第17話 呪われたアトリエ(1)
壮介が帰宅すると、相内さんが玄関まで迎えにきた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
なにかあると、壮介は警戒する。バッグを定位置に置く。相内さんがあとについてきている。洗面所で手と顔を洗ってうがいをするときも、すぐ後ろに相内さんの気配を感じる。
「相内さん。なにかのゲームですか?」
「ドラクエです」
「やっぱり。なぜドラクエなんです?」
悩ましそうな表情で相内さんが、もじもじしている。抱きしめたくなる。相内さんらしくないけど。
「呪いって、科学的に証明できますか?」
「呪いは、おれの専門ではありません」
「そうですか」
ガックリ肩を落とす。しょんぼりと背中を見せ、はかなげにソファにへたり込む。相内さんが謎の病気にかかってしまったようだ。壮介もあとを追ってソファに腰かける。
「相内さん、呪われたんですか」
背もたれにしなだれた相内さんがパッと顔をあげた。なんと恐ろしいことを口にするの!という劇的な表情をしている。
「わかりません」
「わからないって、呪われたかもしれないんですか。うーん。専門じゃないけど、聞くだけ聞きましょうか」
「いいんですか?」
「役に立つとか期待しないでください」
「はい。なんの役にも立たない久保田さん、いえ、ただの木偶の坊に話すつもりで話します」
「トゲのある言い方になった。早くも後悔の兆しが見えてきましたよ」
「えっとですね。呪われたアトリエがあるんです」
「もう確定ですか」
「すみません、理系の人みたいに話せないんで」
「ああ、じゃあなんとなく聞きます」
「呪われたアトリエといわれるアトリエがあるんです。ややこしくないですか?」
「いや、わかりやすい」
「そのアトリエに入ると」
「あ、ちょっと待ってください。腹が減りました。とりあえずビールに餃子を用意しましょう」
「わたしの話、腰がポキポキですよ」
「まあまあ、腹が減っては給餌もできぬっていうじゃないですか」
「キュージ?」
「餌やりです。腹が減ると、ペンギンに与えるはずの魚が惜しくなって、自分で食べてしまう。だから腹が減っては給餌もできぬ」
「それ、創作ですね」
「クリエイティブでしょう?」
「餃子まだですか。お腹すきました。ぴーぴー」
まだ呪われたアトリエしかでてこないうちに、一時休憩となってしまった。
餃子が完成して、ひとつかじる。ジューシー。ビールをグビっとやる。
「あー、快適。コンビニエント」
「それ、便利です」
「えーと、カンファタボーか」
「はい」
相内さんに出来の悪い子を見る親の目で見られてしまった。中学や高校で習った英語なんて、ほとんど脳の記憶回路から消去されている。あたらしい記憶で上書きされたわけではない。きっと自然放電してしまったのだ。壮介は残りの餃子を口に放りこんで咀嚼する。
「こんなにカンファタボーなのに、呪いの話しますか?どうでもよくないですか」
「どうでもよくありません」
「すみません」
壮介は居ずまいを正す。
「では、お願いします」
「はい。呪われたアトリエといわれるアトリエがあるんです」
「うん。わかりやすい」
「そのアトリエには、一枚の絵があって、呪いの絵なんです」
「アトリエじゃないの?呪いは。絵?」
「知りません。呪われたアトリエといわれるアトリエに、これまた呪いの絵があるんです」
「呪われすぎでしょう」
「わたしに言わないでください」
「相内さんが作ってるんじゃないんですか?クリエイティブ」
「疑いの眼。作ってません。この話は、ちゃんと噂として出回っているのを聞いたんです。いいじゃないですか、呪われすぎたって。じゃあ、呪われたアトリエは古代の古墳の上に建ってるんですよ。江戸時代は刑場だったんです。呪われたアトリエで、人の血を混ぜた絵具を使って描かれたから呪いの絵なんです。ついでに作者は完成後発狂して自分のこめかみを拳銃で撃ちぬいて自殺してます。これで文句ないですか」
「ムキになっちゃって、かわいい」
頭をナデナデする。相内さんはその手を払う。
「うっさい!」
そういえば、最初の事件が発覚した日、相内さん呪いっていってたっけ。あずみが反応してたのを思い出した。
「それで、何が起こったんですか」
「人が二人死んで、一人意識不明、たぶん一人は重傷です」
「それって、例の事件があったアトリエですか。重症が一人増えました?それに意識不明は別の場所じゃなかったっけ」
「今日、いや、昨日かな。重症が増えました。それから、意識不明になったのが自分のアトリエなだけで、たぶんその人も呪いのアトリエといわれるアトリエにはいってるってことです」
「なんで重症を負ったんですか」
「呪い?」
「ああ、呪いって死ぬだけじゃなくて重症ですむ場合もあるのか」
「さあ」
「降谷さんは心不全でしたね。呪いっぽいかな。ほかはあまり。無理矢理こじつければ、呪いで足を滑らせてどこかに頭を打って死んだとか。いや、鈍器って決まったんでしたっけ。ということは、呪いで鈍器が棚から落ちて頭にあたった。で、呪いで鈍器が移動して、女子学生の頭の上に落ちてきたということにすれば、呪いですべて説明できるかな」
「はあ」
「またラインですか」
「ラインです。若者の通信手段」
「どうせ、いまだにレコード集めてるオッサンです」
「ホント、レトロですよね。芸大生にも多いけど」
餃子に手を伸ばす。壮介もつられて餃子をつまんで、丸ごと口にいれた。ちょっとかけますかといって、レコードをかけた。
「これは、パット・メセニーじゃないんですか」
「リターン・トゥ・フォー・エヴァーです。フュージョンというジャンルは同じですけどね。こっちのほうがこってり、ロックっぽいですよね」
「ぽこぽこいう音がちょっとかっこわるい」
ドラムスが打つカウベルだ。餃子をもうひとつ頬張る。
「ほれで、ひ件の被害ひゃが増えはんれふね」
餃子を咀嚼している。
「アトリエの共有者の院生です」
「んん。うん、なるほど。呪われているからには、その人にピンピンしていてもらっては困りますね」
「わたしじゃないですよ?」
「わかってますよ。呪いですね」
「わかってんですかね。アトリエに入ろうとしているところを後ろから堅いもので後頭部を殴られたとかいう話ですけど」
「それは、単に襲われたってことですよね。呪いじゃなくて」
「そうなんですか?呪いで襲われたんじゃないですか」
「つまり、あれですね。噂では、今回の事件はすべて呪いのせいだと」
「そうです。そんな噂を小耳にはさみました」
「ラインでも小耳にはさんだっていうんですか?」
「いいじゃないですか、そんなこと。こまかいな」
「すみません、理系なんで。で、どういう呪いなんですか」
「その絵を見たものは、死んでしまうんです」
「じゃあ、意識不明の人とか、重症の人とかは、半分だけ見たとか、裾からチラっとのぞいたとか、その程度だったってことですかね」
「裾からチラってなんですか。美女のくるぶしじゃないですよ」
「残念です」
「好きなんですか」
「好きじゃない男なんて。まあ、人それぞれか」
「こんな感じですけど」
相内さんがスウェットのパンツの裾を引っ張り上げてくるぶしを露出した。
「ああ、素材はいいと思うんですけどね」
「ん?」
「いや、味付けというか、火加減というか」
「浴衣でも着ないとそそりませんか」
「せっかくオブラートに包もうとしたのに」
「ふん!」
相内さんはそっぽ向いてしまった。
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