第3話
鳥居を後にし、俺は神社の敷地内に入ると、本殿の左側にある壁沿いを歩いた。そして、その壁にちょこんとついている安っぽい木のドアを、カバンから取り出した鍵で開ける。
すると、そこには立派な日本家屋が建っている。
玄関までは綺麗に手入れされた松の木が並び、砂利の間に置かれた飛び石の上を俺は慣れた足取りで歩いた。
そして、カラカラカラ、と引き戸を開けると、奥にいる祖母に向かって軽く叫んだ。
「ばあちゃん、ただいま~!」
「おかえりなさい」
物腰柔らかな返事が返ってきて、俺はそれを聞きながら土間を上がる。
薄暗い廊下を進み、障子が開け放たれた居間に入ると、奥の台所で祖母が湯を沸かしているところだった。
「あら、そうちゃん。今日はいつもより早いわね」
「うん、まぁね。っていうかばあちゃん、そうちゃんって呼ぶのはいい加減やめてっていつも言ってるだろ~?」
「あら~、ごめんなさいね。だって、昔からこう呼んでるんだから、今皿変えられないじゃないの~」
ばあちゃんはそう言うと、「そうちゃん。帰ってきたんなら、お父さんとお母さんに挨拶を忘れちゃだめよ」
「わかってるって。手を洗ったら、すぐにするから」
ばあちゃんに言われた通り、俺は洗面所で手洗いうがいを済ませると、また居間に戻ってきた。そして、部屋の隅に置いてあるお仏壇の前に座る。仏具の鈴を二回鳴らし、俺はいつものように目を閉じて、父さんと母さんに手を合わせた。
俺の父さんと母さんは、すでに他界している。父さんは俺が小一の時に交通事故で、母さんは俺が五歳の時に病気で死んだ。
今、俺の面倒を見てくれている初枝ばあちゃんと邦匡じいちゃんは、母さんの両親だ。
もともと俺たちはこの五人でここに暮らしていたから、二人が死んだあと三人で暮らすことになっても、環境になじめないとかそういうことは一切なかった。
でも、父さんが亡くなった時も、実の一人娘である母さんが他界した時も、二人はショックが大きすぎたせいか信じられないくらい痩せ細ってしまった。それを見た小さい頃の俺は、このままだとじいちゃんもばあちゃんも死んでしまうと思って、なんとかして二人に生きてもらおうと必死だった。今は標準の体形にまで戻っているばあちゃんだが、特に母さんが死んだときは頬がこけ、今みたいに戻れる気配なんて微塵もなかった。
だから、俺は今もこうして二人が元気でいることに何より安心している。
父さん、母さん、二人は今日も元気みたいだよ。だから、これからも俺らのこと見守っててね。
俺は心の中で二人にそう語りかけると、目を開けた。
お仏壇の真ん中に飾られた写真の中の両親と、目が合う。笑顔の二人は俺を見て、「まかせて!」と言っているように見えた。
幽霊が見える俺だけど、両親の幽霊は二人が死んでから一度も視たことがない。二人とも、天国で楽しくやっているんだろう。
「そうちゃん、お茶が入りましたよ」
「あっ、ばあちゃん、ありがとう!」
俺がまだお仏壇の前で正座していると、ばあちゃんがタイミング良くお盆を運んできた。そして、お仏壇のすぐ近くにあるちゃぶ台の上に、淹れたての日本茶と、和菓子を置く。
帰宅してから五時になるまでの時間は、俺とばあちゃんのお茶会の時間だ。
俺は帰宅部だから、ばあちゃんとは毎日こうして熱々のお茶と、彼女がお気に入りの和菓子屋で買ってくるお茶菓子を楽しむことにしている。これは俺たち二人の大切な日課だった。
今日のお茶菓子はみたらし団子だった。俺は日本茶を一口すすってから、団子にかぶりついた。醤油の甘さが口いっぱいに広がって、とてもおいしい。さっき走ってきたせいでかなりお腹がすいていたので、生きかえる心地がした。
「ああ、やっぱり福屋の和菓子はどれもおいしいわね」
ばあちゃんも満足そうにそれを頬張っている。
「そうだ。明日はとうとうそうちゃんの誕生日ね」
ばあちゃんが思いついたように言ったセリフに、俺は思わずにやりと笑った。
「そうなんだよ! 俺、明日でようやく十七歳になるんだ。この鬱陶しい髪の毛とも、やっとおさらばできるよ」
俺は自分の結んだ髪の毛をぶんぶんと揺らして見せた。いや~、本当に長かった。さっきも説明したと思うけど、竜宮神社の宮司の後継者は十七歳になるまで髪を長い状態のままに保っておかないとダメなんだけど、その年齢さえ超えれば自由な髪型にできるんだ。
だから、やたらとシャンプーに時間のかかるこの長い髪の毛も、明日でおさらばってわけ。
今までず~っと好きな髪型ができなかったから、俺は明日を小さい頃から待ちどおしにしてきたんだ。
「でも、ばあちゃんちょっと寂しいわ。もう、そうちゃんの綺麗な長い髪の毛を見られないなんて。それももう、見納めなのね」
ばあちゃんはそう言うと、目を伏せてため息をついた。
「そんなこと言わないでよ。これからは、もっとかっこいい俺が見られるかもしれないんだよ?」
「う~ん、どうかしら…」
う~んどうかしらって…。それ、地味に言ってることひどくないか?
「って、あら。もうこんな時間。そうちゃん、そろそろ邦匡さんのところに行かないとまずいんじゃない?」
「げっ、本当だ。もう五時じゃん!」
俺は居間に置いてある大きな置時計を見て、ぎょっとした。
早く用意をしないと、修行の時間に遅れてしまう。
俺は慌てて残りのみたらし団子を全て口に入れると、湯飲みと皿を流しに置いた。
「ばあちゃん、俺、もう行ってくる!」
「はいはい。お団子、喉に詰めないように気をつけなさいよ」
「もごもご。わかった!」
俺はすぐに二階にある自室に入ると、押し入れの中に収納している白装束を取り出した。
修行をする時は、基本的にこの上も下も白の袴を着ないといけない決まりになっているのだ。俺はそれに慣れた手つきで袖を通し、ついでに今までかけていた伊達メガネも外した。
そして、髪の毛を改めて頭の高い位置でキツく縛りなおす。学校に行くときは耳よりも低い位置で結ぶようにしているけど、修行の時はできる限り髪が邪魔にならないよう、ポニーテールにしているのだ。
「よしっ!」
部屋の隅にある姿見で自分の姿を確認し、だらしのないところがないか念入りに確認する。
ちゃんとした格好になっていると認識できると、俺は神社の本殿へと急いだ。
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