12話 無くしたものを探して(下)

 ―二日後

 今日は随分と薄着で来た。まだまだ春なのではあるが、アートデルフではイスカリアよりも暖かい。夏くらいの気持ちで行こうと考えたら、思いのほか薄くなってしまったのだ。

「前来た時はびっくりするくらい寒かったもんね・・・」

 前見た時は駅の屋根にまだまだ雪が積もっていた気がする。

 チケットを先に取り行こうと思い、待ち合わせ場所から少しだけ離れた。すると

「あ、いるじゃないですか」

 キルケアがチケットを購入していたのだ。

 キルケアが出てきたのを確認してから、話しかけに行った。

「キルケアさん!」

 呼ぶと、キルケアは振り返った。

「やぁ、早かったね」

 と挙げた手には二枚のチケットが握られていた。私はそれに驚いて言った。

「私の分も買ってくれたんですか?!」

「そうだよ」

 急いで財布を出して、一万セタ札を二枚差し出すと、それをキルケアは律した。

「いやいや、付き合ってもらう方なんだし、チケット代は僕が持つよ」

 手をブンブンと横に振った。

「なんだか悪いですよ。せめて特急券代だけでも受け取ってください!」

 そう言って無理やり一万セタを押し付けた。

「そ、そうかい?じゃあ受け取っておくよ」

 かくして、私たちは汽車に乗り込んだ。

「流石に下り線は少ないね」

 休日であるにも関わらずだ。私は頷く。

「上りは避寒地からの帰り客で賑わいますけどね」

 アートデルフは避寒地として有名だ。逆に避暑地として有名なのは、私の生まれ故郷であるクラスハウンなのだが。

「連休でもないのにアートデルフまで行くのも僕たちくらいだろうねー」

 自嘲的に笑ってみせる。

「仕事目的でも、普通は上りですしね。あ、でも出張帰りの人は使うかもですよ?」

「それはあるかも」

 そういえば久方ぶりに列車の中で会話をしている気がする。

 セントラル・イスカリア駅を発つのは午前八時。到着予定時刻は十二時と、前回よりも早く到着する見込みだ。イスカリアの積雪の影響があって一時間遅く見積もっていたらしい。

 出発して早一時間。世間話とかなんでもない会話をしているうちにキルケアはぐっすり寝てしまった。

「寝ちゃったね師匠・・・」

 寝ているのをいいことに嫌がっていた師匠呼びをする。すると

「・・・ししょーって、よぶなぁ・・・」

 いい歳して、寝言で師匠呼びを否定するのは、少し微笑ましかった。

 なんやかんやで私も眠くなってきたので、窓にもたれかかってぐっすり眠ることにした。


 __________

 もはや日常茶飯事と化した睡眠からの夢見は今回は起こらなかった。ビックリするくらいリラックスしていたからだろうか。それとも・・・

 それは今悩むことではない、と私は首をふるふると振った。

 そんなこんだであと三十分というところまでやってきた。やはり田舎なのはそうなのだが、地方が違うとこうも街並みは変わるものなのだな、と実感させられる。というのも、気候が変われば文化も多少は変化するのだ。

 まだ、寝起きのしょぼしょぼする目で窓の外を眺めていると隣に座っていたキルケアがゆったりと目を覚ました。

「うーん・・・おはよー」

 腑抜けた声でそう言う。私もどこか抜けた声で「おはようございます」と返した。

 すると汽車の咆哮が鳴り響き、寝起きの私たちを目覚めさせた。窓をガシャりと上げて、少し身を乗り出した。心地いい風になびかれて汽車の進行方向に目をやると、そろそろアートデルフが望める頃合いだ。

「久しぶりのアートデルフか・・・」

 アートデルフ地方主要都市アートデルフ。そこは美しい大海に面したアルトラス共和国きっての観光都市。戦時中であっても人々の心の拠り所であり続けた街だ。

「そのせいか、アートデルフ人は頭がお花畑だとか言われたことはあったけどね」

 キルケアは微笑して言った。

「まぁなんだかアートデルフ人って、のほほんとしているイメージですもんね」

 みんながみんなそういうわけではないとは思うが、全体としてはそういう感じだろう。

 アートデルフの街に入る前になると汽車は静かに減速を始めた。セントラル・アートデルフ駅はかなり駅のど真ん中にあるのだが、街に入ってからそこに至るまでにはあまり時間がかからない。

 汽車がまたひとつ唸り声を上げるとプラットホームに入り、その足を止めた。

 私たちは下車した後、キルケアの案内でアイギス宅へと向かった。

「ほんと美しい街ですね。同じ港町でもクラスハウンとは違ったものを感じます」

 太陽の光が漣立つ海面に反射してキラキラと輝く。それは見る人の心を見事に掴むものだ。

「僕たちはあえて山の中を選んだわけだけどね」

 キルケアはその海を眺めながら苦笑いした。

 歩き始めて既に三十分は経っているような気もする。そこでようやく私は気がついた。

「キルケアさん・・・歩くの遅すぎません?」

「そうかなぁー」

 微妙な表情をしてから周りを見る。

「みんなと同じくらいだよ?」

 うそでしょ、と私も周りを見渡す。

「まさか、ここの街の人って揃いも揃ってのんびりしてる?!」

 小声で驚きの声をあげた。

「だから頭がお花畑って言われるんだよね」

 そう言うキルケアの顔も心なしか間抜けに見えてきた。頭をブンブンとふって目を覚まさせると、そうは見えなくなっていた。

「みんながみんな忙しいよりはマシ、なのかな・・・」

 なんだか納得はいかないが、こののほほんオーラというのは伝染するものらしく私も、これでいっか、なんて思ってきた。

 さらに十分経過して、ついにアイギスの家の前まで来た。

「どう言って会うつもりなんですか?」

 ふと気になったので、ふわっと尋ねてみた。すると沈黙が漂う。

「考えてなかった」

 満面の笑みで言った。

「満面の笑みで言ってる場合じゃないですよぉ?」

 呆れながらダラっと言う。私はキルケアに少し笑みを浮かべて提案する。

「ま、あまり考えることもないと思いますけど」

 キルケアは驚いて言う。

「そうかい?」

「ええ。自然に話せばいいと思います」

 特に理由もなく言っているのだが、なんとなくそれでいい気がするのだ。

 キルケアは少し考えてから頷いた。

 ノッカーをコンコンと二つきして、二歩下がる。数秒待つと、ドアが開き女性が現れた。

「久しぶり、クレア」

 キルケアがそう呼んだ女性はかなり驚いて言った。

「キルケア?!久しぶりじゃないの!それで、そちらの方は?」

 クレアは驚いた後に私の方を向いて尋ねた。歳のいい奥方に対してであるのでカーテシーをしようとしたのだが、随分と薄い服装で来ていたがためにそれができなかった。なので、普通にお辞儀で済ませようと思う。

「お初にお目にかかります。ペネロペ・トランスリバーです。キルケアさんの付き添いできました」

 クレアは「まぁ!」と再び驚いた。

「平和の女神と言われた外務大臣さんね?」

 私は少し照れてしまった。

「あ、あはは。やっぱりその二つ名で浸透しているんですね」

 クレアは頷く。

「そうよ。せっかくなんだしお話も聞きたいわ」

 クレアは興味深そうに私を見て言った。

「もちろんです」

 笑顔で応じた。次にキルケアに向けて言った。

「あの子のことで来たのね」

 キルケアは恐る恐る頷く。するとクレアが歩み寄る。何をするのかと思ったが次の瞬間


 パチン


 クレアの手がキルケアの頰を叩いた。綺麗な音の中には怒り、悲しみ、色々なものがこもっていた。

「遅すぎるわよ」

 その一言にはリリアを思う気持ちとキルケアへの怒りの両方を含んでいた。

「でも、想ってはいたのね」

 その言葉の意味を汲み取ることはできなかった。

「立ち話もなんだから、とりあえず上がって頂戴」

 キルケアというよりかは、私に向けた言葉な気がする。

「では、失礼します」

 一礼すると私たちはアイギスの家に足を踏み入れた。

 ダイニングのソファに座るように促されるた。クレアは二階へ続く階段に近づき

「リリアー!お客人がいらっしゃっているからお茶を入れてちょうだーい!あ、あとリリアが作ったケーキも出して!」

 そう叫ぶと、すると二階から「はーい!」と若い声が返ってきた。トンっトンっと階段を駆け足で降りてくる音が聞こえた。

 階段から現れたのは私と同じくらいの身長の少女だった。銀色の長髪を持つその姿は、あの絵画の女性のようだった。つまり―


 ―アリシアさんとそっくりじゃないか


 キルケアにとっては拷問のようなものだろう。自分が守れなかった大事な人が、目の前にいるようなものだ。しかも血の繋がっている実の娘だ。

 クレアはリリアが台所に向かったのを確認して、躊躇いながらもハッキリと言う。

「似ているわよね。亡くなったアリシアに」

 その言葉は薄々意識していたであろうキルケアに深く釘を刺した。残酷でも真実を突きつけてくれるのはまだ優しさだと思う。

「お待たせいたしました」

 思いのほか淑やかな声色だ。お盆の上にはポットとティーカップが三つ、そしてショートケーキが三つ乗っていた。まずティーカップが先に私たちの前に置かれ、そして注がれる。その後、ショートケーキが乗った皿が三つ置かれた。

「リリア。こちらの御客人はトランスリバー大臣殿と、『鳥と空飛ぶ少女』の作者のキルケア・アイエーさんよ。ご挨拶しなさい」

 家内用のドレスの両端をもち、カーテシーをして名乗る。

「リリア・アイギスと申します。呼ぶときはリリアで結構です。座ったままで大丈夫ですよ」

 立ち上がって挨拶をしようとしたのを察知したのか、そう断った。

「ペネロペ・トランスリバーです」

「キルケア・アイエーです」

 リリアはキルケアの何かを堪える様子を見て少し首を傾げた。

「あ・・・」

 リリアは何かに気がついたかのようにぽかんと口を一瞬開けるが、すぐに閉じて私を向いた。

「私、その、あなたに憧れていて・・・」

 それなりの歳のお方には平和の女神と言われ、若い子たちからは憧れているだとかファンだとか言われる。少しうんざりはしていたが悪い気はしないのは事実だ。

「他人さまの家だけど、座って?」

 私はとりあえずリリアに座るように促した。リリアは会釈してから座った。

「アイエー家とアイギス家は昔から仲が良くてね、昔から仲が良かったんだよ」

 先ほどまでなにかを堪えていたキルケアが言った。

「知らなかったです・・・」

 聞かされていなかったらしい。となると、あの最後の日記もリリアには見せなかったと言うことだろうか。

 その後、いくつか会話を交わしても少しぎこちない。その間に私はお茶を飲み、ケーキを食べてしまった。これは一度引き離した方がいいような気もするので、こう提案した。

「リリアさん。ちょっと別の部屋で話さない?」

 それに反応したのはクレアだった。

「そうした方がいいわ。だって聞きたいこともあるでしょう?」

 私に視線を送ってきたあたり、私の考えを理解してくれたのだろう。リリアは頷いて言った。

「では、私の部屋で・・・」

「食器の片付けは私がやっておくわ」

「ありがとう、母さん」

 と、リリアが先に立ち上がった。「ごちそうさまでした」と礼をしてから立ち上がり、リリアについていった。

「お邪魔します」

 リリアの部屋はきちんとしていた。心なしか輝いている気がする。

「ベッドに腰掛けていただいて構いませんよ」

 と言うので、リリアに先に座るように促して、座ったのを確認したら私も真横に座った。

「さっきのは単純に言い訳。本当は聞きたいことがあるの」

 早速本題を切り出した。リリアは特に驚いた風もなく答える。

「ええ。そういうことだろうとは思いました」

 リリアは顔を俯けた。どうしようもなく悩んでいるのだろう。

「キルケアさんのことを見て、どう思った?」

 この質問に全てを込めた。リリアは考えるようにしている。なんとか絞り出しているのだろう。

「ただの親戚とは思えないんです。キルケアさんの反応もそうですけど、どうしても私は初めて会った気がしなくて・・・」

 聞いたことがある。稀に幼い時のことを覚えている人というのを。彼女もその類なのだろうか。

「母さんにしたってそうです。私は母さんのことを一度も『ママ』と呼んだことはありません。私を抱えてくくれた人じゃないから・・・」

「でも覚えていないんだね?」

 私は優しく尋ねた。リリアは俯きながら頷いた。

「そっか。そういう意味ではそっちの方が辛いのかも?」

 ボソッと呟く私に反応して「えーっと?」と聞こえなかったからもう一度、という風に尋ねてきた。

「あ、いやぁこっちの話」

 笑ってごまかしながら、急いで話題を戻すことにした。というかどうやって話を進めようか。そもそも私の口から明かそうか否か。そこも迷うポイントだ。


 ―いつでもキリーとリリアの側にいるからね


 その言葉を思い出す。そう考えると・・・

「今、幸せ?」

 流石に唐突すぎたか、と思ったがリリアは頷いた。

「遠くにいて、いつも私のためにお金を送ってくれている父と聞いている方の顔を見たい、とは思ったことはありましたけど、そういうこと以外は友達もいますし幸せです」

 ならこのままでもいいのではないか、そう思った。

「じゃあ、あまり気にすることもないよ。でもいつかそのお父さんにお礼をしたいね」

 リリアはどこか吹っ切れた顔で尋ねる。

「いつ、私の生みの親のことを聞けばいのでしょう・・・」

 これには迷わず答えた。

「知りたいと思った時がいいと思うよ。私たちがそのキッカケになれたらいいのだけれど」

 少しの望みをかけて言ってみた。

「いえ。私はもう答えを得ています」

 リリアの顔には薄っすらと笑みが浮かんでいた。もう決断をしていたとは。杞憂だったか。

「あ、そうだ。私に憧れてるんだっけ?」

 言い訳の方の話題についても話すことにした。

「ええ。あなたのおかげでこの戦いに終止符が打たれる、それだけでも尊敬できます」

 私は知っているのだ。この輝く瞳を。憧れの眼差しというのは受けるのも少し照れ臭いものだ。

「二国を奔走した時のことは実はあんま覚えてないんだ。夢中だったからね」

 転生病であることはなるべく伏せておこうと思う。

 だが、リリアの瞳から輝きがなくなることはなかった。そこで私は少しばかり、質問してみた。

「やっぱ戦争は嫌い?」

 リリアはしっかりと頷いて言う。

「母さんの弟、私の伯父さんにあたる方が従軍して亡くなったそうです。あったこともありませんでしたが、それでも母さんはそのことを聞いてから何日も何日も立ち直れない日が続きました。私はあまり戦争だのと言われてもピンときていませんでした。アートデルフは平和そのものでしたから。ですが・・・」

 若干言葉に詰まったが、すぐに続きを言う。

「ですが、伯父さんを失った母さんの姿が忘れられなくて」

 言いたいことはなんとなくわかった。つまるところは私がフォローしようと思い、代わりにその感情を言語化した。

「つまり、戦争は他者を肉体的に傷つけるだけでなく心も傷つける、と」

 リリアは私の方を、それですというように見つめた。

「しかもです。敵の方にも同じ方が言えますから誰を攻めることもできなくて、もう救い用がなくなってしまって。だったら戦争なんて最初から起こらなければいいと思うんです」

 ちょっと感動してしまって、おお、と少し驚いてみせた。こう言う考えを持つ子がどんどん増えていけば、本当に争いのない世界というものを作り上げることができるかもしれない。

「そうだね。戦争なんか起こらなければいいよね。でもね、どうしても民族間での因縁とかはあるものだから、そういうのは本当に仕方がないよ」

 戦争が起こらないようにしたい、そう語ってくれたリリアにどうしようもない問題を突きつけるのは少し胸が痛かった。

 リリアは難し顔をして考え込む。

「そこがあまりわからないんですよね・・・」

 私は、当たり前だと頷く。

「実際に目でみてみたり、触れてみないとわからないことだってあるからね。これからはきっとそれが簡単にできるようになるから、異文化にも積極的に触れていって、知るといいよ」

 とか、わかったようなことを言っているがそう思ったことはない。しかし、大学の師にそういう門を与えられたので、その道を進むもうと思ったのだ。だから、リリアにも同じ門を与えようと思った。

 リリアは頷きながら続ける。

「だから私も外務省で仕事をしたいと思っているんですけど・・・どうですか?」

「やめとけ」

「え?!」

 カストラから聞いた話では、私は激務のせいで倒れたこともあるらしい。そんな職場をおすすめできるはずがない。

「でも、なりたいのならなって欲しいかな。慢性的に人手不足なものでね。それに、あなたが入る頃にはもうちょい平和になってるから、命の心配はしなくても多分、大丈夫」

 なんとなく適当な返しになってしまったが、まったくその通りだ。

 その時には私いないんだけどね、と言えば来てくれなくなりそうだったので伏せておいた。

「きっと、なります。ペネロペさんみたいな大臣に!」

 まだちょっと子供らしさがあるリリアを撫でて囁いた。

「この国の未来を頼んだよ」

 はい、という返事を聞いて安心した。


 ―その頃

「あなたが送ってくれていたのよね。あの子のためのお金」

 クレアは紅茶をひとすすりして言う。

「うん。これでもあの子のことをずっと思っていたから」

 キルケアは大事に食べていたショートケーキを少し大きめに切って食べる。

「・・・味も似てるね」

 懐かしむような、それでもって寂しげなキルケアにクレアは優しく語りかける。

「あなた、本当は会いたくてたまらなかったんじゃないの?」

 するとフォークを握る手が少しだけ、強くなった。

「ああ、合いたかったさ。でも今更あったって覚えてくれていないかもしれないだろ?!それで知らんふりされて、目を背けられでもしたら、僕は・・・」

 力なくフォークを置く。弱く震える声が絞り出される。

「壊れてしまうよ」

 クレアはそれを聞いて溜め息をつきながら呆れるように吐いた。

「あなた、弱虫なのにに優しいのね」

 キルケアは自嘲の笑みを浮かべる。

「ああ。僕は弱虫だ。アリシアが死んだと聞いた途端怖くなって、陸軍もさっぱりやめちゃって、残されたのは富と顔もわからない娘と思い出の家だけ」

 するとクレアは優しく微笑んだ。

「でもあの子に会いに来た。あの子もあなたを避けたりはしなかった。だったらもう隠す必要なんて無いのになんで、隠してしまうの?」

 キルケアは少しだけ涙ぐんでいる。

「この距離間で暮らしてきたんだ。その方がお互いに気苦労しないと言うものだと思う。それに・・・」

 私に浮かべたうっすらとした笑みと、アリシアに似た容貌を思い出しているのだろうか。

「顔が見れただけで十分だよ・・・」

 クレアは納得して

「そう」

 と一言だけ言って頷いた。



 ―夕方

「急がないと次の汽車に間に合わなくなっちゃいますよ」

 リリアと話して楽しそうだったキルケアを急かす。

「大丈夫。あと一時間もある」

「行きと同じくらいのんびりしてたら遅れちゃいますよ!」

 キルケアがあたふたしているところを見るとそれは無いように思ったが、早ければ早いほどいいというものだ。

 というわけで準備ができたので外に出て、見送りをする二人に挨拶をした。

「突然お邪魔してすみませんでした」

「いやいやいいんだよ。久しぶりに顔も見れたし」

「大臣の話も聞けましたしね」

 キルケアは二人に向けて言う。

「近いうちにまた来るよ」

 リリアは笑顔で頷いた。

「待っています」

 だが、やっぱり少しだけ、二人に壁を感じた。お互いの関係を明かさないと、この壁は無くならない気がする。あるいは・・・

(これで良かったり?)

 そう思ってもみた。

 クレアのこともリリアのことも名残惜しかったが、私たちは駅に向かって歩き出した。暖かな街に差し込む夕日の光はなお一層この街を暖かくする。

 しかしキルケアの顔は見えない。俯いたままで、表情がわからない。まるで隠しているかのようだ。私は、最後ではないにしても、もう少しいい終わり方は無かったのか、と思った次の瞬間だった。


「ほんとうに待ってますからね!とうさーんっ!」


 リリアの叫びがキルケアの足を止め、顔を上げた。その顔には、急に湧き上がった涙がキルケアの頰を伝い落ちる。

 しかし振り返ることはなかった。

 良かったのですか、と目を向けるが私の視線など気にする余裕もないだろう。

 キルケアは輝く夕日に向かって歩み続けた。



 ―翌日

 どうやらリリアのためにお金を送っていたのはキルケアだったらしい。ずっと想っていたという言葉の意味はそう言うことらしいのだ。

 いい話であったのだが、事件は起こる。


 一週間後、総理大臣官邸にて会議を行う。重大決定を行うので必ず出席されたし

 イアソー・ヘレニクス

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