第5話 白雪姫、シンデレラ、かぐや姫

 豪奢なドレスに身を包む白雪姫。上級貴族夫人たちとのパーティーという名の腹の探り合いに疲れた彼女は自室へ向かった。


 侍女に扉を開けさせると、二人の声が聞こえる。一人はシンデレラ、もう一人は——


「──こんにちは、お邪魔しています。白雪様」

「いらっしゃい、シンデレラ。……って、あんた」


 艶やかな黒の長髪に黒曜石のような瞳、富士の山をあしらった壮麗な十二単。神々しいまでの光が部屋に満ち、陶器のような白い肌は貴族の娘と遜色ない。


 彼女は『かぐや姫』。月から来た日本のお姫様である。


 そんなかぐや姫を見て、白雪姫は少しだけ眉を寄せた。実を言うと、白雪姫はかぐや姫を苦手としている。その理由はというと……。


「おや、白雪姫。久し振りかな。元案じたりきや?」


 そう、言葉が分からないのである。


 急に黙り込んだ白雪姫を見て、かぐや姫は首を傾げる。


「いかがせり? ……あな、すまず。家主より先に寛げる非礼を詫びむ」

「かぐや様は、白雪様より先にお部屋で寛いでいたことを謝罪しているようです」


 ……。


「——いや何で分かるの!?」

「えぇと、かぐや様のお言葉が分かることについて、ですよね? 魔女のおば様から、言語を翻訳する魔法を教わってますので」

「何でもありじゃない……」


 怖気づいた自分が馬鹿らしいと、白雪姫は肩を落とした。


「まぁ、それならちょうど良いわ。かぐや姫! 聞きたいことがあったの!」

「何なり?」


 疑問を浮かべるかぐや姫に、白雪姫は前々から気になっていたことを告げた。


「魔法の鏡が、『自分は付喪神っすよ』って言ってたの。付喪神って確か日本の文化よね? どういう意味なの?」

「付喪神……か」


 かぐや姫は自分がつい先ほど通ってきた魔法の鏡を見る。


「付喪神とは長きほど経、道具が精霊となりしもののことを言ふ」

「では、魔法の鏡様は精霊様だったということですか?」

「否」

「違うのですか?」


 シンデレラはかぐや姫と魔法の鏡を交互に見た。白雪姫は単語しか分からず困惑顔である。


「自分は意思が芽生えた鏡っすよ。ちょっと鏡同士の移動ができるだけっす」

「嘘な吐きそ」

「嘘?」


 白雪姫がこてんと首を傾げた。何かおかしなところはなかったように思えたが。それともかぐや姫にとっては嘘と断じるに値する何かがあったのだろうか。


「汝は『姿の映るもの』ならば、いかなるものにも乗り移るべし。付喪神とは道具そのものなり。故に、汝とは根本より心ばへ異なる。鏡は古くより殊更なるものとさる。汝は付喪神といふよりは……あやかしに近からむ」

「シンデレラ、翻訳」

「えぇと、魔法の鏡様は『姿が映るもの』なら、どんなものにもにも乗り移れる……と。鏡は古くから特別なものとされ、魔法の鏡様は付喪神というよりは、あやかし……怪物? に近いとのことです」


 じっとかぐや姫が魔法の鏡を見つめる。それが誤魔化しは許さないと言っているようで、魔法の鏡はもし人の体を持っていたら頭を搔きむしりたくなるほどだった。


「──あーもう! 何で分かったんすか!?」

「易きことなり。乗り移るべきが鏡ばかりならば、何故白雪姫の生きたることを知れり? 白雪姫、小人の家に鏡やありし?」

「……小人の家に鏡があったかどうか聞いてるのよね?」

なり」

「なかったわよ。当たり前じゃない。小人たちは全員男よ? 鏡は高いんだから、身だしなみもロクに整えない小人たちが態々買うわけないじゃない」


 白雪姫の時代に高級品である鏡を買うのは、それこそ貴族ばかりだった。


「確かに……鏡にしか乗り移れないのならば、小人さんの家にいた白雪様が生きていることを魔法の鏡様は知るよしもないはずですもの」

「なほ言はば、前に幻術に関はりのある者どもに茶会しけむ? 即ち、昔の人魚姫のけしき映しいだしきと聞きけり。海……といふより水は鏡のごときものなり。故に、海といふ名の鏡に乗り移り、その光景を映すべかりけむ」

「え……!? あぁ!?」

「状況が分からないわ。どうしたの? シンデレラ」

「前回、魔法や魔女に関係する人たちでお茶会をしましたよね?」

「えぇ、したわ」

「そのとき、魔法の鏡さんが人魚様の昔の様子を映し出したでしょう?」

「……あ!?」


 海に鏡があるはずもないのだ。例えあるとしても、人魚姫と海の魔女を完璧に映し出せるなんて、それこそ奇跡である。


「全く、ささやかな秘密暴かれて溜まったもんじゃないっすよ」


 やれやれ、といった雰囲気の魔法の鏡だが、そこに不穏な空気を纏って近づく者がいた。


「鏡よ、鏡」

「白雪姫様?」

「あたしね、嘘と隠し事が一番嫌いなの。知ってるわよねぇ?」

「アッ、ち、違うっす。いや、違わないんっすけど割るのだけはご勘弁──」

「──問答無用!!!」

「キャアアアアア!!!」


 お姫様のような叫び声を上げ、魔法の鏡は割られた。


「気や済みし?」

「えぇ、スッキリしたわ。色々教えてくれてありがとう」

「礼には及ばず」

「白雪様、私の翻訳がなくとも会話できていますね」

「あら、ほんと。まぁ、何となく分かるときは分かるのよ」


 何だかんだで白雪姫は適応力が高かった。


「そういえば、ここに来たからには何か愚痴があるのよね?」

り」


 かぐや姫は日本茶(持参)を啜った後、頷く。


「けふは吾がなづけにつきて、話しに来けり」

「まぁ、婚約者の方と何かあったのですか?」

「あんた、婚約者いたの!?」


 そこからだった。今回、魔法の鏡の件で仲良くなったが、その前までは特に接点がなかったのだ。そのため、白雪姫は他のお姫様から聞いた話くらいしか知らなかった。


「他の子から貴族やら帝やらを振ったって聞いたから、恋愛に興味ないのかと思ってたわ」

「即ち、疾うになづけありけり。彼らの恋の叶ふことなどあり得ざりき」

「ふぅん? 叶わぬ恋だったのね。

 シンデレラってかぐやの婚約者についてはどのくらい知ってるの?」

「私も詳しくは……。あぁでも、かぐや様の婚約者は月の神様だそうです」

「スケールがでかいわね」


 これで正直に恋人がいる、と貴族たちに言わなかった理由も分かった。迎えが来ていたときならまだしも、普通にこう言われたなら、振る口実としか思われないだろう。


「で? その月の神様がどうしたのよ」

「たとへば、うるさきなり」

「面倒と言いますと……?」

「毎度、行く先を聞きつ、男と話すをけやけく厭ひつ、一々口いだししきたりとな。……吾は稚児ならず」

「うわぁ、束縛系って感じね」

「確かに、心配性というよりかは子供扱いのような感じですね」


 白雪姫はドン引きだった。本人のサバサバとした性格もあるが、「流石にこれはない」といった反応だ。

 シンデレラにも過保護な夫がいるが、それは淑女レディー相手としての範疇に収まっていた。


「よし! その調子で全部吐き出しちゃいなさい!」

「あな、させむ」


 そんなこんなで結構お茶会は盛り上がった。
















白雪姫

誰とでもすぐに仲良くなれる。かぐや姫とも友達になりたいので、シンデレラから翻訳魔法を習おうとしている。

魔法の鏡の秘密を知れて良かったと思っている。もやもやしていたのがスッキリしたので、この後しばらくは機嫌が良かった。

鏡を割っても自我には支障がないことが分かったので、今後ちょくちょく割られることになる。魔法の鏡は泣いていい。

嫌いなものは嘘と隠し事。

最近の悩みは魔法を使いたいのに、使い方が分からないこと。本格的にシンデレラに教えを請うべきかしら……。


シンデレラ

王妃としての立場もあるので友人は選ぶが、手段は選ばない。大体は魔法で何とかなるため、「お友達になりたい」と思ったら即行動する。意外にアグレッシブ。

嫌いなものは特にない。

最近の悩みは魔女のおば様が魔法の鏡の複製のため、どうしてもオリジナルに会いたいと言ってくること。そればかりは白雪様と魔法の鏡様に聞きませんと……。


かぐや姫

一人称は吾。

古風なお姫様。月では現在でも古語が主流らしい。言葉の壁もあり、仲良くできる人が限られる。今、頑張って現代語を勉強中。

かぐや姫曰く、「月の民は地球の民の眷属のようなもの。故にこちらは地球の民の言葉を理解できるが、地球の民はこちらの言葉を理解できない」とのこと。

何がとは言わないが絶壁。

実は、魔法ではないが妖術的なものを使える。

嫌いなものは狭いところ。流石に竹の中に閉じ込められてたのは怖かったらしい。

最近の悩みは婚約者が束縛してくること。






※かぐや姫の言葉は『現代文を古文にする3』というサイトで翻訳してます。

※どうしても全文の内容が知りたい人は、『古文を現代文にする』というサイトで翻訳すれば(多分)分かります。

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お姫様は幸せか? 魚水水鬼 @fish-water0801

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