第16話 今日の反省会
「げっ! お前、何どうしたらそんなにボロボロになるんだよ?」
俺は弓弦と千弦と一緒に、最初にいた『陰陽師の間』に戻ってきた燐牙を見て、思わず顔をしかめた。
「う、うるさいな! そういうお前だってボロボロじゃねぇか!」
弓弦に首根っこを掴まれたまま、廊下を引きずられて登場した燐牙は、顔と手足には泥がついているわ、袴はところどころ破れているわでかなり悲惨だった。たしかに、俺も陰陽師服がところどころはだけちゃってたりするけど、燐牙ほどではない。
「御白様。お望み通り、こいつに稽古ちゃんとつけといたで」
「こやつ、千弦たちの予想以上に暴れまわったので、大変でした。もちろん、千弦はほとんど何もしていませんが。兄者はさすがですっ! 全部一人でこやつを相手してしまうのですから! 千弦が出る幕は一秒たりともありませんでしたっ!」
千弦は双子の兄を尊敬の眼差しで見つめながら、漆塗りの机の前に座る御白様に、そう報告した。御白様の定位置は、すっかりその机の奥にある赤い座布団の上になっている。
「当たり前やろ、千弦。おれらは神に仕える従神使獣。でも、燐牙は世紀の大妖怪とは言え、もとはただの妖怪やからな。おれらと燐牙じゃあ、雲泥の差があるに決まってるやんか」
「はい……でも千弦はそれでも、兄者のことを尊敬しますっ!」
千弦の猛リスペクトに、弓弦はふふんと軽く鼻を鳴らした。
「ちょっと待て! 俺はこの関西弁野郎に負けた覚えはねぇぞ! だって俺はまだ生きてるからな! 勝負ってのは、どちらかが死ぬまでやり続けるもんだろ⁉ だったら今度こそ俺はお前を…!」
燐牙は首元をつかんでいた弓弦の手をバッと払いのけると、そのまま部屋の奥の方へ飛び、体操選手のようにくるりと宙返りをして着地した。そして、袴から飛び出た尻尾と髪の毛を逆立てながら、弓弦を睨みつけ低く唸る。
その時、俺は燐牙の様子がいつもと違うのに気がついた。
あれ、あいつの尻尾、なんか大きく膨らみ始めてないか? それに、その尻尾がなんだか分裂し始めているように見える。さらに、目はギラギラと赤く光り始め、鋭い犬歯が見え隠れする口元は、徐々に避け始めて……。
「そこまでじゃ燐牙。あまり神であるわしの前で、汚い言葉を吐こうとするでない」
御白様の声に、俺ははっとした。頭が重く、一瞬目まいがする。
あれ、この感覚、今朝もあったような…?
「うっ…! だ、だって…!」
燐牙は悔しそうにぎゅっと唇を噛むと、目に涙を浮かべた。
その姿は、いつもの燐牙の姿と何も変わらなかった。なんだ、さっきのは俺の見間違いだったのか。
こいつ、強がりなくせにすぐ泣きそうな顔するなぁ。正直、いまだにこいつが世紀の大妖怪と呼ばれていたのが俺には信じられない。
「弓弦も。あまり燐牙を虐めるでない。燐牙は宗太郎の式神なのじゃぞ」
「は、はい。それはわかってるつもりなんですけど…でもこいつ、おれの方が背が低いからって散々馬鹿にしてきたんやで⁉」
珍しく御白様にたしなめられた弓弦は、納得いかない表情で御白様を見た。
あ、なんだ。弓弦もこういう顔するのか。
俺は、頑なに意地を張ろうとする弓弦を見て、なんだか可笑しくて笑いそうになってしまった。
「なんや宗太郎。なんでちょっと笑いそうな顔になってるねん」
「え⁉ 別に俺、そんな顔してないけど!」
俺はすぐにいつものキツい顔に戻った弓弦に気づかれ、肝が冷える思いがした。
やっぱこの狛犬、怖すぎる! 正直、見た目は俺と同い年の燐牙よりも、年下の中学生くらいに見える弓弦の方が、俺にとっては何倍も凄みがあるように見える。というか、弓弦の絡み方って、なんかヤ〇ザっぽいんだよなぁ…。
「おぬしらの仲の悪さは、どうにかならぬもんかえ…。まぁよい、弓弦、千弦、とにかくご苦労様じゃった。二人はもう、今日は戻るのじゃ。あとはわしがやっておく。明日に備えて、体を休めるがよい」
「…はっ、わかりました」
「ほんじゃあ、御白様。お言葉に甘えさせていただきます」
双子は畳の床に膝を立て、御白様に忍者の手下っぽく礼をすると、白い煙とともにぼわんと消えた。本当に、消え方も忍者みたいだな。
「さて、おぬしらも今日はよく頑張った。もとの世界に戻り、しっかり体を休めると良い」
「ありがとうございます!」
よっしゃあ! やっと家に帰れる! 俺、もうお腹ぺこぺこだよ!
「宗太郎。忘れておらぬとは思うが、もちろん燐牙もおぬしの家に連れて帰るのじゃぞ?」
「………え、ええええええええええええ⁉」
うわ~! そうだ、俺はこれから、こいつとずっと生活をともにしなければいけないんだった‼
「なんだよ、俺様といるのがそんなに嫌なのかよ…」
燐牙は弓弦に負けて傷心ぎみなのか、今はやけにしおらしい。学校ではピンと立っていた耳が、今は悲しそうにぺたりと前に倒れてしまっている。
え、待って。なんか、俺が悪者みたいになってない?
「うわぁ、宗太郎。おぬし、結構薄情者なんじゃのぅ。見損なったわい」
「いや、違いますって! だってこいつといれば何しでかすかわからないじゃないですか!」
そうだよ! 晩ごはんの時とかに、いきなり燐牙が何か食べ始めたりしたら、じいちゃんたち卒倒しちゃうかもしれないでしょ! だって、じいちゃんやばあちゃんには、燐牙が見えないわけで。いきなり食べ物が宙に浮いたりしたら、ホラーでしかないよ!
「やっぱり俺様は、誰にも必要とされてねぇんだな…」
燐牙は部屋の奥の畳の隅で参画ず割をすると、尻尾を丸めて俯いた。
その様子を見て、御白様があからさまに「うわぁ…」という顔をするので、俺はその目に耐えかねてやけくそになって叫んだ。
「はいはい! わかりましたってば! どうせ陰陽師と式神は離れられないらしいし、ちゃんと燐牙は家に連れて帰ります!」
「ほんとうか、そーたろー!」
その瞬間、燐牙はすぐに俺の背中に飛びついてきた。
ぐえっ! お、重い!
どうせならこいつも、普通の幽霊みたいに重さや感触がなかったら良かったのに。
「しかたないじゃろう。宗太郎が陰陽師になった今、おぬしはわしらのような人ならざる者たちの存在を、普通の人間と同じように感じ取れる体になってしまったのじゃから」
陰陽師にそんなデメリットがあるとか聞いてないんだけど! あれ、ってことは、もしこれから悪霊とかと遭遇しちゃったら、そいつも普通に人間みたいに体の感触があるってことなんじゃ…。
「まったく、その通りじゃが」
やっぱりそうなんかい!
「んお? 宗太郎、お前誰と話してるんだ?」
「いや、なんでもない。とにかく、早く帰ろう、燐牙」
「ん? おお、わかった」
「それじゃあ、宗太郎、燐牙。また明日じゃ」
「はい。また明日、よろしくお願いします…」
「またな、坊主!」
俺たちは御白様にそう挨拶すると、『陰陽師の間』の出口である障子を開けて現実の世界に戻った。
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