第24話 探偵ごっこ(1)
相内さんは、阿久津さんの一般的な評判から話してくれた。相内さんの知り合いは降谷さんの方だというのは、壮介の勘違いだった。
阿久津さんは、ハーフで、色素が薄くて、髪が長くて中性的な顔立ちをしていた。それで、男にも女にもファンが多かった。スペインに留学していたことがある。みんなが才能を認めていた。学内のどこにでも出没し、他人の作品を批評してまわっていた。それでいて、自分の創作活動も活発に行っていた。エネルギーのかたまりのような人物らしい。
悪い評判もあった。男女見境なく、すぐに手をだす。意味不明なことをまくしたてることがあり、頭おかしいと思われていた。
「意味不明というのは、美術の話じゃなくて関係ない話をはじめるという意味?それとも、日本語の文章にならないという意味。どっちですか」
「わたしは、そういう場面を見てないのでわからないですけど、たぶん日本語になっていないという意味だと思います」
「でも、頭おかしいというわけじゃなくて、芸術家肌なだけって感じがしますね。一般人は、芸大の人みんなそんな人ばっかりだと思ってますよ」
「ひどい、わたし全然ちがいます」
「そうですね」
「なんですか、その棒読み」
「いま話を聞いたところでは、辛口批評に腹を立てた人が恨みをもって阿久津さんを鈍器で殴ったって線が濃厚そうですけど」
「作品をけなされたくらいで人殺したりしません。作品でみかえしてやるって思うものです。芸大生をなんだと思ってるんですか」
「そうですかね」
鈍器による負傷は致命傷ではなかったと推理することにしたから、無駄な検討だった。
次に相内さんが会ったときの阿久津さんの話だ。
神経質なところがあって、ゴミが床に落ちていたりするのは許せない。使ったものはすぐ片付ける。相内さんは口説かれるようなことはなかった。話すことはしっかりしていた。彼女がいて、彼女のためにクジラの金属彫刻を作った。相内さんが指導したのは、金属でできたクジラのオブジェだとのこと。
「相内さん、口説かれなかったんですね」
「魅力がないっていうんですか」
相内さんの目がジロッと壮介を見る。
「いえ、そうじゃないですけど」
「けど?」
「けっこう彼女一筋だったのかなと」
「そりゃそうでしょう。彼女のために、わざわざわたしに弟子入りしてオブジェ作るくらいなんですから」
「恐れ入りました」
阿久津さんの話はこんなものか。
「相内さんのお友達のことも教えてください」
「咲名ちゃんですか?」
「そうそう、サナちゃんでした。苗字は?」
「笹井です」
「ササイさんは彫刻科の人ですか?」
笹井さんは、彫刻ではなく工芸科の二年生。工芸科は多くの専攻にわかれていて、笹井さんは彫金専攻。一年生のとき同じ講義をとっていて知り合った。人物的には、特に変わったところのない、普通の芸大生だという。普通の芸大生がどのくらい普通なのか、壮介にはわからないけど。
彫金というのは、金属を彫るという名前そのままのことらしい。作るものは小物で、アクセサリーなど。笹井さんは特別優秀な学生なのだそうだ。
コンピュータにも強い。相内さんがペンギンのオブジェを作るときに、アクリル部分のキャドデータ制作を手伝ってくれた。
「咲名ちゃんは人を殺すような子じゃありません」
「うん、おれも殺人事件じゃないと思ってるから、そこは大丈夫だと思うんですけど」
相内さんが自分のせいかもしれないと言ったこととあわせて考える必要もある。うまく解決しなければならない。
「よし、話は聞いたと。次は現場に行きたいな。鍵借りられますか。阿久津さんと一緒にアトリエ使ってた人は、頭殴られたんでしたっけ。どうなったんだろ。知り合いじゃないですか?あと、降谷さんをよく知ってる人に話聞きたいです」
「鍵はたぶん、借りられます。警備員室でも事情いえば貸してくれそうだし。それと、降谷さんの知り合いも捕まえられると思います。夏休みでも院生は残ってる人多いから、絵画の人に聞けば、たぶん」
「じゃあ、先に大学に行って鍵借りておいてください。あと、できたらでいいです。降谷さんの知り合いの人、捕まえておいてください」
「やってみます」
「おれは、家にもどって着替えてから大学に行きます。お友達、笹井さん助けましょう」
「はい」
壮介は、休暇をとることにした。今日の作業の引継ぎをして水族館をでた。あとで金子さんの家においしいものでも届けなければならないだろう。外にでると、あちこちに水たまりができていたけど、雨はやんでいた。
考えごとをしながら自転車をこぐ。自転車をこいだり、歩いたりというのは、考え事をするのに適している。いろいろ思いつくことがあった。笹井さんを助けることができるかもしれない。相内さんは、関係ないというわけにはいかないようだ。
部屋で探し物をしたり、ちょっとした買い物をしたりして時間を食ったけど、タイミングは大丈夫だった。相内さんから、現場のアトリエの鍵が借りられたこと、降谷さんの知り合いを捕まえることができたことを報告するメールがきたとき、ちょうど芸大の門のところまできていた。
相内さんが捕まえてくれた人は、降谷さんと油画の同級生で浜田さんと言った。三人連れ立って学食に席を占めた。壮介は間食にカレーを注文した。昼食の時間をすぎてからのカレーがうまいのだ。浜田さんと相内さんは、飲み物だけだった。
「降谷さんは、心臓が弱かったとか聞いたことあります?」
「スポーツマンタイプじゃなかった。どちらかというと体力ない感じ。体は弱そうだったけど、心臓が弱いという話は聞いたことないな」
「阿久津さんと関係はなにかあるんですか?アトリエに行くような」
「いや、油画と壁画ってだけで、関わることなかったんじゃないかな。学年違うし、阿久津さん留学してたし。阿久津さんが降谷のところにきてケチつけることはありそうだけど」
「実際ありました?そんなこと」
「どうかな、聞いたことないな。阿久津さんは、口が悪くて嫌われることも多かったけど、ファンも多かった。降谷もファンだったのは確かだ。もしケチつけられても喜んだんじゃないかな。ちょっと異常なくらいだったから。男なのに」
「男でも男が好きな人いるでしょう」
「そう、阿久津さんはそんな噂があった。それで降谷も噂を真に受けたのかもしれない。でも、相手にしてもらえたとは思えない。ということは、男が好きだったのかな。そうでもない気がするけど」
男女どっちも好きとか、基本女が好きだけど阿久津さんは別とか、いろいろあるだろう。
「阿久津さんに彼女がいるという噂はなかったんですか」
相内さんが抗議の目線を壮介に送ってきた。わたしのいったこと信じないんですかと責める目だ。壮介はうなづいて、わかっているという意志を示した。
「聞いたことなかったな。男でも女でも手を出すって噂だったから、決まった彼女なんてできなかったんじゃないかな」
阿久津さんの彼女の席は空いたままか。まさか、相内さん?いやいや、事件の前から壮介に近づいてきた。プレゼントを贈る相手に制作を手伝ってもらうはずもない。考え過ぎだ。相内さんは笹井さんの友達という関わり方にちがいない。相内さんが隠しているけど、笹井さんが阿久津さんの彼女という可能性は?相内さんにも秘密にしていることだって考えられる。壮介の推理からすると、笹井さんが彼女ということはなさそうだった。
「えっと、鈍器で殴られて意識不明の人が彼女ってことはないですか?」
「割とキレイな子だけど、それはないな。彼女は堅実なタイプで、就職が決まってるんだ。阿久津さんと付き合うようなタイプじゃない。たしか彼氏が同級生なんじゃなかったかな。油画の後輩だから、面識があるんだ。とにかく、阿久津さんに特定の彼女はいなかったと思う」
ダメか。彼女についてはわからずじまいだ。
「じゃ、降谷さんはどうです?彼女、彼氏?いました?」
「いないな。とてもモテるタイプじゃない。ピッキングの道具がポケットにあったっていうだろ?そういうヤバいやつなんだ」
「なにか事件について知ってることとか思いついたことってないですか。たとえば、なんで降谷さんが阿久津さんのアトリエに忍び込んだのかとか」
「いや、縦笛なめようとしたくらいのことしか思いつかないけど」
本当にヤバいやつみたいだ。
「そういえば、降谷は食べ物の好き嫌いが激しかったというか、宴会で出された料理、手をつけないことが多かったな」
ほとんど食べ終わっている壮介のカレーの皿を見ている。
「ニンジン嫌いとかいって、はじいてました?」
「いや、もう料理にまったく手をつけない感じだった。嫌いなものをよければいいっていうんじゃなくて」
「うん、聞きたいことは終りです。ありがとうございました。今日は大学にきてたんですか」
「サークルにちょっと顔だしに」
「それは、すみませんでした。でも、助かりました」
じゃ、これでといって、相内さんに手を振って浜田さんは去っていった。
「いやー、相内さんの威力はすごいですね」
「なにがですか」
「だって、相内さん目当てでしょ、浜田さんが話に付きあってくれたの。なにか約束しました?デートとか」
「しません。普通にお願いしただけです」
「そうですか。浜田さんけっこう純情ボーイなのかな。相内さん、あまり男の子をもてあそばないであげてください」
「久保田さんのわたしに対するイメージ、最低みたいですね。なにか、気に入らないことしました?」
「嫉妬かもしれませんよ」
相内さんが顔をあげて、壮介と目を合わせた。
「冗談か」
すぐにつまらなそうにそっぽ向いてしまった。
「久保田さんをもてあそべるようになりたい」
「いつも翻弄されてます」
「憎らしい。次、アトリエ行きますよ」
プラスチックのタグについた鍵をチャラチャラ鳴らして、相内さんは立ちあがった。壮介もイスを立って、相内さんに従う。降谷さんの話が聞けて、推理の穴がかなり埋まった気がした。気分はすぐれない。
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