第24話 燐牙の本当の姿
「よし、とにかく学校まで急がないと!」
装束に着替え終わった俺は、御白様に現実の世界に戻してもらい、神社の前から走り出そうとした。
家にある自転車を取りに行こうかと思ったけど、そういえば自転車は今修理に出しているのだった。くそ~、タイミング悪すぎるだろ! 今は一刻を争う危機的状況なのに!
すると、焦っている俺のことを察したのか、隣にいる燐牙がある提案をしてきた。
「待て、そーたろー。走るよりも、もっと早く学校に着く方法があるぞ」
「え?」
燐牙がそう言った瞬間、彼の体の周りから白い煙がもくもくと上がり始めた。そして、それはあっという間に燐牙の体を覆いつくしてしまう。
「うわっ! な、なんだ?」
あれ、そういえばこのシチュエーション、弓弦と千弦が狛犬像から出てきた時と似てるな。
俺がそんな風に思っていると、晴れた煙の間から姿を現したのは、大きな大きな狐だった。
「え、ええええええ⁉」
俺は目の前に突然出現した巨大狐に、腰を抜かしそうになった。そいつの体長は二メートルくらいあり、その辺にいる大きい犬とは訳が違う。
それに、よく見るとボリュームのあるふさふさした尻尾は、九つに分かれていた。
ってことはもしかして、これが伝説の九尾っていう妖怪か⁉
「なに驚いてるんだよ、そーたろー。俺様だよ、俺様!」
俺がすっかり九尾狐に圧倒されていると、そいつは燐牙の声で俺に話しかけた。
「え! お前、もしかして燐牙なのか⁉」
「そうだよ。これが俺様の本当の姿なんだ」
燐牙は鋭い牙を見せながら、にやりと笑った。たしかに、よく見ればこいつの体毛は燐牙の髪の毛の色と全く同じだし、顔に赤いひげのような模様が入っているところまで同じだった。
「そーたろー。俺がお前を乗せて学校まで運んでやる。だから、俺様に早く乗れ!」
「わ、わかった!」
俺は燐牙の背中の上に跨ると、しっかりと首に腕を回した。
燐牙の背中からは、俺と同じシャンプーの匂いがした。
「準備はできたみたいだな。ほら、しっかりつかまってろよ!」
燐牙はそう言うと、コンクリートの地面を一蹴りした。その瞬間、俺を乗せた燐牙の体が近くの家の屋根の上まで飛び上がる。
「うわっ!」
俺は悲鳴を上げながらも、燐牙の背中から振り落とされないように、腕に込める力を強めた。燐牙は住宅街の屋根の上を風のように走り抜けた。屋根の道が途中で途切れると、今度は電柱まで跳び、電線の上を器用に走った。
俺はつい自分の足元をしてしまい、すぐに後悔した。
た、高い!
予想以上の高さについ、めまいを起こしそうになる。
だが、燐牙はそんな俺の状態は知らずに、さらに足を速めた。
「そーたろー、もうすぐ着くぞ」
こいつの言う通り、俺たちの向かう先、高校の校舎が見えてきた。夜だから暗くてわかりにくいが、それでもあのシルエットは見慣れた母校だった。
「あ、ほんとうだ。燐牙、一番西側にある校舎に近づいてくれないか? さっき御白様が見せてくれた映像だと、冬華はあそこの三階の教室にいるはずなんだ!」
「わかった!」
燐牙は俺を乗せたまま学校内まで一跳びし、西校舎の近くにある木の上に着地した。そして、枝を足場に上へと跳んで上り、西校舎の近くの窓まで近づいてくれた。
「ありがとう、燐牙!」
俺は燐牙の背から身を乗り出すと、外から教室の窓を開けようと引っ張った。
だが、それはびくともしない。やっぱり鍵がかかっているみたいだ。
「くそっ、開かねぇっ!」
俺は窓を思いっきり叩いてみたが、それも効果がないみたいだ。
せめて中に冬華がいるかどうか確認したかったが、暗いせいで中がよく見えない。
「そーたろー。ちょっと危ないから下がってろ」
「え?」
俺が窓の前で苛立っていると、燐牙は突然俺の体を九本の尻尾で包み込んだ。
突然前が見えなくなり、思わず体をすくめる。
だが、次の瞬間にはバリン! とガラス窓が割られた派手な音がした。
「よし、開いたぞ!」
「ほんとか!」
尻尾から開放された俺は、割れたガラスの穴を通り抜けて教室に入った。
「冬華! そこにいるのか⁉」
俺は真っ暗な教室に入るや否や、すぐにそう叫んだ。
「そーたろー、娘はお前の左側の床に転がってる! 俺様は夜目が効くから娘の姿が見えるんだ!」
「ううー! うううー!」
燐牙がそう俺に教えてくれた直後、左側から冬華のくぐもった声が聞こえた。
「冬華!」
俺はそう叫ぶと、手探りで冬華の姿を探した。
だがちょうどその時、俺の隣で赤い炎が突然ゆらりと燃えた。その灯りのおかげで、俺は目の前にいる冬華の姿を捕らえることができた。慌てて後ろを見ると、なんといつもの姿に戻った燐牙が手の上に火の玉を浮かばせていた。
燐牙は黙って俺に向かって頷いた。どうやらこれで俺をサポートしてくれるらしい。
「ううーーー!」
冬華は急に目の前に現れた俺の姿に目を丸くすると、ガムテープで閉じられた口から必死に声を上げた。
「冬華! 俺だ! 宗太郎だよ! 安心してくれ、今助けるからな!」
俺はそう言うと、まず冬華の顔からそっとガムテープを外した。
「そ、宗太郎……? 本当に宗太郎なの?」
「ああ、俺だ。待ってろ、すぐに手足の縄も解くから!」
俺は冬華を縛っている縄を手で解こうとしたが、それはかなり頑丈で、簡単には解けそうになかった。すると、それを見かねた燐牙が、冬華の縄をさっきの炎で燃やし始めた。
「えっ! 火、火が……!」
冬華は自分の手足のあたりに火が燃えているのを見ると、火を消そうとじたばたと暴れ始めた。
「冬華、落ち着いて! 今、この炎で縄を切ろうとしてくれているところだから! あと、この炎、そんなに熱くないだろ?」
「えっ……あっ、たしかに。言われてみれば、熱くないかも…」
冬華は火で火傷することがないとわかると、ほっとしたように体の動きを止めた。燐牙の炎は縄を十秒もたたないうちに焼き切り、おかげで冬華の手足は自由になった。そして、冬華は自分の体が解放されたとわかると、俺の首に腕を回し勢いよく抱きついてきた。
「宗太郎っ……!」
俺はそれを無言で受け止めると、彼女をそっと抱きしめた。
「冬華、お前ケガはないか?」
「…うん。拘束はされたけど、ケガはない。だから、体は大丈夫だ」
彼女は俺の耳元でそう返事をすると、泣きそうな声で言った。
「宗太郎が来てくれて、本当によかった……。私、すごく怖かった。怖くて怖くてたまらなかった…」
俺は冬華の体が小刻みに震えているのを感じながら、そりゃそうだよなと思った。いきなり何者かに手足を拘束されて、一人っきりで暗い教室に放っておかれたら、誰だって死ぬほど怖いに決まっている。
「あ、ちょっと待って。なぁ、冬華。なんでお前はこんな目にあったんだ?」
俺は慌てて冬華から体を離すと、彼女に聞かなければいけないことを尋ねた。
そうだ、この事件の犯人は、燐牙によると確か妖なんだった。
なら、俺が今からそいつを祓ってこの学校から追い出さないと、また被害者が出てきてしまうかもしれない。
「それは……」
冬華はそれを聞いた瞬間顔を青ざめさせた。だが、ちゃんと話してくれた。
「私が部活の帰りに一階のトイレに行った時、不思議な声がしたんだ。『お前の顔をよこせ、お前の顔をよこせ』って、まるで呪文みたいに何度も繰り返している、女の子の声だった。私は気味が悪くて、すぐにトイレから逃げ出そうとした。でも、無理だった。私がトイレから出ようとしたら、ドアの前に長い髪の毛の女の幽霊が立っていたんだ…。私には宗太郎みたいに霊が見えたりしない体質だから、始めはただの見間違いかと思った。でも、違ったんだ…。私、見たんだ……私の上に覆いかぶさってくるように襲いかかってきたその子の顔を…。その子には、顔がなかったんだよ……!」
冬華はそこまで言うと、思い出したように体をぶるっと震わせた。
一般人にも姿を見せられるってことは、その相手の幽霊は相当の霊力を持ったやつに違いない。普通、幽霊は霊力のない人間に姿を見せることはできないけれど、力の強いものは意図的に霊力のない人間にも姿を見せることができるんだ。
『やっぱり、悪霊の仕業だったんだな』
さっきまで俺たちを静かに傍観していた燐牙が、そう口を挟んだ。
「お前の言う通りだったな、燐牙」
「りんが? 宗太郎、いったい誰に向かって話しかけてるんだ?」
冬華は燐牙の方を向いて、不思議そうに首を傾げた。
そうだ。冬華には燐牙の姿が見えてないんだった。
「冬華。あのさ、今俺の隣には友達の妖怪がいるんだよ。俺は今、そいつと話してたんだ」
「え! そ、そうだったのか!」
冬華は驚いたように、燐牙の方を見た。
あれ? でも、冬華はさっき炎は見えていたのに、なんで燐牙のことは見えてないんだろう? それに、炎なら今も燐牙が俺の隣で飛ばしてくれているんだけど…。
「なぁ、冬華。今、俺の隣に浮かんでいる炎は見えてるんだよな?」
「ん? ああ、もちろん見えているぞ」
「これに関してはノーコメントなの?」
「あ、それはなんか、宗太郎の術かなって」
「…そうですか……」
冬華って、こういうところは結構柔軟なんだな…。
俺としては、理解が早くてありがたいんだけど、いつか詐欺師とかに騙されるんじゃないかって心配になるよ…。
まぁいいや。いちいち不思議現象を説明していたらきりがないし、とりあえず今はスルーすることにしよう。
「それで、その後どうなったんだ?」
「それが、その後の記憶が全くないんだ。気づいたら、私はいつのまにかここで高速されていて。誰が私にこんなことをしたのかすらわからないんだよ」
「そうなのか…」
ってことは、冬華の証言から犯人は割り出せそうにないな。もしかして、さっき冬華が反していた幽霊が冬華を縛ったんだろうか。
『そーたろー。まずはその娘を先に帰した方がいいんじゃないか。俺様の勘だけど、ここにはあまり長くない方がいい。まだ、妖が近くにいる可能性もあるからな。あまり長居していると、またその妖にその娘が襲われるかもしれないぞ』
『たしかに、お前の言う通りだな』
俺は燐牙の正論に深く頷いた。
とにかく冬華をおばさんのところに帰さないと。
「冬華。まずは家に帰ろう。おばさん、お前のことすごく心配してたぞ。もし今スマホ持ってるなら、すぐに連絡してあげてくれないか?」
「ほんとだ! やばい、お母さん私のこと絶対心配してるよ!」
冬華は慌てたように荷物を探し始め、サーっと青ざめた。
「やばい。私の荷物、一階のトイレの前に置きっぱなしだ…」
「え」
それはまずいな。一階のトイレって、さっき冬華が幽霊に襲われた場所だろ? そこにまた彼女を連れて行くのは、危険すぎる。もしかしたらまた幽霊が襲ってくる可能性だって考えられるんだ。
「冬華、お前の荷物は俺が持って帰るから、お前はそこを通らずに一人で家に帰れ。俺は荷物を取ってから、後からお前を追いかけるよ」
「ごめん…今はちょっと、一人にはなりたくない…。もし一人でここから一階まで降りなきゃいけないなら、宗太郎と一緒に行くよ」
「でも…」
う~ん、困ったな…。
『燐牙。お前、冬華をさっきみたいに飛んで家まで送るとかできないか?』
俺はもうすっかりいつもの姿に戻り、ふわふわと浮いて俺の隣にいる燐牙に声をかけた。
『それは無理だ。俺はもう、さっきので割と力を使い果たしちゃったからな』
マジか。じゃあやっぱり一階のトイレに行かなきゃいけないのか。
『そーたろー。こんなこと言っちゃお前を怒らせてしまうかもしれないけど…。その娘で悪霊をおびき寄せれば、そいつを迎え撃ちにできるかもしれないぞ』
た、たしかに。どちらにしろ、俺はその悪霊を払わなくちゃいけないんだ。だったら、冬華を守りつつ、その悪霊も俺が倒せばいい。
『わかった。燐牙、俺はまだ弱いから、お前の力もどうか貸してくれ』
『おお、もちろんだ!』
燐牙はそう言うと、鋭い牙を見せて笑った。
「よし、わかった。冬華、俺と一緒に行こう。その代わり、絶対に傍を離れるなよ」
「うん、わかった」
俺は冬華を連れて、教室を出た。
それから、真っ暗な廊下を進み、階段を下りていく。
燐牙が手の先から出してくれている炎が、俺たちの影を壁に映し出し、それがやけに不気味に見えた。
俺たちは何か邪悪な気配が近づいてこないかと、神経を研ぎ澄ませながら進んだが、幸い何にも遭遇せずに一階のトイレの前に到着できた。
「あ、あった!」
冬華はトイレの前の廊下に置いてあるカバンを見つけると、それを急いで回収した。
「よかった。さっきの幽霊はもうここにはいないみたいだな」
俺がそう言って胸を撫でおろすと、燐牙は耳をピンと立てていった。
『いや、そーたろー。気をつけろ! やつはまだここにいる!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます