6話 罪と罰〜名無しの本〜(下)
瞼をあけると・・・
「って、このくだり何度目かな?」
もはや電車内での夢見は恒例化してきた。今度はどんな夢だろうか。と、思いもしたがよくよく考えると、夢の中でこれが夢だと知覚できるのも中々特殊だと思う。手を広げると、大きな本がずっしりと乗った。タイトルは空白だ。
「物語を開かない以上は風景すらも見えないということね」
まぁ、当たり前のことであるが。割と重たい一ページ目を開くと、目の前の光景は一変した。
―ここは美しい緑の平原でした。そこに一人の少女が立っていました。
「平原?それとも、花畑?」
とある伝説に出てくるような楽園そのものだ。ざくざくと平原を歩いてみた。すると
「おー・・・ネー・・」
私を呼ぶ声がしたのだ。そこへ走り寄ると敷物を敷いて、ちょこんと座っている少女の姿があった。
「あなたは・・・」
だれかと尋ねようとした。
「もう。ペネー、何ぼーっと突っ立ってるのよ」
身軽に立ちがると少女は私の手を引っ張った。その瞬間だった。
「っ?!服が・・・」
変化したのだ。クラスハウンの実家で着たかつての私服に。さらに、身長も低くなっている。そして、この少女の名前も流れ込んできた。
「もう、引っ張らないでよ、アイラ」
「ぼーっと突っ立っているからよ」
知らないはずなのに親しくできる。これは、幼馴染に感じるそれと同じだ。或いは・・・
―ただの幻想か
夢か記憶かによって別れてくるところだ。夢ならばアイラは自分が無意識に作り出す友人ということになるが、もしそうでないのならば。まったく異質な記憶だ。転生病を通り越して覚えていることんてあるはずがない。
「ぺ、ネ、え?」
デコを人差し指でツンと突かれた。
「い、いた・・・」
「難しい顔しないの。ここがどこかなんて関係ないわ。とにかく今を楽しみましょう?」
不自然な言い回しだ。アイラの声には不思議ではあるが、他者を誘惑するような波長がある。
「う、うん」
敷物の上に座ると、アイラはバスケットからサンドイッチを二つ取り出した。片方を差し出してきたので、受け取ってすぐに口に運ぼうとした。
「と、そのまえに。いただきますっと」
といってから二人して口に運んだ。
「うーん。安定の美味しさね」
「そうだね」
安定とはどういうことかよくわからなかったが、ここは便乗しておく。
黙々と食べ続け、全て平らげるまでに二十分とかからなかった。
「「ご馳走さま」」
アイラはそのまま話し出す。
「ねぇ。ペネーはなんで万人に罪があると思う?」
唐突な哲学的質問だ。少々戸惑ったが、かつて至った答えを述べる。
「生きている以上はどこかで、必ず犯してしまうから」
アイラは微笑んだ。まるで、そう返ってくることを予期していたかのようだ。
「ペネーらしいわ。でもね、私はそうは思わないの」
「じゃあ、どう思うの?」
そしてはっきりと一言で
「愛があるから」
と言い放った。
「愛?」
人の心などには触れない学問を修めてきた私にとっては少々難解な理論だった。
「そう、愛よ。人は感情がある限りなにかを愛さなきゃならないわ。たとえそれが、自分の思想であってもね。だから、その愛を貫き通そうとして」
「罪を犯す」
「その通り!じゃあ、なんで罰があるのかな?」
「求めるから・・・」
これはハッキリとわかった。
「自分のことだから?」
「かもね」
アイラは、はぁ、とため息をついて草の丘を眺めた。
「長閑よね、ここ」
「異世界みたいだ」
アイラは私の方を向くと笑ってみせた。
「異世界、ね。ありえるかも。だってさっき、一瞬で服も変えたし縮んで見せたじゃない」
思わず息を呑んだ。あの現象が見えていたというのだ。
「アイラは貴女の中にある記憶の一部。でも、この物語の登場人物の一人でしかないの」
アイラは指をくるくると回し魔法を操るようにした。そして、宙に一ページ目が開かれた本が浮かんだ。
「この場面は序章。まだまだ物語は続くの。だからページをめくるのよ。でなければ物語は進まないわ」
―少女は躊躇しました。ページを進めると、幸せな時間が終わってしまうと直感したからです。
「それでもよ。大丈夫。恐れないで。この物語を形作るのは貴女よ、ペネー」
―少女は決心しました。ページを掴むと、周りから少しずつ時間が止まって行き、それと同時に緑の草は色を失っていきました。
「この本は貴女に応えてくれる。貴女が欲しいものを示してくれる」
アイラの手が私の手の上に添えられた。ついに草原は時を失い、モノクロと化して止まった。そして、ページをめくると光景は一変する。全てが炎に包まれたのだ。
「なっ?!アイラ!」
私は名前を叫ぶ。しかし、笑みを浮かべるばかりで何もしない。
「アイラァーッ!」
アイラは炎の中に消えていった。暗闇の中で俯き、涙を浮かべた。顔を上げるとそこは―
燃え盛る都市の中だった。自身の姿を確かめる。身長は変わらず、しかし汚れていた。
「・・・なんなの?いったいなんなの?!」
―見ればわかるはずの光景を見て、少女は叫びました。
燃え盛る街を歩いた。
「だれかいないの・・・?」
―少女は気づきません。戦火で焼かれた都市に、生存者なんているはずもないことに。
「ねぇ・・・いないの・・?」
―少女はまだ気づきません。気づきたくもないから。
「あ、人が・・・」
―少女はまだ気づきません。それがただの屍であることを。
「ねぇ、そんなに血で顔を染めちゃって・・・目は開けないの?」
―少女は気づきません。目の前に広がる光景に。
「ああ、ああああ・・・」
―少女は・・・
「うるさい!そんなことわかってる!」
―まだ気づきません。
「やめろ」
―そこにある
「やめろ」
―人が
「ヤメロ」
―全て
「ヤメロ」
―スベテ
「ヤメロ」
―屍であるということを。
幾千もの屍。その全てがこちらを向いて倒れている。目は限界まで見開いている。
「見るな・・・」
その屍に光はない。なのに私を見つめてくる。
「こんな光景、私は求めてないッ!この本は私が欲しいものを示してくれるんじゃなかったのッ?!」
そして無慈悲にも本は語り続ける。
―少女が目をそらし続けたものが、そこにはありました。
「心のどこかで私は、求めていたって言うの?」
崩れ落ちて手と膝をついて俯いた。そして唇を噛み締めて絞るように言う。
「罰を」
目がさめるとオーゼストが私を心配そうに見ていた。
「大丈夫か?顔が真っ青だけど」
オーゼストの肩から離脱すると、手を額に強く当て、片手で頭を抱える構図になった。
「おぞましい夢を見たよ。ある意味私が私に見せた夢だったけれど」
「最近不思議な夢を見るとはよく聞くが、少し悪夢寄りなの多くないか?」
例の自己迷走の類とは違う。かと言って自己否定でもない。
「何が何だかわからないよ・・・」
「夢は夢だ。そう割り切るほうがいいよ」
そう言うものかと無理やり納得することにした。
「とか言ってたらもうすぐ着きそうだ」
―楽園の草原。
窓から見える光景の私が最初に抱いた印象はそれだった。
―オーゼ。夢は夢と割り切るのは難しそうだ。
私は一人、誰にもわからないように笑みを浮かべた。
汽車は緩やかにその足を止めた。すると衛兵が客車に入ってきた。
「ご報告します!ミリア・トリア基地に到着いたしました!」
「報告ご苦労。護衛は私とワルキューレでやる。お前たちは休め。これは命令だからな」
ご丁寧に念まで押して衛兵を下がらせた。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
オーゼストを前にして汽車を降りようとした。すると、降りる直前でオーゼストの手が差し出された。
「ありがと」
その手を取って、汽車から降りた。そしてそのまま、離さなかった。私たちは、無言で微笑み合い、そのままトリア国立病院に徒歩で向かった。
「普通は車で行くんだけどね。ここは空気が綺麗だから使用は禁止されてるんだ」
「環境保護法ってやつ?」
「そう」
そういえばそんなものもあったものだ。わりかし蔑ろにされがちだが、ここではこの自然を守ろうとする人たちがいる。保護法が無くとも、この自然は守られると思うのだ。
「ねぇ、あれ見てよ。羊の放し飼いかな?」
「そうだな。いやぁ、初めて見たかも」
ここだけ時間が止まっているかのようだった。平和で静か、感じるのはそれだけでいいはずだった。だが、どうしてもこの静けさが私には怖くてならない。なぜかはわからないが、怖いのだ。
「もう少しで着くぞ」
周りの音が聞こえなくなっていたが、オーゼストの声で帰ってきた。
「あれなの?」
指差したのはかなり年季の入った古い二階建ての建物だった。
「あれがトリア国立病院だ。また来ることになろうとは思っても見なかった・・・」
私はオーゼストの手が震えているのを感じ取った。
「大丈夫。私がついてる」
両手でオーゼストの手を覆う。
「少し不安だが・・・大丈夫。きっと大丈夫だ」
オーゼストは自分に言い聞かせるようにした。そして、トリア病院へ再び歩み始めた。
病院の前に銀髪の女性が立っていた。
「お待ちしておりました。トランスリバー外務大臣」
と頭を下げた。だが、この雰囲気は間違いなく彼女だ。
「今日はよろしくお願いします。アイラ」
アイラは力なく微笑んだ。
「私のこと、覚えてくれていたのね」
「忘れるはずもないよ。というか友達じゃなくても貴女の名前はどこでも知られているよ」
少し表情が翳った。
「『カマリオの少女』・・・」
アイラがボソッと呟く。その言葉にオーゼストは驚いた。
「カマリオ侵略時 に唯一生き残ったという少女アイラが・・・」
「はい。そうです」
私はアイラの手をとって言った。
「本当に久しぶり。会えて嬉しいよ」
「私も会えて嬉しいわ」
そう言ってアイラは一歩下がった。
「これから、ここの案内をする・・・と言いたいのだけれど、少しだけあってもらいたい人がいるの。いい?」
私に会おうとしているということか。であればそれはまずい。すかさず、護衛のヘリヤが訪ねた。
「そのお方がトランスリバー外務大臣にお会いしたいとおっしゃっているのですか?」
アイラは首を横に振る。
「いいえ。私があってもらいたいと思っただけです。一人息子を持つ女性の方なんですが、旦那さんが苦しい状態に置かれていて、誰かの言葉が必要なんです。ですから・・・」
私はそれを聞いてすぐに動こうとした。
「是非、会わせてほしい」
アイラは安心して言った。
「そう言ってくれると思ったよ。というわけで、護衛の方も問題ございませんね?」
ヘリヤがレギンレイヴとエイルに合図を送った。レギンレイヴとエイルはそれに応じて目配せする。
ヘリヤはそれを見て次の発言をした。
「ファーリウム中佐と私が護衛に入り、レギンレイヴとエイルが扉を守ります。よろしいでしょうか?」
アイラは表情を変えずに
「構いません」
と言った。
「付いてきてください」
私たちはアイラに付いていった。廊下を歩いていてあることに気づく。
「ここの看護師は少ないの?」
誰がどう見たって明らかなのだ。
「看護師っていうのも名ばかりよ。カウンセラーが本業の方もいたわ。もう、私を含めて十人しかいないけれど」
理由はあるのだろうか。しかし、なんとなくわかってしまうので聞くことはできない。
「そう・・・」
としか言えないのだ。
廊下には、足音だけが鳴り響く。しばらく歩くと応接室までやってきた。
「ここよ。お話し、聞いてあげてね」
「うん」
アイラはノックを二つした。
「お連れしましたよ」
そう言って扉をガチャリと開ける。
「あ、貴女が・・・」
女性が立ち上がる。
「ペネロペ・トランスリバー外務大臣です。どうぞよろしくお願いします」
私は深く頭を下げた。
「ランカ・ストアと申します。こちらこそ・・・」
女性には覇気がなかった。見かねて座るように促した。
「はい・・・」
ランカが着席したのを確認してから、私は座った。
「お子さんがいるとお聞きしていたのですが、どちらへ?」
とりあえず話しのきっかけは作った。
「他の看護師様と遊んでいただいております。トランスリバー大臣こそ、なぜこちらに?」
「視察です。公務で来ているのですが、ある事情がありまして一線を退いております」
淡々と述べる。
「国中ではもっぱら貴女のことだけで話題が持ちきりになった頃がございました。『平和の女神』と」
やはり、その異名で呼ばれると少し恥ずかしい。
「とても、ご立派なことだと思います。ですが、私は思ってしまうのです」
ランカの反応は今までのものとは違う。
「というと?」
「貴女のような方の出現がもう少し早ければ」
少しばかり、驚いた。ランカっはどうやら大きな勘違いしていたのだ。私があんな大胆な決断と行動ができたのは、停戦という状況があったからだ。もし、継戦中ならば、きっと動くことすらできなかったと思うし、まず間違いなく私は死んでいる。だが、ランカがそういう風に思ってしまうのはそう言うことなのだろう。
「貴女のような方の出現がもう少し早ければ、夫がああならずに済んだのに」
それを受けて、オーゼストが恐る恐る口を開いた。
「レリア・ストア少佐、ですね。私の部下です」
するとランカは再び頭を下げた。
「夫がお世話になりました」
オーゼストは立ち上がり深々と頭を下げた。
「レリア達の命を守れませんでした。あそこで、彼は自らの命を賭して戦場で戦い抜いたのです。命令してまで止めました。でも、止まらなかった。無理やりにでも止めていれば・・・」
「過去を後悔しても、それが晴れることはありませんよ。だって過去なんですもの。私も
過去のことだって、綺麗サッパリ忘れてしまった方がいいと思います。縛られないで生きようって思ってします。でも、やっぱり縛られて、当たり前なんですよ。だって人間だから。過去を振り返る生き物だから。過去を見て、その失敗を繰り返さないようにするから。でも、振り返らなくていいことまで振り返ってしまうものです。それでも、いつかは過去のことだって言う日が来ます。それが今日か来年かなんて関係ないんです」
オーゼストはハッとした。私はそれはそうだと思ったが、やはりこう思うのだ。
「それは・・・そうですね。ですが、それで忘れてしまうのはいけないと思うのです」
私はますます、レリアと会うのが不安になってきた。だが
「もう、話してもお二方に答えれることは少ないと思います。と言うよりむしろ、答えを求めにきたのではありませんか?」
そう言われてしまうと返しようがない。私が黙り込んでしまうのをアイラは確認して口を開いた。
「では、そろそろ院内を見回りましょうか。まずは院内最後の生存者であるレリアさんのところから」
「そうですね」
と先に立ち上がった。
「ええ。答えを求めにきました。なんなら、問いも」
一礼してから退出した。再び院内の明るくも薄暗い廊下を歩いていく。
「レリアさんが最後の生き残りってことは、もう看護師としての仕事はしてない・・・?」
と訪ねた。
「そうね。もう遺族の方のメンタルケアばっかりになっちゃってる。しかも運ばれてくる人はもう、末期の方ばかりだしね。こっちがメンタルケアしてもらわなくちゃいけなくなるほどなのよ?」
話していると、病室の前に着いた。アイラはノックして、
「はいりますよー」
入室宣言とともにガチャリとドアを開いた。
するこには寝たきりの男性の姿があった。
「レリアさん。短い間だけど、お客様ですよ。ペネロペ・トランスリバー外務大臣と隊長さんです」
失礼します、と言いながら入室し、レリアのベッドの近くの椅子に座った。しかし、オーゼストはその姿を見るや否や、懐かしむでもなく悲痛な声を漏らした。
「ああ。レリア。こんな姿になっちまって・・・」
全身に火傷を負い、包帯だらけになったその身体はもう死に体そのものだ。夢の屍と被ってしまうのだ。一つだけ、違う点を挙げるとするならば、その瞳がまだ生きているということぐらいだった。
「レリアさんはいつの日か声も、身体も殆ど動かせなくなりました。それでも、ここまで生きてこれたのは、愛するランカさんと尊敬する貴方に会うためだったのですよ、オーゼストさん」
オーゼストはそれを聞いて、レリアの手を握った。そしてその手を額に当てる。
「お前の・・・お前の反対を押し切って止めていればお前がこんな目にあうことはなかった!」
しかし、レリアの目はオーゼストに向けられている。なにかを言いたくても何も言えない。だから、見つめることしかできない。でも、彼の目からは呆れているような、そんな感じがした。彼はどう思っているのだろうか。はたまた、ただ見つめているだけなのだろうか。どちらにしろオーゼストは答えを得ることはできないのだ。
レリアは震えるながら私を指してきた。
「ペネーがどうかしたのかい?」
オーゼストは優しく問いかける。するとレリアはゆっくり頷いた。私は困惑した。私の言葉を求めているわけではあるまい。すると、オーゼストは何かに気づいた。
「お前たちの犠牲の上に平和が成り立っていると、そう言いたいんだな?」
レリアは嬉しそうに頷いた。
「確かに、お前たちが戦ったからこそ今のこの国がある。必要な犠牲だった、とは言いたくないが・・・」
事実、彼らが戦わなければ今の平和はない。それが、名もなき兵士たちの命の意味なのかもしれない。
だが、そうでない者は?
戦場ではなく、街で普通に日常を過ごしていた人たちはどうなるのだ。彼らの命に意味はあったのか。結局私は、誰の言葉も聞かず、自分が掲げた信念のみを追求するばかりで、ちっとも散っていった命のことを理解できていなかった。理解しているつもりではあったのだ。
「私の行いを偽善だと、貴方は嗤いますか?」
もちろん答えは帰ってこない。私には、レリアが信念を貫きすぎて周りを見ようとしなかった罪、そのものに見えてきた。
「私はどんな罰を受けるのでしょう・・・いえ、受けさせていただけるのですか?」
答えは帰ってこない。ただ、その生ある瞳がまっすぐ私を捉えてるだけで。
「答えがもらえない、それこそ私への罰だというのですか?」
この問いかけにも答えはもらえない。
「私は・・・」
返ってこないとわかっている質問を最後に投げかけた。
(罰を受け続けなければならないのでしょうか?)
病室には静けさが漂った。だが、その空気は重く、私は今にも押しつぶされてしまいそうだった。
―夜 ミリア・トリア基地
互いに沈黙する。目をそらし続けたことへのツケはいつか回ってくるとわかっていた。
―貴女は自分勝手だ。
そうだ。その通りだ。
―場所も状況も考えずに自分の思考のままに口にするその醜悪な行為が
(醜悪、か・・・)
―やはり、貴女は周りを見ようとしない。周りの言葉も聞こうとしない。
確かに、そうやって生きてきた。そうでなければ、周りに振り回されて壊されそうだったから。
―それは言い訳だ。
だったらどうすれば良かったのか。
―・・・
答えてくれなかった。答えくらい、明確な罰くらいは受けさせてくれても良いのではないかとも思ってしまう。
(甘え、だね・・・)
罰は甘えだ。罰を受ければ罪は赦されてしまうから。私の罪は赦されるべきではない。それでも罰を求める。この罪の海に溺れてしまいそうなのだ。
―命のない眼差しを見たね?
あの屍たちは私に何を訴えかけてきたのだろう。もしくは、なにかを訴えかけてきているということすら、罰を求めるが故の妄想なのか。
―命のない眼差しと命のある眼差し。その違いとはなんぞや?
誰でもない、私がそう問いかけているのだ。
(違いはないよ。その目が訴えかけてくるものは、言葉じゃない。その人の本当の言葉が知りたいんだ)
私はそのまま疲れ果てて、眠ってしまった。
―翌朝
私たちは再び、トリア病院へ向かった。
「おはよう、アイラ」
朝の挨拶をすると返事は返ってこなかった。
「・・・・」
代わりに沈黙が漂った。私も馬鹿ではない。こういう反応の場合は、きっとそういうことなのだろう。
「もしかして・・・」
私はすぐにレリアさんの病室に案内してもらった。
そこには、レリアを抱えて泣きじゃくるランカがいた。
「うそよ・・・うそよ・・・」
オーゼストも、その場で涙を流した。
「どうか、安らかに眠ってくれ。今この世はお前たちのおかげで平和だ。守り続けなければ・・・な?」
オーゼストに目を向けられたが私の思考は完全に混乱状態だ。オーゼストは救われたかもしれない。だが、私はどうだ。
そこには、昨日までに生きていた人が、昨日までその瞳に命を宿していた人が、ここにはもういないという現実がある。
「短い間であったけれどあなたのことは絶対に・・・」
あの悲惨な戦場で戦った兵士が、また一人この世から去った。
いつしか、ランカの涙が自分にも移っていた。悲しくて泣いているわけではない。ただそこで、一つの命が消えたということが、私の目に涙を浮かべさせているのだ。
こんなにも思考はめちゃくちゃなのに、それでも表現できる肉体は一つの命に一つしかない。なんと不便なことか。
「でもね、この涙は本物だよ・・・」
―貴女に罰は与えない
名無しの本。思考が止まると頭の中を勝手に歩きだす本来の私そのもの。
―貴女が犯した罪の重さに見合う罰がない
ではどうすれば赦されるのか。
―罰は与えない
教えてくれ。どうすれば赦してくれるのか
―バツはアタえない
赦してくれ。
―バツ・・・アタ・・・
教エテ
―ユ・・・さ・・・い
ドウスレバ
―ユルさな・・・
ユルシテクレル?
―赦さない
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