第5話

戦争とはとても無駄なものだ。多数の命を無駄に消費して技術を培った古参兵を失う。古参兵や熟練兵とはとても貴重で得難い存在だ。その者達がいるだけで、作戦を行うにあたっての成功確率や生存率は大幅に向上する。

指揮官に課せられた最大の責務とは、その指揮によって必要な損害を最小でできるようにすることが肝心である。しかしどうだ、実際はそうはうまくはいかないのだ。

それを行うために軍隊には何が必要か。

私はこう考えている。内向きなる猛省と努力と。

集団生活において、伝染病が発生すればそれは一大事である。宿舎ひとつ、部隊一つを丸々使えなくなることもあるのだ。その伝染病の一つに、恐れを知らぬ蛮勇、というものがある。

恐れを知らぬ蛮勇は、決して、英雄的行為ではない。そして、それはたとえ結果が良くても、国民受けが良くても、何があっても処断しなければならない。

軍隊とは規律ある組織である。そこに個人は介入してはならない。

一個人の蛮勇によって、それが他の将兵に伝播した時、そこに軍隊としての規律はないのだ。

効率的に皆で最善を得る。一兵もその行為にずれることなく、目的に向かって戦う。

もし、軍隊に入りたいと思うのなら、英雄になどなりたくない、という気持ちを持つことだ。そして、隣の仲間に、指揮官に、部隊に、軍隊に、国家に、国民に、支えられているという気概を持って職務に励め。それが、君を、君達を、強くするのだ。

そして何より、それを失ってはならないと心に刻め。これだけはどんな時も失うな。

隣の仲間を失うな。

指揮官を失うな。

部隊を失うな。

軍隊を失うな。

国家を失うな。

国民を失うな。

諸君等は士官学校を出たばかりだが、研修後は上級課程を経て、徐々に我が国の国防の中枢へと入り込んでいくだろう。だからこそ、決してこれを忘れるな。以上である。

士官学校あがりの新人が研修で師団へ来るたびに私はこれを話しては理解させる。まぁ、理解しないものもいるし、その考えを嘲笑うものもいる。だが、この考えが浸透してくれれば、どんな時でも、良い結果を得れると信じている。

この話をするとカストールが戯言を言っていると言われるが、私は本気である。

これだけは誰にも譲れないし、誰にも譲ることはできない。

守るべきものを守れないなど、軍隊にあってはならない。

常に勝利を、それは、常に状況を変えないこと、どんなことがあっても変えられないようにすることだ。

変化をしながらも、現状を常に維持し、これを持って勝利とする。

これこそが、平時の軍隊のあるべき姿だ。そして戦時には、速やかに戦争を終結すべく闘う。長引かせてはならない。長引かせないための訓練なのだ。

平時の勝利ほど難しいものはない。

戦わない勝利を常に求めよ。

そして何を勝利とするか考えよ。

戦うカストールであっても、私はそれを考える。それが私の目指すべき部隊である。

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カストールの憂鬱 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

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