第18話 おやすみなさい

 結論から言おう。

 結局、俺は燐牙と一緒に風呂に入った。というか、勝手に入って来られた。

 燐牙は風呂場に向かう俺に勝手についてきて、浴場までやってきたのだ。

 その後、俺はどういういきさつか燐牙のぼさぼさの髪の毛まで洗わされる羽目になり(さすがに体は洗わなかったけど‼)、風呂を出るころにはスッキリするどころかぐったりしてしまった。

 でも正直、燐牙が風呂に入ってくれて良かったかもしれない。

 こいつの髪の毛を洗い流したときに、埃や落ち葉、そして幼虫の死骸みたいなのが排水溝に流れていったのを見て、俺は自分の顔がさーっと血の気を失っていくのを感じた。

 まさか、こいつがこんなに汚れていたとは…。ドン引きだわ…。

 とはいえ、これから生活を共にするのに、不潔なままでいられたら困るので、不本意ながらこの妖怪を少しでも綺麗にできたと喜ぶことにしよう…。

 その後、ばあちゃんの料理を怪しまれないように自室に運び込み、燐牙にそれを食べてもらった。

「うまい! うますぎるっ! そーたろー、お前のばあちゃんは妖術を使えるのか⁉」

「いや、そんなわけないから。ばあちゃん妖怪じゃないし」

 って、それも聞いてねぇ…。

 燐牙は料理の匂いをかぎ取った瞬間、すぐに皿に飛びついて、それをあっという間に平らげてしまった。

「はぁ~、うまかった!」

 燐牙は少し名残惜しそうに空になった皿を見ていたが、すぐに部屋の畳にまた寝ころび始めた。

「じゃあ、これはもう下げとくから」

 なんか俺、こいつの使用人みたいになってるじゃんと思いながらも、俺は燐牙の皿をもって下に降りようとした。

「…ありがと」

「え?」

 聞き間違いかと思って俺が振り向くと、燐牙は寝転びながら俺の方を見ていた。

 さっきのって、もしかして俺に言ったのか?

「なんだよ。早く行けよ、そーたろー」

「あ、うん」

 俺はそう言ってすぐに漫画を開いた燐牙から顔を背けると、台所に向かった。

 あいつって本当は、ただ子どもっぽいだけで、多分悪い奴じゃないんだろうなぁ。

 薄々感じていたことを、俺はつい頭の中で考えてしまった。

 だから、余計にわからない。なんで、あんなガキっぽい燐牙が世紀の大妖怪と呼ばれているのかが。

 もしかしてあいつには、壮絶な過去とかがあったりするんだろうか。


「じゃ、もう電気消すから。おやすみ」

 怒涛の一日が終わり、俺はようやく布団につくと、窓辺で大人しくしている燐牙にそう声をかけた。

 はぁ~! 本当に今日は疲れた!

 敷布団に倒れこむと、一気に瞼が重くなる。これで明日学校がなかったら、一日中寝ていられたんだけどな。それだけがちょっと残念だ。

「なぁ、寝ないのか?」

 俺は眠い目をこすりながら、さっきとは打って変わって静かな燐牙を見る。

「ん? ああ、俺様はまだ起きてる」

「ふぅん? あ、そうだ。一応お前のために、俺の隣にお客様用の敷布団置いておいたから。眠くなったらそこで寝ろよ」

 俺は燐牙にそれだけ伝えると、部屋の照明を消すためによっこらせと立ち上がった。俺の部屋の電気、いまだに照明からぶら下がっている紐を引っ張ってスイッチ入れるやつなんだよなぁ。まぁうちは古い家だから、しかたないんだけど。

 俺はまた布団にもぐると、今度こそ眠ろうと目を閉じた。

「なぁ、そーたろー」

 おい! このタイミングで話しかけてくんなよお前!

「なに~? 俺、もう寝たいんだけど」

 俺はあくびをしながらそう答えた。だけど、燐牙の声はいつにもまして真剣だった。

「お前は、俺様が怖くないのか?」

「はぁ? 怖いわけないじゃん。だって燐牙って、幼稚園児とそんな変わんないし。俺は正直、弓弦の方が怖いよ」

「……そうか」

 薄目を開けて燐牙の方を見ると、彼は俺の勉強机の上に座って、窓の外をぼんやりと眺めていた。

 言い忘れていたが、俺の部屋には冬華の家と隣どうしの窓と、家の正面側にある窓が存在する。燐牙が見ていたのは、家の正面側の窓だ。

 この辺はコンビニとかはあるものの、そこそこ田舎だから、夜は真っ暗になる。

 だから窓の外なんか見ても、何も楽しくないはずなんだけど、妖怪だと暗闇がよく見えるとかあるのかな。

「俺様を、化け物を見るみたいな目で見ない奴は、あの坊主以外でそーたろーが初めてだよ」

「……へ? ごめん、なんか言った?」

 俺はすでに夢の世界へ行きかけていたので、燐牙が何を言っているのかイマイチ聞き取れなかった。

「…なんでもねぇよ。おやすみ、そーたろー」

「あ、うん。おやすみ~…」

 俺は燐牙がいつにも増して穏やかな声でそう言ったのを聞いたが最後、深い眠りに落ちていった。


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