2話 大切な人を幸せに思い出せるように(下)

「あなたは本当に信じられると思いますか?」

 眼を開けるとそこは、見慣れない王宮だった。いや、見覚えはある。

 ―信じられるか、などと・・・

 目の前にいるのは恐らく、ヴァンヴィッヒ王国アンネフローリア姫であろう。齢は十六程か。となればこの光景は恐らく、六ヶ月前にあったアンネフローリア姫へ謁見した時のことだろう。

 さて、『あなたは本当に信じられると思いますか?』ときた。何の覚えのない言葉だ。だが、私がなんと答えたかはハッキリと覚えていた。

「勿論にございます」

「なぜです?こんなにも我が愛する臣民達がたくさん、たくさん、亡くなりました。今はその傷を癒す為には停戦していると聞きました。もう平和な時が訪れることは無いと誰もが思っております。あなたもカトラヴェリオ連邦の最初の訪問の際、そのお命を狙われたのでしょう?」

 おそらくそんなこともあったのだろう。だが、そちらの記憶は薄い。オーゼが守ってくれたから。

「それでもアンネフローリア姫殿下は私に会ってくださった。それだけでも、十分に平和を信じる価値があると思うのです」

 アンネフローリアは表情を動かさない、所謂ポーカーフェイスというやつをしていたのだろう。しかし、もう慣れたものだった、と思う。動じない姿勢には動じない姿勢を取ることが、身に染み付いていた。

「なぜ私のお誘いに応じてくださったのですか?」

 私は一つ、石を投げてみた。

「アルトラス共和国のほとんどの者が争いへと進んでいくのに対し、あなたが長を務める対外を担当する部署、確か外務省と言いましたか、あなた方々は平和路線ではありませんか。それが気になりまして」

 アンネフローリアは少し笑って見せた。だが、それが真意には見えない。

「姫は平和な世をお望みでしょうか?」

 アンネフローリアの眉が少し上がったような気がした。私は続けて尋ねる。

「姫の真意をお聞かせ頂きたい」

 アンネフローリアは目を閉じ手を胸に当てて言った。

「先程、愛する臣民がたくさん亡くなったと言いました。そこから出てくる感情は怒りや、悲しみ。そして、復讐という行為につながります。それは、人間が持って然るべき感情です。ですが、それが連鎖すれば本当に終わり無き戦乱の世となってしまいます。ですから、私は臣民の皆さんの怒りと悲しみを和らげる、優しく慈悲深き姫になるのが目標なのです」

 折りたくない信念があるなら、最初から土俵には上がってこない。つまり、私が何を言いたいかっていうと。

「殿下は強いお方だ」

「貴女と論争したかったのです。だって貴女は紛れもなく強い女性なんだもの」

 その後、私とアンネフローリアは周りの眼を気にせず論争を繰り広げた。と、曖昧だった記憶のフィールドが全て砂に変わった。


「あれ?姫って誰だっけ」


 覚醒したというのになんだか歯切れが悪い。姫という単語だけが頭に残っていた。しかしだれかというのは思い出せない。

 ―あ、でも王国ってヴァンヴィッヒ王国しか無いから・・・

 すぐさまアンネフローリア姫に結びついた。どんな人なのだろうか、と思いもした。汽車の咆哮が私を完全に覚醒させた。時間を見ると十二時であった。

「ご飯食べるか」

 トロリーバッグの中に収まっていたランチボックスを取り出す。そこにはオーゼストが作ってくれたサンドイッチがつまっている。手を合わせて、いただきます、と言ってから半分に切られ三角形になっているサンドイッチを一つ取り、頬張る。味はというと、典型的なハムとかレタスとかが挟まったものから、ちょっぴり辛いもの。フルーツサンドまであった。

 十分ほどで平らげると手を合わせて、ごちそうさま、と唱え軽くなったランチボックスをトロリーバッグにしまう。そして到着まで本を読んだ。

 時刻は一時。定刻通りの到着である。

「特急って時間ピッタリだ」

 汽車など時刻表を守らぬ交通機関だ。それが意外だった。

 すこし軽くなった身体を座席から離し、トロリーバッグを持ちそのまま汽車から降りた。そしてそこから飛び出してきた光景はというと、首都イスカリアとは何もかもが違う、海に面した街並み。綺麗な海と船が停泊する港。

「すごい綺麗・・・」

 アートデルフ地方主要都市アートデルフの美しさに見とれていたが、感動している場合ではなかった。乗り換えでベイリング駅まで行かなければならない。乗換時間は十分ほど。あまり時間がないので、まっすぐに一番線へと向かう。アートデルフからベイリングまでは三十分ほどで着くのですぐである。

 汽車が一番線を出て十分経った頃だった。景色が途端に変わった。草原が増えて、全体的に田舎っぽくなった。ベイリングに到着すると時刻は既に二時過ぎだった。

「小さい町なんだ・・・」

 ベイリングは予想していたより小さい町だ。

 町の中心に少し高めの建造物が建つ。恐らく過去の城の遺産だろう。建物も最新式ではなく、どれも老朽化している。むしろ、ベイリングという街を表現しているのではないだろうか。

 私は早速聞き込みをすることにした。最初に行くとしたら、どこだろうか。あまり思いつきもしなかったので、行き当たりばったりで尋ねてみた。

「キルケア・アイエーという方、知りませんか?」

 まずは老人に尋ねてみる。首は横にふられた。次に若い人にも尋ねてみた。しかし反応は同じだった。これを何度も繰り返すうち、一時間が経過した。時刻は既に三時。どうしようか困り果て、ベンチに座る。

「はぁ〜」

 昨日に続き、手がかりゼロ。いったいどうすればいいのか。しかし、この町にいるのは確かなはずなのだ。もう少し頑張るかと、腰をあげようと思ったその時だった。

「おねーさん。だれ探しているの?」

 齢九歳ほどの女の子が私に話しかけてきたのだ。

「え、えーっとね・・・」

 私は紙切れの肖像を見せて尋ねる。

「キルケア・アイエーって人なんだけど、知らないかな?」

 正直期待はしていない。するとまじまじと女の子はその肖像を見た。女の子は首を傾げて何かを思い出そうとしていた。

「あのね、見覚えはあると思うの。でもね、その人かどうかはわからないから、みんなにも見てもらいたいの」

 と言って走り去って行ってしまった。

「行っちゃった・・・」

 私はやはりまだ、信用などしていなかったが、それでも女の子のことは待とうと思った。

 十分ほど待つとその女の子は他の男の子や女の子を連れてやってきた。

「手伝って欲しいことってなんだよー」

「まぁまぁ見てよ!」

 どうやらかなり強引に引き連れてきたらしく、文句を漏らしている子もいたがそれでも来るあたり根っこは優しい子たちなのだと感じた。いや、拒否した子はここにはいないかもしれないが。

「おねーさん!さっきの絵、見せて!」

「いいよ」

 と手に持ったままの肖像を子供達に見せた。すると予想外の反応が返ってきたのだ。

「あの人だよね」

「そうだよ。きっとあの人だ」

 ざわざわし始めたのだ。すると女の子と同じくらいの歳の男の子が尋ねてきた。

「知り合いなの?」

 知り合いというわけではないのだが、用事はあるといったところだ。しかし、果たして伝わるだろうか、少し不安だったので

「この人を探してるんだよ」

 と簡単に答えた。するとさっきの女の子が答えた。

「キルケアって人は知らないけど、私たちの知ってるこの人はフォコンおじさんのことだよ。ね?ね?」

 女の子は仲間たちに同意を求めた。すると皆一様に頭を縦に振った。

「フォコンおじさんは近くにある山小屋に住んでて、一年に一回、二日くらい住んでることがあるんだ」

「その時にね、ご本を読んで聞かせてくれるの。」

「すっごく面白いよね!」

 人物像がはっきりしてきた。ともかく、結構まともな情報らしいのでもう少し踏み込んで聞いてみることにした。

「フォコンおじさんって、最近明るい?」

 すると男の子が心配そうな顔をする。

「ううん」

 今度は別の女の子が続けた。

「ご本もあんな楽しそうに読み聞かせてくれていたのに、どうしちゃったんだろう・・・」

 たしかに今まで明るかった人が急に暗くなると不安になる気持ちはわからないでもない。

「なら、私がフォコンおじさんに明るい顔を取り戻してくるよ。それでまた本読んでもらお?」

 また軽い気持ちでこんなこと言ってしまう自分がいた。心のどこかでは余生ぐらい自分のために使ってもいいのではないか、と思ってもいた。だが、よく考えれば私の好きなものは人の笑顔だった。そんな自分が自己満足のために人助けをする、それは自分にとって幸福な生き方ではないか、と。

「ほんと?」

 男の子が尋ねる。

「本当さ」

 私は小指を出した。

「約束」

 男の子も小指を出して、私の小指に絡ませた。

「じゃあ、よろしく!」

 小さな約束の儀式をした。

「フォコンおじさんがいる山小屋がどこにあるか教えてもらえないかな?」

 私は尋ねると、この町で恐らく一番大きいであろう道をまっすぐ指差していた。だが、目標はそこではないとすぐに気づいた。

「この道をずっと進んで山に入ればいいんだね?」

 と私は尋ねた。女の子は頷いた。

「ありがとう。じゃあ、また会えたら・・・ってさっきみんなと約束したか」

 笑いながら子供達のところを後にした。

 時刻は三時三十分。ようやく山の麓まできた。さらに山の中に入ると、意外にもは獣道ではなかくそれなりに整えられていた。ここからさらに三十分の登山を経て、四時過ぎになったところでようやく、妙に広い公園みたいなところに出た。

「うわぁ。ザ・ガーデンって感じだぁ・・・」

 私は一人で感嘆していた。ところどころ日が差し込むが、明らかに木の数が少ない。だがその空間だけまるで異次元のようだった。

 目を凝らして小屋が無いか探してみた。すると何やら、木造らしきものが見える。

「あれかな?」

 歩き始めてから気づいたが、案外遠く、そこにたどり着くのに二十分かかってしまった。

「意外とおっきいじゃん。」

 近づく前は小さな小屋に見えたが、コテージくらいの大きさはあると思う。私はドアノッカーを控えめにコンコン、と二度叩くとすこし下がり出てくるのを待った。ガチャリとドアが開くとそこから出てきたのは、だらしない格好をした男性だった。

「誰だい、君は?」

 と当然の問いを投げかけられた。

「ペネロペ・トランスリバーです。あなたはフォコン・・・いえ、キルケア・アイエーさんですね?」

 逆に名を確かめた。

「あのトランスリバー大臣か。遥々、イスカリアから来たのかい?」

「はい」

 するとキルケアは家に入るように手招きをしたので

「失礼します」

 と言いながら入った。キルケアは少し綺麗なソファーへ座るよう促した。私は素直にそれに従い座った。その後、キルケアも座った。

「改めて、はじめまして。アトライア文庫代表取締役社長のキルケア・アイエーだ。貴女のことは新聞でしか知らなかったが、よろしく」

「こちらこそよろしく、キルケアさん。私のことも良ければペネロペ、と」

 キルケアは少し笑みを浮かべた。だが、その笑みに力はこもっておらず無理やり笑顔に見せているようにしか見えなかった。

「じゃあ、ペネロペ。なぜ僕のところに来たのかな?」

 いきなり核心的なことを尋ねてきた。だが、濁す理由がない。正直に丁寧に話していった。

「私は今、転生病を患っており、余生も一年足らずに迫っているのです。ですから、思い出を本にしようと思いまして書こうと思ったら書けなかったのです。それで、オーゼに助けを求めたら、あなたを紹介された。それで弟子にしていただきたいという次第にございます」

 キルケアは驚いた。

「転生病か・・・辛いね」

 同情されたが、私は辛くなど今は微塵も思っていないので否定する。

「オーゼがいてくれているんで、辛くはありませんよ」

 オーゼという名前に反応したようだ。

「オーゼってオーゼストのことか?」

「私の愛人です」

 キルケアが視線を下ろした。

「そうか。あいつが・・・」

 表情はわからない。

「ペネロペ、あいつは軍人だ」

 当たり前のことを言われた。

「それが、なんでしょう?」

 と問い返した途端だった。


 ―失っても知らんぞ


「まさか・・・」

「僕は最愛の妻、アリシアを無くした」

 アテールスの言葉の真意を理解したのが遅すぎた。しかし、それが理由でここに移り住んで隠居、というのには少し引っかかる。

「それが原因、なのでしょうか?」

 尋ねる。

「『鳥と空飛ぶ少女』の主人公の少女のモデルはアリシアなんだ」

 私はなんと言えばいいかわからなかった。だが、あの本のラストがああなっている理由が理解できた気がする。

「ここはね、僕とアリシアの思い出の地でもあるんだ。開戦前はずっとここにいた。子供達と遊んで、無駄でなんでもない話しをした。ずっと幸せだったんだ。でも開戦してしまった。その時は僕が守ってやるって言ってずっと守ってたんだ。でも、どうしても別の隊で指揮しなくちゃならない時ができてしまった。その時に、アリシアは戦死したんだ」

 思い出すように自嘲の笑みを浮かべるキルケアの顔は悲しそうだった。

「それから軍を辞めてアリシアとのことを本にしようと思ったんだ。あの本を完成させてアリシアのことをいつでも思い出そうと考えた。でも、思い出す時はいつも悲しくなってしまう」

 キルケアの微笑が少し震え声に変わった。

「守ってやるって、約束したのになぁ」

 私は目頭が熱くなっていた。いや、もう溢れていた。

「そんなの・・・悲しすぎます」

「僕は涙なんて流せないよ。それこそ、アリシアに申し訳がたたない」

 気持ちはよくわかる。それも経緯を考えれば最後に交わす言葉もなかったと見えた。涙など流せないだろう。私はいてもたってもいられなくなって、出直すことにした。

「街で一晩過ごします」

 さっさと家を出ようとしたら

「いや、うちで泊まっていきなよ!」

 と誘ってくれた。しかし彼には秘密でしたいことができたのだ。

「いえ、また朝きます!」


 その夜。意外にも宿泊するためのホテルはあった。

 ―あの人は永遠にアリシアさんの言葉を求めているのかもしれない。

 私は急いでインクとペン、手紙サイズの紙を取り出した。

「さてと。どう書こっかな・・・」

 昔は代筆という仕事があったらしい。私もその真似事をやってみようと思う。

「とはいってもなぁ・・・」

 他人の気持ちを代弁する、ましてや故人ともなれば余計に難易度が跳ね上がるのも当たり前だ。

「あ・・・」

 トロリーバックを見た。あの本がある。タイトルは『鳥と空飛ぶ少女』。キルケアの主観が入っているとはいえ、少しはアリシアのことを理解できる。

「読み返そっか」

 と自分に言い聞かせてから本を開いた。

「キリーって・・・ああ、そう言うこと」

 だとか

「夫婦っていいなぁ・・・」

 とか、改めて読み返してみると面白い。これら全てがキルケアとアリシアのやりとりだと考えれば、思いのほかリアルに感じる。

「や、やっと終わった・・・」

 結果、本が付箋まみれになった。

 付箋がつけられたのは少年と少女の会話のシーン。そこから連想される口調などをなるべく予測し、アリシアになりきる。しかし、わざとらしくなってはいけないという至難の業である。

「『そういうことじゃないでしょ?』うーん・・・いや違うな」

 書いては直し、書いては直しを繰り返す。そして、本を読み始めたのは夜の六時。手紙を書き終わったのが十二時だった。手紙を丁寧に降り、封筒に入れて蝋印をする。

「よっし。できたー」

 正直やり甲斐があったかどうかは明日になって見なければわからない作業である。こんなことを仕事でやっていた人の気が知れないと思った。だが、素晴らしい仕事であったのは間違いなかった。


 ―翌朝

 私は早速手紙を持ってキルケアを訪ねた。ドアノッカーを二回ほど叩く。今日のキルケアは少し整っていた。

「おはよう、ペネロペ」

「おはようございますキルケアさん。あの・・・」

 と手紙を渡そうとした。が、直前になって恥ずかしくなった。だが、キルケアはその手紙をなんの言葉もなく受け取った。そして封筒を開く。あえてかは知らないが私に聞こえるように読み上げた。


 キリー。げんき?あたしはすっごい元気、って言いたいところだけど、もう声を交わして話すことはできないね。それと、『鳥と空飛ぶ少女』だよね。あたしのこと、すっごく丁寧に書いていてくれていてすごく嬉しいよ。私の方がキリーのこと愛してるつもりだったのになぁ。でも、ずっとキリーの心の中で私は生きているんだね。だから、悲しく思い出しちゃダメだよ。私を思い出す時はいつでも笑顔で思い出して欲しいんだ。


 キルケアの声が止まった。というより、呂律が回っていない。

「キリーにはずっと生きてて欲しい。愛してるわ。ずっとずっと」

 キルケアの手が私の肩にかかった。キルケアは分かっているはずだ。この手紙が決して本人のものではないと。それでも


 ―アリシアになれただろうか


 それは、キルケアの反応が全てを示していた。

「アリシアの心は、君の中に、あったん、だね・・・」

 私は少し驚いたが顔を緩めて、『鳥と空飛ぶ少女』の本を差し出した。

「違います。アリシアさんの心はキルケアさんの本の中にあります。この本の中で生きていましたよ」


 ―あなたの言葉がこの手紙をアリシアにしたのですよ


 その言葉はもう不要であった。キルケアの涙が枯れるまで私は待ち続けた。手紙をだいじにだいじに抱えて泣く姿を見れば私も少しもらい泣きしてしまうと言うものだ。大切な人を失う悲しさは、本当に失った時にしかわからないのだろう。しかし私は失わせる側だ。それまでにオーゼストが死んでしまう、ということはないと思うが。

 二十分ほど待つとようやくキルケアの涙が止まったようだ。

「弟子にして欲しいんだって?」

「はい」

「僕は君にお礼しなくちゃならない。それで、ペネロペに教えれることがあるならなんでも教えるよ」

 二つ返事で了承してくれた。これで執筆が進む。と、その前にだ。子供たちに笑顔の顔を見せてあげなくては。

「子供たちが心配していましたよ、師匠?」

「師匠はやめてくれ」

 私たちは笑い、その笑顔のまま子供のたちのところへ行ったのだった。

 その日は子供達と笑い合いながら、好きなことをして過ごした。


「おーい!フォコンおじさーん」

 子供たちが手を広げて走り寄ってくる。キルケアは振り向いて優しい笑みを浮かべながら抱きつきに応じた。

「おじさん行っちゃうの?」

 キルケアは困ったような表情をしたが、

「ああ行くよ。次来るときは新しい本書いて読んであげるからね」

 その声にはすべての人を包むような暖かさがあった。私の心まで暖かくなってきた。これがキルケアという男性の本来の人間性なのだろう。私はそんなキルケアと子供たちを見て、そっとしておこうと思い少し離れようとした。が

「おねーさんも、ぎゅーしよ?」

 かわいいものに目がない私としては抱きしめないという選択肢はなかった。

 子供たちと少し遊んでから駅に向かった。

 汽車に乗り、窓の外からベイリングを見た。正直少し名残惜しいし、寂しい。もし次来ることがあればそれは私でない私なのだから。

「ペネロペ。次の冬は僕が君の心をここに連れてくるよ」

「え・・・」

 私の心を読んでくれたのだろうか。だがそれに不快感はなく、寧ろくすぐったいというか、嬉しかった。

「ありがとうございます・・・」

 私の心は満ち足りていた。だって、周りにはこんなにも優しい人たちがいるのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る