘になんてことを……! 悪霊になってしまえば、その娘は成仏しても必然的に地獄にしか行けなくなるというのに…! それがいったいどれほど残虐なことなのかわかっていてやっているのですか!」
「え~? そんなの、僕が知ったことじゃないよねぇ~?」
「…宗太郎。奴はこういう輩です。自分の道具にさえなってしまえば、幽霊だろうが妖怪だろうが、ひどい扱いをした上、道具となってしまったものたちに自分の代わりに極悪な行動をさせる奴なのです…!」
俺は千弦の話を聞いて、ぞっとした。
こいつ、人を勝手に地獄送りにしておいて、なんて余裕そうな顔してやがる…!
「もう、我慢できません! 今度こそ、この千弦があなたの息の根を止めて見せます!」
そう言うと、千弦は裸足のまま廊下の壁を蹴り、勢いよく富嶽のもとへ殴り掛かった。
だが、富嶽はそれをひょいとかわすと、近くの階段の上をすーっと飛んで逃げ始めた。
「待てっ! 逃がすかっ!」
富嶽の後を飛んで追う千弦を、俺も慌てて飛んで追いかけた。この装束を着ていると、こんな風に千弦たちと同じように動けるから、こういう時にとても助かる。
「燐牙、ちゃんとついてきてるか⁉」
「お、おお。もちろんだぜ…!」
俺は燐牙の方を振り返ると彼はさっきよりもどこか怯えた表情をしていた。
「大丈夫か、燐牙?」
俺は千弦を追いかけながら、そう燐牙に聞き返した。
「ああ、大丈夫だ! 俺様の心配はしなくていいから! それよりもそーたろー、あいつは多分むちゃくちゃ強い! だから、俺様達も同時に攻撃をしかけるぞ!」
「お、おお! わかった!」
富岳は三階まで登ったかと思えば、階段の踊り場の窓から校庭へと飛び降りた。
それに俺たちも付いていき、校庭へと勢いよく降り立つ。
「はぁ~、まだついてくるの? 君たち、結構めんどくさいなぁ~」
富嶽は校庭の真ん中で俺たちを振り返り、立ち止まった。
その隙を逃さず、千弦がすぐに富嶽に蹴りを入れに行く。俺も、千弦とは反対の方向から富嶽の背中を青龍刀で斬りかかった。しかし、それはゆらりと避けられてしまった。
千弦と俺は何度も連続攻撃を繰り返したが、それを富嶽はなんてことなくかわしてしまう。
くそっ、これだとキリがない!
「うっ!」
だが、その時初めて俺は富嶽が苦しそうに声を上げるのを聞いた。
パッと振り返ると、富嶽の背中には大きくざっくりと爪で割かれたような傷跡があった。そこから血がじわじわと浴衣に染み出している。
俺は燐牙の右手が真っ赤に染まっているのを見て、こいつがやったんだを確信した。
「燐牙!」
俺は「よくやった!」、という意味を込めて彼の名前を呼ぶと、燐牙は青ざめた顔で俺の方を見た。
「そーたろー、俺様……またやっちまった……」
「ど、どうしたんだ、燐牙…?」
燐牙はその場でぶるぶると震え始め、頭を抱えてうずくまってしまった。
だが、その間も千弦は富嶽に対する攻撃を弱めない。
千弦は何度も富嶽の頭や腰に強烈な蹴りを入れようと、果敢に富嶽に襲い掛かるが、あんなに大きな傷があると言うのに、富嶽はそれでも千弦の攻撃を交わし続けていた。
「くそっ、なぜ当たらない…」
「ああ~、もう~、お前ちょっと黙ってろ! 僕はさっき、大事なことを思い出したんだ…! だから僕の代わりにこの娘を黙らせろ、お前たち…!」
富嶽は千弦に向かって手をかざすと、そこから黒い靄を出した。
「ぐわっ……!」
千弦の体はその黒い靄に当たった瞬間、校舎の壁に目にも止まらぬ速さで叩きつけられた。
「千弦!」
な、なんださっきの技は!
俺は富嶽が出した黒い靄を見てぎょっとした。なんと、その黒い靄の正体は蝙蝠の大群だったのだ。
「はぁ、やっと面倒なのが少しおとなしくなったね~」
富嶽はそう言うと、今度は俺と燐牙のもとへ歩み寄った。
俺はこいつが攻撃をしかけてくるかもしれないと思い、青龍刀を強く握った。
だが、富嶽は俺には目もくれず、燐牙ににやりと笑いかけた。
「ね~、そこの妖怪。お前、世紀の大妖怪の九尾だよね~?」
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