第9話 式神とのご対面

「え? 母さんが、陰陽師だった…?」

「そうです。静はとても腕の立つ陰陽師だったでしょう? 私は、女であるにも関わらずあれほどの実力を持った陰陽師を、今まで見たことがないです!」

 千弦はまるで母さんのことでも思い出しているかのように、遠い目をして微かに笑った。

 ど、どういうことだ? なんで千弦が母さんの名前を…?

 それに、母さんが陰陽師だったって、そんな事実、俺は今までに聞いたことがない。

 だって、母さんがそんな風に働いている姿を俺は今までに見たことがないし、東雲家が陰陽師だったっていうのはただの伝説のはずじゃ…。

「まったく、このことは弓弦がもう少し話をしてから説明をしようと思っておったのじゃがのう。千弦、おぬしの話を先走る悪い癖が出ておるぞ。宗太郎がすっかり混乱してしまっておるではないか」

「はっ! すっ、すみません御白様!」

 千弦は御白様にそう指摘され、我に返ったように背筋を伸ばした。そして、すぐに肩を落として申し訳なさそうにした。

「でも、じゃあなんで母さんはそのことを俺に隠してたんだ?」

 別に母さんが陰陽師だったってことには、正直あんまり驚かなかった。だって、母さんは俺と同じように人ならざる者が視える人間だった。そのうえ、母さんは悪霊に憑りつかれた人なんかを放っておけるようなタイプの人じゃなかったから、むしろ陰陽師だったという事実は腑に落ちる。でも、なんだか引っかかるのは、母さんはなんでそのことを俺に内緒にしてたのかってことだ。

 秘密にしていたってことは、何か俺に知られたくなった理由があるに違いない。

 俺は、御白様からいったいどんな真実を聞かされるのだろうかと、心の準備をした。

「それはのぅ、静はお前に、自分が危険な仕事をしていることを悟られたくなかったんじゃよ。ほれ、おぬしは早くに父を亡くしておるじゃろう。じゃから、なおさらだったんじゃろう」

 三代様がそう言うと、今度は千弦が話し始めた。

「実は、静が生まれる前、三代様が過去に封印してくださった悪しき妖が、この神社から逃げ出してしまったのです。そのせいで、このあたりでは悪さをする妖が増えてしまい、静はそれらを祓うために陰陽師として働いてくれていたんです」

「東雲家が陰陽師やったっちゅう話は、実話なんや。ただ、平安時代から東雲家は霊力に恵まれる子が徐々に生まれへんようになってしもうてな。それで、陰陽師やったってはなしは伝説みたいになってしもうててんや」

 俺は二人の説明に絶句した。

 まさか、母さんがこんな大変な仕事を俺に隠れてやっていたなんて…。

「なんや宗太郎、えらいアホな顔して。静はこの仕事を、お前と同じ高校生のうちからこなしとったんやで」

「は、はぁ~⁉ 高校生の頃から⁉」

「そうや。静はお前と同じ十七歳の頃から、お前を産んでから二十五歳で死ぬまで、怪盗狐火として活躍してたんや」

 おいおい、嘘だろ? 俺はてっきり、大人になってからかと…。それに、まさか母さんがそんなに長い期間怪盗として暗躍していたなんて、知らなかった。

 でも、冷静に考えたら俺が今みたいに無知なのも、仕方ないことだ。だって母さんは、俺が五歳の時に死んでしまっているわけだし…。

「弓弦、千弦。わしの代わりを頼んでくれてありがとうのぅ」

「はっ! 御白様、お礼などめっそうもございません」

 のそりと立ち上がった御白様に気づき、双子は俺からさっと身を引いた。そして、二人して背筋を伸ばす。

 御白様は俺のほうにゆっくりと近づくと、目の前にすとんと座った。そして、上目遣いにこちらを見上げた。

「宗太郎。いろいろ思いにふけることもあるとは思うのじゃが…わしがお前に頼みたいことはこれだけじゃ」

「は、はい。なんでしょう…?」

 俺は思わずごくりと唾を飲み込んだ。いったい、俺は神様に何をお願いされるんだ?

「おぬしに、これから悪しき妖である富嶽を倒すまで陰陽師として働いてほしいんじゃ」

「……え、えーーー⁉ それって、俺が母さんの後を継いで、陰陽師になるってこと⁉」

「うむ。言葉のとおりじゃが」

「ムリムリムリムリ! 俺なんかが陰陽師になるなんて、さすがに無理だよ!」

「いやいや、今さら何を驚いてんねん。話の流れからして、だいたい予想つくやろ」

「そうですよ、宗太郎。大声なんか出して、みっともないです」

 双子が俺を冷ややかな目で見てきたので、俺はムキになって反抗した。

「お前らは他人事だからそんなこと言えるんだろ⁉ 俺は普通の人間なの! 術とかも使えないんだよ?」

 自分で言っていて、俺は俺自身の意見に大いに納得した。

「ハァ~。お前、高校生のころの静とはえらい違いやな。あいつは二つ返事で、御白様を守るためならやりますって言っとったのに…」

「…えっ、そうだったの?」

「ええ、彼女はとても勇敢な女性でした。それに、静は千弦にもすごく優しかった…」

 千弦はそう言うと、遠い目をして少し寂しそうに微笑んだ。もしかしたら母さんのことを思い出しているのかもしれない。

 ん? いや待てよ?

「じゃ、じゃあ聞くけど! 母さんはどうやって陰陽師をやっていたんだ? 俺、母さんが悪霊とかを祓っていたところなんて見たことないんだけど…」


「それにおいては心配せずとも大丈夫じゃ。陰陽術を使えば、悪霊を祓うなんて朝飯前。空を飛ぶのも姿を消すのも、みんな簡単にできてしまうからのぅ」

「お、陰陽術…?」

 なんだそれ…? そんな言葉、初めて聞いたぞ…?

「御白様の言う通りや。。静はそれに関してはそのへんの陰陽師よりもかなりの術の使い手やったし」

「それに、式神の力が強ければサポートもしてもらえますしね」

 なんだなんだ? 今度は式神? ああもうっ、さすがにこれ以上の情報は処理しきれないよ!

「これこれ、二人とも。我らにとっては豆粒ほどの情報量でも、宗太郎はすでに頭がいっぱいのようじゃ。これ以上、余計なことは言わなくてよいぞ」

「あっ、そうか…。人間と俺らじゃ頭のつくりが違うもんな…。ごめんな、宗太郎」

 弓弦は心から申し訳なさそうな顔をすると、珍しく素直に頭を下げた。

「あっ、うん…」

 なんだろうこの、軽く馬鹿にされた感…。謝られたのに釈然としないなぁ~。

「というか、あまり長話はできんようじゃ。そろそろ、宗太郎の言う約束まで時間が迫ってきておる。じゃから、ここからは最大限手短に話そうかの」

 御白様はそう言うと、部屋の隅にあった漆塗りの、背の低い台の方に目を向けた。

 すると、そのテーブルはふわりと浮き上がり、俺の目の前にすとんと着地した。

「うわっ、すごい! 魔法みたい!」

 俺がつい小さな子どもみたいに歓声を上げると、御白様はふわりと笑った。

「ふふふ。驚くのはまだ早いぞい」

 御白様はどこから取り出したのか、白い扇子を右手に持つと、漆塗りの台の上をコツンと叩いた。その瞬間、浦島太郎の玉手箱みたいな箱が台の真ん中に現れた。まるで瞬間移動してきたみたいだ。

「宗太郎。この箱の中にはのぅ、わしが選んだおぬしの式神候補の妖が入っておる」

「俺の…式神…?」

「そうじゃ。じゃから、ここにかけられた封印をおぬし自身の手で解き、その妖と今から契約を結ぶのじゃ」

 御白様はそう言うと、俺の目をじっと見つめた。

 不思議だ。この目を見ていると、何が何でも彼の言うことに従わなければと思ってしまう。

「わかりました。この赤い紐を解けばいいんですか?」

「そうじゃ」

「は、はい。承知しました……じゃあ、行きます!」

 俺はドキドキしながら黒い箱にかけられた、細い紐の蝶々結びを解き始めた。

 それにしても、この中に入っている式神って、どういう姿をしているんだろう? 俺が前に友達に借りた漫画にも式神みたいな存在が出てきたけど、それは動物の姿をしていたような…。っていうか、陰陽師のパートナーである式神との出会いが、某モンスターゲームの最初の場面みたいな感じで大丈夫なのか?

 そんなことを考えながら、固く結ばれた結び目をなんとか解き、箱を開けようと手にかけたその時。

「ちょっとお待ちください! 御白様、その箱はもしやあやつを封印した箱では…⁉」

「な、なんやて! それはあかんっ! 宗太郎っ、その箱は絶対に開けるな!」

「えっ…⁉」

 何かに気づいた様子の双子が、真っ青な顔でそう叫び、俺の手を抑えようとした。

 でも、時すでに遅し。

 俺が蓋を開けるよりも早く、箱の中から鋭い爪がついた両手がにょきっと伸びてきたのだ。

 突然現れた手は蓋をつかんで勢いよく天井まで撥ねのけると、中から大きな物体が勢いよく飛び出てきた。

「うおおおおおおおおおおおおおお‼ 久しぶりの外だぜえええええええええ! ひゃっほうううううううううう‼」

 そう叫びながら出現したのは、ふさふさした狐の耳を生やした、俺と同じ年くらいの男だった。

 そいつは、金色のぼさぼさの長い髪の毛に、髪の色よりも少し濃い黄金色の瞳をしていた。

 それに、目の下には動物のヒゲを連想させるような、三本の線が赤い絵の具で描かれている。いや、描かれているんじゃなくて、生まれつきあの模様が顔にあるっぽい。

 黄色い着物の下に漆黒の袴を着た妖は、天井から床へ、床から壁へと叫びながらあちこち走り回った。

「御白様、早くこやつを止めなくては! またどんな悪事をしでかすかわかりませんよ⁉」

「千弦の言う通りやで! そやから、早く我らに命令を!」

 双子は部屋中を飛び跳ねる妖を見て、あたふたしながら御白様を見た。

「その必要はない。これ、燐牙(りんが)牙。ちぃと静かにせんか」

「ぐへっ‼」

 御白様がそう言うと、天井を蹴って移動していた途中の妖は、突然俺の真横の畳に叩きつけられた。

「いってぇ~! お前、この俺様に対してなんてことするんだよ!」

「黙れ九尾! お前なんかすぐに封印したるわ! ささ、御白様。早よ俺に命令してください!」

 地面にへばりついた格好の妖を、弓弦が仁王立ちして睨みつける。

 双子は御白様の前に立ちはだかり、明らかにこの妖を警戒していた。

「二人とも、下がらんか。わしは何も手違いで、燐牙の封印を解いたわけではないのじゃぞ?」

「し、しかし…! こやつは平安の世から人々を困りに困らせた、世紀の大妖怪、九尾なのでございますよ⁉」

 千弦は御白様を必死で説得した。

 平安の世? 世紀の大妖怪?

 おいおい、それってめちゃくちゃ危ない妖怪なんじゃないのか?

 俺は目の前で畳の上に寝転がっている妖怪をじっと見た。御白様と同じく、こいつも狐みたいな耳がついていること以外は、俺と同じ年代の男子に見えるからあんまり怖くは見えない。

 けど、なんだろう。こいつから感じられる霊力は今までに感じたことのない不思議なものだった。まるで、何か幻覚でも見せられているような、ずっと近くにいると乗り物酔いしそうな感覚がする。

「それはわしも存分にわかっておる。じゃが、今の宗太郎には、式神としてこやつの力が必要なのじゃ」

「そうは言いましても…」

 御白様が諭しても、双子はあんまり納得がいっていないようだった。不服そうに口をつぐんでいる。

 すると、妖はふさふさした耳をピクリと動かすと、さっとその場にあぐらをかいた。

 そして、唸るように言った。

「ちょっと待て! おい、そこの坊主。さっき、俺様を誰かの式神にするなんていう、とんでもねぇことを話してるのが聞こえたんだけど。まさか、そんなことを正気でやろうってんじゃないだろなぁ?」

「なっ、この無礼者‼ 御白様に対して坊主などと…どの口が言っているんですか⁉」

 妖の失礼な態度に、千弦の顔が怒りでどんどん赤くなっていく。

 うわぁ、この場面、すごい既視感…。さっきの俺と同じことじゃん、この妖怪。

「ふふふ。わしは神様じゃから嘘はつかぬよ。さっき言っていたことは本当じゃ。今からお前は宗太郎の式神になってもらう」

「な、なんだと…!」

 隣にいた妖怪は、とたんに目に鋭い眼光を宿した。そして、あぐらをかいたまま背中を丸め、畳に両手をつく。すると、そいつのぼさぼさの髪の毛は、まるで喧嘩中の猫みたいに逆立ち始めた。

「お前、俺様を馬鹿にするのも大概にしろよ。そうじゃないと、お前の全身を喰いちぎってやる…!」

 妖怪は鋭い犬歯を剥き出しにして、御白様を真正面から睨みつけた。

 おいおい、この状況、なんかヤバくないか? 

 俺は今にもバトルが始まりそうな展開に、きりきりと胃が痛む思いがした。

「弓弦、千弦。少し下がっておれ」

 御白様は穏やかな声でそう伝えると、そっと妖怪に近づいた。

「燐牙。おぬしはわしに傷一つつけることはできぬよ。なにせ、おぬしを封印したのはわしじゃからな。わしは、おぬしの何倍も強い。自分よりも強い相手に喧嘩を売るほど、おぬしの脳みそはすっからかんじゃったかのう?」

「うおおおおおおおお! お前、俺様のことを馬鹿にしやがってぇ…!」

「ちょっと御白様、そんな挑発するようなこと言ったらまずいだろ!」

 俺は思わずそうツッコむと、妖怪は俺の方をギロリと見た。

 や、やばっ! 俺、余計なことしちゃったかも⁉

 でも、妖怪はそんな俺にかまわずに、すぐに前を向くと、目にもとまらぬ速さで御白様に殴り掛かった。

「御白様!」

 千弦の悲鳴が部屋中に響き渡る。

 俺も彼女と同じ思いで、この後起こるはずの惨事を想像し、思わず目を瞑ってしまった。

 でも、御白様がやられた気配は少しもない。恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景があった。

「く、くそっ! なんでこの坊主に俺様の手が届かねぇんだっ…!」

 御白様の言葉の通り、妖怪は傷一つつけるどころか、彼に触れることすらできていなかった。

 妖怪の振りかざした腕は空中でとどまり、鋭い爪が御白様の顔に触れる寸前で停止している。

「これでわかったじゃろう? おぬしはわしには勝てん。じゃから、諦めろ」

 御白様は涼しい顔をしながら、人差し指で妖怪の額をとん、と突いた。

「ぐわっ…⁉」

 すると、妖怪は後ろの壁に背中からぶつかるようにして勢いよく吹っ飛んだ。ちょうど妖怪がぶつかったのは巨大な本棚だったので、衝撃で上の棚から古い書物が何冊か落ちてきた。その書物が、妖怪の頭にクリティカルヒットする。

「うぐっ!」

 妖怪は涙目になりながら御白様をしたから睨んだ。

「はて? 少々力を使いすぎたのかの?」

「御白様…!」

 余裕しゃくしゃくな御白様の姿に、双子はうっとりと歓声を上げた。

 でも、それは俺も同じだった。はたから見れば小学生男子が高校生男子に喧嘩で勝った後継を眺めているようなものなので、俺にも御白様はめちゃくちゃかっこよく見えた。さすが神様だわ‼

「くっそ~! 俺様がこんな醜態をさらす羽目になるなんて…!」

 妖怪はさも悔しそうな表情をしながらなんとか立ち上がると、よろよろとした足取りで俺の隣に戻ってきた。

「わかったよ。俺様だって、ほかの低級妖怪とは訳が違うんだ。自分より強い奴には不本意だけど従わせてもらう……この反応で満足かよ?」

「ふむ。おぬしは理解が早くて助かるわい。じゃあ、わしがさっき言ったように、おぬしが宗太郎の式神となるために儀式をしようかのぅ」

 御白様がそう言うと、彼の手元に突然見覚えのあるものがぽんと現れた。

「ああっ、それって、俺が今朝本殿に置いてきた髪の毛‼」

「そうじゃ。これを今から燐牙に飲んでもらう」

「飲んでもらうって……はぁ⁉」

「おい、ちょっと待て! 俺様、坊主じゃなくて、この存在感の薄い根暗野郎の式神にならなきゃいけねぇのか⁉」

 は? 根暗野郎? それって俺のことか⁉

 俺はバッと妖怪の方を振り返ると、妖怪も俺の方を見ていた。視線がぶつかり、火花が散る。

「ふっ、ふざけんな! 何が根暗野郎だよ! 俺は全然根暗なんかじゃないし!」

「うるせぇな! 俺様はてっきり、坊主の式神になるのかと思ったんだよ! 坊主は俺様より強いからな。俺様は強い奴の言うことは聞く主義なんだ。でも、お前からは全然強さが感じられないっ! やだやだっ! 俺様、やっぱり式神にはならね~っ!」

「二人とも、黙らんか」

 氷のように冷たい御白様の声が脳髄まで沁み渡り、俺は冷水を浴びせられた心地がした。

 それは妖怪も同じだったようだ。彼も獣耳をしゅんとしおれさせて、その場で固まった。

「燐牙。わしの名前は御城じゃ。宗太郎ではない。まずそれは覚えておくれ」

「…はい、名前間違えてすんませんでした…」

「そして、わしはおぬしが嫌がることは想定済みじゃ。じゃから、もしこの件を引き受けてくれるなら、おぬしにとって都合の良い条件を出そう」

「へっ、ほ、ほんとか⁉」

 妖怪はぱぁっと顔を輝かせて、御白様を見上げた。

「そうじゃ。もしおぬしが宗太郎の式神になってくれるなら、本当の意味での封印を解いてやろう。今のおぬしは、まだ完全に封印が解けているわけではない。おぬしはわしが指定した場所しか行けぬ体になっておる。それに、おぬしの妖術にも一部制限をかけてあるのじゃ」

「なんだと⁉ 俺様、そんなの許した覚えはねぇぞ⁉」

「ふふ。おぬしの希望など知ったこっちゃないのじゃ」

 御白様は弓弦を真似したのか、少しぎこちない関西弁でそう言った。

「まぁ、それは良いとして。おぬしが宗太郎の式神として活躍し、わしの言う通り動いてその目的が達成された暁には、わしの手でお前を本当に自由にしてやろう。どうじゃ、これで少しは式神になる気にはなったかえ?」

 御白様…それって取引っていうよりかはただの脅しなんじゃ…。

 俺がそんなことを思っていると、御白様は俺に向かってこっそり「しー」と内緒のポーズをした。もしかして、俺の思考読まれてる⁉

「…わかった。本当に、俺様がこの根暗野郎の式神になって、なんか目標が達成できたら、俺様を自由にしてくれるんだな? まさか、嘘ついてるなんてこと、ないだろうな?」

「まさか。わしは神様じゃぞ? 神様は嘘はつかぬよ……まぁ、時と場合によるけど」

 えっ、今小声で「時と場合によるけど」って言ったけどこの神様!

「わかった! しかたねぇなぁ、そう頼まれちゃあ、それなら俺がこいつの式神になってやんよ! おい、根暗野郎、これから仲良くやろうぜ!」

 妖怪は御白様の最後の一言が聞こえていなかったのか、取引をあっさりと快諾した。

 俺は妖怪に無理やり肩を組まれながら、なんだか微妙な気持ちになった。

 もしかしたらこいつ、結構アホなのかもしれないな…。いや、絶対アホだな。

「おいっ、根暗野郎! ぼさっとしてないでなんか返事しろよ!」

「うるさいなぁ、俺は根暗野郎じゃなくて宗太郎って名前があんの! わかったか、妖怪?」

「ふぅん、お前、そうたろーって言うのか! よろしくな!」

 いや、さっきから何回も呼ばれてるんだけど! こいつ頭の容量大丈夫か⁉

「そうだ。そうたろー、俺様の名前は燐牙だ! だから、燐牙って呼ばないと殺す!」

「へっ⁉ 急に物騒なこと言うなよ! わかった、燐牙だな。これからはそう呼ぶようにするよ…」

 名前で呼ばないと殺すって、怖いな! こいつ、俺よりも明るい声してて無邪気な感じなのに、やっぱりこういうところから悪の妖怪って感じが滲み出てるな…。

「それじゃあ、手短に儀式を済ませるぞい。では宗太郎。燐牙をおぬしの式神として認めると誓うか?」

「えっ、あっ、これなんて答えればいいの?」

「そこは普通に、はい、誓いますでいいんじゃよ」

 え~、なにその新郎新婦のセリフみたいなの! 俺、こんなやつと結婚式みたいな真似事なんかしたくないんだけど…。

 でも、俺はそんあことを思いながら渋々返事をした。

「はい、誓います」

「燐牙。おぬしは宗太郎を主として認めると誓うか?」

「おう、誓うぜ」

「では、これを」

 御白様は俺の髪の毛を、燐牙の前に差し出した。そして、それにそっと手をかざした。

 すると、一本に縛られた俺の髪の毛はあっという間に青い炎で包まれた。

「うわぁっ、何事⁉」

「おっ、なかなかうまそうな炎じゃねぇか! そういえば俺、おなかぺこぺこなんだった。んじゃ、遠慮なくいただくぜ!」

 燐牙はそう言って素手のまま炎を手づかみすると、魚の踊り食いでもするみたいに、一瞬でそれを飲み込んでしまった。

「おおお! なんだこれ、すっげぇ妖力が高まってきた気がする…!」

「そりゃあそうじゃろう。東雲家の髪には、普通の人間とは違ってたくさんの霊力が秘められておるからのぅ。特に、十七歳を境に切ったものは、格別なんじゃよ」

 御白様はそう解説しているうちに、燐牙の全身が青い炎に包まれたので、俺は悲鳴を上げた。

「今度は何が起こってるんだ⁉」

「今は宗太郎の一部が燐牙の体に取り込まれることで、陰陽師と式神の契約が結ばれている最中なのじゃ」

「な、なるほど…?」

 俺は燃え盛る燐牙を見つめながら、曖昧に返事をした。

 炎は徐々に小さくなっていき、燐牙の体から消え去った。

「う~ん、うまかった! なんか、すっげぇ元気になった気がする!」

 燐牙は満足げな顔でう~んと伸びをした。

「そ、そうか。それは良かったな」

 自分の髪の毛がおいしかったって言われるのって、すっごく複雑な気分だな。燐牙は嬉しそうだけど、俺は微妙な心境だよ。

「よし。これで契約は完了じゃな。はぁ、本当に長かったわい」

 御白様は大きなあくびをすると、眠そうに目を擦った。

「お疲れ様でございます、御白様」

「ほんまに、今日はえらい働きはったわ」

 さっきまで一言も話していなかったので、俺はすっかり双子の存在を忘れていた。

 そうだ、二人もずっと俺たちの儀式を見守っていてくれたんだった。

「ともかく、無事に終わって良かったのじゃ。では、おぬしと燐牙をもとの世界に戻さんとのぅ」

「へ? ちょっと待って、俺はわかるけど、なんで燐牙まで戻すんですか?」

「なんでって、そりゃあ陰陽師と式神はいつでもセットやろ」

 いつでもセットって…。

「え、まさかそれって! 俺、これからずっとこいつと一緒にいなきゃいけないの⁉」

「その通りじゃ。安心せい、宗太郎。燐牙の姿は一般人には見えんよ。じゃから、こやつが何をしようとおぬし以外にはわからぬからのぅ」

 いやそれはそれで問題な気がするんだけど!

 うわ~、まじかぁ。四六時中こいつと一緒にいなきゃいけないなんて…。

 俺は燐牙をチラリと見た。燐牙は何も考えていない顔でへらへらと笑っている。

 なんかもう、元の世界で何かをやらかす予感しかしないんだけど!

「なんだよ、そんなに俺様といるのが嫌なのかよ?」

 俺がよっぽど嫌そうな顔をしていたせいか、燐牙が不満げに俺の顔を覗き込んだ。

「いやっ、別にそういうわけじゃなくて…」

「宗太郎、別に彼といることがデメリットだらけというわけではありませんよ? 九尾はほかの妖よりも格段に強いため、そやつが宗太郎の近くにいれば、あなたの周りには低級霊や悪霊なんかが寄ってこなくなります」

 それは結構助かるかも! あの学校、なんでか知らないけど、最近やたらと俺にかまてくる霊が多いんだよなぁ。昨日もそれで襲われちゃったわけだし。

 千弦の何気ないフォローに、俺は心が少し軽くなった気がした。

「ふふん。この俺様がいるんだ。だから、安心しろよ。そうたろー」

 なんかこいつに守られるっていうのも腹立つけど、実際助かるだろうしなぁ。

「ありがと。でも、頼むから悪さだけはしないでくれよ?」

 そう言うと、燐牙はくるりと後ろを振り返り、わざとらしく口笛を吹き始めた。

 こいつ、絶対わざと俺の話を聞いてないフリしてるだろ‼ これから不安でしかないんだけど⁉

「…まぁいいや。すみません、御白様。とりあえず俺たちをもとの世界に戻してくれますか? 俺、もう学校に行かないと」

「そうじゃな。それではもとの世界に…」

「えっ、宗太郎。それ、本気で言ってますか?」

 突然千弦がドン引きする声がして、俺は戸惑った。

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