第二章 メインとモブと その2
〇〇〇
五回目となる未来夢で、俺は一つ反則的な行動に出てみた。
嫁の前で唐突に口にしてみたのだ。華風院陽彩と木下蘭の名を。
俺なりにRP制約の中でも何か出来ないかと模索して辿り着いた打開策。
この二人の名前にどう反応するかでやんちゃ嫁のより正確な情報が──或いは二人のどちらかであるのが判明するんじゃないかって、そう期待して。
きっと自分の未来だとしても断片的な滞在しかしない、今の自分が生きている世界ではないという部分が、柄にもなく大胆な行動にいかせたんだと思う。
ともすれば、あのモブキャラ二人を変に意識させられてる自分に嫌気を感じて──あぁ、これはあったな、うん。
はたして結果はというと──まぁ見事な肩すかしに終わった。
発音出来なかったのだ。二人の名前を。苗字に名前どちらとも。
俺が口にした言葉は■■■■と何だかノイズにしかならず、やんちゃ嫁には「それ何語なわけ? アイスピークジャパニーズオンリーなんだけど」とくすりと笑われて終わる始末。
が、ものの試しにとついでに口にしてみた姉貴の名や、クラスで一番可愛い女の子の名はどういうわけか、正常に発音出来ていた。色々と試してみたが、口に出来ないのは、今のとこ、華風院と木下の名前のみ。
どうにも俺は、未来夢で嫁候補に該当しそうな人物の名を正しく発音することが出来ないらしい。
恐らくこれは、先の制約の延長線上にあるものなのだろう。例えば俺がやんちゃ嫁だと判明した女の子を意識しすぎたせいで、この未来に変な影響を与えないように──だとか、そういった類いのリミッターがかけられてるっぽい。あくまでも推測にすぎないが、この嫁候補ってのは少しでも俺が「もしや」と感じた時点で、その枠に入っちゃうんだと思う。何故木下と華風院だけ呼べないのかの理由が、そんくらいしか見当つかないし。
残念だが、地道に探すしかなさそうだ。
〇
冷静に考えてさ、ゲリラで全校生徒を校門で待ち構えてビラ配りしながら大声で呼び込むなんて所業、相当な羞恥プレイだよなぁ。
翌日。登校した俺は、下駄箱で靴を履き替えながら、放課後のことを思い浮かべて億劫になっていた。何せこんな大それた行動に出ること自体、主体性の薄い俺からしたら人生初の経験なのだ。いくら双葉学院人気ナンバーワン教師がついてるとはいえ、本当に大丈夫なのか。姉貴以外はオーラ皆無のモブメンツだぞ……。もう不安で不安で夜しか眠れない。
と、自分の教室を目指す中、他の教室で朝っぱらからぎゃーすか騒いでる女子集団の端に木下を発見した。集団の中で自ら前に出ることなく、相槌やガヤに徹するその姿はまごうことなきモブ子って感じだ。あんなんでちゃんと人前に出て声掛け出来るんだろうな?
積極性なさげで頼りない仲間の姿を目に、更に陰鬱な気分を加速させて自分の席に辿り着いた俺は、はぁーっと幸せが逃げていきそうな程のため息を零して着席する。
「おはようございます香坂さん。どうしました、朝から気分が優れないようですが?」
「おう、おはよう。いやそのちょっとな。放課後のことを考えると──って、ん?」
反射的に挨拶を返した後で気付く。今の声、女の子のものじゃなかったか……?
慌てて声のした方へと振り向く。なんとそこには、華風院がさも当然のような顔で隣の席に座ってスマホを弄っていたのだった。何で、華風院が俺の隣に?
「ど、どうしたんだ華風院? あ、放課後のことで何か話でもあったとか?」
「いいえとくに。一応知り合いになった以上は、挨拶しておくのが礼儀かと思いまして」
「そ、それはどうもご丁寧に……けど、そんなわざわざ他のクラスにやって来てまですることじゃないつーか──いや、別に嫌とかそんなわけじゃなくてだな」
──は、これって。もう既にフラグが立っちゃってるとかそういうことなのか?
華風院陽彩こそあのやんちゃ嫁の正体で、こう見えて恋すると積極的にアピールするタイプだったと。それが高じて未来では隙あらばいちゃついてくるあのやんちゃ嫁へと繋がるとか。あぁ、そう考えるとこの目の前の無愛想な女の子が急にかわいく思えて──
「──はぁ。その様子、やはりお気付きになられていなかったようですね」
と、妄想と憶測で胸を高鳴らせていた俺に、何故か華風院は頭痛がするとばかりに頭を押さえ、辛辣な視線を飛ばしてきていて、
「いいですか。ここは、わたしの席です」
人差し指を机に向けて場所の存在を強調。
「今年一年よろしくお願いしますね。クラスメイトとして」
「へ……?」
う、嘘だろ。呆然となる俺の脳内でとある記憶がフラッシュバックする。それは初めて、華風院と進路相談室で顔を合わせた時のこと。すぐに俺が誰かわかった華風院とは逆に、俺はさも別のクラスで、まるで初対面のような態度をとってしまって──おまけに、昨日も普通に気付いてなかったとかもうどうしようもない。仮にも人生で初めて一緒に下校した女の子だってのに……。そんな子が隣にずっといて気付かないとか、自分で自分が嫌になってくる。やらかしにも程があるだろぉおおおおお。
「本当に申し訳ありませんでしたぁあああああ」
気がつくと俺は両手を膝につけて深く謝っていた。いくらこのクラスになってまだ両手で数えられる日数しか経っていないとしても、隣の席のやつを覚えてないとかどれだけ失礼なんだよ俺。そういやこの席に座った時ちらっとだけ華風院のこと見て、「女子が隣なのは嬉しいけど、なんつーか地味で微妙だな。苗字は派手だったけど。はっはっはー」とか脳天気に考えていたような……。
「いえいえそこまで謝らなくとも。わたしは全然気にしていませんよ。影が薄い自覚はありますから」
淡々と言った彼女は、どことなくしてやったとばかりのドヤァ感を放っていて──
お前絶対、根に持つタイプだろ!?
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