7話 罪と罰〜箱入り花姫〜(上)

私の友人は、とても優しくて、とても賢くて、私に知らない世界を見せてくれました。

それがどれだけ残酷な事実だとしても。

アンネフローリア・フルール・ヴァンヴィッヒ



第四話 罪と罰(下)〜箱入り花姫〜


血の匂いが滲む鋼鉄の船体に背中を預けていた。船の上で風を浴びるのは心地が良い。しかし、未だに迷いは拭いきれていなかった。戦場で散っていった者たちは、平和な世を切り開くための犠牲だった。それはもう、疑いようのない事実だ。なら、関係もなく死んでいった者たちは、なんでもない日常を過ごしていた者たちの死に意味はないのか。その答えを得られぬまま私は、二つ目の公務、というよりこちらは約束なのだが、それを果たすためヴァンヴィッヒ王国に向かっていた。

「平和のお話をするだけなのに、こんな艦隊まで頂いちゃって。まぁ気持ちはわかるんだけどね・・・」

遡ること一週間前。私は外務省舎ではなく、首相官邸に来ていた。

「ところで、来週のヴァンヴィッヒ王国アンネフローリア・フルール・ヴァンヴィッヒ第二王女殿下との会談が控えているが、行けるのか?」

アルトラス共和国首相のイアソー・ヘレニクスは私にそう問いかけた。

「お気遣い感謝します。しかし、これは私が個人的に結んだ約束なので、私が出向くより他はないと思うのです」

カストラから聞いた話しによることなのでもちろんそれは身に覚えのない約束だった。アンネフローリアのことも知らない。だが、カストラによると姫君と私で話しをするという約束らしい。

「お前にしかできないことなのか?」

「罪を犯したとしても、せめて誰かとの約束は守らなければないません」

約束とは守るものだ。たとえそれが、記憶を失っていたとしても。

「そうか。とはいえ、一応公式扱いだし、内閣は君を失うわけにはいかないからな」

「え?」

私がいなくなったところで、何か変わるのだろうか。

「君が世界を平和に導いた、というのが世間でもっぱら話題になったことがあった。これは、共和国民の一人が三国を平和に導いた、ということで盛り上がったんだ。要するに、君は国民的スタァだ」

狙いがわかった。

「プロパガンダ有りじゃないと政権を保てないんですか?」

皮肉たっぷりに言う。

「和平条約締結までは政権を崩すわけにはいかない。それに、君を死なせたとなればそれこそ政権が倒れかねない。言っただろう?君は国民的スタァだと」

写真を撮られたことが一度もないので、顔が知れ渡っているわけでは無い。見られたら熱狂的なファンがまとわりつく、なんてことはない。だから、自分がそれなりに有名だという自覚がないのだ。

「だから、とりあえず海軍第二艦隊と、ワルキューレはつける」

私はきょとんとした。

「・・・それ、過剰なのでは?」

「そんなことはない。スタァを守るには過剰も何もないだろう」

そういうものなのだろうか、いやそういうものなのか、と勝手に一人で納得していた。

「はぁ・・・わかりました」

少し呆れながらに承諾した。


というわけで、ペルソンフォート級二番艦ハウンドアルゴリアの甲板に出てきた。

ペルソンフォート級は世界最大最強の戦艦である。全長は二百六十メートルで、海軍が強力であるという証だ。ネームシップのペルソンフォートと二番艦ハウンドアルゴリアが就航しており、大戦末期に投入された。

甲板には、白い軍服に身を包んだ女性がいた。

「お休みですか、ラルタ中将?」

第二艦隊司令官のアイリーン・ラルタ中将が、呼ぶ声を聞いて振り向くと、私に向けて軽く敬礼した。私も敬礼を返した。

「私は部隊司令官です。この艦の艦長ではありませんので、こうやって海風を浴びて休んでるんです」

アイリーンは艦橋を見上げて言った。

「海の上は気持ちいいですね。私なんか、汽車に揺られてばっかりで・・・」

と苦笑しながら言った。アイリーンはうっすら笑みを浮かべた。

「ええ。海はいいところです。何もなければね」

主砲である馬鹿でかい三連装砲が前方に二つ、後方に一つ。そこから放たれる弾は敵艦を撃沈し、人を殺す。

「沢山殺しました。ですが、撃つのを躊躇うと、殺されるのは私たちです」

ペルソンフォート級の二隻は新政権からの指示で、防衛線を繰り広げた。しかも、いま航行中の海域だ。私はそのまま話を聞く。

「戦場での兵士はただの駒に過ぎません。死ねばそれは我が軍の損害として扱われます。形式上だけでは無いですよ。死を悼む暇があるならば一人でも多くの敵兵を殺す。そうすることが、死んでいった仲間のためになる、そう教え込まれるんですよ」

「仲間の死すらも道具、ということですか」

アイリーンは再び進行方向を見つめた。

「我々司令官は焦ってしまうんですよ。敵を根絶やしにしなければこの戦いは終わらないんじゃないか、とね」

そうなれば自ずと目的はすり替わる。

「祖国を守るために戦っているはずがいつの間にか敵に勝つために戦っている・・・」

「そう、ですね。ですからアクティア海防衛戦で、我が第二艦隊は敵艦隊の撤退を許しませんでした」

つまり、一隻残らず撃沈したということだ。

「その晩は勝利を喜んで宴会を開きました。私の緊張も完全に緩んでいましたよ。ですが敵を追い払えば防衛線に於いては勝利です。我々は戦いに勝利したのです」

だがそれは仕方のないことだろう。守るために引き金を引いて一体何が悪いというのだろうか。

「撤退中の敵艦を追撃した挙句、背後から撃ちました。軍人になって三十年。司令官になって五年になりますが、なにが正しかったのかわかりませんでした」

どうだろうか。私は戦場に行って命がけで戦ったわけではない。だから、どうこう言えたことでもないしあまりわからないのだ。

「でも、戦争に正しさなんてないんです。命がけで、必死に戦うから人を殺していると感じる余裕はないのです。敵がいるから、撃つ。ただそれだけですよ」

「そういうものですか・・・」

「そういうものですよ」

納得はできないが、歴戦の軍人がそう言っているのだろうからそうなのだろう。

「私は少し違うと思いますけどね」

金髪のポニーテールで眼鏡をかけたすらっとした軍服の女性が近づいてきた。

「貴女は・・・」

見覚えはないがなんとなくわかる気がする。

「ワルキューレ・・・」

アイリーンがそう呟く。女性は私と、アイリーンに向かって一礼した。

「陸軍第三十一独立機動部隊ワルキューレ隊長。ブリュンヒルデと申します。此度はトランスリバー外務大臣護衛任務の命令を総理大臣閣下より直々に頂きました」

ブリュンヒルデは自己紹介した。

「なら、尚更聞きたいわ、ブンリュンヒルデ隊長。貴女は戦争に正しさがあると思うの?」

アイリーンがたずねる。

「私は随分と小さい頃から戦うための人形として教育を受けてきました。人型の動く人形はお前たちの遊び相手だ。なるべく沢山動かなくさせる遊びだ、と教えられました」

子供の純真無垢な心を利用した教育だ。恐ろしい、以外に言葉が見つからない。

「いざ戦場に出てみると、敵兵は命がけで突撃してきました。だから、一人だけに聞いてみたんです。なぜ、命がけで突撃してくるのかと。そしたら、勝って母さんのところへ帰るとか、色々でした。要するに大義があるんですよ。そういう意味では一人一人に正義がある、と言えるかもしれません」

まるで自身には大義がない、という言い方だ。

「確かに。大義のない戦いは負ける、とはよく言うわね」

アイリーンは腕を組んで頷く。

「生憎と私たちには大義なんて大層なものはありません。戦いは遊び、そう教育されてきたのですから。そう意味では戦いの無い世界では私たちが存在する意味なんてないのかもしれませんね」

ならばと、私は問いかける。

「今はどうなの?」

ブリュンヒルデは後ろにいる、戯れているワルキューレたちに目をやった。

「戦いに無駄な思考は持ち込まない主義なんです。ただ、人形のように敵を殺し続けるだけです。ですが、一時的にとは言え、戦いがない時代がきました。私たちの意味はあるのか退屈になるのだろうか、とかね」

そして頬を緩めて言った。

「争った果てには滅亡ではなく平和が築かれるというのなら、私たちの存在に意味はあったのかもしれません。それに、可愛い妹たちがいる限り退屈はしなさそうですし。こんな戦闘人形たちが人のように生きることが許されるのならば、これからもそのように過ごして行きたい、ですね・・・っと少し脱線しましたか?」

言われてみれば話題が随分とそれている気がする。

彼女たちが国内で暮らす分には問題ないと思う。ただ、他国だと彼女たちの顔を知っている軍人たちがいて、嫌悪されてしまうかもしれない。そう意味では彼女たちが生きれる世の中は、彼女たちのことを知っている人がいない場所に限定される。

それでも、彼女たちは人間だ。戦いが起きない限り人間だ。

「まぁ、いいんじゃないかな?それよりも、妹たちのところに行ってきたら?」

私はそう提案した。

「ええ。そうします。では、司令、大臣殿、失礼します」

ブリュンヒルデは笑ってそれを受け入れた。そして敬礼して妹たちのところに行った。

「私が初めて接触したのが戦場でなければ、娘のように接してあげられたのでしょうか・・・」

アイリーンは少し悲しそうに言った。

「今からでもそう接してあげてくださいよ」

「それは・・・そうですね」

船内に戻っていくワルキューレたちを見て、微笑んで言った。

「ラルタ司令!」

海兵の一人がアイリーンを呼んだ。

「なんでしょう?」

「まもなく艦隊はミュンデ港に入港します。艦船の配置などを指示を」

船が離れているのに指示なんてどうやってするのだろうか。

「赤を」

一言だけ言った。

「はっ!」

兵はビシッと敬礼すると走り去っていった。

そういえば、一つ気になることがあった。

「この馬鹿でかい砲塔はどうやって動かしているんですか?」

まさか、今では高価で開発が進んでいない電気を使っているのだろうか。

「普通は油圧と水圧ですよ。電力ってまだまだ心許無くて。それでも、電話はもうすぐ量産されるそうですから、もう少しすれば、変わるかもしれません」

それはそうか。未だにガス灯ばかりだし、なんなら電話もまだまだ有線だし。和平条約が締結されたらその辺は技術の交換が進んで開発がググッと伸びるところなのだろうけど。

「便利な世の中になっていきますね」

「そうすれば、生きるだけで苦労する時代が終わって人類には余裕ができます。もっともっと、便利さと娯楽を追求するようになって、技術は一層発展していきます」

「離れていても会話できるようになるんですかね?」

「御伽話の夢のようなお話ですけど、有り得るんじゃないですか?」

たしかに、空を飛ぶなんて夢のようなお話でも実現してしまった人間ならできるかもしれない。

ミュンデ港が見えてきた。

「私はこれで。流石に艦橋にいないと艦長に怒られそうだ」

アイリーンは敬礼してその場を立ち去った。

「お勤めご苦労様です」

私も敬礼して、伝わらないだろうが、そう言った。

「トランスリバーだ〜いじ〜ん!」

この声は、彼女に間違いない。

「何してるの、カストラさん?」

二十代とは思えない童顔と、スリムさ。嫉妬してしまうくらい可愛いのだ。

「もうちょい早くいくつもりが、廊下の途中で資料ぶちまけちゃって」

そしてこの微ドジなところもいい。

「だから、資料を減らしたらって提案したのに・・・」

するとカストラは片手で眼鏡をチャっと上げて真顔で言う。心なしか眼鏡の縁が輝いているように見える。

「大臣補佐として、全部必要な書類なんです!スケジュール表から前回の姫殿下との会話の記録まで全部持ってきましたよ?」

大臣業よりも秘書の方が向いているかもしれないカストラであった。

「確かに、前の会話の内容何一つ覚えてないからね。助かるよカストラさん」

「仕事ですので。それより先日の公務でのこと、相当お悩みのようでしたが・・・大丈夫ですか?」

若干遠慮して言う。

「大丈夫じゃないけど大丈夫。少なくとも今回の公務には支障をきたすことはないと思うよ」

とは言ったものの、会話の内容によってしまう。もしまた、『名無しの本』が出てきたらどうしようか。今度こそ壊れる、と言う予感がする。

「どういう意味ですかそれ・・・」

とツッコまれてしまった。

「そう言う意味だようん」

「むぅ・・・なんか納得いきません」

「あ、それより王国の軍艦がいっぱい見えてきたね!」

「話逸らさないでください!」

大臣現役時代にそんなに辛い思い出がないのはカストラのおかげなのかもしれない。

時刻は十二時。第二艦隊旗艦『ハウンドアルゴリア』は艦隊を港に残してミュンデ港第三突堤への接舷準備を行っていた。

「ミュンデって軍港なんだね」

ミュンデはウルティナ大陸最南端の港街だ。非常に栄えたが開戦すると軍港化し、それに沿って変化していった。今でもその名残は残り、煙突からもくもくと煙を黙々と吐き続けている、っていつから私はこんな洒落たことを言えるようになったのだろうか。

「接舷よーい!」

号令が聞こえる。海兵たちが慌ただしく準備をする。船体は陸と若干の隙間を空け、停止した。船を停泊させる準備が完了すると。先ほどの伝令兵が駆け寄ってきた。

「大臣殿。下船準備が完了次第、陸軍三十一部隊とともに下船されたし、とのこと」

「了解。伝令ご苦労様」

小さく敬礼すると海兵はビシッと敬礼し、持ち場に戻った。

「カストラさん。桟橋に向かおっか」

「はい」

私たちは桟橋の前まで来た。

「あ、だいじーん!二週間以来ですね?!」

と飛びついてきたのがボトムアップでまとめた朱色の髪とくっきりとした赤眼、朗らかな表情がよく似合う少女、ヘリヤだ。

「ヘーリーヤー?任務中に突然声をかけないの!」

と叱責するのが銀髪と群青色の眼のスルーズだ。

「声かけるくらい、いいじゃんかー。いいでしょ?」

「よくないです!」

「ずっと変わらないのね・・・」

ブリュンヒルデは呆れ顔で言った。私も苦笑いしてその姿を見ていた。

「あ、スルーズさん。ちょっといい?」

「はい、なんでしょう」

とスルーズを呼び寄せた。

桟橋がかけられ船から降りる準備が整い、ワルキューレたちに囲われながら、異国の地に足を踏み入れた。そして、迎えの車に向かって歩いている途中、今日の予定についてカストラから説明を受けた。

「大臣殿。本日の予定ですが、護送車で宮殿まで向かい国王に謁見、その後、アンネフローリア王女殿下と謁見し、その夜開催される舞踏会に参加します。よろしいですね?」

「了解。スケジュール管理ご苦労様。やっぱり頼りになるわぁ」

やはり秘書業に向いているカストラなのだった。

護送車の横に深緑の軍制服を身に纏っている若い男性が立っているのに気がついた。

「お待ちしておりました。イスカリア共和国外務大臣トランスリバー殿。ようこそ、ヴァンヴィッヒ王国へ。私は陸軍所属のヴィクトル・ヴュイエ三等陸曹と申します」

ヴィクトルは敬礼と共に名乗った。私はひとつ驚いたことがある。

「ヴュイエ三曹はアルトラス語が話せるのですね」

ヴァンヴィッヒにはヴィエンツァ語という固有の言語が存在するはずだ。ちなみにかつての私はヴィエンツァ語を流暢に話せたらしい。今は無理だけれど。

「そのことはまた、車の中でお話し致しましょう。ですので、どうぞお乗りください」

車のドアを開けながらそう言った。

「どうも」

一つ言ってから乗車した。カストラも小さく挨拶して車に乗り込んだ。

車は向かい合う席の配置になっていた。ヴィクトルは私たちの向かい側で運転席側に座った。ヴィクトルが合図を出すと私が乗る護送車は他の武装車両に囲まれながらミュンデを最短コースで後にした。

「ヴュイエ三曹。先ほどの話の続きを聞かせていただけないかしら?」

まぁ、なんとなく予測はつくのだが聞いてみた。

「母がアルトラス人なんです。移住後は父と仲良く暮らしてたみたいです。けれど戦争が始まってからは、帰った方がいいんじゃないかって話になって。でも家族だからって帰らない決意をしたんです」

なんだか含みのある言い方だ。

「帰った方が良かったんです。まず敵国民のカトラ人が民衆差別の対象になって、さらにその後、アルトラス人が差別の対象になりました」

私は驚いた。

「なんで敵国民だからって差別されなきゃならないのかな・・・」

記憶があった頃はまだ相違思考はしていなかったのだろうか。だが、全くわからない。その辺が世間一般の人との感覚のズレなんだと思う。するとカストラが

「トランスリバー大臣のようにお考えになる方ももちろんたくさんおられます。しかし、民衆差別はだれか一人が始めた地点で伝染病のように広がって行くのです。どれだけそれがいけないことだとわかっている人がいたとしても」

もしそれで、差別された人が生きていけなくなるぐらいまで追い詰められでもしたら・・・まさか。

「ある朝のことです。私はいつものように目覚めました。いつものように階段を降りていつものように『おはよう』と、ただ一言朝の挨拶をしようと思ったら、母は首を吊って力なくぶら下がっていました。誰を責めればいいのかわかりませんでした。だって民衆は母を攻撃はしたけど殺しはしなかったのですから。母は自ら死を選んだのですから」

誰が悪いのか、と問われれば明らかに彼の母を攻撃した民衆だろう。攻撃したことが原因で自ら死を選ばなければならなくなるほど精神的に追い詰められたのだ。だが、そんな事例が王国だけだったとは思いにくい。考えたくもないが、おそらく共和国内でも起こっていただろう。

「貴方は大丈夫だったの?」

「私は陛下に匿ってもらいました。そして、忠誠を誓って命を陛下に捧げる選択をし、最も安全な道を行きました」

彼の判断は賢明と言える。しかし、よくもアールデン王は彼を匿っておいて非難されなかったものだ。よほど慕われているのか、もしくは非難すると一発で監獄入りみたいな圧政を敷いているか。私としては前者だとは思いたいが。

「そういうことですので、通訳はお任せください」

「よろしくお願いしますね」

しばらくするとあることに気がついた。ミュンデを過ぎてからあまりにも風景が変わりすぎなのだ。

「もしかして、ミュンデって一般人立入禁止区域だったりするんですか?」

ヴィクトルは少し驚いて言った。

「よくお気づきになられましたね。ミュンデは軍港ですから。それ以上のことはお話しすることはできませんが」

だから、最短コースでミュンデを後にしたのだろう。

「ヴュイエ三曹。ミュンデからレーゲンスプラハまで軍用でも鉄道は繋がってないんですね」

と率直に疑問を浮かべた。レーゲンスプラハはヴァンヴィッヒ王国国内央部に位置する首都で、最大の街だ。

「港街だったころはあったんですよ。軍港化してレールも撤去されました」

必要がなくなったということではないのだろう。資材を運んだりしなければならないから、必要ではあったはずだ。ならなぜか。

「機密保持ですね」

「列車である以上、セキュリティが甘くなってしまいますからね」

それは隠さずに答えてくれた。

「ですよね。そりゃそうですよね」

私は政府専用装甲列車を思い出しながら言った。

「質問は以上ですか?」

「ええ。カストラさんも良いね?」

突然話を話を振られたカストラは少し慌てて

「は、はい!ないです!」

返事をした。うん、かわいい。

「ここからレーゲンスプラハまでは長いですから、現在の立憲君主制ヴァンヴィッヒ王国の成り立ちについてお話しいたしましょう。」

リーフローレイが興味ありそうな話だな、と思いながらみた。

「遡ること一九八年前。ヴァンヴィッヒ王国は絶対王政を布く強大な国家でした。臣民は王を讃え、王の所業に異を唱える者は誰一人としていませんでした」

それは珍しいことだ。誰かしらが王族に反感を持って反乱を起こしたりすることなど、普通のことだ。だから、仮説を一つ立てた。

「かなり権力を手放していたから?」

「絶対王政期のヴァンヴィッヒ王国は中央主権的でした。ですので、王の権力は強力でしたね」

要するにその仮説は外れということだ。すると今度はカストラが仮説を立てた。

「民たちに重税をかけなかったから、でしょうか?」

するとヴィクトルが考えるそぶりを見せた。近づいたのだろうか。

「それもありますね。ですがそれが最大の理由ではありませんよ」

どうやらかすりはしたようだ。

重税を課さなくてもいいということは、経済が非常に潤っていたということになる。遠征だってしているはずだろうに。

(む、まてよ・・・)

いま私の頭にびびっときた。

「戦争に負けたことが無いし遠征も失敗したことがないから、ですか?」

ヴィクトルは少し驚いて言った。

「おお!そこに辿り着けるのは流石です!」

「それほどでもぉ〜」

過ぎたお世辞なのはわかっていても、少し照れるというものだ。

「戦いで金を使っても、勝って金を略奪していたので失うどころか潤っていったのです。常勝かつ民に優しい王族は、好評でした。しかし、それも三〇〇年前年前の話。それ以降は敗北を危惧して戦争は一度も行いませんでした。それが変わったのが今から一九八年前なのです。建国五〇〇周年を迎える二年前ということもあり、ヴァンヴィッヒ王国の北にある、クィンタール帝国に対し、侵略戦争を行うことにしました」

カストラはそれを聞いて何かに気づいた。

「民の記憶にある常勝の王族が段々伝説になっていっていることに嫌気がさしたのでしょうか?」

ヴィクトルは頷いた。

「そうですね。臣民に王族が偉大で強力であることを再認識させる意図がありました」

「それがかえって首を絞めることになる、と」

その後の結末を知っているから言えることなのだが。

「結果、王国は敗北。王の権威は堕ちた上に財政危機に陥りました。各地では反乱が起き、王国は荒廃した北部と貴族派の南部に分裂。南部は立憲君主制ヴァンヴィッヒ王国に、北部はゲルティア共和国となったのです」

思わず耳を疑った。ヴァンヴィッヒ王国とゲルティア共和国はほぼ同じ広さだ。

「こんなに巨大なヴァンヴィッヒ王国が元々は倍もあったというとですか?!」

「私も初めて知った時は驚きましたよ」

ヴィクトルは少し笑って言った。

カストラはヴィクトルの話を頷きながら聞いていた。

「アルトラス共和国は六国乱立時代という混沌を極めた時代がありましたが、ヴァンヴィッヒ王国はそういう時代が無かったのですね」

「そうなんです」

ヴァンヴィッヒ王国は内乱の歴史が少ないのだ。

瞼が重たい。そういえば船の上で全然眠れず睡眠不足だったのだ。公務中にも関わらず、意識がすうっと遠ざかっていくのを感じた。ヴィクトルはそんな私を見て微笑んで言った。

「お眠りになっても構いませんよ」

流石に私は頭をふるふると横に振った。

「流石に公務中なので・・・」

「睡眠時間が足りてないのが目に見えてますよ」

ヴィクトルは私の目元を指差して言った。

「もしかして、クマができてたり?」

ヴィクトルは頷いた。

「・・・寝てもいいですか?」

控えめに尋ねてみた。

「もちろんです」

その言葉に甘えて眠りに落ちた。

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