第4話

さて、師団長として訓練にも明け暮れるが、偉くなれば偉くなるほど、書類と格闘もせねばならない。部下の訓練に付き合いながら、私は要所要所で書類と格闘した。ゴグも同じ様に同じ部屋で格闘している。私は本当に良い副官に恵まれた。

驚いたのだが、彼は文才もあって情けない話ながら私が苦手な文面を作成するのを補助してくれている。師団司令部は男女共に体力だけはある。しかし、体力だけでは勝ち抜けない。

参謀本部へ出頭した折にガード憲兵中将と話をする機会があった時であったと思うが、その際に憲兵学校を見学してみないかと誘われたので、ゴグを伴って見学をさせてもらった。

基地の近くにある憲兵学校で歩けば2時間ほどで行けることが分かったので、気晴らしの散歩も兼ねて叩き出された時と同じ装備を身につけ、私とゴグは歩いた。自然の音を聞きながら散歩ができるこのありがたい時間に私は日頃の疲れを癒すことができ満足できた。

出迎えた校長に荷物を預けて、私は早速、教室などを見てまわった。その中で特に気になった部隊があった。それが第8訓練中隊である。節々で他の中隊と比べて妙にやる気がない様に感じられたので、私は引率の教員へと彼らはどうしてやる気がないかを詳しく聞いてみた。教員は嘲笑いながら平民部隊ですのでといって言葉を切った。これには私は心の中で憤慨した、うちの師団であるなら、ぶん殴って懲罰房へと連行し、徹底的にその腐った根性を叩き直してやる所であるが、いかんせん、部隊が違いすぎるので、思いっきり殺気を込めて睨みつけてやる。怯える程度の知能があることが幸いであった。だが、どうにも気に入らなかったので、2日後には彼をウチの師団に転属させてしごいた。うむ、はやり、きちんと正すべきことを正すのは気持ちが良い。それに彼のためでもある。この先、貴族だ、平民だとやっていては戦闘で協調が取れず敗北をする恐れがある。負け戦は許されないのだ。

「諸君、カストール大佐である」

あ、言い忘れていたが、戦時昇進で少佐より大佐へと昇進した。同じような昇進を現当主もしているので、私はどうにか次期当主としても及第点を得ることができている。だが、忘れてはならない。私は居ただけであり、その昇進は大切な部下の頑張りによってなし得ることができたのである。慢心してはならない。部下を信頼し、部下に信頼されることこそ、指揮官の誉である。

「諸君の授業を見学させて貰う。よろしく頼む」

敬礼を向けててはくるが、彼らの敬礼からは全く覇気もなければ、敬意も感じることができなかった。これは大変な問題である。もはや、危険な病気と言って差し支えない。

その中にズーヌ少尉と言う者がいた。私が何気なく書いた文章を見て深いため息を吐くと、その場で赤ペンで修正をして差し出してきた。

「この文章は間違っています」

「ほぅ」

私はそれを見て確信した。こいつは良い拾い物だと。上官に対しても文句を言うことはできるが、的確に、そして、実際の証拠を元にして指摘をしてくる者は優秀である。まぁ、場を選ぶべきとの意見もあるだろうが、私はこのやり方が好ましい。

「そうか、ズーヌ少尉、私は貴族だが」

わざと意地悪い質問をしてみる。

「軍人である以上、そしてこの場にいる以上は、同じであると考えております」

無表情で返事を返された。少し諦めが入っている返事の様にも聞こえるのが癪に触る。貴官は良い指摘をしたのだ。胸を張りその意見を述べるべきだ。そして、この学校ではそれは無理なことも私は悟った。

「素晴らしい!気に入った!」

「え!?」

ぽかんと口を開けたズーヌ少尉の声に大教室にいた中隊全員の動きがぴたりと止まる。まるで時が止まったかのようである。

「よし、貴族の我儘という奴を見せてやる」

ゴグに耳打ちをして校長室へ伝令にやると共に私はその場で大声で怒鳴った。

「貴様達は直ちに学校より叩き出される」

そういうと何人かが殺意の視線をこちらに浴びせ、数十人が泣き崩れた。ズーヌ少尉は呆れ果てたという顔つきで私睨みつけている。

「その後、直ちに、私の師団の配属となる。諸君らは優秀であると私は感じた。しかし、ここではその処遇ゆえに正しい資質を身につけることもできまい。我が師団へ来い、いや、来るべきである。」

全員が声を失っていた。全ての目がこちらを見ている。しかし、その目には先ほどまでの絶望の色は見えていない。明るい笑みを溢すものさえいるではないか。

「私はカストールである。貴族だろうが、平民だろうが、気にしない。勝てる人間であることを求めている」

「しかし、我々は任務が違います。憲兵となるべく、自ら望んでこの学校におりますので、それは難しいです」

ズーヌ少尉はそう言ってくる。確かに戦闘兵として迎え入れるには違いする。

「最もな指摘だ!だから、諸君らは師団の憲兵中隊にそのまま配属される。そこで学ぶのだ」

「はぃ!?」

「いいか、座学も大切である。しかし、将来を見よ、そのままで任官しても使い物にならん。我が部隊にはミーシャ少佐が率いている憲兵中隊がある、貴族だろうが、平民だろうが分け隔てなく、憲兵として業務に当たっている。貴官らはそこで学ぶのだ」

ミーシャ憲兵少佐は実に素晴らしい考えの持ち主で、貴族だろうが、平民だろうが、分け隔てなく、取り調べて牢獄へぶち込む。取り調べは実に過酷で、罪を取り調べる訳でなく、幼い過去まで遡って、いわゆる黒歴史を暴き、その恥ずかしい部分を徹底的に抉り出してくる。そうすると犯した罪について犯人は自供するのである。

恐ろしい取り調べ方法として、ミーシャの48時間チャレンジ(だいたいが48時間で落ちる)として教科書にも掲載されたほどだ。

「あのミーシャ少佐に」

「うむ、来たいものはすぐに荷造りをせよ。そして正門前に整列せよ」

結果として全員が正門前に整列した。私は満足し、校長は平民を厄介払いできたことに満足し、歩いて基地へと帰還した。この校長は後日ミーシャ少佐に摘発させた。

その数日後には書類との格闘は当番制に来る憲兵中隊の兵によって、画期的なまでに改善されることとなった。

だが、私の書く文章は今だにズーヌに添削されては差し戻されている。あいつは素晴らしい男だ。一文字の乱れも許さない。

彼ら憲兵中隊は研修後にミーシャの申し子として任務についている。

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