第14話 今日の報告

「ほう。そんなことがあったのかえ?」

「そうだよ! もう、本当に今日一日大変だったんだから!」

 俺は御白様、そして弓弦と千弦に学校での出来事を話し終えると、大げさにため息をついてみせた。

 俺は今、昨日弓弦たちに連れてこられた御白様の結界の中にいる。

 家に帰り、いつも通り修行のために神社の掃除にやってくると、今朝と同じく狛犬の双子が俺の前に現れたのだ。

 そして、一緒にいた燐牙とこの結界の中に引きずりこまれ、今に至る。

「こいつ、式神の俺を殴りやがったんだぞ! ほんと、ムカつく!」

「あ、あれはお前が実験室で大暴れしたからだろ! それに俺様も、まさかあんな力が出るとは思ってなかったんだよ!」

 結界の中に入った後もずっと無口だった燐牙がようやく口を開いたと思ったら、さっきのことをまだ根にもっていたらしい。こいつ、意外とめんどくさいな!

「なんや、そないな風に文句言うんやったら、やり返せばよかったのに」

 御白様の隣に座っていた弓弦が、俺たちから少し離れた場所でふてくされたままの燐牙に言った。だが、思い直したように呟いた。

「あ、そうや。式神は主人である陰陽師には攻撃できひん仕組みになってるんやったっけ?」

「おぬしの言う通りじゃ。燐牙は宗太郎に反撃したくてもできぬから、ああやって拗ねておるのじゃろう」

「う、うるせぇ! 別に拗ねてね~し!」

 御白様の意見はどうやら図星だったらしい。燐牙は寝転がっている姿勢からバッと起き上がると、畳の上にあぐらをかいてこちらを睨んだ。

「とはいえ、宗太郎もやはり、陰陽術が使えるよう才能が開花したみたいですね」

「へ?」

 俺は威嚇する燐牙をガン無視する千弦に、つい間の抜けた返事をしてしまった。

 そういえば、今朝もその陰陽術の話を聞かされたんだっけ?

「あのさ。その陰陽術っていったいなんなの?」

「陰陽術っちゅうのは、簡単に言えば陰陽師だけが使うことのできる霊力のことやな。えっと、とりあえず宗太郎にはこれから説明した方が良さそうやな…。まず、もともと霊力っちゅうのは、おれらみたいな人ならざる者しか使うことができひんねん。やから、普通の人間には霊力を使って、おれらみたいに物体を飛ばしたり、宙に浮いたりすることはできひんようになってるんや」

「ですが、その例外が陰陽師です。陰陽師になるには、小さいころから自身の霊力を高める修行をしていることが必要条件です。そして、自分の身体に宿すことができる霊力がある一定の強度を超えたとき、初めてその力を陰陽術として活用することができるようになるんです。昔から陰陽師として活躍してきた東雲家の人間は、この術を使って町の人々や依頼人を悪しき妖怪や悪霊などから守ってきたんですよ」

 弓弦が区切りを入れた絶妙なタイミングで、千弦が話のバトンを華麗に受け継ぎ、説明してくれた。この二人、双子というだけあって息の良さが尋常ではないな。

「じゃが、実は東雲家の陰陽師としての力は平安時代が最高潮で、その後は徐々に衰退する一方だったのじゃ」

「だから、千弦たちは再び我らを見ることのできる人間が、東雲家に産まれるのをずぅーっと待っていたんです。御白様から声を聴き、ここから動けない御白様の代わりに富嶽を倒してくれる人間を。幸い、東雲家は、生まれた子に陰陽師修行をする教育だけは現代でも続けられていました。だから、もし霊力がある人間が生まれれば、その人物は必ず陰陽師になれる。千弦たちは、それはもう、首を長くして待っていたんですよ」

「ほんでようやく、霊力のある人間としてひっさびさに産まれてきたんが、お前の母親である静やったんや」

 そ、そうだったんだ…。

 そこからの話の流れはなんとなく予想がついた。

 修行を経て無事に陰陽師になれる霊力を身につけた母さんは、御白様たちと出会い、彼らに頼まれて、怪盗狐火として暗躍する覚悟を決めたんだろう。

「もともと、斬髪の儀式ちゅうのも、東雲家の人間が陰陽師修行を終えて自分の式神と契約を結ぶための儀式やったんや。切った髪は、式神と契約を結ぶときに使うためのもんやし。それがいつのまにか、御白様に供物をささげるための儀式、なんて風に解釈されるようになってしもうてんけどな」

「ええっ、斬髪の儀式ってそういう意味だったの⁉」

 俺はまさかの事実に仰天した。

「そうじゃ。さすがのわしも、髪の毛なぞ捧げられても嬉しゅうないわい」

 御白様はそう言うと、テストで悪い点を取ってしまった時の少年のような顔をした。

 なんか、こういう仕草を見ると、やっぱり御白様って小学生くらいに見えるよなぁ。

 まぁ、こんなに美形な小学生はこの世にいないから、やっぱり神様なんだなって嫌でも認識させられるけど。

「話をもとに戻そうかの。宗太郎、さっき二人が説明してくれたように、おぬしはすでに斬髪の儀式を終え、陰陽術を使える身になっておる。じゃから、これから怪盗狐火として行動するためにも、おぬしはその陰陽術を使いこなせるようにならねばならん」

 御白様はそう言うと、涼やかな銀色の目で俺の方を覗き込んだ。

「じゃから、今からおぬしと燐牙には、わしの双子に陰陽術の特訓をしてもらうぞい」

「へ? 特訓?」

「なんだなんだ? なんか今、俺様の名前が呼ばれた気がしたんだけどっ⁉」

 御白様の口から名前が発せられた瞬間、燐牙は部屋の隅っこからすごい勢いで俺の隣にやってきた。そしてすぐに正座をして、御白様をわくわくした顔で見上げる。

「ふふふ。燐牙、おぬしはすでにやる気満々のようじゃのぅ。では、すぐに始めるとするぞ」

 御白様はそう言って、何かをおもしろがるように不適な笑みを浮かべた。

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