第15話 密室殺人かもしれない事件(3)

 今日も事件があった。大学生が頭から血を流して倒れていた。死んではいないけど、意識不明だ。意識が戻れば犯人がわかるだろうか。ということは、犯人がどこかにいるということか。前の事件は、密室殺人事件で確定と考えていいのだろうか。犯人の目的によっては、まだ事件がつづく可能性がある。

 犯人は誰だろう。誰か人物表を作ってくれるといいんだけど。それで、必ずそのなかに犯人がいるとか。小説じゃないから無理か。そう考えると、思考だけで犯人がわかるような事件を思いつくというのは、すごい能力だ。小説家恐るべし。大学の中だから、通り魔ということはないだろうけど、登場人物といったら、芸大のほとんどの学生をあげなければならないのではないか。いや、夏休みだから実家に帰っている学生が多いかもしれない。

 夏休みに大学にいるということは、被害者の三人には共通点があるんじゃないか。明日新聞を見るとき、この点に注目して読もう。

 小説の登場人物なら、現場に乗りこんで行ったり、警察に考えを披露したりするところだろうか。でも、壮介はどう考えても部外者だ。事件についてなんの考えも浮かばないし。相内さんの知り合いが被害者だというだけだ。どこかにこの事件の主人公が存在しているのだろうか。密室殺人かもしれないんだから、その謎を解いて犯人をあばいてくれるといいんだけど。あまり長く相内さんにうちにいられると身がもたない。

 風呂からあがって、部屋に戻る。

「相内さん、そこに正座してください」

「こう?」

 ソファにすわった壮介の太ももにすわろうとしている。

「まったく違います。床に正座してください」

「えー、なんですか」

 壮介のまえの床に正座してすわる。

「説教です」

「なんでですか」

「いいですか、相内さんは男の部屋にいるんです」

「はい、います」

「相内さんは、年頃の女性です」

「わかってたんですか」

「相内さんがわかってないんです。過ちがあってからでは遅いんですよ」

「お互いの同意があれば、過ちとはいいません」

「あとで後悔して過ちだったと思うものです」

「過ちのない人生なんて」

「人生語りますか」

「語りあってますよね」

 女性というのは、会話術をどこで学ぶのだろうか。すべての球をピッチャー返ししてくる。

「わたしに魅力を感じないから、誘惑されると迷惑だと」

「相内さんは、このうえなく魅力的です」

「だったら手を出したらいいじゃないですか」

 壮介は勢いよく頭を振って否定する。

「わたしとはエッチなことしたいと思わないんですか」

「答えられません」

 また答えのない質問だ。壮介は大きく息を吸った。

「男は、相内さんが思うような紳士的な人種ではないんです」

「久保田さんは紳士ではない」

「紳士ではない」

「野獣ですか」

「野獣です。だから、刺激しないように生活しなくちゃいけないんです」

「アメとムチ」

「話しているうちに、違う気がしてきた。野獣は相内さんの方かもしれない」

「がお」

「アメとムチ」

「くうーん」

 握った手を壮介の膝にのせる。見上げる目が、たまらない。

「ずるい」

「がお?」

「かわいすぎです」

「本当ですか。こういうのがいいですか」

「いえ、別に」

「ぎゃふん」

「アメとムチです」

「やりますね」

「話をもどすと、おれの男の部分を刺激しないでください」

「なんでですか、つまんない」

「つまらなくていいんです。事件に巻き込まれなければ、それでいいんです」

「生活に潤いは?」

「実家に帰ります?」

「帰りません」

「デートしますか?」

「します」

 相内さんは、正座をやめて、壮介のとなりに移動した。

「潤いですよ?」

「潤いですね」

「来週の水曜に」

「水曜ですね」

 ケータイを手にとって、スケジュールを入力し始める。

「待ち合わせ場所は?」

「待ち合わせの必要はないでしょう。家から行けば」

「却下」

 ケータイをもった手を膝の上に置く。

「それじゃデートっぽくないです」

「倦怠期の夫婦ですか」

「いいから。待ち合わせ場所は?」

「えーと、急に言われても思いつかないな」

 ケータイを操作して、スケジュールを保存したらしい。

「じゃあ、あとでラインで」

「ラインやってませんよ」

「やりましょうよ」

「いや、あれ面倒でしょ。読んだくせに返信よこさないとかいうやつ」

「返信すればいいじゃないですか」

「いつ終わるんですか、それ」

「自然にですよ」

「面倒くせっ」

「吐き捨てましたね」

 壮介の膝を叩く。

「メールします、ケータイに」

「あ、横暴だ。独裁者だ」

「じゃあ、ツイッターでどうです?」

「バルス!」

「それは、拒否してるんですか?」

「バルス!」

「じゃ、メールで」

「なんでケータイを活用しないんですか」

「メールと通話ができればいいじゃないですか。ほかのことはパソコンでやったほうが楽です」

「スタンプは?」

「興味ない」

「あ、いますっごいバカにした」

 今度は壮介のスネを蹴る。

「すみません」

「認めるんですね」

「はい、絵文字も使いません」

「なーんでですかー。全芸大生を敵にまわしますよ。文字だけとか」

「言葉と文脈で伝わるでしょ」

「でた、空気読めってやつですね」

「空気じゃなくて文脈なんだけど」

「あ、じゃあ、わたしのスタンプあげます」

 急にいいことを思いついたという顔だ。

「わたしのスタンプってなんです?ラインわからないんだけど」

「わたしがつくったスタンプがオンラインで買えるんです」

「そんな商売やってたんですか」

「みんなやってますよ。ぜんぜん売れないけど」

「センスが問われるんでしょう?」

「なにそれ、わたしにセンスがないみたい」

「いやいや、あのオブジェ、めちゃくちゃ褒めたじゃないですか」

「ペンギンだからでしょ?」

 すっごい冷ややかな目。これはこれでいい。

「もう、あったまきた。ほら、これ見て」

 相内さんがケータイを見せつけるから、見ないわけにいかない。

「へー、かわいいですね。相内さんが考えたキャラなんですね」

「そうですよ。興味湧いてきたでしょ?」

「ぜんぜん」

「いま殺意が芽生えましたよ」

「え、えーと。えーと。あれだ。相内さんセンスいい!」

 頭をなでる。

「そんなことでごまかされるとでも思ってんですか」

「すみません」

 頭をなでている手をひっこめる。

「いや、やめなくていいんですよ」

 壮介の手をつかんで強制的に頭をなでさせる。

「は、はあ。で、どうしようかな」

 頭をなでながら考える。ちょっとひらめいた。

「じゃあまあ、なんらかの方法で待ち合わせ場所を伝えます」

「なんですか、それは。先送りですか」

「いや、心の中で決めました。方法は秘密ということで」

「秘密ですか」

「秘密です」

「ふたりだけの」

「秘密です」

「なるほど。楽しみにしてます」

 どうやら納得したらしい。目の前に餌を吊るしたおかげかどうか、相内さんの誘惑を回避することができた。


 翌日の新聞を、やっぱり職場でチェックした。被害者の大学生は意識不明の重体とある。大学生が倒れていたのは自分の割り当てられたアトリエとのこと。大学院生と違って大勢で利用するらしい。大学院生は一人か二人でアトリエを占領できる。そのため鍵を自分で管理しているらしい。学部生は、はじめに入室する人が警備員室で鍵を借りなくてはならない。このあたりの知識は相内さんから仕込まれたものだ。

 新聞によると、事件はまた密室ということになる。ひとりの大学生がアトリエの鍵を借りようと警備員室に行くと、鍵は貸し出し中だといわれた。アトリエにはいろうとすると、鍵がかかっていた。警備員がスペアキーで開けてアトリエにはいったところ、頭から血を流して倒れている被害者を見つけた。貸し出し中の鍵は警備員がアトリエで発見した。そのあいだ、学生は廊下で待っていた。

 警備員が鍵を開けたということだから、第一発見者の学生が嘘をついているというトリックはなさそうだ。むしろ警備員が第一発見者ということだけど。被害者が自分で鍵を閉めたということも考えられるだろうか。大勢で利用するのに?おかしいか。

 警察は事件と事故両面から捜査しているとある。興味深い内容が書いてあった。被害者の頭を打った鈍器が発見されている。それが、第一の事件の被害者を襲った凶器と同一の可能性があるとのことだ。ということは、第一の事件の凶器は見つかっていなかったのか。凶器についての記述がなかったから、どこかに頭をぶつけたんだと壮介は考えていた。第一の事件でも鈍器で殴られたというのだから、密室の問題を解く必要ができてしまう。それから、なぜ今回は凶器を置いて行ったのだろうか。犯人の同一性を疑う必要があるかもしれない。あるいは、犯人は目的を遂げて凶器がいらなくなったということかもしれない。この学生が阿久津を殴り殺したということはないだろうか。事故というなら、凶器を隠していたことになるのではないか。そうなると、今回の被害者が第一の事件の犯人である可能性が高い。

 第一の事件も、事件と事故の両面から捜査とあった気がする。もうどっちかに絞られたのだろうか。凶器のことを考えると、どうも事故の線はないのではないか。

 第一の事件の被害者と今回の事件の被害者の関連性については、一文字も記述がなかった。壮介にとっては、一番知りたいことだったのに。

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