第25話
「え?」
俺が燐牙を振り返ったその時、突然トイレのドアがバンッと開けられ、中から髪の長い女の幽霊が出てきた。
「…………ひっ……!」
俺は小さく悲鳴を上げる冬華を咄嗟に庇い、幽霊が彼女に襲い掛かれないようにした。
暗くて色はわかりにくかったが、廊下の窓の外から差し込む街灯の明かりから、幽霊の色が赤色であることがわかった。ってことは、危険な霊だってことだ!
「……カオヲ……ヨコセ………オマエノカオヲヨコセ……!」
な、なんだこいつ? なんかとんでもなく不気味なことをぶつぶつ言いながら飛んできたけど…。
その時、俺の頭にある考えが浮かんだ。
そういえば、藍田くんがこの前幽霊に襲われたって言っていた場所も、この西港支社のトイレの近くじゃなかったっけ? もしかしたらこいつは、藍田くんを襲った郵れと同一人物なのかもしれない! だとしたら、なおさらこいつのことは許せないな!
『そーたろー! とにかく、結界を張れ!』
「わ、わかった!」
俺は装束の袂からお札帳を取り出すと、それを一枚ぺりりとめくる。そして、それをおでこに当て、お札に力が宿るのを待った。
『そーたろー、早くしろ!』
「わかってる! だからちょっと待てってば!」
俺は急かす燐牙に目を閉じながらそう言うと、札が熱く感じる瞬間を今か今かと待った。
ぼわっ!
額のあたりでお札が燃える音が聞こえた瞬間、俺はそれを人差し指と中指で持ち、幽霊の奥にある壁を目掛けて鋭く投げた。
青い火がついたお札は壁に直撃すると、五芒星が描かれた目のマークが浮かび上がる。
よしっ! これで一枚目のお札の力が発動は成功だ!
その瞬間、お札たちは俺の手元からバラバラバラバラとまるで虫の大群のように俺たちを囲み始めた。それらは半球体状の壁を築くと、一気に燃え上がる。
『そーたろー、よくやった! これで結界を張ることができたぞ! お前はこの空間内なら、陰陽術を使って十分暴れることができる!』
燐牙は嬉しそうにそう声を上げた。
「そ、宗太郎。今はいったい、何が起こっているんだ?」
「ごめん冬華、残念ながらまだ帰れそうにないや。俺はこいつを倒さないといけない。だから、今は怖いだろうけど、そこでじっとしていてくれ」
「わ、わかった。宗太郎がそう言うなら、私はここで待ってる」
冬華はすぐに俺の頼みに理解を示してくれた。
「よし。じゃあまずは、お前のその青龍刀であいつを仕留めてみろ!」
「わかった!」
俺は装束の帯に挟んでいた青龍刀を構えると、早速幽霊に切りかかりに行った。
もちろん、陰陽師の舞の動きを意識することも忘れない。
幽霊はトイレのドアの前で突っ立ったままだったので、俺はその隙を見て奴に木刀の方を当てようとした。
しかし。
「うわっ!」
幽霊はそれを間一髪でかわすと、その長い髪の毛を振り回して俺の体に攻撃を仕掛けてこようとした。
な、なんだあの動き! き、気持ち悪い…!
とにかく、あの幽霊は悪霊で、あいつの体に触れてしまえば俺の体も邪気に汚染されてしまう可能性が高い。あいつを祓おうとするなら、できる限りあいつに触れずに攻撃を入れなければならない。
『そーたろー。俺様も一緒に戦う。だから、お前は右側からそいつの体を狙え!』
「わかった!」
燐牙は俺にそう伝えると、四つ足の獣の走り方で助走をつけると、天井の方に漂っていた幽霊に飛び掛かった。そして、幽霊の体をその鋭い爪で大きく引っ掻いた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア‼」
幽霊の痛烈な悲鳴が鼓膜にこだまして、俺は思わず顔をしかめた。
けど、それくらいじゃ怯んでいられない。俺は舞を意識した動きで廊下を思い切り蹴ると、そいつのがら空きの背中を思いっきり青龍刀で斬った。
幽霊はまた悲鳴を上げると、よろよろと地面にへたり込んだ。
俺は止めを刺すように、青龍刀についている青い炎で燃え盛る紙の束を、そいつの顔面に近づけた。
「グワァアアアアアアアアアアアアア!」
幽霊は悲鳴を上げると、あっという間に灰のようにさらさらと消えていってしまった。
『やったな! これであの幽霊を祓うことができたぞ!』
「よ、よかった…」
俺はしばらくその場で立ち尽くしていたけれど、我に返ったように青龍刀をまた帯の間に戻した。
「そ、宗太郎。もう、あの幽霊はいないのか?」
「ああ、そいつはもう俺が祓ったよ。だから、もう大丈夫だ」
「よかった……!」
冬華はそう言うと、廊下からそろりと立ち上がった。
「驚いたよ。まさか宗太郎に、あんな動きができるなんて」
「あはは。まぁ今は結界の中だし、それにこの装束を着ているから…普段はあんな風に高くジャンプできたり、刀を持って素早くなんて動けないよ」
「へぇ、その服はそんなにもすごいものなんだな。私はてっきり、ただのコスプレかと思っていたのに」
「えっ! やっぱりそんな風に思ってたのかよ…。まぁいいや。とにかく、今度こそ家に帰ろう?」
俺は荷物を持ってようやく変える準備万端になった冬華と、今度こそ帰宅しようとした。
だが、その時。
『そーたろー! まずい! 何者かが俺様たちの結界を破ろうとしている!』
「えっ! なんだって⁉」
『どうやら、敵はまだいるみたいだぞ!』
「嘘だろ⁉」
燐牙が全身の毛を逆立てて天井を見上げたので、俺もつられてそのあたりを見る。
すると、その天井の部分から青い炎が燃え始め、さっき張ったはずの結界に穴がどんどん開き始めた。
「なにが起こっているんだ?」
「わからない。でも、とにかくやばい!」
俺は冬華にそう答えると、とにかく自分の青龍刀を構えて臨戦態勢に入った。
その時、破られた穴の部分から、やけにねっとりとした男の声が聞こえた。
「な~んだぁ、もうあの子やられちゃったのか~」
そこにふわふわと飛んで現れたのは、顔にまるで歌舞伎役者のような模様が入った男だった。浴衣を着た姿の男は、俺よりも年上の二十台前半くらいに見えた。
俺の目はもうすっかり暗闇に慣れ切っていたので、そいつの顔を判別するくらいはあ安かった。
でも、そんな見た目よりもなによりすごいのは、男から放たれる邪気の強さだ。
俺は今まで、これほど邪気を放つ人間もしくは妖に出会ったことがない。なんてどろどろした気配なんだ。つい息が詰まりそうになる。
それは燐牙も感じ取っているのか、彼はいつもより少し怯えた表情をしていた。
「君たち~、僕のかわいい道具を勝手に殺さないでくれる~? あ~あ、せっかくいい道具ができたと思ったのに。これじゃあ全然人間を殺すどころか、傷つけることすらできないまま、終わっちゃったじゃないか~」
男はそう言うと、さっき幽霊が消え去った場所に残っている灰をつまみながら、つまらなそうに言った。
「何者だ、お前!」
俺がそう男に尋ねたその時、
『宗太郎!』
『おい、宗太郎。なんや、これはいったいどういう状況なんや?』
俺の背後から聞き慣れた声がした。
「え? 弓弦に千弦?」
俺は廊下の窓から入って来る双子を見て、驚いた。
「どうしてここに⁉」
『御白様に言われて、宗太郎の手助けをするよう命令されたんです!』
『ほんまに、御白様に夜中に何があったかを気化されたときは偉いびっくりしたわ。まさかこんなめんどくさそうな状況になってるなんてな』
二人はそこまで言うと、はっとして俺たちの前に立ち塞がる男の存在に気がついた。
『……貴様! なぜここにいる!』
千弦が男に向かって怒りを露わにしたので俺は驚いた。
彼女の声は怒りで震え、男を見る目には憎しみが滾っていた。
「あれ~? あんた、なんで僕のこと知ってるの~?」
『この千弦が、貴様のことを忘れるなどありえないだろう!』
千弦はそう吠えると、俺に向かって衝撃的な事実を伝えた。
『宗太郎、気をつけてください! あやつが、前に宗太郎に話した、史上最悪の妖怪使い、富嶽なんです!』
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