第20話 妖(富嶽)
「さっき、戦って思いました。宗太郎、あなたは千弦が思っていたよりも強い。だから、もしかしたらこれから、奴と戦うことがあるかもしれない。だから、話しておこうと思ったのです。あなたの母親も一度戦ったことのある、呪屋と払屋の人間を惨殺した、妖怪使い『富嶽』のことを」
富嶽の名前は何度も聞いたからなんとなくわかるけど…。
の、のろいやに、はらいや? それに、妖怪使い?
俺はいきなり知らない単語がたくさん出てきて、千弦に説明を求めた。
「ごめん、わかりやすく説明してもらってもいい?」
「はい、もちろんです」
千弦はそう答えると、境内の方を見ながら静かに話し始めた。
「まず、呪屋というのは、平安の世から出現し始めた、人を呪うことを専門としている輩たちのことです。これと対になっているのが、祓屋。人から邪悪なものを祓うことを専門としている、東雲家のような陰陽師たちのことです。両者はそれぞれ平安の世で貴族たちの出世争いで頻繁に利用され、対局の商売をする両者は、お互いライバル関係にありました。そしてそれは、現代になった今でも続いています。もちろん、両者ともその能力を持つ人間は大幅に減ってしまいましたが…」
「へぇ、そんな歴史があったんだな…」
俺は千弦の話に耳を傾けながら、相槌を打った。
「はい。ですから、両者が争いを始めるようになったのにも、時間はあまりかかりませんでした。祓屋と呪屋は、お互いに自分たちの商売を繁盛させようと、それぞれの術を使って攻撃をし始めました。それで、多くの人たちがその抗争に巻きこまれ、死んでゆきました。ある者は呪屋に呪い殺され、ある者は陰陽師が放った式神に食い殺された。絶対にあってはいけない争いが、ついに幕を開けてしまったのです」
千弦はそこまで話すと、少し苦しそうな顔をした。もしかしたら、過去の嫌な出来事を思い出してしまったのかもしれない。
「ですが、そこにより事態を悪化させる人物が現れた。いや、彼は人の姿をした妖なのですが…。それが先ほど話した富嶽です」
千弦は憎々しげのその名前を吐き捨てた。
「彼は人間の呪屋として働きながら、陰陽師としても働いていました。残念なことに、彼は呪屋としての才能も、陰陽師としての才能もどちらも持っていた。そして、彼は呪屋と祓屋の二重スパイをしていたのです。彼は両者に、自分が内部から組織を破壊することを約束し、見事にどちらも裏切りました。つまり、呪屋と祓屋両方の人間を大量に殺したのです。それだけではありません。彼は関係のない人々まで、いとも容易く殺しました。その時に使用されたのが、自身の呪術と陰陽術を融合させ、彼にしかできない技である『妖操術』です。彼は力のある妖怪を自身のその術で匠に操り、自身の手を汚すことなくたくさんの人を殺すことを可能にしたんです。そういう術を使うことから、彼はいつのまにか『史上最悪の妖怪使い』と呼ばれるようになりました。彼はたしかに人を呪い殺す術にも長けていましたが、基本的には力のある妖怪を操って人を殺す術を中心に使っていたので、このような二つ名がついたのでしょう」
「そ、そんな…」
俺は千弦の口から発せられたあまりにも残酷な事実に、絶句した。
千弦は膝の上に載せていた小さな握りこぶしを、固く握りしめていた。
「静は病気で亡くなる前、よく言っていました。ようやく、東雲家の陰陽師として生まれてくることができたのに、自分は千弦たちやそして東雲家の憎き敵を倒せなかったと…」
千弦はそこで俺の方をぱっと振り返ると、いきなり両手をつかんできた。
「えっ! ちょっ、どうしたの⁉」
「だから! 千弦は今度こそ、あの憎き富嶽を倒したいのです! そのためには、宗太郎! あなたの力が必要なんですよ!」
俺はいきなり千弦にそう勢いよくつかみかかられ、うろたえた。
「わ、わかった! とりあえず手を離してくれ!」
千弦の手の力は案外強く、俺は慌てて彼女にそう要求した。
「すみません。つい取り乱してしまいました」
千弦はそう言うと、階段から立ち上がった。
「千弦が宗太郎に伝えたかったのは、このことだけです。話を聞いてくれてありがおつございました。どうやら、御白様がそろそろ戻って来られそうなので、一度本殿の結界の中に戻りましょう」
「わかった。俺の方こそ、母さんの話を聞かせてくれてありがとう。母さんが死んだの、俺が五才の時だからさ。俺、あんまり母さんのこと知らないんだ。だから、また思い出話とかがあったら、聞かせてよ」
俺が立ち上がった千弦にそう声をかけると、彼女はとても嬉しそうに笑った。
「はい、もちろんです! 千弦は、静が今でも大好きですから! 静のことなら、いくらでも喜んで話しましょう!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます