第10話 髪の毛騒動
あれ、俺ってなんか変なこと言ったっけ?
「そんなぼさぼさな頭のままだと、学校で馬鹿にされますよ⁉ いいんですか、その髪型のままで⁉」
いやいやいや、俺、ついさっきまで腰くらいまで髪の毛伸ばしてたんだけどね? しかもそれ、この神社の変な風習のせいでだし!
それに、耳より下の髪の毛を束ねてる俺の姿には、クラスメイトたちも慣れっこだし、今さらおかしいなんて思われることもないでしょ。
「そうじゃなぁ。たしかに、今のおぬしの髪型はいささか辛気臭いのぅ。前髪も邪魔じゃし、妖怪みたいじゃわい」
よ、妖怪って…。俺は隣にいる燐牙をちらりと見た。燐牙はさっきからふさふさの尻尾を畳に打ち付けては、それをぼーっと見つめている。そんな燐牙の髪の毛は、毛が傷んでぼさぼさだった。
御白様……。それって、遠回しにこいつと同じレベルだって言ってるってことですか…?
「そうやな。それに、イマドキ肩くらいまで髪の毛伸ばしてる男子なんて、ダサすぎるしな」
ええ~。みんなに寄ってたかって変だって言われると、なんだか自信がなくなってきたな…。けど、朝から美容院に行って髪をセットしてもらうわけにもいかないしなぁ。この時間なんて、どこのお店も開いてないし。
「しかたない。では、わしが責任をもっておぬしを『いけてるめんず』にしてやろう」
「えっ、ちょっと…何するつもりですか?」
俺はじりじりと自分の方に近づいてくる御白様に、なぜか嫌な予感がした。
「おっ、なんだ坊主? なんかおっ始めんのか?」
何か始まりそうな気配に、燐牙も俺の方を向いて目をらんらんと光らせる。
「なぁに、心配せんでも大丈夫じゃ。ちょいと神様の力を使って、今のおぬしをいけめんにしてやるだけじゃよ」
御白様はいたずらっ子のような笑みを浮かべると、俺の頭部を、右手の人差し指で指した。
すると、頭上からぼわっ! と何かが燃えるような音がした。
いや、「燃えるような」じゃなくて、実際に燃えていた。
「うわあああああああああ⁉ 何するんですか、御白様⁉」
「なにって、見ての通り、おぬしをいけめんにしてやっておるのじゃが?」
「髪の毛燃やしたら剥げちゃうでしょうが! これじゃあ、イケメンじゃなくて、つるっぱげになっちゃいますよ‼」
「わはははは! そーたろー、お前、おもしれぇことになってんな!」
「笑い事じゃねぇよ! お前、式神なんだったら俺を助けてくれよ」
「え~? なんで俺がお前を助けなくちゃいけないんだよ?」
ダメだ、今この場所に俺の切実な願いを聞き届けてくれる奴は誰一人いない!
俺は自分がハゲになったことを確信すると、これから生きていく気力を失った。
そして、御白様は満足いくまで俺の頭を燃やし続けると、最後に満足げに俺を見た。
「よし、これでおぬしはいけめんになったぞ!」
「はい! さすが御白様です! さっきよりもずとさっぱりしました!」
「さすが御白様やわ。これでこいつも少しは見れる男になったなぁ」
三人がそう言っているのを、俺は荒んだ心
「なんや、偉い顔色悪いなぁ。せっかくカッコ良うなったっていうのに」
「そうですよ、せっかく御白様直々の施しを受けたのですから、もっと嬉しそうにしてください。ほら、前よりも随分と素敵になったでしょう?」
「え?」
鏡に映っていたのは、今までとは違う自分だった。あれ、自分で言うのもあれだけど、俺ってこんなにカッコよかったっけ?
目の下まで伸ばしていた前髪は、眉毛あたりできちんと切りそろえられ、目がしっかりと見えた。それに、美容師さんが切ってくれたみたいに、多かった髪の毛も梳かれているせいか、毛量がかなり減ってすっきりしたように見える。
「うおおおお! ま、マジか……!」
俺は鏡の前でついそう叫んでしまった。俺、普通の高校生の見た目になってる!
これでもう、ロン毛とか呼ばれなくて済むのか‼
「あ、ありがとうございます! 御白様!」
「さ、もういいじゃろ。それじゃあ二人とも、気を付けて学校に行ってくるんじゃぞ」
俺が鏡の前でひとしきり感動していると、御白様は呆れたように言った。
そして、俺と燐牙の襟首の部分をつかむと、そのまま部屋の入り口の障子の方にぶん投げた。
「うわぁっ⁉」
「な、なにすんだ坊主っ⁉」
俺たちは空中に放り出されながら、手をひらひらと振る年下三人組を見ながら叫んだ。
「それでは二人とも、いってらっしゃいなのじゃ~」
御白様がそう言うと、隣に立っていた弓弦が俺たちの方に手をかざした。
すると、パンと障子が綺麗に二手に分かれる。俺たちに体が障子にぶつかる寸前で、また弓弦が術を使ったのだろう。
俺たちはそのまま部屋から飛び出すと、神社の本殿の前の地面に転がった。
「いってぇ……!」
はっと身を起こすと、目の前にはいつもと変わらない本殿があった。
差し込んできた朝日が本殿を厳かに照らし出し、時間が進んでいることを実感する。
あまりにもいつもと同じ景色だから、もしかしたらさっきまでのことは夢だったんじゃないかと思ったけど、すぐ隣で呻く妖怪を見て、すぐにそうではないと思い知った。
「うぎぃいい! あの坊主、俺を雑に扱いやがって…! 絶対あいつよりも強くなってやる…!」
隣にいた燐牙は、石畳の道の上に寝転びながら、悔しそうに本殿を睨みつけていた。ふさふさした尻尾も、心なしか逆立っている気がする。
俺、これからこの狐妖怪と学校に行く羽目になるのか…。
うわ~、なんだか大変なことになっちゃったなぁ。
俺は土埃を払いながらのそのそと立ち上がると、とりあえず家に帰って用意をすることにした。
「お、おい、そーたろー。お前、この俺を置いてどこに行こうとしてるんだよっ!」
「えぇ、だからさっきも言ってたでしょ。俺は学校に行かなくちゃいけないんだってば」
こいつ、本当に人の話聞いてないんだな! さっきから何回も言ってたのに、一つも耳に入ってなかったとは、むしろ感心するわ。
「ふぅん、がっこうか。それって、どんなところなんだ? 強いやつが、いっぱいいるところなのか?」
学校を格闘場か何かと勘違いしているらしい燐牙は、金色の目をぴかぴかと光らせた。
……うわぁ、なんかこれからの生活がすげぇ心配になってきたよ…。
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