第11話 式神との生活の幕開け

 というわけで、俺は御白様の言う通り、燐牙を連れて高校までやって来たわけだけど…。

『なぁ、そーたろー。さっきから全然敵が見当たらねぇぞ? 俺は戦う気満々だってのによぉ~』

『そーたろー、見ろ! なんかあそこに、悪霊らしき奴がいるぞ……ってあぁ! なんだよ、俺を見た瞬間逃げちまったぜっ! 結局、俺が一番強いってことだなっ!』

『おい、そーたろー! あの柱の奥に何かが…』

 う、うるせ~!

 さっきから俺の肩の周りをふわふわ浮かびながら、しょうもない報告ばかりしてくる燐牙に俺はかなりげんなりしていた。家から高校までの通学路だけでこんあ調子じゃあ、学校での授業は頭に全く入ってこない気がする…。

 はぁ~! ほんと、なんでこんなことにっ!

 俺は昇降口で靴を履き替えながら、今すぐにでもそう叫びたかったが、ぐっとこらえた。

 今、周りには大勢の生徒たちがいる。

 でも、生徒たちには誰一人、燐牙の姿が見えている奴はいない。みんないつも通り、靴を履き替えたり、友達と話したりしている。

 こんな場所でいきなり叫び出したりなんかしたら、せっかくロン毛のあだ名から解放されそうなのに、今度は変人とか呼ばれてしまいそうだ。まぁ、クラスではすでに俺は変人扱いされてるっぽいけど…。

 っていうか、なんだろう。燐牙の姿は見えてないっぽいのに、いろんな人から視線を送られている気がする。えっ、もしかして俺、いつの間にか変な行動とっちゃってる…?

『なぁ、そーたろー。なんでさっきから俺を無視するんだよっ!』

 俺がそんなことを気にしていると、燐牙が頭上から逆さまに顔を出してきたので、俺は思わず叫びそうになってしまった。

 お前っ、いきなり俺を驚かせるんじゃねぇよっ!

 俺は燐牙に身振り手振りでそう伝えようとしたけど、やっぱりやめることにした。

 上靴を履くと、急ぎ足で廊下を歩き、一番人気のない一階のトイレまですたすたと歩みを進める。そして、燐牙がしつこく俺についてくるのを確認しながら、彼がトイレの中まで入ってくると、入り口のドアをバタンと閉めた。

「おい…燐牙…。お前、俺が家を出る前に言ったこと、もう忘れたのか?」

『えっ、なんか言ってたか?』

「だーかーらー! 学校では俺に話しかけるなって言っただろ⁉」

『へ? そうだっけか?』

 こ、こいつ! 本当にどこまでも人の話を聞いてないんだな!

 俺はふわふわと飛んでいるせいで上から見下ろしてくる燐牙にイラっとsながらも、冷静を装いながら話した。

「あのさ。お前の姿は俺以外の人間には見えないんだよ。だから、俺がお前と普通に話していると、俺は周りの奴らに変人だって思われるから普通に困るの。わかる?」

 俺がため息交じりにそう言うと、燐牙は何か気に障ったようだ。

『もしかしてそーたろー、俺に命令するつもりなのか?』

 燐牙は髪の毛と耳と尻尾を逆立てると、不服そうに俺を見下ろしてきた。

 さっきまでの雰囲気とは違い、トイレに潜んでいた妖たちがさーっと逃げていく気配がする。

 ま、まずいな…。もしここで燐牙に襲われたら、俺は太刀打ちできない。

 今は御白様たちもいないわけだし、誰にも助けを求められないし…これって結構ピンチだ…!

「ち、違うよ! 俺は燐牙に命令してるんじゃなくてだな……そ、そう、お願いしてるんだよ! 世界一強いお前に、そうしてもらえたらいいなぁ……なんて!」

 俺は燐牙のご機嫌を取るようにそう伝えると、燐牙は一瞬にして顔を綻ばせた。

『なんだ、そうだったのか! ふふん、そこまで言うなら約束を守ってやってやらなくもねぇぞ!』

 俺は燐牙からそっと後ずさりながら、心臓を撫でおろした。

 は~、よかったぁ…! これで大妖怪の餌食にならずにすんだ。

 今までいろんな悪霊や低級霊に追い掛け回されたことのある俺だけど、さっきの燐牙が今までで一番怖かったかもしれない。

 そう言えば、今日は全然悪霊たちの姿が目に入らないし、むしろ遠巻きにされている感じがする。千弦の言っていた通り、燐牙と一緒にいれば本当に悪霊除けの効果があるんだな。

『っていうか、そーたろー。お前が心で話しかけてくれさえすれば、お前が声を出さなくても、俺はお前と会話できるんだぞ?』

「へ?」

 なにそれ? 初耳なんですけど?

『ほら、一回やってみろよ。俺に、おはようございますって挨拶してみろ』

「いやいや、そんなこといきなり言われても…」

『いいからやれ』

 ひぇっ! やっぱこいつ、起こると迫力があって怖い…!

 とにかく、俺は燐牙に言われた通り、頭の中で指定されたセリフを念じてみた。

『おはようございますっ⁉』

「おお。おはよう。なんだ、やればできるじゃねぇか!」

「ええっ! さっきのでいけちゃった感じ⁉」

「おお。バッチリ聞こえてたぜ?」

「嘘だろ! だったらもっと早くにこの方法を知りたかった…」

 なんだよ、朝からこいつに突っ込みたいのを我慢してたのがバカみたいじゃん…。

『ん? でも今は何を考えてるのかわからねぇぞ?』

「え、そうなの?」

 俺はそう返事をしながら、なるほどと思った。

 燐牙と声を出さずに会話をするためには、結構強い意志を持って伝えようとしなければ無理らしい。でも、正直その方が俺としては助かったので良かった。

 俺の思っていることが全部こいつに聞こえてしまったら、何度も喧嘩する羽目になるに違いない。そうなる未来はすでに断ち切れそうなので、少し安心した。

「まぁいいや。わかった。お前の言う通り、これからは人の前では念じて会話するようにするよ」

『ふん! わかればいいんだよ、わかれば』

 燐牙はそう言うと、照れ隠しでもするみたいにそっぽを向いた。

 とりあえず燐牙の機嫌は元に戻ったみたいだし、俺は早く自分のクラスに戻ることにした。っていうか、いつまでもこの場所にいたくないし。ここの一階のトイレ、人が寄り付かない分、なんかちょっと不気味なんだよなぁ。今は妖はいないけど、なんか禍々しい気配が残っているというか…。

 そんなことを考えながら、俺はトイレを後にした。

 すると、風通しの良い廊下に出る。さっきまでの嫌な空気はどこへやら、人通りの少ない廊下にはさわやかな風が吹き抜けていた。

 俺が風を全身に浴びて浄化されるような気分になっていると、突然後ろから声をかけられた。

「もしかして、宗太郎か?」

「え?」

 振り返ると、そこには冬華がいた。どうやら、隣の女子トイレからちょうど出てきたところらしい。

 そういえば、トイレの前の廊下には、見覚えのあるカバンが置いてあった。よく見れば、あれは冬華のものだった。

「おはよう、冬華。もしかして、部活の朝練?」

 俺はポニーテール姿の彼女に気さくに声をかけた。ここの廊下は生徒たちがほとんど通らないから、今は俺と冬華の二人きりだった。

『なんだ? この女、そーたろーの知り合いか?』

『うん、そうだけど。燐牙、人と話してるときはあんまり話しかけてこないでくれないか?』

 俺は廊下の天井付近を浮遊している燐牙に向かって心の中でそう頼んだ。

 チラリと目線を上げると、燐牙は宙に浮いてたまま目を瞑っていた。

 こ、こいつ…! 人の話を聞かずについには寝やがった…!

 ま、まぁいいや。その方が今はありがたいかも。

 冬華が所属している剣道部は、うちの学校でも強い部活だから、週三ペースで朝練をやっているらしい。カバンの隣に弓入れも置いてあることから、ちょうど朝練の終わりにここに立ち寄ったってとこだろう。

「うん、そうだけど…。そ、宗太郎っ、その髪の毛…」

 冬華は俺と顔を合わせるや否や、すぐに頭を指さしてきた。

「ああ、昨日言ってただろ? 今日の儀式でようやく切ったんだよ。これで俺ももう、ロン毛なんて呼ばれずに済むんだ!」

 俺が幼馴染にそう報告すると、冬華は顔を赤くした。

 げっ! 俺、なんか怒らせるようなことでも言っちゃった?

「冬華、もしかして怒ってる…?」

「えっ」

「いや、なんか顔赤いから…」

「あっ、ち、違う! これはっ……!」

 俺がそう指摘すると、冬華はさらに顔を赤らめた。

 そして、彼女は顔を隠すようにして俯くと、小さな声でこう呟いた。

「いや……前から思ってたけど、私の想像以上に宗太郎がかっこよくなってたから……」

「……へ」

 冬華のセリフに、俺の思考回路は突然ショートした。

「ご、ごめん! やっぱり、さっきの聞かなかったことにしてくれ! それじゃあ私、もう教室に戻るから!」

 冬華はそう言うと、廊下に置いていた荷物を引っつかみ、一目散に階段を駆け上って行ってしまった。

 な、なんだったんだ今のは…。

 俺は自分の顔が爆発しそうになるほど熱くなるのを感じていた。

『ふぅん? そーたろーも案外隅におけない奴だな! あの娘、お前に気があるそぶりをしてるじゃねぇか』

「なっ! お前、さっきまで寝てたんじゃ…!」

『残念~! 寝たふりでした~!』

 こいつ! 俺たちの会話聞いてやがったのか!

 そう思うと、燐牙に自分の弱みを握られたような気がして、ますます恥ずかしくなった。

『でも、そーたろー。あの小娘にはしばらく近づかない方がいいぞ』

「え? なんで?」

 俺はまだ廊下に誰もいないのをいいことに、普通に燐牙と会話していた。

『だってあの小娘…』

 燐牙が眉間に皺を寄せながら何か言いかけた時、廊下に予鈴のチャイムが響いた。

 やばっ! あと五分で朝のホームルームが始まっちゃうじゃん!

『ごめん燐牙! 話はあとで聞くから、とりあえず教室に行くぞ!』

『え? お、おお! っていうか、俺に指図するんじゃねぇっ!』

 俺はそう言う燐牙を無視しながら、冬華と同じように慌てて階段を駆け上った。

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