8話 罪と罰〜箱入り花姫(下)
「お目覚めになってください、大臣」
呼ばれて目を覚まし、窓の外を覗くとそこは、大都会であった。
「レーゲンスプラハに到着いたしました。現在、陛下方の邸宅であるウィリアット宮殿へ向かっており、あと三分で到着いたします」
それを聞いて私は目を擦りながら言う。
「わかりました・・・」
黄金の宮殿の前に来てみると、本当にこの国が立憲君主国なのか心配になってくる。
停車するとヴィクトルが扉を開き私たちが下車するとその扉を閉めた。軍用車からはワルキューレが降りて私たちを護衛するように囲む。
「なんというか・・・すっごい煌びやかですね」
建築様式も目に見えて古く、現代風とはとても言えない。
「ウィリアット宮殿は今から四〇〇年前に建造され、内装は現代のものに改修されていますが本体は今も使われ続けているのです」
それはすごい。大陸内の既存建造物の中では最古級かつ最も綺麗ではないだろうか。
何人もの衛兵が立っていて、警備がいかに厳重かがわかる。
宮殿に入るとそこには不思議な静けさが漂っていた。自然と身体が伸びるような気がしてならなかったのだ。
「間も無く玉座の間です。身だしなみの確認を」
ヴィクトルにそう告げられ、ドレスのシワを伸ばす。カストラに見てもらって、「大丈夫」といってもらったので、ヴィクトルの方を向いて頷いた。
「では行きましょう」
先程までとは少し違う調子で玉座の間に進んだ。
その光景を見て、思わず息を飲んでしまった。あまりにも美しいその玉座の間は、王族が未だに権力を握っているのではないかと思わせるほどだ。
しばらく進んだ後、ヴィクトルは玉座の前まで来ると足を止め、跪いた。私も慌てて跪こうとしたが、カストラに止められた。
『敬愛なる国王陛下!ヴィクトル・ヴュイエ、予定通り参上致しました!』
ヴィエンツァ語で叫んだので何を言っているかは分からなかった。
すると玉座に座る老人、アールデン・フルール・ヴァンヴィッヒ王はゆっくり頷くと優しくも威厳のある声で言った。
『ご苦労様。引き続き他公務の通訳を頼みます』
『はっ!お任せください!』
するとアールデン王は黄金の杖をついて立ち上がった。
「よくぞいらっしゃいました。ディオクス殿は久方ぶり、トランスリバー大臣殿は初めまししてですかな?」
まさかのアルトラス語だ。
「私がアルトラス語を話せるのが不思議なのですね?目に見えて分かります」
流石、私の些細な表情の変化も見逃していないようだ。
「国王陛下にはなんでもお見通しですね」
「讃えられるのには慣れています。それより、今回も目的は私ではなく、我が孫、アンネフローリアでしょう?ならば早くアンネフローリアのところへ行ってあげてください。遠慮はいりません」
ということなので、ここはさっさと失礼することにした。
「では、失礼いたします」
頭を下げて一礼すると私たちは背を向け王座の間から立ち去ろうとしたが、
「ああ、それともう一つ」
というアールデン王が呼びかける声で私は足を止め、再び王の方へ向いた。
「迷いがあるのならばここで無くしていきなさい」
私の瞳はどこまで語っているのだろうか。何はともあれ恐ろしい洞察力を身につけた人物であるというのはわかった。
私は再び一礼すると今度こそ玉座の間から退室した。
「これよりアンネフローリア姫殿下の御自室に向かいます。ちなみにアンネフローリア姫殿下もアルトラス語をお話になられるのですよ」
権力のない王族が、いかに時間を持て余しているのかがよく伝わってくる。
「前回の訪問時はトランスリバー大臣がヴィエンツァ語を話したんですけどね」
カストラが資料をめくりながら言った。そのカストラに私は囁いて伝えた。
「流石に今回は無理だよ・・・」
「大丈夫ですよ。資料によると、アンネフローリア姫は次は私がアルトラス語で会話すると、言っているそうなんで」
「よかったぁ」
と私たちのヒソヒソ会話を聞いていたのか「どうしたんですか?」と尋ねてきたので、慌てて「なんでもありません」と答えた。
おそらく宮殿内の王族では最もランクが低いのか、玉座からかなり遠かった。
「まだ、ですか?」
私は尋ねてしまった。
「もうすぐですよ」
ヴィクトルは私の嘆きに対してそう答えた。
と言って約五分。本当にもうすぐだった。
「ここがアンネフローリア姫殿下の御自室です」
扉には薔薇の花が彫られていた。ヴィクトルはその扉をノックした。
『ヴィクトル・ヴュイエ、予定通り殿下の元へご友人をお連れいたしました』
(友人?!)
姫殿下と私ってそんな関係なの、と驚きつつも平然を装った。
「ねぇカストラさん。資料になんか書いてる?」
カストラが資料の最後の方をめくると、驚いた。
「書いてますよ!友人関係として、次回は畏まった態度で接さないようにと!」
危ない危ない。本当に危ない。カストラがいなければ詰んでいた。
『そちらから扉を開けて構いません』
という返事が帰ってきた。
『では、失礼します』
薔薇の扉を開けるとそこには若干赤が強めの桃色のドレスを纏った少女がいた。私の姿を見るとドレスの端を掴み少し足を曲げて挨拶をした。
「ごきげんよう、ペネロペ」
私も慌てて同じようにした。
「ごきげんよう、あ、えーっと・・・」
まずい。なんと呼べばいいかわからない。
「アンネでいいと、一年ほど前に言いました」
「そうだったあはは・・・」
「大丈夫?なんだか調子が悪そうですよ?」
流石に今の誤魔化し方はまずかったか。というか、そもそも隠す必要もないと思うのだけれど。
「実はふかーいわけがあってね・・・」
アンネは不思議がった。が
「それはあとで聞かせてもらおうかしら。今はとにかく座ってちょうだい。カストラ様も、どうぞお座りください」
とティータイムの用意がバッチリできているテーブルに手招きした。
「では失礼して」
普段よりも少し上品に座った。アンネも続いて座り、最後にカストラが一礼してから座った。
「で、その深い訳ってなにかしら?」
私はなるべく明るいトーンで話すことにした。
「実はね、私、転生病にかかっちゃって」
「てん、せい、びょう?」
アンネは首を傾げた。
「まぁ、普通そうなるよね」
とため息混じりに言った。
「記憶が遠い方から消えていって、自分のことをなにもかも忘れてしまって、最終的には別の自分に変わってしまう病気なんだ」
アンネは驚いて言った。
「それでは、死ぬのと同義だということですか?」
「うーん・・・それはどうなのかな」
私は考える。
「それを死と呼ぶのは宗教的な考えで、医学的な死ではないんだ。それでも私は、転生病は致死病だと捉えている」
アンネは心配そうな顔をした。
「怖くありませんか?」
随分と踏み込んだことを聞いてくれた。
「あと一年しかないって言われた時はたしかに怖かったよ。余命宣告だもの。でもね、もっと怖かったのは大切な思い出を忘れること。もしかしたらもう、忘れているかもしれないし。アンネのことを忘れていたようにね」
死ぬよりも怖いと言ってしまったが、これは紛れもなく本心である。おそらく私の最期は緩やかな眠りだろう。それが分かっていればそこまで怖いというものではない。だが、その眠りの直前に私の中になにもかもないとしたら、どうだろうか。そう考えると、記憶がなにもかもなくなるのが怖くてならないのだ。
「これが私ととペネーの最後の会話になりますのね」
アンネは少し寂しそうにした。それを見て私は乗り出してアンネの手を握った。
「だから約束してほしい。産まれてきたばかりの私とあって、アンネから私のことを伝えてほしいんだ。私の信頼できる友人として」
私は心からのアンネは緩やかな表情で言った。
「もちろんです。ペネーの友人として、産まれてきたばかりの後継者を祝い、貴女を伝えます」
これで安心だ。私という存在と新たに産まれる私ではない私は全くの別人だということを証明してくれる人が増えた。
最近のことや、最近あった面白い事なんかを話すとやはり、まだまだ十七歳の少女なのと思い知らされる。だが、いつかは女王になるだろう。だからこそ意識してしまう。会話の中に垣間見える世間知らずさに。
「いい機会だからここは一つ講義をしましょう。平和を謳うには忘れてはいけないことを教えるよ」
私はこう提案した。するとアンネは喜んで言った。
「じゃあ、お願いいたします」
それを聞いてホッとした。もし断られたらどうしようかと思ったのだ。
「生き物というのはね、産まれてきた瞬間に滅ぶ定めが決まっているの。要は、絶対死ぬってことだね」
「そうねです。それは生命に限らず、この世に出現したもの全てに宿命づけられたものですもの」
「そう。だから、私はその滅ぶのが少し早くなっただけ。でもね、滅び方には二種類あるんだ」
アンネは首を傾げた。
「何と何?」
「真っ当な滅び方と、そうでないもの」
アンネの表情が険しくなっていく。
「どういうことでしょう?」
「よっぽどのことがない限り、例えば殺人事件の被害者になったとか、事故に遭ったとか、そういうのじゃなければ人は生まれた瞬間に持っている天命を全うして滅ぶんだ。それを果たせず滅ぶのは人の滅び方じゃない。でもね、戦争が起こるとそういう人が増えるの」
アンネは頷く。
「わかっています」
「いいや、きっとわかってない。まともな死に方ができないのは兵士だけじゃないんだよ」
「・・・どういうことですか?」
あの風景が、ヴィクトルの悲痛な表情が、レリアの力のない微笑みが一瞬、走馬灯のように脳裏をよぎる。少し間を置いて言った。
「戦いに無関係な人々が突然明日を奪われ、異邦人は民衆によって少しずつ殺され自ら命を断ち、挙げ句の果てには、戦場では備品扱いとして戦いの道具にされる者が現れるの」
「そんなことが・・・そんなことが許されるのですか?!」
十七歳の私なら同じ反応をするだろうか。私はこういう事実に目を背けてきた、という自覚があったからそこまで驚くということはなかった。だが、、この反応を考えるに本当に知らなかったのだろう。
「もちろん許されることじゃない。でもね、どうしようもないことなんだ。特に既に起こってしまったことは」
アンネは呆然としている。おそらく実感が湧いていない、というところだろう。確かにこればかりは自分の目に直接焼き付けるしかない。
「カストラ。ヴュイエ三曹を呼んできて」
小さく頷くと「失礼します」と一言残して立ち上がった。薔薇の扉のところまで行った。私はアンネになるべく優しく語りかける。
「貴女はこの国の女王になる天命を与えられている。そのためには知らなければならない事実もある。でなきゃ民を導けないし、世間知らずの女王に民はついてこない」
アンネはゆっくり頷いた。
ヴィクトルが近づいてきた。
「何用でしょうか?」
私は少し躊躇した。王国の捕虜にされた兵から聴取した情報は既に目を通している。そこに記載されていた場所は、戦争が起こればどの国にも必ずできる、それこそ共和国にもあるところだ。人の負の一面を体現しているが、アンネに現実を見せつけるには他とない場所だろう。
「ワリアイア強制収容所。視察対象にさせてもらえないでしょうか?」
「・・・代償は?」
「アルトラス共和国視察時に、シャルゼレ強制収容所を視察対象可能域に加えます」
カストラは驚いた。
「そんな勝手に・・・」
私はトロリーバッグから一枚の書類を見せた。
「総理大臣権限で、許可を頂いてきた。最初からワリアイア強制収容所は見せていただくつもりだったんだ」
ヴィクトルは険しい表情をした。
「実はね、前回の極秘視察の時にこちらの外務大臣とお互い隠し事はなしだって約束をしたの」
私はヴィクトルに視線をやった。ヴィクトルは背筋を伸ばし言った。
「外務大臣に確認を・・・」
「その必要はないよ。だって確認は取らしてあるもの。ねぇ、スルーズさん!」
呼ぶと薔薇扉が開かれ、スルーズが入ってきた。そして跪くと一枚の書類を差し出した。
「リエレスター外務大臣より伝言と共にいただきました」
「ご苦労様。伝言をお聞かせ願えるかな?」
視察許可証を受け取って言った。
「我が国の『負』を、是非摘み取っていただきたい。ディオクス大陸評議会査察官殿」
ヴィクトルは目を見開いてカストラを見た。
「大陸評議会の査察官?!」
私も目をひん剥いてびっくりしそうになったがなんとか抑えた。
(それは知らなかったな・・・)
「ワリアイア強制収容所に関する強制捜査の許可状がおりていまして、ワルキューレも使いつつおこなおうと思います。しかも、要請してきたのはカトラヴェリオ連邦、アルトラス共和国そして、ヴァンヴィッヒ王国です」
査察許許可状をヴィクトルに見せつけて言った。
「私、わかっちゃった。もしかして、ワリアイア強制収容所って軍部公認組織であって政府公認組織じゃなかったんじゃない?ねぇ、ヴュイエ三曹?」
アンネは驚いた。強制収容所の意味がわかっているのだろう。
「軍は政府に黙ってそんなことを?!」
ヴィクトルに向けられた言葉だ。
「父上から聞いた話によるなら、差別派が台頭したとか、聞いたことがございます・・・」
軍内部でもやり方による分裂が起きていたらしい。
「ヴィクトルさんはどちらなんです?」
アンネは恐る恐る尋ねた。
「わ、わたしはもちろん、反対派です!いくら敵兵だから、いくら異民族だからといって殺していいわけじゃない!」
ヴィクトルの叫びにははっきりとした重みがあった。
「ならだれが・・・」
アンネは考え込んでしまった。
それよりも、私にはヴィクトルが少し焦っているような気がした。
「まぁ、あらざらい調べさせてもらうので。暇があったら大統領に許可状叩きつけておいてください」
カストラはヴィクトルに許可状を半ば強引に受け取らせた。私はアンネの手を握った。
「行こ、アンネ」
「は、はい・・・」
アンネはヴィクトルを疑うように見て、そのまま薔薇の扉から出て行った。
「あなたの父親の陸軍司令官ランカスト・ヴュイエが危ないかもしれませんよ、おぼっちゃん?」
カストラはわざといやらしく言ってみせて、私の後を追った。
姫の部屋には片付けをする使用人とヴィクトルが取り残された。
「ヴィクトルさん。大丈夫だろうか・・・」
カストラが呟いた。
「どういうこと?」
私は尋ねた。
「ランカスト陸軍司令官は今回の収容所事案に関しては白だと思うんです。でも、大陸評議会は絶対に黒だと決めつけた上で今回の査察を行うんです。ということは、どちらにても揚げ足を取られて倫理犯罪者扱いされるかもしれないんです」
「ヴィクトルさんに言ったあれは警告だったんだ」
「亡命の算段はしておいた方がいいと思ったんです」
話の流れで一つ尋ねてみた。
「ねぇ、カストラさん。大臣と国際査察官なんて兼任しても大丈夫なものなの?」
少し気になったので聞いてみた。
「ペネロペさんの先代であるポルッカ姉様も査察官であったのですよ。戦時中だったので危ないところも渡り歩きました。結果、亡くなりましたが、私も姉様に憧れて査察官になったのです。にしてもまさか、姉様と全く同じ経歴を辿れるなんて夢に思ってませんでしたけど」
私はカストラの頬を突いて言う。
「おっちょこちょいのカストラさんがほんとに国際査察官なんて務まるのか〜?」
「なっ?!失礼ですね!ちゃんと仕事はしてますよ!」
と必死に抗議してくるので笑いながらカストラの頭を撫でた。
「わかってるわかってる。いつも頑張ってる姿は見てるから」
カストラは少し照れながら言った。
「お母様の手を思い出しますね・・・」
あまりそれは言わないでほしい。願わくば、私も自分の子供を抱えたかったし頭を撫でたかった。しかしそれは叶わない。だからせめて、新しく私の身体を使う誰かには抱えてほしい。
チラッとアンネを見る。やはり暗い顔をしているが、ショックを受けると言うほどではない。しかし、それも実際に目を見ればわかるのではないだろうか。
「アンネ、気に病むことは無いよ。現実を知って絶望はするかもしれないけど、それを乗り越えてやっと民の模範になれると言うもの」
アンネは私の方を力なく見る。
「そうですね・・・ここでへし折れていてはきっと、『民の皆さんの怒りと悲しみを和らげる、優しく慈悲深き姫になる』という理想を掲げるだけで終わってしまうというのはわかっているのです。わかっているのですけれど・・・」
生まれ落とされた瞬間に運命を定められた人というのは、きっと自由なんてものを味わったことはないのだろう。生活に不自由はなくても、箱の中で生きている限りは自由は訪れないのだ。
そんな彼女に与えられた役割は、民の精神の支柱になること。彼女自身は嫌がってはいないようだから口に出していうことはしないが、それは人であることを捨てるという事だ。人は自身の意思を持って行動する生き物だ。なのに、人の意思の体現になるということは、自分の意思を捨てるということだろう。力のある王族は自らを人とせず、より高次の者とする事で民衆から支持を獲得してきたが、力なき王は自らの感情を殺してからくり人形のように、ただ民に寄り添い、同情して、共に嘆く。ただそれだけなのだ。
そんなことを考えていたら無意識のうちにアンネを抱きしめていた。
「なっ?!どうかなさって?」
「アンネはわがまま言ったこと、ある?」
「あまり聞いてはもらえませんでしたが、まぁ・・・」
「じゃあ外に自由に出かけたことは?」
「それはありません。戦時中は宮殿の外に出ることを禁じられていました。危ないとかなんとかで」
過保護、だろうか。なんだか違う気がするがそれはそうとして、ちょっとは外の世界を知って欲しい。
「何を考えているのです?」
「いやぁちょっとね」
アンネの表情が明るくなった。
「ありがとうございます。少し気が楽になりました」
「歳は離れているけれど友達だからね」
街のはずれにやってくると、急にどんよりした感じになった。これは間違いなくアレだ。車が止まり下車すると、そこには煉瓦造りの建物、ワリアイア強制収容所があった。放棄されて以来、一切手は触れられていないらしい。ここで、色々なことがあったと思うと少し入りにくい。しかしここまで来た以上、入るしない。
「ワルキューレ。護衛頼むよ」
いうだけ言っておいた。
アンネの手を引いて進む。カストラは合流した査察団と共に、いたるところを調べ始めた。
薄暗い廊下を歩いていく。まず最初に入ったのは、ベッドらしきところだ。狭く敷き詰められていて、とても人が暮らせるような環境ではない。それに少しキツイ匂いがする。
するとそこに手帳が一つあった。手を合わせて謝ってから、手に取り開いた。
新暦一八九三年 一月三一日
ここに収監されて一日目。一日の食事は朝昼夜ちゃんとある。寝床もしっかりしていて、意外と手厚いが、これからどんどん人が増えてくるだろう。そうしたらどうなるやら。早いうちに戦争終わらないかな・・・
二月一日
どうやら俺たちは兵器組み立てをやらされるらしい。俺たちが組み立てた兵器が同胞を殺す道具となると考えると心が痛い。毎日日記を書くことにした。もし俺がここで死んだとしても、この日記だけはなんとしても家族に送り届けて欲しい。
(中略)
四月一九日
収容された人たちが俺たちだけではなくなってきた。おそらく政治犯や反乱者なども収監されることになったのだろう。食事の量も減ってきて、ついに朝飯がなくなった。それでも、まだ労働だけで済んでいる。自由時間も許されている。ギリギリ心に余裕がある。
(略)
六月二六日
ああ。腹が減った。最近は満足に飯にありつけないし、ダラダラしたら鞭でしばかれるようになった。しかも、新たな囚人が入ってくると、身体が使えなくなった者は用無しとして容赦なく殺される。怪我をしないよう、気をつけなければ。
九月一七日
怪我しないかな。もう死にたいんだ。劣悪な環境で過ごすことを余儀なくされて、やせ細っているのに仕事仕事。ああ。死にたい。
九月一八日
やっと、けが、できた。かなりの、おお、けが。うでが、ぼっきりと、いった。あと、は、あたら、しい、しゅうじんが、くる、のをまつだけ。
―酷い。
もしかしたらシャルゼレでも同じことを行なっていたのだろうか。そう思うと、言葉が出ない。
「ここで同胞を殺めるための武器を作らせて、しかも用無しになったら殺す。これが、私たちの国が背負っている闇・・・」
アンネは泣き崩れた。
「こんな国をどうやって導けば良いのですか?!」
自らの国に絶望して泣いているのだ。それはそうだ。こんな姿を見せられて嘆かない者などいない。
「・・・でもまだこんなのほんの一端だ。もう少し見て回ろう」
正直行きたくない。だが、アンネに現実を見せなければならないし、私も『まともじゃない滅び方』をちゃんと見なければならない。これでも一国の大臣なのだから。
次は日記に書かれてあった兵器工場だ。地面を見ると血痕があるのに気づく。
これ以上は書きたくないほど悲惨な光景が広がっていた。
―王宮 アンネの部屋
「あれは酷かったね・・・」
口から吐き出さないと済みそうもないほど酷い光景だった。
「私が愛した国はこんなにも穢れていたのです。もっと綺麗な国だと思っていた。収容所然り、貧困に苦しむ民も然り。本当に私は、世間知らずだと知らされました・・・」
私だってそうだ。収容所がこんなにも酷いとは思っても見なかった。共和国での貧困層問題はメロディー・ミーアータ厚生大臣が徐々にではあるが変えていってる。
私は願いを込めてアンネに語りかけた。
「だから、アンネが声をあげて変えていくんだ。民に同調するだけの王族ではない。貴女は貴女らしい意見を持てばいい。それを知っているのは心だけ。心からの叫びは民に届く」
「果たしてこんな世間知らずの女についてくるのでしょうか・・・?」
自信を無くしている。だが、私は力強く言う。
「これから知っていけばいい。まだまだ時間はあるから」
アンネは涙を浮かべた。
「ほんとに、貴女は・・・」
「私は時間ないからアレだけど、うん。アンネはまだ人生の五分の一しか使ってないからね。ほんっとに時間があるし、まだ産まれたばかりなんだし、まぁ人生なんて楽しんだもん勝ちだから。悲しいこととか楽しいことを経て得た喜びは素晴らしいものだよ?」
「なんだかお年寄りみたいです」
人生末期だからこそ言えることだとは自覚していたので、否定はできないが
「私はまだまだ若いぞ〜」
アンネの頭をポンとしてから撫でた。
「理想の女王になって新たなペネロペにこの恩をお返しいたします」
アンネの手がゆっくり腰に回されて抱きついてきた。一瞬驚いたが私も抱き返した。
「・・・頼んだよ」
―翌朝、ミュンデ港
「舞踏会楽しかったねー」
「あまりお酒とか飲んでませんでしたもんね」
一応仕事中なので、酒は自重しておいたのだ。
一月になることがあったので、尋ねてみた。
「それで、カストラさん。ランカストさんの疑いは晴れたの?」
ハウンドアルゴリアの甲板から港を眺めながら言う。
「ちゃんと当事者資料と関係者資料もきっちり纏めさせていただきましたが、ランカストさんは本当に白でした。帰ったら報告書作成にかかるのでもう、大変です」
ヴィクトルの安堵する顔が浮かぶ。
「・・・よかったねヴィクトルさん」
ハウンドアルゴリアは大きな汽笛を鳴らして、港から去った。
また来れるだろうか
それは叶わないだろう。和平が完全に成立していないので、まだ民間船舶は国境を越えることはできないからだ。それ以上に、おそらく私が間に合わない。
新しく生を受ける貴女へ。いつか私の高貴な友の元を訪れてください。私は彼女を導きました。私は彼女を箱から出しました。彼女はきっと、私のことを話してくれるでしょう。そのとこはどうか、彼女の友として振る舞いなさるようお願いいたします。
まったく。お願いしてばかりですね。私が知らない誰かさん。でも、貴女の理想はたしかに受け取りました。罪はきっと赦され、罰は意味を失います。そして、争いのない世界は開かれていくのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます