9話 恋の予感は突然に(上)

届かない恋は、実った時に永遠のものとなる。

ヴェルミロッティ・ウイシャ



「キルケアさん。ロッティ先生から新書出てないんですね」

「ロッティねぇ・・・」

 久々にアトライア文庫本社に顔を出したと思えば、ヴェルミロッティ・ウイシャの話題で持ちきりだった。ロッティと呼ばれている彼は三年前に出した、『ビター&スウィート』という有名な小説の著者だ。非常に愉快な性格をしていることから、作者本人も人気がある。実は私とは旧知の仲で、中等部からの付き合いだ。ファーストコンタクトも非常に特殊で、色んな人にネタとして話している。

 中等部入学試験会場の私の隣の席で手持ち無沙汰で何もしていないぼーっとした奴がいた。私はいくつか資料をもってきていたのでそれを眺めていると

「ね、キミなんて名前なの?」

 と尋ねてきたのだ。初対面ですよ初対面。律儀に「ペネロペです」って答えたら

「いい名前だね」だってさ!それで次の一言が、「それ一つ貸してくれない?」ってどれだけコミュ力の塊なんだよ、って叫びたくなった。まぁ、貸したのだが。しかもだ。入学式の日に名前を見ていたら、なんと同じクラスにロッティの名前があったのだ!


「って話、聞いたことあります?」

「うんない」

「ですよねー」

 といつも以上に今日は緩い会話をしている。ちなみにロッティ先生と呼んでいるのは単なる意地悪だ。

「案が纏まらないらしいよ?それで担当編集者の子に手伝って貰ったらどうだってきいたら、『実はちょっと苦手』とかぬかすんだよ。いい子なのに・・・」

 あのロッティが苦手で、キルケアが平気な子ってどういう・・・

「レイマー・フォーチュナル」

「あー・・・あの子かぁ・・・」

 俗に言うぶりっ子という奴だ。仕事はできるのだろうが、アレは好みが分かれるタイプだ。ロッティは苦手なんだろう。

「ロッティってばどんな本を書こうとしてるんです?」

 私も協力できるかもしれない。

「オリエンタルラブストーリー?」

「どんなジャンルなんですかそれ・・・」

 意味不明なジャンルに思わず突っ込んでしまった。

「オリエンタルでラブなストーリーだよ」

「説明になってません!」

 東洋的でラブストーリーってなんだよ。だがここがロッティのすごいところで、普通の小説家では考えられない突飛なジャンルを切り拓くという凄さがある。だから、売れるのだけれど。

 ともあれ、歴史物というのはわかった。だが、それなら一つ疑問は浮かぶ。

「資料は読み漁ったんですか?」

 キルケアは頷いて言った。

「頑張ってたよ?でも、わからーんって叫びながら投げ出そうとしてた」

 ロッティってそんな人だっけ、と少し驚いた。

「なるほどぉ・・・」

 そうなれば一人、信頼できる友人がいる。大学の同期でイスカリア大学文献史学部准教授のリーフローレイ・ビリージエだ。こちらも旧友で、実は中等部一年の頃はロッティとローレイと私の学び舎は同じだったりする。

「こりゃ、同窓会みたいなことになりそうだ」

「ん、どうしたんだい?にかにかして」

「昔のことを思い出すとー・・・ってあんま覚えてないや。思い出なんてほぼ一つも覚えてないんです。あのネタはずっと話してたから、最近の記憶として多分記録されてるんだと思うんですけど、それ以外はね・・・」

 ため息をついてガックリした。

 頼まない手はないので今からイスカリア大学に突撃しようと思う。

「というわけで、ロッティ先生の助手依頼、行ってきます!」

「手伝わせちゃって、悪いね」

 キルケアは苦笑いしながら言う。

「構いませんよ。楽しそうなことになりそうですし!」

 というわけで本社を出たが、ここで問題が。

「あーっ!道わからーんっ!」

 急いで本社に走り戻って地図をもらうのだった。


「こういう時に、定位置まで送ってくれる交通機関があれば便利なんだけどなぁ・・・」

 地図を見ながらぼそりと呟いた。特に急ぎでもないからゆるりと歩いているのだが、やはりイスカリアは首都なだけあって栄えている。

 しばらく歩くとハドヴァ川の上を通るハドヴァ橋までやってきた。ハドヴァ橋ではよくカップルが愛を交わし合っている図を見る。まぁ私も例外ではないが。

 ハドヴァ橋を過ぎ三〇分ほど歩くと、煉瓦の大きな建造物が見えてくる。

「あれが我が母校か・・・」

 イスカリア大学に到着である。時代を感じさせるフォルムだが、そのレトロさがまたいい。

 もちろん公共機関なので、私の場合大臣バッジさえあれば入れる。

「すいません。文献史学部のビリージエ准教授はいらっしゃいますでしょうか?」

 受付の人に確認をとった。すると

「えーっと・・・ああ。ちょうど講義が終わった直後ですね。三階の大教室にいらっしゃいます。次回の講義もあるのでなるべくお早めに」

「ありがとうございます」

 校舎内の地図をみて位置を確かめ、学生たちの間を縫って大教室へ向かった。

 ものすごくいたずら好きだった、はずだ。だから、かなり警戒して進んでいった。背後、足元、天井の隅から隅まで見ながら進んでいると。

「あっ、あのぉ・・・トランスリバー大臣でいらっしゃいますか?」

 弱気そうな女子学生が話しかけてきた。

「そうだよ。どうしたのかな、後輩ちゃん?」

 女子学生が恥ずかしがって中々話しを進めようとしない。

「言いたいことがあるなら言ってみなよ。私が答えれることなら何でも答えるからさ」

 だが、まだ言おうとしない。

(あっまさか・・・)

「おっそーい!」

 背後から近づいてくる影に気づくことができず、飛びつかれてそのまま倒れた。

「いたた・・・ローレイ、アンタねぇ」

「ふっふーん。気づくのが遅すぎるのよ、ペネー!」

 女子学生とハイタッチしてニッコニコで笑っているのはリーフローレイ・ビリージエだ。

 よろよろ立ち上がって、女学生に対して

「はめたなぁ?」

 とわざと威圧をかけてみた。

「私、大臣のファンなんです!サインください!」

 そんなことを言われると一瞬びっくりした。チラッとローレイの方を向くと、一つこくりと頷いた。どうやら本当のことらしい。

「それはありがとう。嬉しいよ。えーっと、サインね?」

 差し出してきたペンを受け取り、彼女のノートの表紙裏にささっとサインをした。

「ありがとうございます!」

「どういたしまして」

 女学生は跳ねながら仲間達のところへ帰って行った。

「ペネーが来てるってあの子に教えてもらったのよ」

 授業内容以外で話しかけてもらえている辺り、慕われているのだろう。

「いい先生になったんだね」

「文献史の研究しながら教鞭もとれるんだから、ほんと私にとって夢のような仕事よ」

 私は微笑みながら、けれど少し困ったように尋ねた。

「・・・変わってない、のかな?」

 ローレイは少し考えて言う。

「少しは変わったんじゃない?変わってなきゃ困るわ」

 それもそうか、と頷いた。

「で、どんなご用件で?忙しいからあまり話せないけど」

 確かに無駄話をしている場合ではない。

「ロッティって覚えてる?」

「ろ、ロッティ?!」

 なんだか反応がおかしい。そこまで驚くことなのだろうか。

「う、うん。ロッティだけど。どうしたのそんな驚いて」

 思わず尋ねてしまった。

「な、なんでもないよ?ロッティがどうかしたの?」

 相変わらず反応がおかしいが、続けた。

「ロッティが歴史物を書こうとしてるんよ。だから、それを手伝ってくれんかなって」

 ローレイは一瞬固まって、そのまま時計を見た。すると急いで眼鏡をかけて私の肩にドンっと手を乗せた。

「今日六時半からエンジェリアってバーで一緒に飲も!」

 一方的に約束を結ばされてしまった。

「は、はぁ・・・」

 と一応承諾すると

「じゃ、決まりね!また後で〜」

 そのまま走り去ってしまった。

「行っちゃった・・・」

 照れ隠しなのやら、本当に急いでるかはわからなかったが、また後で聞こうと思う。

「あ。私ってばこれから暇だ」

 はぁっと大きなため息をついて、一度家へ帰った。


「ただいまー・・・って、あれ?オーゼ、お出かけ中か」

 人の気配がなかったにで一瞬で気づいた。

 荷物を置いて、窓をバッと開くと暖かい風が入り込んできた。

「んーっとぉ。すっごく気持ちいい風だねぇ・・・」

 大きく伸びをすると、そのまま、ふぁっと大きな欠伸が出た。

「気持ち良さすぎて眠たくなってきちゃった」

 夜に備えるため昼寝しようとすると、ベッドに日差しが差し込んでいた。掛け布団を触ってみると、陽気をたっぷり吸い込んでいて、余計に眠たくなってきた。

「これは一つ、いい夢見れそうだ」

 ダイニングテーブルの上に、『もし帰ってるなら五時半に起こしてください』と置き手紙だけを残してベッドに身を投げ出した。

「ああ。こりゃ気持ちいいわぁ・・・」

 そのままスヤスヤと深い眠りについた。


「まぁ夢見てるから深くないんですけどね」

 夢を夢と認知できるようになってきた。ともあれ今回はすごく気分がいい。いつもの感じじゃなきゃいいけどなぁ、と思いながら意識を鮮明にさせた。するとそこは、

「これ、制服じゃん?!」

 白い夏服仕様のセーラー服を纏った私は、周りを見渡した。そこはおそらく、かつての私の母校の高等学校のだろう。

「記憶がすごく曖昧になってるな・・・」

 やはり、過去のことでも忘れかけていることが夢として発現しやすいらしい。

 と一人考えごとをしていると

「・・・ペネー?もうっ!何ぼーっとしてるのよ!」

 耳元でそう叫んだのは、同じくセーラー服のローレイだ。

「あ、ちょっと考え事を・・・」

「ふふっ、ペネーらしいわ。でーもー!早く行かないと次の授業、間に合わないわよ?」

 私の手元に新しく教科書とノート、鉛筆や消しゴムが追加された。

「う、うん!」

 私たちは小走りで教室へ向かった。

 相変わらずだが、ローレイ以外の人がのっぺらぼうに見える。全く覚えてない人の顔は見えないようにされてるか、のっぺらぼうか、知ってる顔に置換されてるかの三択なのだが、今回はどうやらのっぺらぼうパターンらしい。

「はいっと!間に合ったぁー」

 するとチャイムが鳴り響いた。

「ほんとギリギリだったね」

 私は少し微笑んで言った。

 号令を済ませると、数学教師が

「お前たちが遅刻ギリギリとは珍しいなー。どうした?」

 するとローレイが

「廊下でペネロペが三分くらい立ち止まって考え事をしてました」

 三分もぼーっとしているようにみえたのか。それはなんだかすまないことをした。

「大丈夫かトランスリバー?」

 のっぺら数学教師が私を心配して尋ねてきた。

「大丈夫です。体調は一つも悪くありませんよ」

 まぁ夢の中なので、体調が悪いとか悪くないとか関係ないのだが、そう言っておいた。

「そうか。だが、体調が悪くなったらいつでも言うんだぞ?」

「はい。お気遣いありがとうございます」

「うむ。では授業を始めようか」

 そうして数学の授業が終わって、昼休みになった。

「ロッティの新作小説、読みに行こうよ」

 と唐突に思い出したのでローレイに提案してみた。

「えっ?!」

 またこれだ。そういえば、確かに昔からこんな感じだった気がする。

「どうしたの?」

「い、いやぁ。ペネーとロッティと私で仲よかったけど、最近話してなかったなぁって」

「うん。じゃあ行こう!」

 強引にローレイの手を引っ張っていこうとするがなぜか動こうとしない。

「ちょ、ちょっと待って!心の準備が・・・」

「心の準備ぃ?」

 ローレイがびっくりするぐらい頰を赤らめている。

「あっ、まさか・・・」

 とそんなローレイの顔を見ていたら私の唇にしっとりとした感触が重なった。

(ん?)

 これは人間の暖かさだ。それに私が知ってる匂いがするし、よく知ってる味が口の中に広がって・・・


 超至近距離で、私の唇とオーゼの唇が重なっていた。

「ん、んぅ・・・」

 こんなに色っぽい私を見せてしまうなんて。でもオーゼだからいいや、とオーゼの愛に身を任せた。

(・・・感じる・・・オーゼの熱を・・・)

 熱い、熱い愛が流れ込んでくる。唇を介して伝わってくるものは他とは違うものだ。

 唇が離れると微笑んで

「おはようペネー」

 と言ってきた。

「おはよう」

 きっとこれはあの時の―私がオーゼストにイタズラで襲った時―仕返しだ。

「深いのはいつぶりかな?」

「四ヶ月ぶりかも」

 ほんとは結婚したいが色々と間に合わないし、なにせオーゼストがかわいそうだ。

「ま、脱がされてないだけまだ大事なもの失ってないし?この身体の新しい持ち主のために処女貫かなきゃね」

 私の骸に新しく別の魂が宿る、ってなんだかファンタジー系の三文小説みたいだが、まったくその通りなのである。もしやそれ、私たちの子供なのでは・・・

「っといかんいかん。変なことを想像してしまった」

 頭を横にふるふるとして、ベッドから上がった。

「いつ出るんだ?」

 オーゼストが尋ねてきたので、私は時計を見た。

「あと十五分くらい?」

 六時に出るつもりだったので、頼んだ時間の十五分遅く起こしてもらったことになる。

「俺もさっき帰ってきたところでな・・・すまん」

「ああ、そゆこと」

 オーゼストが時間を守らなかったことなんてないので、そうだろうとは思った。

「どこに行くのさ?」

 そういえばまだ言ってなかったか。

「エンジェリアってバーに大学時代の友人と飲みに行くんだ」

「あー、あそこか。というか、覚えてるのか?」

 私が放り出した鞄の中身を整えつつ尋ねた。もっともな質問だ。

「まぁギリ覚えてるってとこ。あとはもう一人の友達のお手伝い」

「あーなるほどね」

 物分かりがいいし、肯定的なのもすごく助かる。

「車で送っていこうか?」

「いや、逆に迎えに来て欲しいなぁ」

 帰り酔ってヨロヨロになることが前提なのでそれは迎えに来て欲しい。

「何時くらいがいい?」

 私はお酒には弱いというわけではないが強くはないので三時間くらいゆっくり飲んだら寝てしまいそうだ。

「十時くらいに来て欲しいかな」

 妥当な時間だとは思う。

「りょーかい」

 気が効くというのはやはりポイントが高いのだ。


 時刻は夕暮れ時。ちょっと前まではこの時間はもう真っ暗であったが、今は橙に輝く太陽が西に沈もうとしていた。ハドヴァ川にその橙が反射してロマンチックだ。

 そうしてエンジェリアの前に行くと私にむかって手を振る女性がいた。

「さっきぶりだね」

「うんさっきぶり!」

 挨拶を交わして、そのまま店内に入った。

 店内はカウンター十席でテーブル二つ、ボックス一つのそこまで広くはなく、落ち着いていてリラックスできそうな雰囲気だった。すでに三十近いので合ってないということないとは思う。もちろんカウンター席を選択して座った。まだ時間が早いのでそこまで人がいるわけではない。

「メニューとかってないのよね?」

 ローレイが若いバーテンダーに尋ねると

「そうですね。メニューなんて無限にあるんで」

 今回は財布にかなり入れてきたつもりなのでなんとかなるはずだ。

「予算はいくらですか?」

 バーテンダーがそう尋ねてきた。予算にあった酒を出してくれるのだろう。

「ローレイは?」

「私は二万セタ 。ペネーは?」

「二万五千かな」

 バーテンダーは笑顔で驚いた素振りを見せた。

「何杯くらい飲んで行きますか?」

「まぁ二、三杯飲めればいい方だと思うわ」

 意外と少ない。あまりわからないのだが、バーではそれで普通なのだろうか。

「私もそれくらいで」

 バーテンダーは笑顔で「かしこまりました」と言うと次に「ご注文は?」と尋ねた。

「私は甘いのが欲しいわ」

「じゃあ、私にも同じものをください」

 バーテンダーは再び「かしこまりました」と言うと準備を始めた。

「んで、ロッティがどうしたのよ」

 カウンターに肘をついて手の甲の上に顔を乗せる。

「ロッティが中東の歴史物を書くから、手伝ってくれないかーってはなし。どう?引き受けてくれる?」

 少し目を瞑った。すると

「ブルーマルガリータです」

 鮮やかな青色のカクテルが二つ、上品に置かれた。

「お客様のその鮮やかな青色の髪を見て、最初からブルーキュラソーを使おうと決めてたんです」

 いろいろ見ているんだなと、素直に感心した。

「では、ごゆっくりどうぞ」

 バーテンダーはまた洗い物を始めた。

 カクテルグラスを少し上げて二人で「「乾杯」」をしてから、少し飲んだ。

「まろやかで美味しいね」

「そうねー」

 意外に強いかと思ったがそうでもなかった。

「ロッティのことなんだけど・・・」

 少し頰が赤い。

「もしかしてさ・・・」

 あえて言ってあげなかった。

「ペネーってば、昔に増して意地悪なのね」

 少しムッとして言う。

「そうかなぁ?意外とそんなことないと思うけど」

 それは本当だと思う。いや、思いたい。

「ま、そういうことにしといてあげるわ」

 案外あっさりしているのがローレイだ。

「ローレイ。自分の口で言ってみな?」

 ローレイが恥ずかしがる。

「ほら、せーの」

「ロッティのことが好きだった」

「ようやく言えたね」

 さっきより顔がもっと赤い。ローレイはカクテルを多めに飲んだ。

「なーにー?そんなに飲んじゃってさぁ」

 いじらしく言ってみせる。

「ペネーが意地悪するからよ・・・」

 それについては否定できない。

「悪かったって」

 謝ると、ローレイはふうっと息を吐いて続けた。

「別にいいわよ。どうせ言ってたしね。それよりも、ペネーもなんか隠してるわね?」

 完全に伝えるタイミングをなくしていたので、この話題のフリは助かる。

「転生病にかかっちゃった。余命もあと七ヶ月で、私がいなくなったらまた違う誰かが私の身体を使うんだ」

 ローレイはかなり驚いてたが、やはり大人だ。

「・・・そう。今知れてよかったわ。心構えができるってものよ。それに、突然の別れってのは辛いものだから」

「転生病がどういうものか知ってるの?」

「まぁ、ね。古代文献でもよく出てくるのよ。昔から原因不明の奇病扱いで、宗教によって解釈が違うの」

 原因不明が怖いというのは今も昔も変わらないと言うことだろう。

 私は「例えば?」と尋ねた。

「ヴァラディ教のリントスコルテスカっていう理論があるんだけど」

「り、りんとす・・・なんだって?」

 突然難しいことを言われてもわからない。

「リントスコルテスカね。リントスはヴァラディ教に出てくる人間に関するあらゆることを司る神で、コルテスカは役割を与えるって意味。つまり、人はリントス神によって一人一人役割を与えられているって理論」

 なるほど。

「なるほど?」

「リントス神がおっしゃることって意味の『リントスララキア』っていう宗教書に出てくるんだけど、『我は人の全てを決めている』とリントス神が言うのね。それがリントスコルテスカの元と言われているわ」

 専門家って本当にすごいと思う。これだけの情報が頭の中に入っているのは本当にすごいと思うのだ。

「それで、ヴァラディ教を信仰していたセルアラール王国の歴史書に書いてあるのよ。転生病と思しき病気のことがね。セルアラールでは転生病にかかった者たちを、『果たした者』と呼んだの。人としての役目を終えた者から記憶を消して、再び新たな役目を与えるためにその体に新たな人を宿したと考えたのね」

「はえー。昔の人はすごいね。それで説明ができるなんて」

 色々なことを神の力で説明しようとしていると考えると、古代の人がどれだけ苦労していたのかがわかる。しかし、人は神を信仰するのに、説明の道具にするのだ。

「ま、そんな経緯もあって、転生病のことについては知ってるのよ。何はともあれそうなる前のペネーに会えてよかったわ」

「ごめんね。ローレイのことも名前以外はあんま覚えてなくって・・・」

 本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「いいのよ。私はこうやって話せるだけうれしいから」

 夢の中のローレイとは大違いだ。

「ねぇ、ペネー。その手伝い、引き受けるわ。だってロッティとは、そのー、そのぉ・・・」

「会いたいんでしょ?ロッティに」

 ローレイは頷いた。

「これって、滅多にないチャンス・・・よね?」

 こんどは私が頷いた。

「アプローチするにはいい機会じゃない?」

 あと少ししか残っていないブルーマルガリータを飲み干すと

「そうねぇ。きっとこれが最後のチャンスだと思うわ」

 肘をつくその姿は、かなり色っぽく見える。

「じゃあ次の日曜日にアトライア文庫で待ってます」

「心の準備、していくわ」

「その方がいいね」


 結局そのあと結構酔ってしまって、どんな話をしたのかあまり覚えていないし、どうやって帰ったかもわからない。ただ、翌日の話だが、ぼさぼさになった私の髪をとかしながらオーゼストは「あんな無防備なペネーは初めてみた」と笑いながら言った。



 ―日曜日 アトライア文庫応接室

 応接室にはすでにローレイと私がいた。ではロッティはというと・・・

「まさかの遅刻!どーなってるんだロッティのやつ・・・」

 ローレイに至ってはさっきからずっと固まりっぱなしだ。早く来い、と念じていると、なにやら外が騒がしい。どすどすと走る音がするのだ。そして、バンっという音を立てながら扉を開くと、

「すまん二人とも!」

 と叫びながら入ってきたロッティがいた。

「おっそ!なにしてたの?!」

 怒り気味で尋ねる。

「寝坊してもーた」

「は?」

 こういう日に限って寝坊するというのは、昔から変わっていない・・・気がする。

「ま、ロッティだから許せるけど・・・。あ、座って。お茶淹れてくるから」

 そういって、少しだけロッティとローレイを二人きりにした。耳をすませて聞きながら紅茶を淹れた。

「久しぶり、ローレイ」

「そ、その・・・ひさ、しぶり。ロッティ」

「なんで緊張してるの?」

「い、いやぁ久々に会ったから、その、緊張しない?」

「顔馴染みなんだからそんな緊張することもなんじゃない?」

「ほんとアンタって・・・距離感ないのね」

「よく言われるよ」

「ふふ、ありがと」

「なにがだよ?」

「なんでもないわ」

 緊張はどうやら解れたらしいので、応接室に突入することにした。

「はいどうぞ」

 お盆からカップを一つずつ二人の前において、最後の一つは私の椅子の前に置いた。

「ありがと」

「どういたしまして」

 そんなやりとりの後、ローレイが最初に発言した。

「それで、私がアンタのアシスタントになったから。よろしくね」

「ああ、聞いてるよ。こちらこそよろしく」

 思うに。ローレイの心中はすごいことになっているのではないだろうか。ないことまで書いたら怒られそうなので、あまり書かないが、こう、ドキドキしすぎて飛び出そうなのだろう。


 二人は手を握り合った。

「さ、こっからは二人ではじめての共同さぎょ・・・もとい、協力関係になったんだから、仲良くね?」

 私は握り合う手の上からさらに手をポンとおいた。特にロッティの方を向いて

「ね?」

 と念を押した。

「お、おう・・・」

 少し困惑していた。

「まずは大学図書館に行こうかしら。あそこならびっくりするくらい文献があるわ」

 ローレイがロッティに尋ねた。

「うん。わからなかった文献の意味とか、教えて欲しかったし」

 お茶を飲み終えると二人は立ち上がって、応接室を出た。

 さて。私はこの後どうするのかというと。

(後を追うか・・・)

 所謂ストーキングというやつだ。本当はしたくないのだが、こんなの本のネタにするより他はない。

 カップの片付け急いでして、応接室の鍵を閉める。鍵は定位置に戻してから、二人の後を追った。

「大学図書館って言ってたわね・・・」

 目の前には二人が一緒に歩いている。結構離れているので聞き取ることはできない。だが、なんとなくわかる。ローレイが積極的にアプローチしているけど、ロッティが鈍感なので気づいていてくれず、ツンとしている感じなのだろう。

「多分図書館でデレデレするんだろうな・・・」

 想像するだけで自然とニヤけてしまうが、側から見ればただの変人なので我慢しておく。


 ―大学図書館

 馬鹿でかい本を開けてローレイが指差しながら教えている。私はというと、少し離れたところでロッティが書いた『ビターアンドスウィート』を読むというなかなか高等なことをしている。しかしロッティもローレイもこちらに気づく気配がかけらもない。

 明らかに感じていることがある。ローレイが徐々に徐々に距離を詰めているのだ。だが、ロッティもそれを嫌がろうとはしない。

(まさか・・・)

 今『ビターアンドスウィート』を読んでいて気づいたことがあった。この本の主人公は、相手と相思相愛なのに、自分が相手を意識しすぎて相手からの好意に気づけないという構図なのだ。

 そう。全く同じなのだ。

 現在の二人は、ローレイは積極的にロッティに距離を詰めているけど気づいてもらえず内心やきもきしていて、ロッティはローレイを意識するあまりローレイの好意に気づいていない、というなかなかすごいことになっている。

(ダメだ、笑っちゃう・・・)

 なんとか堪えた。

 ロッティが距離感ゼロなのは最初からわかっているが、まぁ反応を見れば一発でわかる。というか、顔も赤いし。


 一日目の観察結果

 距離は縮んだのに、お互いに気づけないというなんともない状況だった。これは時間がかかりそうだ・・・


 ―翌日

「ということで、二人を引き合わせた結果こうなりましたとさ」

 私は簡単な報告書を社長机に叩きつけた。

「何してんの・・・」

 キルケアは若干呆れ顔でため息とともにそう漏らした。

「手伝っただけですよ?」

 と知らないふりをしておいた。

「なにを、手伝ったんだか」

 微妙な威圧を感じる。

「色々ですよ、イ・ロ・イ・ロっ」

 色々、という便利な言葉で誤魔化しておいた。キルケアは苦笑した。

「手伝う内容が変わってる気がするが・・・ま、目を瞑ろう。僕も気になるからね」

「わぁ!やっさし〜!ありがとうございますぅ〜」

「その演技力は・・・」

「修羅場をくぐり抜けてくるには必要なスキルですから」

 実際そうだ。相手の顔を伺って、こう言えばいいとか考えてれば自然と身につくものだろう。

「それはそうと、今日は二人を追わなくてもいいのかい?」

 キルケアはそう尋ねてきた。

「毎日やってたらバレますし。わたし、ストーキング行為はあまりしたくないんで。それに、あんなんじゃまだまだ時間がかかります。最低でも一週間はかかりますよ」

 私は自信を持って、分析結果を言った。

「へぇーそうなんだぁ。全然わかんないや」

 こけそうになった。自信満々に言ったことがスルーされてしまったのだ。

「ま、一週間後にどうなってるのか見ましょう」

「そうだね」


 一週間後

 家での執筆作業が今日は中々捗る。暖かいというのはやはり正義だと思うのだ。と、夢中で書いていたら、気づけば夜が近づいていた。完全に昼食も抜いてしまった。

「ただいまー」

 定期出勤日だったオーゼストが帰ってきた。

「あ、おかえりー」

 私は六時間ぶりに手を止めて、玄関に迎えに行った。すると、突然

「ペネー。ご飯、食べに行こっか」

 と言ってきた。本当に唐突だ。

「え、あ、ああ、いいけど」

 一瞬動揺したが、そのまま了解した。

「じゃ、ちょっとだけ待って」

 そのまま自室に走りこみ、ささっと着替えを済ませた。

「準備できたよ」

「じゃあいこうか」

 車に乗って向かったのは、東風の店。

 店には東洋風の着物を着た店員。東洋、というか完全にワ風な店だった。

「随分と前だけど食べたことあるんだよ。意外と美味しいよローフィッシュ」

「美味しいんだローフィッシュ」

 魚は焼くか煮るかして食べるものだと思っていた。

 茶色の謎の液体はちょっと怖いので、塩で食べることにした。

「む、たしかに美味しいかも」

 ワという国はいとをかしきものなり。

 イエローテイルも、この店では、というよりワという国の風習でブリ、ハマチ、ヒラマサと成長具合によって呼び分けている。同じ魚なのにね。

 などと考えていたら、なぜか強烈な気配を感じた。おそるおそるそちらを向くと

「うわ。いるし・・・」

 必要以上にひっついているローレイとロッティがいたのだ。両片想い状態だと思う。しかも凄いことにこちらに気づいていない。

「オーゼ。ちょっと静かにしてもいい?」

 オーゼストはきょとんとするが頷いた。聞き耳をたてた限りの会話だが。

「あの部分、もっとこうした方がいいと思うわよ?」

「いやそれだと、ここの尺が合わなくってさ・・・」

「ロマンチックさにかけると思わないかしら?」

「そうかな?これでもいいと思うけど・・・」

「まーったく。こんなんで、なんで『ビター&スウィート』が売れたのかわからないわ」

「それが俺にもさっぱりなんよ」

「うわ、なんだかやな感じね。まぁ私は面白いと思ったんだけど・・・」

「なんて言った?」

「な、なんでもないわよ!」

「教えてよ〜」

「と、とにかく!あのシーンはもっと煌びやかにした方がいいと思うわ!」

 ―進展してるじゃん・・・

 ローレイがロッティの新作に口出ししている。

「なーんだ。あの調子だったら結構早く出来アガリそうね」

「どういうこと?」

 オーゼストが尋ねてきた。

「いや?私の愉快な友人達の話だよ」

 少し納得したような表情をした。

 その後運ばれてくる魚を黙々と食べ続けた。

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