第7話 神様と狛犬とのご対面

「やぁ」

 俺が振り返った先には、なんと小さな子どもがいた。

 いや、子どもっていうには少し大きいかも。学年で言うなら、中学一年生くらいだろうか。

 その少年は、本殿から出っ張ったベランダみたいになったところの、床の上に立っていた。

「……ど、どちら様ですか⁉」

 俺は彼にそう問いかけるのが精いっぱいだった。

 そいつを一目見たとき、彼が人間ではないことが一発でわかった。

 そよ風に揺れる白銀の髪、そして同じく美しい銀色の目。肌はこの世のものとは思えないほど透き通るような白色をしていて、どこか儚げだ。

 服装は、白の狩衣に深い緑色の袴といったものだった。

「はぁ、やっとお主にわしが見える日が来たのぅ。この日を待ちわびておったわい」

 少年は見た目の幼さに似合わない老人口調で、俺に返事をした。

 な、なんだこの子? 本当に、なんで人間じゃないやつがここに入れるんだ?

 だって、ここは俺のご先祖様たちが普通の悪霊たちが入れないように結界を張ってくれている場所だ。だから、俺はこの神社の敷地内で妖を視たことがない。

 ということは、この子は悪霊ではないってことか?

「ん? なんじゃ宗太郎。なんで儂のことをそんなに不思議そうな顔で見ておるんじゃ」

「いや、えっと…。何度も聞くようで悪いけど、君は誰? っていうか、なんで俺の名前を知ってるんだ?」

 俺はまだ混乱気味の頭で、なんとかその少年にそう尋ねた。

「んお? ああ、そうか。まだお前には名を名乗っておらんかったな。儂の名前は…」

「ちょ、ちょお! 待たんかい御白(みしろ)様!」

「貴殿のように偉い方が、簡単に名乗りを上げてはいけませぬ!」

 突然乱入する声が聞こえて、俺は慌てて後ろを振り返った。そして、その光景を見て驚きのあまり絶句した。

 なんと、神社の本殿の前に構えている狛犬二頭から、もくもくと白い煙が上がっていたのだ。そして、その煙の中からバク宙を披露しながら、二人の少年少女が飛び出した。

「あんな、御白様。あんたのようなお偉いさんが、自分から大切な名前をこんな若造に教える必要ないんやで。そんなもん、おれらに任してくれたらよかったのに」

「そうです、兄者の言う通りですよ! そのような役目、我々双子にお任せください!」

 俺は突然現れた二人を呆気にとられていた。

 二人はさっきの少年よりは少し年上の中三くらいの年齢に見えた。

 関西弁でしゃべる男子の方は、紺色の髪と瞳をした容姿をしている。それに、白色の羽織に群青色の袴を履いていた。彼の髪の毛は顎のラインまで伸びており、中世的な顔立ちのせいかパッと見女子に見えないこともない。センター分けにした前髪からは何本か顔にかかってしまっており、それがやけに色っぽく見えた。

 そして、やたらと敬語を使う女子の方は、栗色の髪と目をしていた。

 彼女は淡い栗色の髪と目の持ち主で、双子の兄と同じく顎あたりまである髪の毛を下ろしたいわゆるショートボブだった。彼女のほうは兄とお揃いの白の羽織に、赤い袴を履いていた。まるで巫女さんのような恰好である。

「おい、そこのガキ」

 狛犬から出てきた少年は、俺を見据えてそう言った。

 へ、ガキ? いや俺、そう見てもお前より年上なんだけど…。

 そんなツッコミをする暇もなく、双子は俺のもとへと静かに歩いてきた。そして座り込んだ俺の前にペタペタと歩いてくる。よく見ると、二人は裸足だった。

「お前、御白様の前で座ったまんまとはええ度胸やなぁ。はよ立たんかい、あぁん?」

「へっ⁉ わ、わかったよ」

 少年の態度があまりに威圧的だったので、俺はその場から急いで立ち上がった。

 俺より年下に見えるくせに、怖すぎる。ちょっとでも女子みたいに見えるなんて思った数秒前の俺を殴りたい。

 すると、双子の男は俺の態度を見てふんと鼻を鳴らした。

「お前が名乗らせようとした御方はな、ここ白明神社の主神様、御白様や。そのことをよう覚えとけ」

「……え」

 俺は言葉を失った。

 ちょっと待て、うちの神社の神様って…。

 その神様が、あそこにいるあんなに小さな少年なのか⁉

 俺が何も言えないでいると、御白様は静かにこくりと頷いた。

「そうじゃ。わしがここの神社で祀られている神である」

「……ほ、本当なのか⁉」

「なんだと! 貴様、御白様の発言を疑うというのか! なんと無礼な!」

 俺がつい本音を言ってしまうと、隣に立っていた栗色髪の少女が俺を睨みつけた。

「これ、二人とも。久々に見えるものに出会ったからといって、あまり騒ぐでない。二人も、宗太郎のことは前々から知っておったじゃろう? わしらは以前から宗太郎のことを見守っておったが、こやつは今日初めてわしらを視ることができるようになったのじゃ。いきなりキツく当たるでない」

「す、すみません、御白様」

 少女は御白様に注意されると、しゅんとした。まるで飼い主に怒られた従順な犬のようだ。

「う……、でもなぁ三代はん。俺らこいつより年下に見えるやろ? だから最初から舐められへんように、ガン飛ばしとかなあかんと思ってん」

 双子の男の方は、うなだれつつも御白様に理由を話した。

「そうじゃったか。でも、お主らも宗太郎がいきなり馬鹿にしてくるような輩ではないと、修行風景を見てわかっておったのではないか? 宗太郎はたしかにすぐサボろうとする癖があったが、なんやかんやで掃除もきちんとこなしていたじゃろう?」

「…まぁ、そうですね。すぐにサボろうとしてばかりはいましたが…」

 俺は三人から視線を浴び、気まずくなった。

 なんだなんだ? この人(?)たち、今まで俺に見えていなかっただけで、ずっとこの神社で俺のことを見てたのか?

「つまらぬ意地を張るのはやめて、お主らも宗太郎に自己紹介せい。これではお主らのことを宗太郎がなんと呼べばよいのかわからぬではないか」

「…承知しました。おい、宗太郎。おれは白明神社の狛犬の左側の主、弓弦(ゆづる)っちゅうもんや。まぁ、これからよろしく頼むわ」

「私は白明神社の狛犬の右側の主、千弦(ちづる)です。兄者の双子の妹です」

「お、おお。よろしくお願いします…?」

 弓弦と千弦は二人揃って、俺に挨拶した。

 立ち上がって二人を対等に並ぶと、やっぱり俺のほうが十センチくらい身長が高い。

「ちょっと待って、狛犬って、そこにあるやつのこと? それが、君たちなの?」

「そうです。あなたはまだ信じられんのかもしれんが、狛犬にだってちゃんと私たちのような主が存在するんです」

 俺が困惑気味にそう尋ねると、千弦はえっへんと胸を張って見せた。

「なんにしろ、我ら狛犬の役目は、御白様に近づく邪気を追い払う最終兵器であること。もともとこの神社には結界が張られておるから、低級霊などがここに近づくことはできぬ。それでも、我らは万が一の時に備えて、御白様をお守りしているのだ」

「おい、宗太郎。俺らはちゃんと名乗ったんやから、お前も自己紹介せんかい」

「えっ、でも二人は俺の名前も知ってるんだよな?」

「それとこれとはまた別やろが」

 俺がそうやってきょとんとすると、弓弦は下から鬼の形相で俺を見上げた。

「うわっ、そんなに睨むなよ。わかったってば。俺の名前は東雲宗太郎。今日で十七歳になったんだ。よろしくな」

「さて、これでようやく自己紹介が終わったかの。はぁ、なんだかこれだけで少し疲れて詩もうたわい」

 御白様はそう言うと、ぐったりと本殿から出っ張っている柵にもたれかかった。

「大丈夫ですか、御白様!」

「そんなに心配せんでも、大丈夫じゃよ、千弦。じゃが、二人とも、宗太郎をもう一度本殿の中へ誘導してくれんかえ? わしにはもうあまり時間がない。今日主に姿を見せた理由を、さっさと説明しなくてはのぅ」

 すぐそばへと飛んで来た千弦に、御白様は優しく微笑んだ。

 今さらだけど、人ならざる者は基本的に自由に空を飛べるのが多い。どうやら、それは弓弦と千弦にも当てはまるようだ。

 御白様はよっこらせと体を起こし、「それじゃあ、あとはよろしく頼んだぞい。わしは先に本殿で待っておるからの~」と言うと、パッと姿を消した。

 瞬きが終わるころには、御白様の姿は消えていたものだから、俺は一瞬夢かと思ってしまった。けど、弓弦に乱暴に命令されて、それはすぐに夢じゃないと気がついた。

「おし、ほんじゃあ俺らも本殿に戻るで。宗太郎、ちゃんとついて来いよ」

「でも、本殿ってすぐそこじゃん。それくらい、誘導されなくてもすぐに行けるよ」

「あほんだら! それはあくまで人間界の本殿や。俺らが今から行くのは、御白様が作り出した神の域にある本殿やぞ!」

「神の域にある本殿…?」

 弓弦が言った意味を理解しかねていると、弓弦と千弦はさっさと本殿へと続く五段ほどの階段を上っていく。そして、入り口の前で立ち止まった。

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