第二章 メインとモブと その3

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 放課後。予定通り廃校反対運動に協力してくれる有志を募るべく、俺達四人は校門の前に立って生徒達が下校して来るのを今か今かと待ち受けていた。その横には荷台代わりに用意した学校机が置いてあり、その上には昨日四人でああだこうだ言いながら作成した同志募集のビラがどっさりと積んである。

 姉貴の根回しでHRの参加を免除してもらったので、六限目が終わると同時にいち早くここに先回り出来たというわけだ。それとビラには、廃校の件に関する詳しい説明に、廃校運動に対する俺達の意気込みや決意表明。そして肝心要な同志募集の案内、放課後主に進路相談室で活動していくので来て欲しい──的な内容が一番でかでかと記載してある。

「──あ、来たみたい」

 木下の一言で三人の視線が、一斉に校舎へと向いた。

 ぽつぽつと現れ始める下校者達。そして、何故か先頭バッターは任せたとばかりにじーっと注がれる女三人からの熱視線。あーわかったよ。行けばいいんでしょ、はぁ。

 男一人ってくそ損な役回りだなと内心でため息をつきつつ、一番先を行く女子生徒との距離が数歩まで迫ったところで、俺はビラを片手に行動を開始した。

「よ、よろしくお願いします」

 緊張からつい声を上擦らせてしまった。異端なことをしている自覚がある分、顔を合わせるのも恥ずかしくてつい目線をそらしてしまう。そんなキョドり気味な俺の様子に女子生徒は警戒心を露わにしつつも、それでもちゃんと俺のビラを受け取ってくれて──

「ありがとうございます!」

 嬉しくなってつい声が弾む。女子生徒はそのままビラに目を通しながら校門の外へと去って行った。まだ始まったばかりというのに、どことなく達成感が湧いてくる。

「ぷ、ちょっと何今のキョドりよう。見た? 華風院さん」

「ええ、率直に言ってダサかったですね」

「ウケるんだけど。アタシだったら気持ち悪すぎて絶対に受け取らないわー」

 ニヤニヤと茶化すような笑みを浮かべる木下に、くすりと静かに頷いた華風院。せっかく人が気持ちよく感慨に浸ってたってのに、返せよ。つーか、先頭任せといてその辛口評価ってどうなんだ。ほんと、かわいくねぇな。俺の暫定ヒロイン共。

「はん。んなこと言うなら次お前行ってみろよ」

「上等よ。アタシの動きをしかとその目に焼き付けてお手本にすることね」

 自信を引っ提げた木下が、次に来た男子生徒へと近づく。

「お、おおおお願いします」

 いや俺より緊張してるんじゃんか! 声、めっちゃ震えてるし。

「ふー。まぁ最初なんてきっと誰でもこんなもんよね、うんうん」

「お前より上手く出来てた自信はあるからな俺」

 そんな五十歩百歩を争う俺達二人に対して、華風院はいとも平然とした顔でテキパキとビラを配っていった。ただ、持ち前の影の薄さに抑揚の欠けた声も相まって、話しかけられてようやく彼女を認識した生徒達が何人かぎょっとなっていたが……。

「──ようし。そろそろ一発かますか」

 ある程度校門前に人だかりが出来始めてきた頃のこと。好機とばかりに口角をつりあげた姉貴が、手に拡声器を持って俺達より一歩前に踏み出した。

「下校中の生徒諸君に告ぐ。諸君らの中には既に噂として耳にした者もいることだろう。非常に残念なことにこのビラに書いてあることは紛れもない事実である。このままだと、現在校生が卒業した後、この双葉学院は廃校になる。諸君らに問いたい。いくら自分達が卒業した後の話とはいえ、このまま双葉学院がなくなってしまっていいのだろうか。──否、決してよくないはずだ」

 芯のある通りの良い声が、下校途中の生徒達の足を止めさせ、魅了していく。

「何を隠そう私もこの双葉出身だ。私はここでかけがえのない仲間達と出会い、そして数々の楽しい思い出を作った。今でも双葉で過ごした日々は私にとって大切な宝物の一つだ。私がこのように、素敵な青春時代を送れたのは、双葉学院に生徒の個性を重んじる自由な校風があったからこそだと思っている。君達はどうだろうか? もし双葉がなかったら? 今目の前にいる大切な仲間や恋人と巡り会っていない可能性なんて考えたくもないはずだ。私は諸君らが今まさにその身で体験しているだろう双葉での輝かしい青春時代を、後の世の子供達にもずっと体験していって欲しいと思っている。そのためにどうか諸君ら現役生徒の力を貸してはくれないだろうか。双葉学院はこの世に存在しなくてはならない唯一無二の場所であることを、共に証明しようではないか」

 姉貴が言葉を止めて一礼すると、「うぉおおお!」と大きな歓声に拍手が巻き起こった。

 人気者の田辺先生によるスピーチは大成功。それに影響を受け俺達のビラ配り活動も想像以上に友好的な空気の中で順調に進んでいく。

 立ち止まってビラを熱心に読んでくれる者。姉貴に駆け寄ってエールを送る者。「俺達にも何か手伝えたりすることないかな?」「やっぱ自分が通っていた学校がなくなっちゃうのは、いやだもんねー」と待ち望んでいた声を上げてくれる者。

 もうこの時点で、今日の活動は成功と呼んでもいいんじゃないだろうか。ま、こっから実際に集まる人数なんて半分にも満たないとは思うけど。

「いやー流石はナベちゃん先生って感じだねー」

 姉貴に集まる人だかりを眺めながら、木下が感嘆の声を漏らした。

「ほんと、あの先生の弟があんたとか未だに信じらんないわ。完全に出涸らしって感じ」

「うっせ。余計なお世話だ」

「けど、実際にあんな凄い人が実の姉だったら大変なんだろうなぁ。色々とコンプレックス感じちゃって。アタシもフツーで誇れるものなんも持ってないし。ちょっとわかる」

 木下が、同情というよりまるで自己投影しているかのように苦笑を浮かべた。

「んーどうだろうなぁ。そりゃあ次元が違うなとは常々感じているけど、年が離れているのもあって、そんなコンプレックスまでは思ったことないかも」

 おっと、話し込んでる場合ではなかった。俺は俺でやることがあったんだ。

 いないかなー高校時代のやんちゃ嫁。あんな美人だと、ちょっとでも面影があれば一発で気付ける気がするんだけど……。

 と、未来のやんちゃ嫁候補を探して周囲をきょろきょろと見回していると、

「──おー海翔君じゃん」

 美少女ではなく美男子が声をかけてきた。

「あ、松永さんどうも。これ、よければどうぞ」

 木下の憧れの先輩、サッカー部エースの松永さんだ。一応知り合いではあるものの、学内でも有名な先輩ということもあって、俺は畏縮気味にお辞儀してビラを渡す。

「双葉が廃校になるってのは、ちょっと前に噂で聞いてて嫌だなぁって思ってたけど、やっぱ本当のことだったんだなぁ。けど、海翔君達がこうやって動いてくれてるってことは、ワンチャンあるかもって期待していいんだよな。俺は部活があって活動には参加出来そうにないけど──応援してるからなっ!」

「あ、ありがとうございます」

 校内トップクラスの人気者に爽やかな笑顔で肩を熱くポンと叩かれ、胸が弾む。

 と、そんな先輩の視線がふと、先輩の登場以降ずっと石化していた木下に向いた。

「君も海翔君と一緒に反対運動に参加してるのかな?」

「ははははは、はい! そのとおりでございます」

 ございます?

「あ、あのア、アタシ。その──二年の木下蘭って言います」

「そっか木下君だね。木下君も頑張って」

「は、はい!」

「それじゃあ」

 朗らかに笑って手を振ると、部活仲間とおぼしき人達のもとに駆け寄っていった松永さん。

 その背中を木下が夢見心地のような顔でうっとりと眺めていて、

「あぁ。先輩に認知してもらえるなんて、めっちゃラッキーじゃん。ひょっとして、遂にアタシの恋が成就する時が来ちゃうんじゃない? 廃校反対運動に参加してよかったぁ。……正直、最後までばっくれようかめっちゃ悩んでたけど」

 何だろう。もしかすると未来では俺のヒロインかもしれない人が、こうやって他の男への恋に夢中になってる姿を見るのは、ちょっと複雑な気分。まぁ、八割方木下の線はないと信じてるけど。

「そういや松永先輩、なんか香坂に対してやけに親しそうにしてたけど、何であんたみたいなモブなんかが先輩と接点持ってるわけ」

 夢から戻ってきた木下が、ムスッと不快そうな顔で詰め寄ってきた。

「モブなんかがってなんだよ。そんなの康助の兄だからに決まってるだろ」

 そう、松永先輩こと松永まささんは俺の悪友、松永康助の実の兄なのである。だから俺は康助を通じて何度か松永さんと喋ったことがあったというわけだ。

「あぁ、なるほど。そういうこと」

 そんなつまんなそうな顔するなら聞くなよ。と俺が理不尽だと肩をすくめたその直後、

「──これは一体、どういうことですか?」

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