第27話 事件を解決する(2)

 ラーメン屋でやっと、笹井さんは元気を取り戻したらしい。表情がやわらいだ。

「久保田さん、せっかく警察を現場に連れてきたのに、なんでドラマみたいにカッコよく事件の解説してくれなかったんですか」

「事件なんてないじゃないですか。阿久津さんが隠してたクスリが見つからなかっただけですよ」

「えー、密室は?」

「密室は、今日話したとおりです。降谷さんが鍵を閉めてから、心臓発作で死んじゃっただけです」

「それを警察に教えてあげればよかったじゃないですか」

「警察だってわかってますよ。だいたい、合鍵もってる人がここにいるんだから、密室なんて意味ないじゃないですか。ミステリファンが怒りますよ、密室なんていったら」

「じゃあ、じゃあ。なんで、あのオブジェにクスリが隠してあったんですか」

「え?わからなかったですか?そのつもりで部屋を見渡したらすぐわかるでしょ。ものを隠すとしたらあそこだって」

 相内さんがとぼけるから、壮介もとぼけることにした。

「わかりません。あんな風に持ち上がるとは思いません。壺だったら、底がなかったらダメだし。警察の人もビックリしてましたよ」

「そりゃ、警察は自分たちが全部探したと思ってるから。あんなデカい壺ないでしょう。あれは壁画なんですよ。それに、底があったらおかしいです。あの円盤部分、穴があいてるの見ました?」

「穴なんかあったんですか?」

「円盤の下からのぞくと、上の筒につながる穴があるんです。穴を通して天井が見えました。上の筒が開放なのに、下の筒に底があったらおかしいでしょう。芸術家はそんなことしない。美しくないです」

「そうかな」

 どこか不満げだ。

「隠すときもオブジェを持ち上げて移動するんですか?」

「隠すときは、円盤部分の上からポイです」

「上からポイってなんですか」

「下から見たら穴が開いていて上の筒につながってるんだから、円盤の上から見たら穴が開いていて、下の筒につながってるに決まってるじゃないですか」

「決まってませんよ」

「そうかな。キレイな対称性をもたせると思うけどな。芸術家なら」

「はいはい。わたしは芸術家じゃありませんよ」

「上下対称はあまりないよね。重心を低くしたいし」

 笹井さんも芸術家だ。

「たしかに。あれは、幾何学なんですね。だから芸術とは違ったかもしれません」

「咲名ちゃんには甘くない?」

「相内さんとは、それだけ親しいってことじゃないですか」

 ちょうどラーメンが届いて、壮介はさらなる追及を逃れることができた。ラーメンは、疲れた心と体にやさしかった。でも、汗をいっぱいかいた。夏に熱いラーメンは、やっぱり暑いという結論に達した。

「そうだ。芸大って、音楽学部があるんですよね」

「あります」

「知り合いいないですか、音楽学部に」

「いません」

「わたし、いますけど」

「ホント?笹井さん、その人紹介してください」

 笹井さんと知り合えてよかった。

「どういう用件ですか」

「えーと人を探したいんです」

「人って、どういう?」

「水族館でちょっとした演奏会してくれるような人」

「わたしがやりましょっか?」

「相内さん?」

「あ、いますっごいいかがわしそうな目してました」

「うーん、否定しません」

「わたし、実はカスタネット」

「笹井さん、音楽学部の人」

「ちょっと、最後までいわせてくださいよ」

「え?なんだっけ」

「こう見えて、わたし」

「いまは夏休みでお客さんいっぱいなんですけど」

「もう!」

「相内さんのネタはもういいです」

「ふん」

 相内さんは頬をふくらませてそっぽ向いてしまった。

「冬とかになると、客足が鈍るんで、なにか企画案をださないといけなくて」

「それで、演奏会ですか」

「そうそう、弦楽四重奏とか。無伴奏バイオリンソロとか。カスタネットはいりません」

 相内さんがムスッとした顔で壮介をにらむ。

「水槽の前でやったら雰囲気よくていいと思うんです」

「ラブホテルよりね」

「根にもってましたか」

「もってましたね」

「そういうことなら、話してもいいです。ちょうどその子バイオリンです」

「ありがとうございます。あ、これ名刺。渡して、ここに電話してくれるように言ってください」

 壮介は自分の名刺を笹井さんに渡した。相内さんがのぞき込む。

「わたしが留学していたときアパートが同じだった子で、鯨井さんという子がいるんです」

「鯨井さん?」

 壮介は調子っぱずれの大声をだした。

「はい。鯨井さんですけど。ご存知でした?」

「いやいや、すみません変な声出して。その人を紹介してくれるんですね。ぜひお願いします。ちなみに女性の方ですか?」

 相内さんが魅力的な目でにらむ。

「はい。女の子です」

「わたしも行こ、演奏会のとき」

「ふたりとも招待しますよ。といっても、相内さんは年間パスもってるんですよね」

「でも、招待してください」

「はい」

「大丈夫ですか。沙莉ちゃんに尻に敷かれてるみたいですけど」

「そう。いつの間にかね。おれ、相内さんに協力してばっかりなんですけど、なにか借りがあるような扱いなんです」

「惚れた弱みですね」

 壮介は動揺した。

「そうです。一目惚れしちゃいました」

「相内さん、似てないから。おれのアテレコ勝手にしないでください」

「心の声です」

 別の話題に救いを求める。

「笹井さん、留学してたんですね」

「はい、フランスに」

「どうでした?勉強になりますか」

「それはもちろん。やっぱりちがい大きいですね。世界中から学生が集まって、みんなやる気すごいし。ガンバらされます」

「相内さんは、留学は?」

「してません」

「予定もないんですか」

「ないですよ」

「行ったほうがいいんじゃ」

「ん?」

 上目づかいに睨まれる。

「留学って、何年もじゃないんでしょ?」

「わたしは半年です。交換留学生の制度で」

「まだ二年生なのに、すごいですね」

「入学してすぐに準備をはじめました。二月から行って、六月の終わりごろに帰ってきました」

「まだ帰ってきたばかりなんですね。だそうですよ、相内さん」

 相内さんは、ムスッとして黙ってしまった。でも、口の中ではもごもごなにか言っている。壮介に対する恨み言をいっているにちがいない。

「そういえば、なんで久保田さん筋肉痛なんですか」

「よくぞ聞いてくれました」

「そろそろ混んできましたね。帰りますか」

「話させてくださいよ」

「わたしにも話させてくれなかったでしょ。エッチだから筋肉痛なの」

「わー、誤解させようとしてる!」

 先に席を立って行ってしまう。壮介は最後にもう一口スープを飲んだ。

 笹井さんとはラーメン屋の前で別れた。誤解されたままだった。相内さんと駅まで歩く。

「咲名ちゃんが連れていかれたって聞いたときはどうなることかと思ったけど、久保田さんがいてくれてよかった」

「お役に立てて光栄です、姫」

「やっぱり、理系の人は名探偵ですね」

「迷うほうです」

 駅の改札前まできて、相内さんはそのまま改札を通ろうという雰囲気だ。

「あれ?相内さん家に帰らないの?もう大丈夫だけど」

「生活の道具、久保田さんちなんで」

「そうですか」

 冷ややかな視線を感じる。

「邪魔者扱いしてませんよ」

「何も言ってません」

 相内さんに背中を叩かれて、一歩大きく踏み出したら、筋肉痛が襲ってきた。

「いったぁ」

「大げさです」

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